玻璃
浴衣を着た、銀髪碧眼の美しい少女。女性なら誰もが羨む白磁の肌。大きな瞳は長い銀の
睫毛に覆われ、紅い唇はぽってりとして、幼い中にも匂い立つような妖艶さがある。腕には
小鬼だろうか、ちょっとその愛らしい容貌には似つかわしくない人形を二つ抱いているが。
通りを行く人々が、一様に少女を振り返る。そうせずにはいられない“華”が彼女には
あった。
そしてもう一つ、人々の目を釘付けにするものがある。それは少女をエスコートする、美貌の
青年であった。
こちらはごくごく普通の解禁シャツに濃い茶の革パンツだ。しかしその美貌たるや凄まじく、
彫刻めいた完璧な造形である。少女と同じ艶やかな銀髪に、緑がかった冷ややかな碧眼、
高い鼻梁。何を取ってもそこらの美形とはレベルそのものが違う。更に服を着ていても鍛えら
れていると知れる精練された長身が、特に女性の目を釘付けにしていた。
その、青年の傍らに少女がいるのだ。目立つどころの話ではない。
顔立ちからして、二人は兄妹だろうと推測される。絵に描いたような美しい兄妹だ。主に
男の視線を一身に浴びる少女は、あと五年もすれば恐ろしい程の美女になることだろう。
見るもの総てが目を奪われ、思わず足を止めてしまう。その総ての人間から、ほぅ、という
熱を帯びた溜息が漏れる。
が、人々は誰一人として気付いてはいない。文句なしに愛らしいその少女が、実は男である
ことを。更には、彼らがただの兄弟ではなく、血を分けあった双子だということを。
……ついでに加えるなら、少女が抱いた人形が、本当は生きた小鬼であることを。
「なぁ……」
少女――――もといダンテが、傍らの兄をちょんと肘で突いた。両手に抱えた小鬼らの所為で、
手が全く使えないのだ。他に選択肢のないその仕種が、人目には少女が兄に甘えて寄り添った
ようにしか見えないとは、夢にも思わない。
「何だ」
「あのさ、何かすっげぇ見られてるんだけど……」
ひそひそと訴える今この時にも、こちらに向けられる視線は絶えない。ダンテはバージルに
言ったところで無駄とは思いながら、しかし訴えずにはおれなかった。
やはりこの恰好は、人には奇異なものにしか映らないのだ、と。
基本的に自分の容姿の実態を自覚していないダンテは、そんなずれたことを考えて、一人
いたたまれなくなっているのだ。
「放っておけ」
という予想通りのバージルの答えに、微かな優越感が混じっていようとは露程も
気付かない。
素っ気ないバージルにダンテは唇を尖らせ、腕に抱えた二体の小鬼をぎゅっと抱き締めた。
途端、
「主よ、熱烈だな」
「嬉しいぞ、主よ」
弾んだ声がぬいぐるみのような小鬼からあがる。ダンテは即座に、こら、と小さく叱った。
「黙ってろって言っただろ? 言うこと聞けたらご褒美やろうと思ってたのに……」
溜息など吐いて見せると、二体はびびくっと柔らかい躰を強張らせた。
「…………」
ここで声を上げなかったのは、二体とすればかなり上出来である。ダンテはにっこりと
した。
「よしよし、良い子だな」
頭を撫でてやりたいが、手が塞がっていてはそうもいかない。仕方なく、ダンテは顎を
小鬼らの頭に擦り付けた。それは気に入りの人形に頬を寄せる、という明らかに少女じみた
行為であったが、勿論ダンテは自覚などしておらず。
隣でバージルがこめかみに不可視の青筋を立てていることにも、幸か不幸か気付くことは
なかった。
祭、といっても、何か特別な出し物があるわけではない。細い通りの両側に夜店が並び立ち、
大いに飲んで騒ぎ、遊ぶことに徹底した催しである。
夜店の種類は様々。綿菓子に林檎飴、鳥を丸ごと焼いている店もある。その隣にひよこを
売る店がある辺り、ちょっと悲しい現実を感じさせる。あとは射的や金魚掬い等々が軒を連ね、
それぞれに客を集めている。見ただけでも、盛況振りが伝わって来る賑わいようだ。
見慣れぬ店ばかりが並ぶ通りを、ダンテは興味津津、きょろきょろと見回した。今にも
バージルを見失い、はぐれそうな雰囲気たっぷりのダンテの肩を、そのバージルが
引き寄せた。
「はぐれるな」
「んー……」
曖昧な返事にバージルがやれやれと首を振ったが、獲物を探して首を巡らせるダンテが気付く
筈もなく。
「なぁ、あれ! あれ何だっ?」
突然声を上げ、ダンテの指差す先には一軒の夜店。
「あれは射的だ。あの銃で的を狙い、当たれば景品が貰える」
「へぇ……的って?」
「あの、小さな箱がそうだ」
景品らしい人形や置物が並ぶ間に、一インチ四方の白い箱が所々に鎮座している。
ダンテがじっとそれを睨んでいると、射的の店番をしていたまだ三十代そこそこの男が声を
かけて来た。
「お嬢さん、やってみるかい?」
皮肉では、決してない。ただ射的に興味を持ったらしい可愛げな少女を、ちょっと誘ってみた
までである。が、そんな気持ちはダンテには伝わる筈もない。
にっこりと微笑み、男の胸をどきりとさせておいて、ダンテは朱と碧のぬいぐるみを
バージルに預けた。
「一番良い景品って、何?」
少年に近い声でそんなことを言う少女に、男はあくまでにこやかに応じる。
「一番高い段にある的に当たれば、好きなものをあげるよ」
景品には、本当に値の張りそうなものから安物まで、それこそ様々だ。ダンテは棚に居並ぶ
景品をざっと見、無造作に銃を取り上げた。弾は、小さなコルク材である。ダンテの後ろから、
バージルが無言で五十セントを置く。それを、男は見ていなかった。
ぱんっ。
軽い音が銃から上がり、棚の最上段に置かれた箱を打ち抜いた。標準を合わせた素振りも、
狙ったふうもなく、的中である。しかもダンテは、普通の客が的を狙う位置から、まだ三歩程
離れた距離から撃ったのだ。銃身を支えるでもなく、片手で。
一発で命中させ、しかも喜ぶでもなく淡々と銃を置いたダンテを、男は凝視した。まさしく
絶句である。
「……あれ、貰うぜ」
ダンテが指差したものは、黒に近い褐色の器。否、茶器だ。桐の箱もしっかりついている。
男ははっとして頷き、最上段から茶器と箱を下ろしてダンテに手渡す。小さくなった手に
乗せられた箱を見下ろし、ダンテは満足げに口端を上げた。
「サンキュ」
短く告げ、バージルを少しだけ見上げて踵を返した。
後にはぽかんと口を開けたまま立ち尽くし、少女と青年を見送る間抜けな顔が二十ばかり
あった。
射的から少し離れたダンテは、茶器の入った箱をバージルに渡し、預けてあった二匹の小鬼を
受け取った。
「それ、さ」
通りは人、人、人。皆、珍しい祭に夢中で、最早目立つ彼らを注視するものは少ない。
しかしダンテは、あくまでバージルの名は呼ばなかった。これはバージルも同様で、外出時は
滅多なことで互いの名を呼ばわることはしない。
「やるよ。安物だとは思うけど、そういうの好きだろ?」
そういうもの、とは茶器に限ったことではない。骨董屋によく出入りしているバージルは、
なにかと日本のものを購入する癖がある。そういったものをひっくるめて、という意味だ。
いいのか、とバージルが問う。いいよ、とダンテはあっさり言った。
「そのつもりで貰ったんだから」
と。
「済まんな」
変わらぬ無表情で、バージルが呟いた。これは兄なりの「ありがとう」なのだと、ダンテには
すぐに判る。
「うん、」
ちょっと恥ずかしそうに微笑むダンテの腕の中、二匹のぬいぐるみが悔しそうにじたばた
した。
口に入れたそばから溶けてしまう、ふわふわの綿菓子を食べながら、ダンテは一人、
ぼんやりと暗がりにいた。
腕に抱いていたぬいぐるみもなく、バージルもいない。何故かと言えば、単純にはぐれたのだ。
人が多いとはいえそう広くもない通りで、はぐれることなどある筈もない、と高を括っていた
からだろうか。見たこともない食べ物に食い付き、気を取られていたということもある。
二体のぬいぐるみは、バージルとはぐれるより先にどこかへ行ってしまっていた。
目立つことはするな、と言って聞かせたが、多分無理だろう。
ともかく、あまり動き回らないことだ。
迷子の基本を本能的に実行し、ダンテは人ごみを眺め回した。その時、
「こんなところに一人で、誰待ってるんだ?」
嫌な感じのする、にやにやとした声がダンテの耳に届く。無視すれば良いことだったのだが、
ダンテは咄嗟にそちらを見遣ってしまった。
男、というにはまだ十代だろう青年が三人、ダンテを覗き込むようにして頭を傾げた。
「へぇ、ほんと可愛いな」
「だから言っただろ?」
「お前の女の趣味って微妙だからなぁ。でも、これは本気で当たりだな」
面倒な奴等に絡まれた。ダンテはすぐに興味を削がれ、ぷいとそっぽを向いた。あれ、と
青年の一人がダンテの背後の壁に手をつき、笑う。
「恥ずかしいの? 可愛いね」
少し、かちんと来た。が、無視を決め込み視線もくれてやらない。
「あのお兄さんとは一緒じゃないんだ?」
別の青年が言った。思わず、ダンテの肩がぴくりと跳ねる。それを見逃さなかった一人が
にやりとしたのが、見なくても判った。
「じゃあ、俺たちと遊ぼうぜ」
「そうそう、一緒に愉しいことしとして、な?」
肩に置かれた手が気持ち悪くて、ダンテは振り払おうと肩を揺すり、睨み付けた。しかしそれ
さえも彼らには可愛らしいとしか映らぬらしく。
「……すっげぇ良いかも」
「あぁ、堪らねぇな」
「な、あっち行こうぜ?」
最後はダンテに向けて言ったものだ。下衆。ダンテは内心で毒づいた。
男らは尚も執拗にダンテを誘い、挙句肩に腕まで回して来た。間近に迫った顔は、一般的に
言えば整っている方だろう。しかしバージルの顔立ちと比べれば――――自分の顔も同じ
なのだが、それは何故かぴんと来ない――――、どこにでもある普通の容姿にしか見えない。
ダンテは元より年下に興味がない。どう考えても彼らの誘いに乗る訳はないのだが、
しかし。
「さっきまで一緒だったの、彼氏? 全然来ないし、もう帰ったんじゃねぇ?」
だから自分たちと、と言いさした青年を、ダンテはぎろっと睨んだ。少女の容貌からは想像も
出来ぬ恐ろしいまでに苛烈な目に、彼らは一様に竦んでしまった。ダンテの睨みをまともに受け、
平然としていられる人間など、よほど肝が据わっているか、鈍感かのどちらかだろう。
けれどダンテは、すぐに瞳を和らげ、子供らしからぬ婀娜っぽい微笑を浮かべた。
手に持っていた綿菓子の棒を、アスファルトに投げ捨て、ぽってりと
した紅い唇が、問う。
「愉しいこと、する?」
艶めいた声音とは裏腹に、子供っぽく首をことりと傾げる。自覚がないことが最大の要因と
なり、それはとてつもなく魅力的な効果をもたらした。
ごく、と青年らは無意識に喉を上下させた。下肢に熱が集まるのを、三人ともが意識せずには
いられない。見目はまだ年端もいかぬ子供だというのに浅ましいことだが、そのくらいの威力が
あったということだ。
「じゃ、じゃあ行こうぜ」
一人がダンテの手を握り、路地に招いた。ダンテは先刻までとは打って変わって愛想良く、
こくんと頷いた。それだけで、単純な男達は色めき立つ。
「早くしろよ」
一人がダンテの手を引く青年を急かした。声が完全に焦れている。欲望を隠すことも知らぬ
若さに、ダンテは辟易したが声にはしない。今はのぼせ上らせていれば良いのだ。
街灯のほとんどない路地は暗い。その暗がりに、ダンテの白い肌は不思議な程浮き上がって
見えた。
ダンテは壁に背中を押し付けるようにされ、性急に覆いかぶさって来る青年を見上げた。
首筋に濡れたものが這う。気持ちの悪い感覚が背筋を撫でた。
「初めは誰から行く?」
欲情した声は僅かにうわずっている。他の二人が何ごとか応えるより早く、ダンテが声を
上げた。
「誰が一番愉しくさせてくれるかな?」
無邪気なようで、果たして挑発的な言葉。男達の目の色がはっきりと変わった。
「俺だ」
「いや、オレだ」
「俺に決まってる」
愚かしく不毛なやり取りだ。しかして彼らの出した結論は、
「一回ずつして、一人選ばせれば良い」
ということになった。
「選ばれた奴が取る。それで良いだろ」
ダンテが黙ったままなのを良いことに、彼らは勝手に話を纏め、いざ据膳を食らわんと
ダンテに向き直った。初めは、結局ダンテの首筋を舐めた男がするらしい。
「愉しませてやるからな」
下卑た笑みに反吐が出る。無論、内心では、だ。
触れたこともないだろう浴衣の脱がせ方など、男に判る筈もない。襟を広げて首筋から
鎖骨にかけてを丹念に舐めた。浴衣の帯はそのままに、裾を割り広げ、筋肉の薄い脚を抱える
よいにあげさせる。透き通る白磁の肌は暗がりにも眩しく映り、男を興奮させた。
仲間の二人に見られていることが、男の慾を刺激する。滑らかな瑞々しい肌の感触に浸ってか、
男の下肢はこの上なく熱い。しかし、
「…………え?」
ダンテの内股をまさぐっていた手が、止まる。どうした、と怪訝な声がかけられるが、
男は固まったまま。
「こ、いつ……男か……!?」
信じられない、と驚愕する男の手首を、ダンテはおもむろに掴んだ。
「そうだよ、ばぁか」
そこには無垢な少女の姿はなく、不敵な男の貌があった。うっ、とダンテに触れていた男が
呻く。ダンテが、手首を掴む手に少し力を込めたのだ。
他の二人は何ごとが起こったのかさっぱり判らず、阿呆のように立ち尽くすばかりだ。
ダンテはその二人に見えるよう、男の腕を捻り上げた。途端、男が情けなく呻く。
「うぅ……っ!」
「悪かったなぁ、女じゃなくて。兄貴の趣味に突き合わされてこんな恰好させられて、挙句
こんな馬鹿に絡まれたこっちこそいい迷惑だよ、畜生」
にっこりと口許は笑いながら、目だけは全く笑っていない。三人はしかし、まだダンテが
少し力の強い、十代半ばの少年としか認識出来てはおらず。故に愚かな行為に出た。
三人がかりで組み敷こうとしたのである。
飛び掛かって来る三人を、ダンテは軽く跳躍して躱した。背後の壁を蹴ったとはいえ、
そこそこ長身の三人の頭を悠々飛び越えて見せたのだ。その跳躍力ははっきり人間の能力を
超えていた。
呆気に取られて言葉もない三人をよそに、ダンテは息も乱してはいない。そして三人には
意味の判らぬことを言った。
「アグ、ルド、おいで。ちょっと遊ぼう」
ダンテの背後から、ちまちまと何かが歩いて来るのを彼らは見た。それは明らかに
ぬいぐるみの形をした何かが二つ――――。
「主よ、そやつらが今宵の獲物か」
「そやつらを相手に遊ぶのか、主よ」
かさついた声は、動く人形から。しかも二体の形が、ダンテに近付くごとに奇妙に変じている。
ごき、ごき。骨が折れるような鈍い音が路地に響く。
それはついに、二本の大振りな剣に姿を変えた。
一本ですらかなりの膂力を必要とするだろうそれを、痩身の少年が片手に一本ずつ軽々と
構える姿は、とてもこの世のものとは思えない。
凍り付く三人に、ダンテが朱の剣を向けた。炎をまいた剣が、うっそりと口を開く。
「我らが主に触れたこと、後悔させてくれよう」
舌なめずりが聞こえるような恐ろしい声に、応じたのはダンテだった。
「軽く遊ぶだけだ。判ってるだろ?」
「しかし、主よ」
不満そうな声は碧い剣から。それも、ダンテが諫める。
「それなりに大人しくしてりゃあ、ご褒美やるって言ったろ。忘れたのか?」
「む……致し方なし」
「従おう、主よ」
「よしよし。んじゃ、久しぶりにやるか」
応、と二刀が同時に応え、朱の剣から炎が立ち上ぼり、碧の剣が起こす風が炎を煽った。
たん、とダンテがアスファルトを蹴る。一瞬で三人の眼前まで距離を詰め、にやりと笑うと
跳躍した。やはり尋常ではない高さに浮き上がったダンテは、何もない空を蹴りもう一度跳躍。
壁を蹴ったのではない。空中に一瞬だけ浮かんだ朱の魔方陣を足場にしたのだ。これは双剣の
技である。
三人はすでに茫然としている。驚きを超えてしまうと、後はもう何の反応も出来なくなるもの
らしい。
ダンテはそれを判っていて、宙で壁に向かって二刀を一閃させた。兜割りをするように剣を
振り下ろし、そのまま地面に着地する。音もなく、平然と地に足をつけたさまは猫のようだ。
間もなく、ぱらぱらと石の欠片がいくつも落ちた。と、がらがらとコンクリートが音をたてて
崩れ、アスファルトにぶつかって砕ける。何ごとが起こったのかと言えば、ダンテが壁を剥ぐ
ように斬ったのである。
浴衣の袖を払い裾を直すと、両手に握った剣がまたしても姿を変えた。初めの、ぬいぐるみの
それだ。
「さ、帰ろ」
さっぱりしたように言うと、ダンテは棒立ちのままの三人には一瞥すらなく路地を後にした。
闇の途切れた先に、腕組みして佇んでいる兄の長身を目指して。
取り残された三人は、駈けて行く細い背中を、やはり言葉もなく見詰めることしか
出来なかった。
これも内容のほとんどはいつもの方に頂いたネタをもとにしております。
何だかどこもかしこも中途半端に見えるのは、これ書いてる時、半眠状態だったからです…。
いや、文才ないんで、そっちの問題の方が大きいんですが;
とりあえず、続きます。次は短いです。その代わり展開が突然。…精進します;