蒼楼
手酷く、抱いた。いや、犯したと言った方が正しい。
まさしく蹂躙だった、とバージルは自分のしたことであろうに、他人事のように評した。
己のしていることを冷静に観察しながら、執拗に犯した。
双子の、弟を。
ダンテが自分以外の男と関係を持つこと自体は、ある意味で仕様のないことと割り切って
いた。
自分の独占慾の強さは自覚しているし、ダンテが息苦しさを感じても不思議ではない。
しかし、ダンテが最後に選ぶのは自分だと、当然のように確信していた。
選ぶ、ではなく、あれには自分しかいないのだ、と。
それは自惚れだったのだろうか。
ダンテはふらりと外出することが多くなり、自分との交合の回数は確実に減った。自分が
性慾の塊だとは間違っても思わないが、ダンテとの行為は性慾を凌駕した快楽を得る為にする
のだから、ただの交合とは意味が根底から違う。
存在の確認。
あえて言葉にするなら、そう言うのだろう。互いを確かめる為に、交わる。あれもそう
なのだと、思っていた。けれど違った。
「あ……っや、だ、いやぁあ……っ」
何度目かも判らぬ射精。
何度目かも知れぬ拒絶の言葉。
バージルは苛立った。すぎる程快楽を得ているくせに、何が「嫌だ」だ。やめろ、とは
どの口が吐くのか。
「嫌なら、一度でも萎えて見せろ」
達したばかりだというのに、少し腸壁を突き上げてやっただけでまた固くし、精液を
溢れさせているダンテの陰茎を、バージルは軽く扱いた。びくっとダンテの躰が跳ね、高い
嬌声を上げる。
「あっ……!」
初めに一度抜いてやっただけで、後は一切触れずにいた所為だろう。ダンテの喘ぎには
明らかな歓喜があった。それが、またバージルの機嫌を逆撫でする。
「淫乱が……あの不愉快な男に犯されて、悦ぶ貴様の姿が目に浮かぶ」
揺さぶられ、最早焦点の合っていなかったダンテの瞳が見開かれ、なけなしのプライドで以て
バージルを睨む。その目が、牡の征服慾を煽るのだと、ダンテはいつになれば気付くのか。
バージルはいつもなら浮かべる笑みすらなく、ただ冷めた双眸で、頬を紅潮させている弟を
見下ろした。
「俺に犯されるのが嫌ならば、」
言いさした言葉を、ダンテははっとしたように遮った。
「嫌じゃないっ! 違うから、それだけは……!」
ぼろぼろと泣き、縋る。もう何度も、こうして泣かせている。喚かせて、縋らせて。その度に
昏い充足感に浸る。
「嫌ではないなら、何故拒む? 矛盾しているだろう」
びくりとダンテの顔が強張り、哀しげに歪む。だって、と弁解など出来ぬだろうに言い訳を
しようとする口に、指を噛ませた。
「舐めろ」
有無を言わせず命じれば、涙を零しながら指に舌を絡ませてくる。何をされるかも判らずに、
健気なことだ。
バージルは内心で嗤い、指を引き抜いた。唾液の糸を引くそれを、無造作に下肢に伸ばす。
「な、に」
後孔に触れて、初めて何をされるか悟ったのか、狼狽するダンテを無視して、バージルは己の
ものを穿ったそこへ指を突き入れた。めり、と裂けた音がする。
「ぎっ、ぁ、あぁあっ!」
想像もつかぬ激痛がダンテを襲う。快楽などありはしない。ただの拷問だ。
「痛いか、ダンテ?」
囁く声は、陶然として。ダンテの答えなど判りきっているのだ。
ぎちぎちに銜えられた指で柔らかな肉を掻くと、ぐちゅり、と淫猥な音が部屋に満ちる。血が
流れたのだろう。鉄錆の臭気が鼻をつき、バージルは自身が昂るのが判った。
「ひいっ! あ゛、ぁうぅっ……!」
喘ぎは苦しげで、しかしバージルはそれが束の間のことでしかないと確信していた。
痛みをも快楽に変える。これはそんな、淫乱なのだ。
「嫌、と言うか?」
答えは当然イエスだろう。血が溢れて、今だ快楽は探り出せていない状態なのだ。しかし、
ダンテは痛みに堪える。現にダンテは何も言わない。堪えねばならぬ理由が何なのかは、
バージルには判らない。判りたいとも思わない。
理解は、必要ない。必要なことは、ただ一つ。
バージルは指を付け根まで沈め、鉤爪のように折り曲げた。ダンテがくぐもった悲鳴に近い
声を漏らす。
「ぐぅっ……! ぁ、あっ!」
悲痛なものでしかなかった喘ぎに、僅かに混じる快感を知らせる色。
「悦くなってきたらしいな」
くつり、と笑えばダンテが掠れた声で違うと訴える。当然、そんなものに信憑性はない。
「ここなど、どうだ」
指を入れたまま腰を動かしてやる。前立腺を擦り上げるよう位置を合わせれば、ダンテには
バージルの思うまま喘ぐことしか出来なくなる。
「っあはあぁ! ぁあ、んっ、ぅんん……!」
啼き、次第に腰を振り始めるさまは淫靡だ。
普段の人を食ったような態度はどこに消えたのか。この差が、男には堪らぬのだ。
ダンテを抱く男は皆、同じ思いでいたのだろう。それがバージルには不快でならないが、元を
正せばダンテをこうしたのは自分でもある。
素質も必要だ、とも思うし、そちらの要因が強いのだろうとバージルは思う。
男を悦ばせるのに、これ程適した躰はない。女ではならぬのだ。男だからこそ、溺れる。
「たちの悪い躰だ」
どこで躾を間違ったのか。もっと厳しく――――否、甘く、かもしれぬ――――しておけば
良かった。
何があっても、俺から離れられぬように。
あの時は上手くいったと思っていたのに、どこで間違ってしまったのだろう。
血にまみれた指を引き抜くと、ダンテの躰がびくっと跳ねる。息を吐く間を与えず、
バージルはダンテの脚を抱え上げ、激しく揺さぶった。途端に上がった嬌声は、どこか
狂気じみてバージルの耳に届く。
「ひぁあっ、アっ、あっ、ああぁあッ」
啼け。喉が潰れる程に。
縋れ。総てを投げうって。
理性も、矜持も、何もかもを粉々にして見せろ。
そうすれば、
「或いは、」
“私”はお前を恕してやろう。
ダンテはその言葉を聞いてはいなかっただろう。痛みと快楽に苛まれ、朦朧としながら喘ぐ
ばかりの弟の首を、ゆるりと絞めた。
何日、それを続けたか。
血を流しすぎた躰は蒼褪めたように白く、指先は蝋のそれに近い。
赤茶けた鉄錆に染まったシーツに横たわる体躯は、筋肉が落ちて一回り細くなった。
バージルは血臭のこびりついたベッドに腰掛け、俯せに眠るダンテの髪を梳いた。ふ、と
ダンテが瞼を持ち上げるが、虚ろな眼は何も映してはおらず。言葉もない。
ろくに栄養も摂っていない所為で、脳が働いていないのだ。そうなるよう仕向けたのは、
当然バージルである。
思考を奪い、自由を奪い、そうして少しずつ、鎖を巻き付けていく。
目には見えぬ、しかし断ち切れることのない鎖を。
「ダンテ、」
狂気を色濃く含んだ声で、バージルがダンテの名を呼んだ。返事はない。呻く以外に、言葉を
紡ぐだけの気力も体力もないのだ。
尋常ではない体力を持つ半人半魔といえど、限界はある。その限界が、近い。
バージルは一人ほくそ笑んだ。ダンテが限界に来ていることなど、気付いていないわけが
ない。むしろ、限界を超えるさまを見たいのだ。
それは死か、それとも別のものか。判らないからこそ、愉しみがある。
ぐったりとした肢体を組み敷き、無理から犯す。先刻放ったものが残る躰は、すんなりと
バージルの楔を受け入れた。
ぐちゅっとこもった音を上げて自身を飲み込んだそこは、ダンテ自身の意思を離れて
条件反射のようにバージルを締め付ける。
虚ろな瞳と相まって、それは酷く卑猥なものだった。律動に合わせて漏れる、がさがさに
嗄れた喘ぎすら。
「ひんッ、ぁあっ、あ゛……ぁっ!」
俯せたまま腰だけを抱え上げられた恰好で犯される姿は、淫らで良い。
力の入らない指先が、シーツを掻いて握り締めるさまも、また。
これを目に納めるのは、自分だけで良い。他の人間に見せてやる義理はない。
これの総ては俺のもの。誰にも、ひと欠片たりともくれてはやらぬ。
たとえそれを、ダンテが望んだとしても。自分が赦しを与えぬ限り、これに“自由”は
ない。
赦しなど。
「誰がくれてやるものか」
唸るような言葉は喉の奥に蟠り、声にはならず。
ただ肉のぶつかる卑猥な音とダンテの嗄れた喘ぎが満ちる部屋にあって、バージルは己の中の、
何かが壊れた音を聴いた。
鉄の格子はねじ曲がり、籠の中の鳥に突き刺さる。鳥は血を吐き、苦しみもがく。それでも
鳥は、逃げることを知らない。
血にまみれた翼を広げ、しかし飛ぶことを知らぬ羽はは血溜まりに泳ぐ。
朱に染まったからだを、真紅で洗う。
そこにあるのは狂喜。
鳥を縛るものは狂気。
血溜まりの中で、碧の詩を歌う。