燈火トモシビ









自分の中から男が抜け出して行く感覚に、ダンテは眉を顰めた。行為自体には慣れていても、 挿入時と抜かれる時の不快感は消えるものではない。とくに男が抜け出して行く際、同時に男が 放ったものも合わせて流れ出す感覚は不快極まりない。
行為はもう終わったというのに、男のもので内股が濡れる――――突き付けられているようだと、 思う。

この身はひどく愚かしく、浅ましく、そして穢れている、と。

(今更、だな……)

俯せのまま動かないダンテを余所に、男はシーツで自らの下肢を適当に拭った。半ば脱げた シャツを羽織っているだけのダンテと違い、黒い革パンツの前を寛げただけの男は、身繕いにも さして時間は要らない。
ジッパーを上げる音をやけに煩く感じながら、ダンテは目を閉じようとした。とにかく怠い。 牡の本性を剥き出しにしたような交合(あえてセックスとは言うまい)の後は、疲労が激しく、 躰を清めるのも億劫でそのまま眠ってしまう。もちろん、今日も――――だが。

「間が良いのやら、悪いのやら……」

くつりと笑う男に、ダンテは片眉を上げた。誰に対しての言葉なのか、不審げに振り仰いだ ダンテは、男がこちらではなく全く違う方向を見ていることにいっそう不審を覚えた。

「何を言ってる?」

疲労はあるが、今すぐ寝落ちてしまう程ではない。行為の最中、男の血をいくらか啜った からだ。
男はちらとダンテを見下ろし、目を細めた。自分の精液にまみれてぐったりとしたダンテを 見るのが気に入りだと、趣味の悪いことを言うこの男と、いつまでこんなことを続けねばならない のかと、ダンテは茫洋と思う。

「貴様の気に入り……あれはやめておけ」

ぴく、とこめかみが引きつる。それが見て取れたのか――――この暗闇の中で――――、 男は嘲るように低く笑った。

「入れ込むのは貴様の自由だが、結果は見えている。早々に見切りを付けろ」

ダンテは怠い躰を無理矢理仰向けに返し、片膝を立てた。

「あんたには関係ない」

拗ねたような口調になってしまったことを、後悔するより早く男がつとダンテの立てた膝に指で 触れた。円を描くように皿をなぞられ、腿の裏側に鳥肌が立つ。それが嫌悪から現われるものでは ないことを、ダンテはよく知っていた。

「不毛と判っていながら、それでも諦めぬのは変わらずか。奴のことも……」

「黙れ」

一瞬の沈黙。男は手を止め、ダンテの膝を掴んだ。猛禽のような爪が肉に食い込むが、ダンテは 怯むことなく男を睨む。紅い双眸が闇に浮かび上がって宝石のようだと、男が内心で思ったなどとは ダンテが知るわけもない。

「やはり貴様は……」

呟きは半ばからダンテの耳に届かなかった。男はダンテの内股を爪で引っ掻き、身を翻して 寝台を下りた。分厚い帳を雑に掻き分け、ちらと肩越しにダンテを見やる。

「また、来る」

それは毎晩ダンテを訪れる人間の青年が、帰り際にいつも落としていくのと同じ言葉だ。当て つけだと、ダンテは察して顔を背けた。男のくつくつという笑い声が不快だが、それもすぐに掻き 消える。
白い光が一瞬部屋に満ちたかと思うと、次の瞬間には男の姿はどこにもなく、支えをなくした 帳がぱさりと寝台を覆った。
言いたいことを言いたいだけ言って、消える。あの男はいつもそうだ。何がしたいのかと問うて、 ダンテの満足する答えをくれたためしがないのだ。酔狂だと、いつも思う。

初めてあの男に犯されたのはいつのことだったか、ダンテは朧気にしか覚えていない。随分昔の ことだ。無理矢理犯されたのだという記憶すら、もう薄い。何故自分を抱くのか、訊いたことは 何度かある。しかしやはり、男は明確な答えをくれたことはなかった。だから今は、男が自分を 抱きたいと言えば、好きにしろと返してやっている。

ダンテは今でこそ、物ごとに全く頓着しなくなった。自分のことすらおざなりで――――どうして “こう”なったのか、ダンテは覚えていない。いや、忘れようと努力をした。

――――忘れたかった、と言うべきか。

余計なことを考える前に寝てしまおうと、ダンテはゆるく目を瞑った。しかし、

「っ……?」

帳が不意に持ち上がる気配に、ダンテは閉じかけた意識を無理矢理揺り起こした。男が戻って 来たのかと思い、見やったそこに思いがけぬ姿が――――。

「……バージル?」

もう今は夜なのだろうか。日のほとんどを、この暗い部屋で寝て過ごしているダンテには、時間の 感覚が全くない。バージルがダンテを訪れるのは決まって夜で――――見送りに出た際、 辺りが暗いので――――、しかしあの男はここに来たときこう言った筈だ。 「たまには昼に起きてみろ」と。
いや、それよりも、バージルはいったいいつからここにいるのだろう。

「明かりを、」

囁くように呟いたバージルの言葉に、ダンテははっとして部屋の明かりを灯した。一瞬、明かりの 白さに目が眩む。

じっとこちらを見下ろすバージルの目は、感情というものが根こそぎ欠落しているかのように 昏い。その感情のない視線が、ダンテの頭から足の爪先までゆっくりと巡る。
温度のない視線は、しかし強い。背筋を駈け登るものを感じながら、ひそとバージルの形の良い 眉がしかめられた気がして、そこでようやく、ダンテは自分がろくでもない恰好であることを思い 出した。下肢にはまだ、男の精液と自分の白濁がこびりついている。

バージルがここに、いつからいたのかは判らない。しかしダンテのこの有様を見れば、何を していたのかなど一目瞭然であろう。行為に伴う独特の空気と、このすえたような匂いはどうにも 出来ない。

ダンテはこちらを見下ろすだけで、何も言おうとしないバージルをただ見つめた。バージルは おそらく、こういう行為を厭っている。バージルの口から聞いたことはないが、性的な方面には 潔癖そうだという印象をダンテは持っている。だから、

「……もう、ここには来ない、か?」

来るな、と言えなかった自分を、ダンテは内心で嗤う。あの男の言う通りだ。ダンテは自分で 思う以上にバージルに入れ込んでいるらしい。
押し黙っていたバージルが、薄い唇をつと開く。

「……来るなと言いたいのか」

ダンテは首をゆるく左右にした。しかしバージルにはダンテの意図が伝わらなかったらしい。

「俺が来ては、邪魔、なのだろう?」

「違う。そんなことは言ってない」

「ならば、何だ。当てつけのつもりなら、俺は……」

「違うと言ってる」

上体を浮かし、強い語調で否定する。当てつけとは何のことだ。そもそも邪魔とはどういうこと なのか、ダンテには判らない。もしバージルがあの男とのことを何か勘違いしているのだとしたら、 それこそ思い違いも甚だしい。

バージルはダンテから目を逸らし、ふと腰を折ってくしゃくしゃになったシーツを引き上げ ダンテの躰にかぶせた。見たくもない、とでも言うように眉間に皺を寄せている。それは当然の ことかもしれない。誰も、男同士で抱き合った情痕など見たくもないだろう。
ダンテは黙ってシーツを腹まで引き寄せた。ともかく、下肢がバージルの目に触れぬように、 だ。

「お前は、……」

言いさしたバージルが、思いとどまったように口を噤む。ダンテは首を傾げた。バージルは何か 言いにくそうに口許を手で覆い隠す。

「バージル?」

「……言い訳をしないのか」

それはとても小さな声で、ダンテは「え?」と目を瞬かせた。その反応が気に食わなかったのか、 バージルの眉間の皺が深くなる。

「いや、忘れろ。――――」

もっと何かを言いたいのだろう。そんな顔を、バージルはしている。しかしダンテはバージルの 口を、あえて開かせようとはしない。してはならないと、無意識に自身を抑制しているのだとは、 ダンテは自覚していないけれども。
バージルの視線が、もう一度ダンテに据えられる。しかしダンテと視線が絡むと、火に触れた ようにはっとして逸らされてしまう。

(……まずい)

思いの外傷ついている自分自身に、ダンテはある種の焦り(恐れ?)を覚えた。しかしそれは 表情には出ず、おそらくバージルに気付かれてはいない筈だ。

立ち尽くしているようなバージルの垂れたほうの手を、ダンテはじっと見つめた。

「……バージル、」

名を呼ばわるつもりはなかった。唇が勝手に動いたようにダンテは思った。
バージルの垂れた手が、ぴくりとする。

「明日、……また来る」

堪えられないとばかりに帳を持ち上げ、背を向けたバージル。ダンテは無意識にバージルの背に 手を伸ばしかけて――――やめた。代わりに、そうか、と詰まらぬ呟きを一つ、投げる。
ぱさ、と分厚い帳が落ちる。バージルの足音は絨毯に吸われ、ドアが閉まる音を、ダンテはどこか 薄ら寒い気持ちで聞いていた。

明日、また――――その言葉だけが、ダンテの冷えた心にほんのりと暖かみを与えるよう だった。



















前?
次?
戻。



ベオ優勢。

[07/10/5]