蒼檻アオイオリ――――Y








「俺は、何に見える」

問うた先の男の顔は、何故か困ったように笑っていた。









過去からの訪問者が彼の生活を乱して、もうひと月になろうとしている。かの男はいまだ彼の 許にとどまり続け、去ろうという気配もない。
当然のようにそこにいて、やはり当然のように彼を抱く。ただ、それだけ。

俺はアンタのものじゃない。

自分よりも年若い“兄”に、何度も言った。しかし兄は聞く耳を持たず、そうして今、男は 飽きもせず彼を抱いている。



ぎし、ぎし、

バージルがダンテを揺さぶるたび、リビングのローテーブルがつらそうに軋む。長身の 男二人の体重を乗せられては、安物ではないにしろ悲鳴を上げて当然だ。
内壁を犯すものが先端を残してずっと引き抜かれ、は、と息を吐く。すぐにまた熱い質量を 押し込まれ、息を飲んだ。

「っ、ん……」

「声を殺すな。何度言えば判る?」

理不尽なセックスを拒まなくなっただけでもよしと思え。そう言ってやろうかと思ったが、 やめた。どうせ何を言ったところで、バージルには通じないのだ。
ダンテがふいと視線を背けたのが気に食わなかったか、バージルはダンテの腰を掴み、より 深くダンテを犯した。びく、とダンテの躰が跳ねる。

「ぁっ……あ……」

粘膜を抉る動きに、堪らず吐息に似た喘ぎがもれる。バージルは肉食獣めいた笑みを浮かべ、 ダンテの最奥を何度も突いた。

「あぁっ……ぁ、……ん……」

「そうだ、そうして、啼いていろ」

満足げな、囁き。しかしまだ、バージルは本当に満足してはいない。

ダンテがバージルの“弟”にならぬ限り、バージルは決して充足を得ることはないのだ。そして それは、どんなに時間をかけようとも叶わぬことだ。
ダンテはどうあっても、このバージルの弟になることは出来ない。
バージルは時空を超え、過去から来た。だからということでは、ない。

ダンテの“兄”はただ一人。その兄は、この手で、殺した。

同じだと、バージルは言った。自分も“弟”を殺した、と。だからもう、自分にはお前しか いないのだと。互いしか、いないのだ、と。

くち、と嫌な音がした。バージルがダンテの屹立の、しとどに濡れた先端を悪戯でもするように 擦り上げたのだ。こちらを見ろ。低い声は、またしてもバージルの機嫌が下降に向かっていることを 教えている。
ダンテは内心で肩を竦めた。拗ねたバージルは後が長い。拷問じみたセックスへの移行を感じ 取り、ダンテはしかし、バージルの目を見上げることで享受する。

こんなことでバージルの気が済むとは、思っていない。お互いにだ。だが、まだ年若いバージルは、 ダンテを酷く犯すことでしか怒りを散らす術を知らない。それを知っているからこそ、ダンテは 抗うことをやめたのだ。

哀れだと、少しでも思ってしまったから。

そんな気持ちがバージルにも伝わっているのかもしれない。抗わなくなったダンテを、バージルは 以前よりもいっそうきつく責め立てるようになった。
それが、やはり若い、とダンテに思わせてしまうというのに。

バージルの容赦のない挿出に、ダンテはそれでも溺れることの出来ぬ自身を哀れんだ。
兄に溺れてしまうことの途方もない甘美を、この躰は知っているからこそ。このバージルには、 溺れられない。

「ぁっ、はぁっ……バ、じる……ッ」

呼ばわる先にいるべき男は、もう、この世のどこにもいない。













悪魔の胴を、一つ斬った。首を一つ、二つ。聞くに絶えぬ断末魔に、彼は闇の影で笑みを 浮かべる。

もっと。もっと、血を。

叫ぶ声はもはや、人には非ず。

悪魔の血に全身を染め上げ、血の海に嗤う悪魔がひとり。

銀色の月明りが、ひとりきりの紅い悪魔を照らした。













どう、ともんどり打って巨躯の男が床に転がった。騒がしかったパーティーの会場は水を 打ったように静まり返り、皆が叩きのめされて呻く巨漢と、その巨漢を投げ飛ばした痩身の 麗人を凝視した。特に、何ごともなかったかのように佇む、驚く程に美しい容貌の男を。

細い躰を深い赤のコートに包んだその男は、会場に姿を現わした瞬間から皆が視線を向けていた。 男女を問わず、美しいものは総てを虜にする。彼はまさに、完成された美と称えるに相応しい。
鍛えているのだろうことは、躰の線に沿うデザインのコートの上からでも見て取れたが、 しかし彼の体躯はあまりに細い。その彼が、二回りはあろうかという巨漢を涼しげな顔で地に 臥せさせてしまったのだから、皆が度肝を抜かれたのは当然のことだ。

静寂を破ったのは、彼を伴ってパーティーに出席していた男だ。

「見事だな。やはり、同伴させて正解だ」

この痩身の麗人の身のこなしは、確かに見事だ。皆が頷き、見惚れる中で、一人の男が いきり立って麗人――――ダンテに掴み掛かった。

「俺の護衛に何をする!」

パーティーに出席したほぼ全員が、最低でも一人はSPを連れている。床で伸びている巨漢も また、そうして連れられたSPであるらしい。
ダンテはさも面倒臭そうに男を見、それから雇主であるロルフを見た。ロルフは苦笑し、 ダンテの襟首を掴む男の手をやんわりと外させる。ロルフに比べて、男は随分若く、いっそ幼い 印象を受ける。

「まぁ、落ち着きなさい。彼は何も、君の護衛殿を投げたくて投げたわけではないのだから」

ロルフの柔らかな笑顔に毒気を抜かれてか、男は少し怯んだようだ。ダンテは肩を竦め、 しかし掴まれた襟を直すこともしない。

「俺の護衛が何かしたって言うのか?」

男はじろりとダンテを睨む。が、ダンテはどこ吹く風だ。仕方なく、ロルフが話をつけてやる しかない。と言って、ロルフはそれを厭うどころか、むしろ楽しんでいるふうですらある。

「ここで言ってしまって良いものか……」

ロルフがダンテに視線を送ると、ダンテはただ肩を竦めるだけだ。皆がこちらに注視している 中で話して、恥ずかしい思いをするのは男であってダンテではない。

「話はごくごく単純だ。君の護衛殿が彼を気にかけ、少し悪戯心を起こした。それを、彼は 拒絶したというわけだ」

実に美しかったろう? 揶揄い混じりに、ロルフはくすりと笑った。このSPを投げ飛ばされて 激昂した男もまた、皆と同じくダンテの美しい姿に惚けていたのだ。それを指摘されて、男は ぐっと言葉を詰まらせた。しかも、自分のSPがこの銀髪のSPに不埒なことをしようとした、と 聞かされては、ものが言えなくなっても仕方がない。おそらく、自分のSPがそうしたいという 衝動に駆られた理由が、男には判るのだろう。
興味もなさそうな無表情のダンテをちらと見、次いでロルフを見て、男はようやく起き上がった 自身のSPを連れてそそくさとホールから出て行った。

ロルフはその背中を見つめ、一つため息を吐いてダンテの腰にゆるく腕を回す。

「少し早いが、帰ろうか?」

銀色の髪に口付けんばかりにダンテを引き寄せるロルフを、ダンテは拒まない。人に注視されて いることも、ダンテにとってはどうでも良いのだとロルフには判った。おそらく、自分も。

「……こちらへ、」

促すロルフに、ダンテはやはり無言で従う。

車に乗ると、ダンテは不意に横たわりロルフの膝に頭を乗せて来た。広い車内は、ダンテが 上半身を横にしても狭さは何ら感じない。ロルフはしかし、それよりもダンテの珍しい行動に驚き、 目を瞠った。

「どうしたんだ?」

そう、訊いてしまうのも仕様のないこと。
ダンテは首を捻ってロルフを見上げ、ぽつり、と。

「……俺は、何に見える」

出し抜けに、そんなことを問うてきた。
思い詰めた目だと、思った。どういう意味かは判らない。ロルフは困ったような笑みを浮かべ、 気に入りであるダンテの艶やかな髪を掻いてやった。

「あなたは、あなただ。……そう思うが、そんな答えを求めているのではないんだろうねぇ」

快い髪の感触を楽しみながら、ロルフはじっとこちらを見上げてくるダンテを見つめた。 碧い瞳は闇を映して黒く染まっているが、しかし美しく澄んでいる。危うい、とロルフは 目を細めた。

「ロルフ、」

呼ばわる声は、どこか淫靡だ。ロルフは苦笑し、躰を屈めてダンテの少し肉厚の唇を吸った。 甘いと思うのは、ダンテへの執着がそう錯覚させるのだろうか。
ロルフは自宅とは別に持っているマンションへ車を回させ、しかし辿り着くのを待たずに 車内でダンテを抱いた。決して自分のものにはならぬと知っているからこそ、今、この場で 抱きたかった。

どうすれば手に入れられるかなど、ロルフは考えないようにしている。判っているのだ。
ダンテが誰のものにもならないことを。

ダンテの心はいつでも、ある誰かに占められてしまっていることを。



















前?
次?
戻。


なにやら同じようなことを繰り返してる気がして仕方ない…