蒼芽ソウガ











とんでもない姿を見られてしまったという衝撃で、ダンテは氷のように見事に固まっている。
バージルは口許に笑みをはき、ダンテのあらわになった下肢にそっと触れた。びく、とダンテが 全身を跳ねさせる。

「やっ……!」

慌てて脚を閉じ、逃げようとするダンテだが、そう易々とは逃がしてやらぬバージルである。
ダンテの足首を掴んで捕獲すると、片手でソファーに引き戻した。うつ伏せのような妙な体勢が 苦しいのか、ダンテが「うっ」と呻く。もしかすれば、剥き出しの陰茎が革張りのソファーに 擦れたのかもしれない。それは確かに痛かろうと、バージルはダンテの躰をひょいとひっくり 返した。
人形のように軽々と向きを変えられたダンテが、呆気に取られたように惚けている。ぽかんとした 表情もなかなかに可愛らしいものだ、などと思いながら、バージルはダンテの乱れた髪を撫でる ように梳いた。

「逃げることはあるまい?」

逃げられると思っているのかと、暗に言ってやる。ダンテは悔しそうに唇を噛むが、内心は 相当恥ずかしいのに違いない。が、バージルにとっては、先程の光景はまさに佳いものを見たと いう感覚でしかない。ダンテの自慰に耽るさまなど、めったに見られるものではないのだから。
そもそも、彼ら双子は自慰によって肉慾を散らす必要がほとんどない程度に、頻繁に躰を 繋げている。仕掛けるのは九割方バージルだ。ダンテは快楽主義者だが、交合に関しては何故か 慾の強いほうではないらしい。無論、慾がないとは言わない。バージルが与えてやる快楽に酔う さまは目にも耳にも快く、より強い快楽を求めてねだる姿はバージルを猛らせてならない。 ねだり、縋ってくるさまが見たくて、意地の悪いことをしてやるのはもはや日常的になって いる。

する必要のない(全くとは言うまいが)自慰を、ダンテはしていた。それを見られたダンテは 羞恥に首筋まで赤く染めて、せめて下肢を隠そうと服の裾を両手で引っ張った。バージルが 買ってやったそれは裾がさほど長くなく、ダンテにぎゅうぎゅうと引っ張られて限界以上に 伸びてしまっている。それでもどうにか、局部のみ隠しおおせた程度でしかない。
バージルは眉間に皺を刻んだ。

「生地が伸びる」

そう言って、ダンテの手首を掴んで裾を握り締める手を外させた。片手が空いていては同じことを するだけだと、両手を一纏めにする。
離せ、とダンテが喚いた。またしてもあらわになった下肢がバージルの目にさらされて、ダンテは 大腿を擦り合わせる。

「そう恥じらうこともないだろう」

処女でもあるまいに、とバージルがしれっと言えば、ダンテの顔がいっそう赤くなった。

「しょ……っ!?」

男の身で、女に喩えられたのが衝撃的だったらしい。とは、バージルの見解だが。
それで、と出し抜けに言うバージルに、ダンテは意味が判らなかったらしく首を傾げた。

「まだ出していないだろう?」

続きはしないのかと、悪意はなく言ってやる。バージルとて、ダンテを女扱いしているわけでは けっしてない。ダンテが女であれば、などとは考えたこともないバージルなのだ。
男なのだから、中途半端に己を高めたまま放置するのはつらいことだ。今の今まで、ダンテは やけに熱心に自身を弄っていたのだから、余計にそうだろうか、と。
すると、ダンテの赤かった顔から、何故か血の気が引けて蒼白くなっていく。奇妙な反応だ。 バージルは片方の眉を上げた。

「ダンテ?」

曲げられた膝に触れようとすると、ダンテか過ぎる程にびくりとして脚を引っ込める。 あからさまに避けられたバージルは、当たり前だが気分はよろしくない。
バージルの機嫌が下降したことに気付いたのか、ダンテがはっとしたように目を見開いた。 ごめん、と似合わぬ殊勝な言葉を口にする。きゅっと膝を抱えて小さくなるダンテは、見目も 相まって可愛らしい。唇を噛み、何をか憂えた表情で視線を落とす仕種はどこかしら 艶めいて見える。

そんな表情を、して。

「……誘っているのか?」

「はぁっ?」

素頓狂な声を上げたダンテだが、バージルは至って真面目である。男として、当然のことを 訊いたとすら思っているとは、ダンテの知るよしもないことだ。

「違うのか?」

「どこをどう考えたらそうなるんだよ……!」

違う! と声高に(実際、元の声よりも随分高い)叫んだダンテの、丸みを帯びた膝をバージルは 無遠慮に掴んだ。今度はダンテに逃げる間を与えなかった。ダンテが「ひっ」などと悲鳴を上げて いる。

「……さっきから、何を怯えている?」

不審すぎると指摘してやれば、ダンテはさっと俯いた。何か隠していると、バージルは 確信した。

「ダンテ、」

呼ばわるが、ダンテは頑なに唇を噛み締めてこちらを見ようとしない。バージルは苛立った。 元々、気が長いほうではないのだ。

バージルは強行手段に踏切った。何をしたかと言えば……ダンテの膝に手を掛けて左右に 割り広げ、縮こまっているものを無造作に掴んだのだ。わぁっとダンテが動揺した悲鳴を上げる。 それを無視して、バージルは片膝をソファーに乗り上げてダンテに顔を近付けた。

「俺に隠しごとなど、許されると思うな。ダンテ」

陰茎を包み込んだほうの腕でダンテの片足を押さえ、もう一方の手で服の裾をまくり上げる。 ダンテの膚は熱く、手が冷たかったらしくびくりとして見せた。

「やっ……、バージル、嫌だ……」

拒絶の言葉を、その通り受け取るバージルではない。嫌だと言いながら、結局は同じ口で 「もっと」とねだるのは誰であるか、ダンテも知らぬわけではあるまいに。
気になることは、ダンテが何にか怯えているように見受けられること。先刻よりも明らかに、 何かを怖がっているような……その何かの正体は、バージルには判らない。

内心で舌打ちをして、バージルはダンテの小さくなった陰茎をゆるゆると揉むように、手を 上下させた。快楽に弱いダンテのこと、陥落にはさしたる時間は掛からない。筈、なのだが。

「……ッつ……ぅん……っ」

いつもならば、数度も扱いてやればすぐにとろりと蕩けた表情になるダンテが、何故かつらそうに 顔を歪めている。そんな表情もバージルにとれば好ましいが、ダンテの漏らす吐息すらつらそうな それだというのはどうしたことか。バージルはダンテに苦痛を与えているわけではない。むしろ いつにも増して、手つきは緩やかだ。
もどかしいと感じているのだろうか。バージルは無言のまま、張り詰め方を忘れたような陰茎の 先端に軽く爪を立てた。

「ひッ……!」

押し殺した悲鳴がダンテの喉をつく。やはり快楽を得ての喘ぎではない。そしてやはり、ダンテの 中心は昂ぶる様子を見せない。

「……、……何だ、これは」

思わず口をついていた。ダンテは泣きそうな顔をして、知るか、と喚いた。

「俺にだって判んねぇよっ!」

先刻、自分で弄っていたときも“こう”だったのだろうか。だからバージルが帰宅したことにも 気付かずに、自慰に熱中していたのか。突然快感を得られなくなった己が信じられなくて。
気の所為だと思いたくて、かもしれない。

バージルは、ぐすっと洟を啜ったダンテの中心を、もう何度か扱いてみた。

「ぁっ……バ、ジル……やだ……っ、やめ……!」

痛い、と訴えるばかりで、ダンテのそれはいっこうに張り詰めようとしない。声も、甘やかな 喘ぎには程遠かった。
何故、と喉の奥で呟く。ダンテ本人にも判らないのだ。バージルに判ろう筈がない。しかし、 奇妙ではないか。

「ダンテ、お前は……。俺のおらぬ間に、何があった?」

え? と、ダンテが驚いた表情でこちらを見上げてくる。

「何かって……べつに、なんも……」

「何もなくて、何故突然こんなことが起こるというのだ?」

何かがあったに違いないのだ。そうでなければ説明がつかない。しかしダンテは、何もなかったと 言う。そんなわけがないと、バージルは詰め寄った。

「睨まれたって、知らねぇもんは知らねぇ。だから言ったじゃねぇか……」

「何をだ」

ダンテはちょっと唇を噛んで見せた。

「……やだ、って……なのに、アンタが無理矢理っ……」

涙ぐむさまは、まるで強姦にでも遭ったかのようで憐れを誘う。それを愛らしいと感じるのは、 自分だけではないとバージルは思う。

「こちらは、どうだ」

「え?」

思わず、といったふうに顔を上げたダンテの唇を、バージルは自分のそれで塞いだ。バージルは 口付けの最中、目を閉じない。閉じてしまっては、ダンテの表情を見ることが出来ないからだ。
舌を差し込み、ダンテの舌を絡め取って軽く吸うと、んっ、とダンテの口端から吐息が漏れた。 舌の表面をなぞり、裏側をすくい上げるように舐めてやってから、舌先を歯列に這わせる。 ひくっとダンテの肩が跳ねた。

「っん……ぁふ、……ッ」

最後にぽてっとした下唇を甘噛みしてやると、ダンテの背中がぶるっと震えたのが判った。 口付けでは、それなりに快感を得られるようだ。しかし肝要の陰茎には、さしたる変化はない。 バージルが口付けの間中、掌に包み込んでいたにも関わらず、だ。

「……ふむ」

一人ごちたバージルを、ダンテが不安げに見上げてくる。

「バージル……俺……」

「ここは、問題はなさそうだ」

言って、ダンテに触れるだけの口付けを施す。ダンテは赤くなったが、双眸には不安の色が はっきりと浮かんでいる。
何の前触れもなく反応しなくなった己の躰に、どうしようもない不安を感じているのに違いない。 明け方までは、変わらず過ぎる程に敏感だったダンテである。それが何故、一日足らずの間に 不感症なぞになってしまったのか――――不安に思うのは当たり前のことだ。

バージルはダンテを優しく抱き寄せた。

「治る可能性は低くない筈だ」

「でも……」

「お前はそのままの状態でいたいのか?」

問えば、ダンテは首が取れるのではないかというくらい、激しく首を左右に振った。バージルは 頷き、ダンテの襟足を撫ぜた。

「俺がどうにかしてやる。お前は俺の言うなりになっていれば良い」

バージルの胸に額を擦りつけて、ダンテがこくんと頷いた。従順な弟。子どもの姿になって、 いっそう精神が退行したような印象を受ける弟を、バージルはこれ以上なく可愛いと思う。 無論、躰が縮んでおらずとも、バージルにとってダンテは世界で唯一、可愛いと思う存在だ。 大事でないわけがない。だから、不安に押し潰されそうになっている弟を、バージルが救って やるのは当たり前のことなのだ。

きゅうっと抱き付いてくるダンテの小さな背中を撫でてやりながら、バージルは一つ、 微笑した。
























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