塔――――U
――――俺らって、何なんだろうな。
街の真ん中に突如として現れた塔――――テメンニグルを駈け登りながら、
ダンテはふと、昔交わした言葉を思い出していた。
相手は、双子の兄だ。
「何、とはどういう意味だ?」
当時、彼らは十を一つか二つ過ぎたばかりだった。しかし兄の口調は、
昔から随分と大人びていた。
「そのまんまだよ。俺らって、普通の人間とは違うだろ? 普通の人間じゃないなら、
何なんだ?」
ダンテは生来好奇心が強く、よく兄にあれやこれやと問い掛けていた。兄が自分と
同い年だということは判っていたが、何故か問い掛ける相手はいつの時も兄だった。
兄は、言ってみれば愛想のない、常に冷めた子供だった。
「さぁな」
素っ気ない返答。しかし、その後に何かしら言葉を繋げるのが常だった。
「俺たちは俺たちだ。他は知らん」
他者と違うことを、僅かにだが気にしていたダンテを、兄は気付いていて、
何の気なしに慰撫しようとしたのだろう。俺たち、と敢えて口にすることで、
自分も同じなのだと強調させたのだ。
「……そうだよな、うん……」
母と父と、どちらの種にも属さぬいきものが、二人。そう、二人いる。
容姿が酷似していることは二人ともが頭から否定したが、その身に流れる血は
同一なのだと知っていた。性格も違い、思考も違い、他者から見れば似ているところは
容貌のみと言っていい彼らだが、その実、彼らは確かに同じいきものなのだ。
ただ二人の、同種。
塔の入口を守っていた、氷を纏う三つ首の番犬はダンテの前に平伏した。
自らを武具に変じ、主の為に力を尽くすと言って。
ダンテはそれを許した。拒む理由もない。それに、力は確かに必要だった。
バージルは強い。
ダンテは既に、バージルとの対決を確信していた。血を流さぬように、など、露程も
思ってはいない。あちらもそのつもりだと言うことが、ダンテには嫌と言う程判った。
バージルは昔から、ダンテですら薄気味悪く思うような強さを持っていた。
ダンテは今まで一度も、バージルと競って勝てた例がない。それも、バージルが本気を
出していると感じたことは、やはり一度もないのだ。
より強い力がなければ、バージルには勝つどころか、一矢報いることすら難しい。
忌々しいが、それが事実なのだ。
昔の他愛ない会話を、何故今になって思い出したのか。ダンテにはその理由が判っている。
今だから、だ。
今、この時。
命を奪い合わんとするこの時だからこそ、懐古の念に駆られたのだ。
(詰まらねぇな……)
己の軟弱さに、吐き気がした。
テメンニグルの最上階、生温い風の吹き荒ぶ屋上から、男は地の果てを見つめていた。
一振りの刀を、冷たい床に杖のように立てて。
じっと、もの言わぬ彫像の如く、男は微動だにしない。瞬きすら、しているかどうか。
が、男は命あるものに違いはなく。
引き結ばれた唇が、つと何ごとか呟いた。低い声は風にかき消され、音は四散して
どこかへ流された。
何を囁いたのか。男は再び沈黙に戻り、最早どんな言葉も紡ぐ気はないらしい。
しかし、それは長く続かなかった。
「鼠が一匹入り込んだようだ……」
陰気な、張りのない声。剃髪の男がおもむろに本を閉じ、腰掛けていた
瓦礫から立ち上がった。
「招かれざる客には、早々に退出していただこう……」
笑みを含んだ声は、やはり陰鬱。聞いていて気分の良い声音では決してないが、
男――――バージルは眉一つ動かさずに云った。
「……好きにしろ」
平坦な声は、バージルがその招かれざる客とやらに興味の欠片も抱いていないことが
ありありと判る。
剃髪の男は口許を歪めて声なく笑った。顔の半分を覆う醜い痣が、うねるように蠢いた。
バージルは相変わらずそちらには背を向けたまま、しかし目だけをちらと横にやった。
表情には微塵の変化もなく、剃髪の男は気付くことなくふらりと屋上から姿を消した。
バージルはあの男を信用してはいない。利用する価値があると見ているだけで、
仲間だと言う意識も全くない。利用価値がなくなれば、斬るだけだ。
世の中にあるもの総て、利用出来るか否かの二種しかないと、バージルは
当然の如く思っている。そして自身は、それらを選り、利用するものだ、と。
バージルにとって、この世は詰まらぬ戯曲でしかない。
だから。
「……来い、ダンテ」
バージルは低く呟いた。水晶のような碧い双眸が、鋭く宙を見据える。
早く来い、と喉の奥で繰り返した。
下らぬ感情は、もう捨てた。形あるものを壊せば、総てが終わる。
それは詰まらぬ生を、根底から覆すため。
もう何も、この手から喪わぬように。
ふ、とあることを思い出し、バージルは目を瞑った。瞼の裏に映ったものを
無理矢理打ち消し、眉間に皺を寄せた。
(……下らん)
それは幼い日の、遠い記憶。