蒼檻アオイオリ――――[








暗い路地の片隅に、一輪の花が咲いていた。人目を憚るように、しかし凛と咲く名も知れぬ その花から、バージルはしばらく目を離すことが出来なかった。










子を殺す親はどこにでもいる。きょうだいを殺すものもまた、どの時代にもいるものだ。




バージルは弟を殺した。血を分けた双子の弟を。
この世にたった一人の弟を殺し、バージルは本当の悪魔になった。

アーカムという名の男がいた。妻の命を土台に悪魔になろうとして失敗し、人ですらなくなった 馬鹿な男だ。バージルはある図書館でアーカムに出合い、父が封じたという塔の存在を知った。
父は強大な悪魔だった。しかし同胞である悪魔と袂を分かち、たった一人で悪魔に敵対した。 人間を守ることを選んだ父は母に出合い、そうして生まれた子は双子だった。一人はバージル。 もう一人がダンテだ。彼らは優しい父母に暖かく育てられた。が、幸福は長くは続かなかった。

バージルは父が封じたという塔を復活させ、魔界への扉を開こうとした。それを阻もうと したのがダンテだ。
魔界の解放に、ダンテは必要な“部分”だった。扉を開く鍵の半分を、ダンテが持っていた からだ。

バージルはダンテを殺すつもりだった。ダンテもバージルを殺すつもりだっただろう。 どちらかが半身を殺さねば、闘争は終わることはなかった。
ダンテの死を、バージルは他の悪魔どもに委ねるつもりは毛頭なかった。塔に配備された門番に くれてやるつもりも、むろんなかった。ダンテの命は自分にのみ摘み採る権利がある。バージルは そう思っていたし、そのことを疑ったことはない。
だから、バージルは悪魔を憎んでいる。幼いあの日、ダンテの命を刈り取った悪魔を。自分に 絶望を与え、弟という唯一を奪った忌まわしい悪魔を。

ダンテは一度死に、そして生き返った。もう二度とダンテの命を自分以外のものが左右する ことのないよう、バージルは強大な力を悪魔の血に求めた。

悪魔は憎いが、自分の躰に流れる血は利用するだけの価値がある。父の力を手に入れ、そうして 解放された悪魔を総て撫斬りにしてしまえば良い。力こそが総て。それが無力だった頃に 大事なものを奪われた、バージルのやり方だった。





地獄の蓋は開いた。

深く昏き底に、バージルは堕ちた。ダンテの妨害とアーカムの暴走により父の力を得ることは 叶わず、人の身のまま魔界へ足を踏み入れたのだ。誤算は、ダンテもまた、バージルの道連れと なって魔界へ堕ちたこと。



ダンテは死んだ。

まだ悪魔の血を体現させて間もなかったダンテは、塔の中とは比べ物にならぬ魔界の瘴気に 耐えられず、見る見るうちに衰弱していった。またダンテを奪われる。一種の恐慌状態に襲われた バージルは、歪んだ樹の幹によりかかる痩せこけたダンテの胸に剣を突き立てた。心臓を抉り、 食らった。息絶えたダンテを抱き締め、バージルは笑っていた。これでもう、奪われない。

バージルは弟を殺し、そうして初めて孤独を知る。










仕事に出かけて行くダンテを、バージルは見送ったことはない。必要もないことだ。ダンテは ここに帰って来る。それが、当然なのだから。

今バージルの傍らにいる弟は、バージルよりもいくらか年嵩だ。十も違うわけではないし、 弟は弟なのだからバージルは気にも留めていない。ただ年嵩の所為か少しばかり扱いにくさはあり、 それがバージルを苛立たせていた。
いつまでも自分の“弟”になろうとしないダンテ。確かに歳こそダンテが上だが、そんなものは 彼らにとって詰まらないことでしかない。ダンテがバージルを受け入れないのは、認めたくない からだとバージルは思っている。

弟を殺したバージルと同じく、ダンテは兄を殺した。バージルとダンテに何の違いがあるだろう。 同じ罪を負った彼らには、もはや互いしか残されていないのだ。だのに、ダンテはバージルを拒む。 バージルを兄と認めず、しかしダンテの本心は兄を求めている。バージルにはそれが判るからこそ、 苛立った。

バージルとダンテの違いは、歳と、バージルは二度弟を殺したということだけ。ああ、それと もう一つ。邪魔なものがある。

バージルの氷を嵌め込んだ瞳がいっそう青みを帯びる。海のような双眸はどこまでも深い。










二人目の弟は、ある意味で完成された人間だった。悪魔の部分を持ちながらも人として生き、 そして悪魔を屠る狩人。悪魔にダンテの名を知らぬものはなかったが、裏切り者の息子としての 侮蔑とともに恐怖すら向けられていた。

バージルは魔に浸蝕された島の、広い城の一角でダンテとまみえた。 しかし初めの接触では、バージルはダンテを自らの弟とは認識していなかった。弟を求めて時空をも 超えたバージルにとって、そのダンテは弟とは何もかもがかけ離れた男だったからだ。
これは誰だ。
バージルはダンテという名の男を殺そうとした。一度、二度、剣を交え、魔力をぶつけ、 そうしてようやく、これは確かに弟なのだと認識をした。

認めてしまえば、ダンテは弟以外の何ものでもなかった。

完成された剣術に体術、そして銃の腕。鍛え抜かれた体躯はおよそ完璧で、それこそバージルの 記憶にある弟とは似ても似つかぬ好敵手だった。が、バージルは気付いた。ダンテもまた、剣を 交えるうちに対峙している悪魔が兄であると気付いたこと。そして気付いたとたん、切っ先が 鈍ったこと。
やはりダンテはどんなにか完成されようと、バージルの弟なのだ。甘えたで、強がりで、 猫のように気紛れな弟なのだ。

気付いてしまえば、バージルはダンテを手に入れねば済まなくなった。いや、ダンテは 生まれた時からバージルのものなのであり、取り戻すという表現こそが相応しいだろう。一人目の 弟は魔界の墓標になり、そして二人目の弟はここにいる。
バージルはダンテを組み敷き、犯した。久しぶりに抱いた躰はやはり“弟”で、バージルは らしくもなく歓喜を覚えた。ようやく取り戻した。そう、思ったのだけれども。



二人目の弟もまた、死んだ。










暗い路地に凛と咲く花。光のないスラムに花開いたそれを、バージルはどれくらい見つめて いただろう。不意に空気が動き、バージルは聞き慣れた声音にようやく視線を花から引き 剥がした。

「……バージル?」

三人目の弟の、蒼くすら見える白い膚が奇妙な程に暗がりに映えて、バージルはつと目を細めた。 ダンテの視線はバージルの目ではなく、だらりと垂れた腕の先。 細身の剣へと注がれている。バージルは鼻が慣れてしまっているが、ダンテは敏感に嗅ぎ取った らしい。

「邪魔な虫を薙いでやっただけだ」

笑みを含んだバージルの言葉に、ダンテは不穏なものを感じたようだ。眉を顰めるダンテを、 バージルはこの場で犯してやりたい衝動に駆られた。







三人目の弟は、バージルを兄として受け入れようとせず。しかしバージルは、どんなにダンテが 拒もうとも離してやるつもりはない。

これが、最後だ。

バージルは残された時間の少ないことを、本能的に感じ取っていた。



















前?
次?
戻。


この話での初めて?の兄視点。何やら尋常ではなく単調…