塔――――W













「バージル、」

呼ばわる声は、声変わりこそしたものの、響きそのものに変化はない。

「なぁ、バージル」

幼い頃から、ダンテは何かと甘えただった。日に何度自分を呼ばわるか、 バージルは数えたこともない。

「バージル……?」

その声の持つ響きが好きだった、と。今更のように、思う。

下らぬ回顧はしない。あの時にそう、決めたのだけれども。














バージルは塔の頂上にあり、ただ静かに待ち続けた。陽の落ちる頃に地上に塔を出現させて、 数刻。先刻まで月が蒼白く闇を照らしていたのだが、今は濃い雲に覆われてその姿をすっかり 隠している。
雨が、バージルの蒼い外套を濡らしていく。水を吸った布は重いものだが、バージルは そんな素振りも見せない。実際に、重さなど感じてはいないのだ。

雨。

「…………」

バージルは閉じていた瞼を持ち上げた。長い睫毛に引っ掛かった水滴が跳ね、雨に混じって 床に落ちる。
床。円形の舞台にも見える塔の頂上は、バージルとその片割れが相対するにはこの上ない 場所である。まさに、舞台だ。

こつ、こつ、

雨音に混じり、近付いてくる靴音。相も変わらず、半身はごつごつとしたブーツを好んで 履いているらしい。外套は、夕暮れに見た。やはり赤いのだな、と内心で笑った。
自分があくまで蒼を身に着けているように。

似合うからだとか、そういうことでは決してなく。自分たちは幼い頃から、いつもこの色を 身に着けていた。そして、今も。

変わらない。そう、何も変わってはいないのだ。

塔を登り詰めた半身が、背後にいる。雨は、お互いに少しも気にならないらしい。 互いが総てであり、そして唯一であるからこそ、今この場で認識するものは互いしかない。 それが、自分たちきょうだいだ。

ゆっくりと振り向いたバージルに、半身が言葉を放つ。

「……感動の再会って言うらしいぜ、こういうの」

軽い調子の声は、ともすれば震えるのを堪えていることがありありと判る。
可愛らしいものだ。

「……らしいな」

キスでもしてやろうか。

強いた軽口にくつりと笑い、剣を抜く。打ち合う剣はそれぞれに、父の形見だ。






血を流せ。忌まわしき血を、






勝負はすぐについた。時間にすれば数分と掛からなかっただろう。しかし彼らにとっては 永遠に近いときだった。が、永遠など存在しはしない。

腹に突き立つ細身の剣。それはまるで処女の身を汚すかのようにダンテを貫き、犯した。 バージルが柄を握った手を引けば、ダンテの躰がしなって剣がずるりと抜ける。一瞬、 恍惚としたようなダンテの表情が視界に映った。雨に混じって、濃い血の匂いが鼻をつく。甘く、 痺れるような匂いだ。
剣が総て抜け、ぐらりと傾いだダンテの胸元に光るアミュレットが揺れる。バージルは 倒れていくダンテからアミュレットを奪おうと手を伸ばし、しかしそうはしなかった。

仰向けに倒れたダンテの腹からはどくどくと止めどなく鮮血が溢れ。雨に濡れた床に紅い 池を作る。
池に横臥するダンテを見下ろし、バージルは言った。

「力だ、ダンテ。お前に力があれば、或いはそこにいるのは俺だったかもしれぬ。何故、 そうなってもまだ力を求めようとしない?」

この躰に最強たる悪魔の血が流れていることの意味を、何故ダンテは考えようとしないのか。 何故、この血を利用しようと思わぬのか。確かに、母はバージルらに人として生きることを 教えた。しかし、ひとは弱い。誰かを、何かを守るには、ひとはあまりにも弱すぎるのだ。
悪魔の――――父の血をもってすれば、守ることは勿論のこと、大事な何かを脅かすものを ことごとく滅ぼすことも容易だ。憎いものをより簡単に屠ることが出来るのだ。ひととして生きて いては、悪魔を殲滅することなど到底出来はしない。そしてまた、誰かを守れずに死なせてしまう のである。

「力こそ、総てだ」

バージルはぐったりと動かぬダンテの傍らに膝をつき、自分が開けた穴を指でなぞった。 ぴくりでもなかったダンテの躰が、びくりと跳ねる。いまだ血の止まらぬそこを。 熟れた柘榴のように紅い肉に、ぐぬ、と指をめり込ませる。

「ぁ、ぐぅッ……!?」

掠れた悲鳴が耳に心地好い。バージルは我知らず笑みを浮かべた。狂気を纏った笑みだ。
何に対しても、どんな時も常に淡白なバージルの慾という慾を刺激し煽るのは、ダンテ以外に はない。生まれ出るより以前からともにあったダンテだけが、バージルにあらゆる慾望を 抱かせる。

バージルの扱う剣で貫いた傷は、普通細い隙間が残る程度の鋭さなのだが、ダンテの腹に 作った傷は抉るように手首を捻ってやっただけに、切り口は肉が潰れたように裂けている。
溢れる血は降りしきる雨に洗い流され、傷口をはっきりと見ることが出来る。常人では ありえない治癒力でもって、既に塞がろうとしている肉と肉の間に無理矢理指を突き入れてやると、 ダンテがびくんと躰を痙攣させた。

「ぅあッ……あ゛……!」

激痛に悶える表情と声は、不思議な程情事の最中のそれを思わせる。苦痛の中に確かな快楽の 窺える喘ぎ。ただ気持ちの好いばかりの快楽を、バージルはダンテに教えては来なかった。
ダンテに男を教えたのはバージルだ。ダンテは何も知らぬ間に受け入れることによる快楽を 仕込まれ、そして馴れた。女を抱けぬ躰ではないが、与えるよりも与えられる快楽にこそ 弱い躰になるよう、バージルはダンテを仕込んだ。

まずは、痛みを。そして自慰では得ることの出来ぬ強烈な快楽を。

繰り返すうち、ダンテは痛みの中から自らで快楽を探りだすようになった。時折、気が触れた ように拷問じみた交合を強いたこともあったが、ダンテは泣きながらも確かな快楽を得ていた。
素質の問題も当然ながらあるのだろうが、ダンテをそういう躰にしたのは紛れもなく バージルだ。

ぐちゅ、と肉がバージルの指に絡み付く。肉体を修復しようとする本能が、異物を取り込んだまま 裂けた肉を繋げようとしているのか。バージルはくっと喉の奥で笑い、突き入れた指を一本から 二本に増やした。塞がりかかっていた肉を抉り、潰すようにしてやると、ダンテの口から絶叫が 迸った。

「ぎっ、あぁあぁああッ!!」

見開かれたダンテの双眸を、バージルは真上から見下ろした。雨に濡れた頬を、空いた手で 撫でてやる。

「ダンテ、お前は弱い。お前如きの力では、俺にすら届かぬ。弱きものは死ぬだけだ。 遅かれ早かれ、いずれ、――――」

ぐちりと肉を抉った。ダンテがまた悲鳴を上げる。

「んぁあっ……! あ、あ……ッ、じ、ルっ……ア、ンタ、は……」

喘ぐようにダンテが言葉を紡ぐ。弱弱しく持ち上がった腕が、頬に触れるバージルの手を 掴んだ。

「あ、ンタは……昔っから、そ……だ……った、よな……」

いつも、と吐息に混じった声は掠れ。

「いっつ、も……」

喘ぐダンテの眦から、雨ではない水が溢れて流れ落ちる。バージルはそれをじっと見詰め、 不意に興を殺がれてダンテの傷口から指を引き抜いた。

「っ、くぅ……!」

ぐっと目を瞑ったダンテの胸許に光る、自分のそれを揃いのアミュレットに手をかける。鎖の 引かれる感覚にはっとしてか、ダンテが目を見開いた。
ぎしりと鎖が軋み、呆気なく切れる。アミュレットを取り返そうと伸びたダンテを腕を、 バージルは父の形見の剣で斬り裂いた。ばしゃん、とダンテの腕が水溜りに叩き付けられる。

バージルは立ち上がり、手の中のアミュレットに視線を落とした。禍々しい朱。ダンテを守る その色に、バージルはいっそ憎しみすら抱いている。
眉を寄せ、バージルはふと、いつの間にか前髪が下りていることに気が付いた。ダンテと 剣を交えている間にこうなっていたのかもしれないが、まるで覚えていない。アミュレットを 握った手で、ざっと髪を後ろに撫で付けた。雑ではあるが、下ろしたままでは邪魔になる。

ぱらぱらと小降りになった雨は、すぐにも止むだろう。バージルは喘鳴を繰り返すダンテを 一瞥し、背を向けた。視線の先には、ダンテの振るう大振りの剣。まるで自分たちを睥睨するかの ようなそれに、バージルは唾を吐きたい気分だ。





悪魔の血に更なる力を求めるバージル。

ひとの血に縋り悪魔を屠るダンテ。





訣別は、必然だった。











護るべきものを護らんと、ただ荒野を駈ける。その手段の違いだけが、彼らを別つ、埋めること の出来ぬ深い深い溝なのだとは、気付こうともせずに。
















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