絡指カラムユビ











身の丈程もあろうかという大剣を自在に操り、闇を這うものどもを舞うように屠る。影から 次々に沸き出してくる異形を両断し、斬り刻み、そして腰のホルスターに差した双銃で弾丸の 雨を見舞う。
代わりに、とでも言うべきか、血の雨を全身にかぶった彼は頭を左右に振るが、あまり効果は ない。彼は一つ舌打ちして、朱に染まった髪を掻き上げた。

異形の血にまみれた銀糸は艶やかに、そして禍々しくも美しい。











ダンテのひどい姿を見るなり、男は絶句して立ち尽くした。あまりの衝撃を受けると、人は 狼狽を通り越して思考を停止させるらしい。と、ダンテは血のこべりついてぎしぎしという髪を 掻いた。途端、

「触るんじゃねぇ」

誰のものかと耳を疑うような、地を這う声がダンテを制した。声の主は当然、絶句していた男 以外にいない。

「服、脱げ」

端的に命じる有無を言わせぬ声に、しかしダンテは不平を唱えた。

「ここでか?」

「脱がされてぇんなら、それでも構わねぇぜ? じっとしてろよ」

どす黒い緋色に染まったコートを脱がしにかかる男に、ダンテは呆れながらもその手を 拒むことはしない。このまま部屋に上がれば床を汚してしまうことは確かで、かと言って男の 見ている前で自ら脱ぐことはしたくない。女ではないのだから恥じらいなどないし、今更と いうこともある。が、ここで、というのがダンテの手を鈍らせ、それならいっそ脱がされた方が ましだ、と判断したのである。

男は何やらぶつぶつ言いながら、ダンテのかぶりのアンダーシャツを脱がせた。血で固まった 髪が引っ掛かりでもしたか、くんと引っ張られてダンテは地味な痛みに眉をしかめた。
ダンテの髪を引っ掛けたことに、男はすぐに気付いたらしい。髪を手で押さえるようにして、 そっとシャツを頭から抜いた。

「痛かったか?」

呟いた、その言葉は果たしてダンテに向けたものなのか。おそらく髪だろう、とダンテは肩を 竦めた。
髪の手入れを自分に任せてみないか。そう言われ、断ることが出来ずに諾と頷いて半月。 可能な限り毎日、男はダンテの髪を手ずから洗い、言葉以上の手入れをしている。
場所はいつも、男の部屋だ。ダンテの家に行っても良いと男は言ったが、ダンテは肩を竦めて 自らが通うことにしたのだ。
別段、特別な意味はない。どの男も、ダンテは自宅に上げたことはないのだから。

なら、俺の家で寝泊りするか?

ダンテの髪を撫でるように洗いながら言った男に、ダンテは生返事を返すだけだった。
誰とも一晩以上の関係をほとんど持ったことのないダンテは、相手の自宅に寝泊りすると いうこともなかった。男からすれば自然に出た言葉かもしれないが、ダンテにすれば躊躇を 強いられる言葉だった。無意識に自分の領域を守ろうとするのと同じで、他人の領域を侵すことも 恐れていたのかもしれない。しかし断固と撥ね付けられなかった理由は、やはりこの男が “良い奴”だと思ったからだろう。

結局ダンテは、時折ここで寝起きしている。

ぼんやりしている間に、すっかり服を脱がされていたらしい。一糸まとわぬ姿になった自分を 見下ろし、ダンテは何とはなしに溜息を吐いた。充分鍛えたつもりの躰も、こうして改めて 見ればまだまだ足りぬことが判る。引き締まってはいるが、それだけなのだ。また溜息を吐いた ダンテを、男が反動もつけずに抱き上げた。それも横抱きに。

「どこのお姫様だよ」

くすくす笑うと、男は初めて表情を緩めて見せた。

「じゃあ俺はさしずめ騎士ってとこか、血まみれのお姫様?」

銀髪碧眼のお姫様ってのも、良いかもな。などと、にやりとする男の表情にいやらしさは感じ ない。だから、ダンテはこの男を拒めないのだ。
男は自称騎士を嘯いたからか、ダンテをそれこそどこぞの姫のように優しく運んだ。もっとも、 騎士が姫を浴室に運ぶなどどんな状況かと疑いたくなるが。

「湯が溜まるまでちょっと辛抱してくれよ」

空の浴槽で脚を投げ出すダンテに、男はシャワーのコックを緩めながら言った。浴槽側の 蛇口からは、熱い湯が溢れている。

「一度濡らすから、目ぇ閉じててくれ」

シャワーから吹き出される雨がダンテの髪に染みる。固まっていた血の塊が解け、赤い水が 排水口に流れていく。浴槽を汚さぬよう、ダンテは仰向けに首をのけ反らせて頭を縁に凭せかけて いる。気を遣わなくて良いと男は言ったが、ダンテは聞かなかった。気を遣っているのではなく、 憎いものの血で汚れた湯に浸かりたくないだけのことだ。
男はそれ以上何も言わず、黙ってダンテの髪をほぐしにかかった。相変わらず丁寧だ。 こべりついて取れない血の塊があるからと言って、髪を無理に引っ張ろうとは決してしない。 髪に湯を馴染ませ、揉みしだくように梳く。時間をかけて、少しずつ元の銀に戻していくさまは、 まるでくすんでしまった本物の銀を磨いているようだ。

「…………」

不意に、男が溜息を吐いた。何かを憂えたものではないと、ダンテはすぐに判った。どうせ、

「やっぱり美しいな……」

そんなところだろうと思った。

「この艶、この手触り……まさに神の恩寵だ」

大袈裟なのは、もう慣れた。それよりもいつも神を引き合いに出すのは何故なのか。ダンテの 知っている限り、男はクリスチャンとは言えぬ筈なのだが。
迷信深い人間は、荒事師に多い。この男もその手の荒事師なのだろうか。

うっそりとダンテの朱の抜けた髪を梳きながら、男はダンテの為に取り寄せたと言う店頭には 並んでいないシャンプーのボトルを引き寄せた。いくらするのかと訊いたことがあるが、男は 笑って答えなかった。こういうものは値段の問題ではない、と。

鼻歌なぞ歌いながらシャンプーを掌に取り、泡立てる。原液をそのまま髪に付けるのは、 刺激がありすぎて悪いのだとか。語る男にダンテは「好きにしてくれ」としか言えなかった。

優しく、愛おしむように髪を撫で梳く指先は、どうしてもダンテに双子の兄を想わせる。 あの兄も、ダンテの髪が一番の気に入りだった。ダンテもまた、兄に髪を梳いて貰うのが 一等好きで、好きで――――けれど、兄はもうダンテの側にはいない。だからこそ、似ても いない男に兄の面影を追ってしまう。

兄がいつかダンテを捨ててどこかへ行ってしまうことは、何となくだけれど予想していたこと だった。朝目が覚めて、兄の姿が消えていることに気付いても、今日だったのかと思っただけ だった。寂しいとも、悲しいとも思わなかった。ただ、受け入れた。それだけのこと。
しかし、無意識にダンテは兄を追っている。容姿は似ても似つかぬとしても、不意の仕種や、 こうして髪に触れる指に。

兄を恋うている。

「……ぁ……」

知らず、唇が兄の名を象った。男の指と、泡を洗い流した髪に落ちる唇の感触に促されたかの ように。
ダンテは心地好はにとろんと溶けた瞳を瞼で覆った。細かく啄むような唇の感触は、さほど 不快ではない。膚のそこかしこにキスされているような、自身にも判らぬ感覚に陥ってしまう。

このまま眠っても、大丈夫だろう。

すっかり無防備をさらしてしまっていることを自覚しながら、ダンテは引き込まれるまま意識を 手放そうとして……出来なかった。

「……ッ……!?」

ぞくり、と。感じたことのない悪寒が背筋を凍らせた。跳ねるように頭を起こそうとした ダンテを、男が額を軽く押さえただけで制してしまう。

「どうした……?」

この男の声はこんなにも不快だっただろうか。いや、声よりも何よりも。

「綺麗だよ、ダンテ。お前の髪は本当に……」

息を忘れたダンテの目の前で、男は銀の髪を一房摘み上げ、愛おしげに口付ける。そして、 薄く開いた口に髪を銜えるようにして、舌で舐めた。

「…………!」

視認してしまうといっそう嫌悪は増す。ダンテは固まったまま、不自然に息を吸ったのか 喉がひゅっと鳴った。目を瞠り自分を凝視するダンテに、男は笑みを作って見せた。

「綺麗だ、俺の可愛いダンテ……」



















前?
次?
戻。