絡指カラムユビ











洗い晒しの銀の髪に、触れる指は不快か否か。
目で、指で、唇で、ゆっくりと愛でる仕種は恍惚として。

どこが良いんだか。

言い放った言葉には十倍もの賛美の言葉で埋め尽くされ。
うんざりしたところへ、信じられぬことが起こった。

舌が。









「これで手入れしていないなんて、まさに奇跡だ」

感嘆の溜息とともに神に祈りすらする男に、ダンテはぽかんとしてしまった。





男とは、飯の種を拾いに行った先の酒場で知り合った。荒事師どもの集うスラムの酒場は、 そうでなくとも柄の悪さは折り紙付きだ。そんな店に足を運ぶのだから、この男も当然ながら 荒事師の一人である。

荒事師と便利屋の差は、一般人と区分されるような人間から見ればはっきり言ってほとんどない。 ただ、ダンテは人の命をどうこうという行為を絶対にせず、そういったいわゆる汚れ仕事も こなす荒事師とは一線を引いている。
男は荒事師という区分に振り分けられる人間ではあるが、性格的にはダンテ寄りである らしかった。それなりに歳を食っているからかもしれない。しかし他人を全く意識しないダンテの ことだ。名前など、覚えているわけがなく。
逆に、派手なスタントと容姿を見せつけるダンテを知らぬものは、この店にはいない。

前から声をかけたかった、と言う男の言葉を、ダンテはストロベリー・サンデーを食べながら 右から左に聞き流した。あぁ、そうかい。適当に返し、慣れた仕種でクリームを掻き混ぜては口に 運ぶ。

「おまえの髪は本当に美しいな。こうして間近で見るといっそう綺麗だ」

ダンテが便利屋として名を上げた当初から気になっていた、とまくしたてられてもダンテには どうでも良いことだ。しかもこの男が気になっているのはダンテの髪であり、ダンテの便利屋 としての腕ではない。
黙々とストロベリー・サンデーを平らげ、カウンターのあちらで客と談笑している親爺に ジン・トニックをオーダーした。
隣に居座る男は相も変わらず髪のことばかり。と思いきや、

「サンデーの後にジン・トニックってのは、合うのか?」

ダンテを妙に甘やかしている感のある親爺を見やり、男が言った。どこか神妙な目がダンテに 戻される。そんなに不思議がることはないだろうに。

「あんたも一回試してみりゃあ良い。意外にハマるかもしれねぇぜ?」

早々と作り終えた親爺がダンテの前にグラスを置く。ストロベリー・サンデーの器を下げる 仕種は、もう慣れたものだ。
グラスを傾けるダンテの横顔を眺め、男は何やら溜息など吐いている。

(悪い奴ではなさそうだけど……)

やたらと髪に執着するところは、妙と言うより少しばかり異常だが。





それから何度か、同じ酒場で男と会った。もちろん時間を合わせて会ったのではない。互いに 目的は飯の種だ。

男が飽きもせずダンテの髪を美しいと繰り返すものだから、ダンテはいつしかすっかり慣れて しまっていた。後から思えば、それが悪かったのかもしれない。





髪の手入れはどうしているのか、と。男が指先でダンテの髪をひと房摘んで問うてきた。
声をかけられてから、ひと月程経ったころだっただろうか。その頃には、ダンテは男がわざわざ 断りを入れずとも髪に触れることをよしとしていた。触りたければ勝手にどうぞ、と思っている だけのことだけれども。

「男が髪の手入れなんかして、どうなるってんだ?」

ジン・トニックを一口含み、グラスを置いたダンテの肩を男が掴んだ。その目はいやに 神妙だ。

「手入れしてないのか? 全く?」

「? あぁ……必要ねぇだろ」

女じゃあるまいし。言えば、男は驚愕の表情のまま何やらぶつぶつと呟き出した。

「手入れなしでこの……何てことだ。有り得ねぇ」

果ては奇跡だと言い出し、ダンテの髪に手を差し込んだ。するすると滑る艶やかな髪は、一本 足りとも絡まることなく男の指をすり抜ける。肩口よりも長く伸びてなお切ろうとしないのは、たんに 面倒だからだ。

「神に感謝しなけりゃな……手入れもせずにこの艶と感触を維持出来るなんざ、尋常じゃねぇ」

「はぁ? んな大袈裟な……」

「判ってねぇな、おまえは。髪は大事なのは、何も女だけじゃねぇんだぞ?」

あんたは髪に拘りすぎ――――ダンテは呆れた。

「あんたの場合はひとの髪を大事にしすぎ、だな」

肩を竦め、何とはなしにグラスをつついた。子供の頃、双子の兄によく髪を梳いて貰ったことを、 今になって思い出した。

「それは違うな。俺は美しい髪が好きなだけだ」

その、だけ、が抜きんでているのだと、男は自分で気付いていないのだろうか。

まぁ、関係ねぇか。

ダンテが自己完結させた横から、男はひょいとダンテの顔を覗き込むようにして言った。

「今から、時間あるか?」

やっぱりか、と。何となく、――――ほんの少しだけ、溜息が出た。





躰目当てで近付いて来た男を、何度相手にしたか判らない。そのうち半分は軽くいなし、 四分の一は力尽くで退け、残りは、溜息一つで抱かれてやった。好みがどうだとか、そんなことは ダンテにはあまり関係がない。受け入れるか否かはその時の気分によって決まる。もしくは、 懐具合か。
それでもしつこそうな男を相手にしたことはないし、間違って一晩以上の関係を求めて来た男の 鼻を折ったこともある。

誰かに縛られるのは勘弁だ。自由気儘、そして不遜。これが欠けては、自分ではなくなる気が してならないのだ。

ダンテの経験からすれば、この男は一晩で終わる相手ではないと推測される。何よりダンテの 髪への執心は尋常ではない。一度だけのセックスであっさり満足するようには、間違っても 思えなかった。



判っていて何故、男に促されるまま店を出てしまったのか。ダンテには判らない。が、この男の 持つ空気は嫌いではなくて。





導かれたのは、意外にも男の自宅だった。荒事師などという稼業を続けている人間には珍しく、 男の部屋があるアパートはスラムを離れた住宅街に建っている。
ダンテの内心を読んだのか、はたまた顔に出ていたか、男が笑った。

「妙と思うか?」

「周りはさぞかし迷惑してんだろうな」

「こんな物静かな紳士を誰が煙たがるってんだ?」

「血の臭いさせた紳士ってか? よく通報されずに済んでるもんだぜ」

肩を竦めて見せると、男は愉しげに笑ってコートの内ポケットから鍵を取り出した。

「血塗れ紳士の部屋へようこそ?」

おどけてドアを開け、ダンテを誘う。その仕種や口調には、今からダンテを犯そうとしている などというふうは少しもない。
もしかすれば、その目的ではないのだろうか。

(そうなら良いが)

ダンテは陰った心を鼻で嗤って玄関をくぐった。
通されたのは、寝室ではなかった。アパートにしては間取りの広いリビング。大きな窓には ベージュのカーテンが引かれ、部屋の隅には観葉植物――――としかダンテには判らない――――が 鎮座している。テレビはなく、ローテーブルとソファーが一式あるのみだ。

「寝る為だけの部屋だからな、必要以上のものは増えないんだよ」

何か飲むか、と問うてくる男に、ダンテは「別に」と答えた。やはり、これからダンテを抱くと いう素振りはない。

「……何がしてぇんだ?」

思わず、口をついた。男はコートを脱ぎながら、「え?」という顔をする。

「何って……いや、髪をさ、」

「髪?」

「おぉ、手入れしてねぇっていうから、だったら俺が、って……」

呆気に取られるダンテに、男は何かおかしいかとでも言いたげに首を傾げた。
確かに、髪にいたくご執心だった。髪の手入れはどうしているのかと、先刻訊かれたばかりだ。 しかし、まさか自らダンテの髪を手入れしようとしていたのだとは、思わなかった。

「何だそりゃ……」

脱力するダンテの髪に、男が触れる。

「手入れすれば、もっと綺麗になる。俺に預けてみねぇか?」

愛おしげにダンテの髪を撫で、梳く。顔立ちや雰囲気などは全く似ていないというのに、 その仕種は双子の兄を連想させて。

だからか、どうか。

男の申し出を、ダンテは拒むことが出来なかった。



















次?
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頂いた髪フェチネタを喜んで使わせて頂きました。