蒼芽ソウガ











どうしてこんな、






昼、いつものように遅く目覚めたダンテは、ベッドから這い出てもそもそ夜着を脱いだ。夜に 一度は脱がされたものの、腹を冷やすからと言ってボタンの一つまできちんと直されていた。 毛布をかぶっていれば大丈夫だと、ダンテは言ったのだが聞き入れて貰えるとは端から思っては いなかった。誰にかと言えば、双子の兄その人しかいない。
ほとんど毎日、兄バージルとダンテとは躰を重ねている。昨晩もそうだ。

末期の活字中毒と言っても過言ではない兄が読書に耽る傍ら、暇を持て余したダンテは少し ばかり悪戯心を起こした。椅子に腰掛けたバージルの腿に、机を避けて脇から頭を乗せてごろごろ してみたのだ。悪戯というよりも、構って欲しくて甘える猫のようだとは自覚せずに。
バージルの腿に頬を擦り付けたり、膝を撫でてみたりするうちに、ダンテは眠くなってしまった。 子どもの姿になって以来、飽きる程睡眠時間が増えているダンテだ。バージルに構って貰いたいと 思うよりも、眠気が勝ってしまって瞼がどうにも重かった。
尻は床にぺたんとつけ、頭をバージルの腿に乗せた格好で寝入ろうとしていたダンテを、不意に バージルが膝の上に抱き上げた。突然の浮遊感に、しかし半ば眠っているダンテの反応はいかにも 鈍かった。

「なに……?」

バージルの膝を跨ぐ形で座らされると、当たり前だがバージルの顔が目の前に来る。ダンテは ぼんやりとバージルを見つめ、てろんと兄に凭れかかった。バージルの肩口に額を預けると、 心地が好い。触れたそこここが暖かい。背中と腰に回された腕が、程よい強さで抱き締めて くれる。ダンテはいっそう眠くなってきて、瞼を閉じた。

「抱くぞ、ダンテ」

はっきりと宣言されたにも拘わらず、ダンテはバージルが何を言ったのかよく判らなかった。 寝言のようにむにゃむにゃ返事をすると、バージルは真っ先にダンテの首筋に噛み付いた。 じりりとした痛みが走って、ダンテは身動ぎした。

「んっ……」

逃げ場などないのだ。ほっそりした腰を片腕ででも抱き寄せられてしまえば、身動ぎすら出来なく なる。ダンテはむずがるようにバージルの肩口に額を擦り付けた。バージルが何をしようとして いるのか、そのときまだ判ってはいなかった。

後から思えば、鈍いにも程がある。

ダンテはバージルに、まんまと美味しく食われてしまった。いつものことだが、絶倫を地でいく バージルは一度や二度ではダンテを解放しはしない。良くて夜更けまで、通例では明け方まで 挑まれることのほうが多い。そしていつも、ダンテは途中で意識を失ってしまうのだ。昨晩 (もう今朝方だが)も、そう。
バージルが絶倫でありすぎるのだと、ダンテは思う。それをバージルに訴え、少しは加減を しろと抗議すれば、バージルはしれっとして言うのだ。

「お前が誘うからだ」

と。ダンテを絶句させられるのは、この兄をおいて他にいない。
お前に誘われて、食わぬものは男ではない、と。微塵の衒いも感じられぬ表情で言われ、ダンテが 愕然としていた理由など、バージルには判らなかった違いない。

淫乱だと、バージルは言う。ひどい言葉だ。そんな筈はないと、否定出来ないからこそひどいと 思う。
淫らなありさまを、バージルが好まないということは知っている。けれども、どうしようも ないのだ。ダンテは元々快楽主義者であるし、バージルとのセックスは他の誰との行為よりも 激しくダンテを乱れさせる。駄目だと思っても、止められるものではない。
ダンテがこんな躰になったのは、元はと言えばバージルの所為なのだ。それなのに、バージルは ダンテを淫乱だと罵り、侮蔑する。どうすれば良いのか、ダンテには判らない。

悪いのはこの躰か。

バージルの言うには、そうだ。だからそうなのだろうと、思う。

「…………」

このままではいけない。そう思うけれども妙案などあるわけもなくて、ため息も出ない。
細いというより薄くなってしまった胸板を見下ろし、ダンテは首をゆるく振った。躰が縮んで から、バージルは時間を惜しむように夜毎ダンテを抱く。そもそも躰が縮む以前から毎日のように セックスをしていたのだから、奇妙なことは一つもない。しかし、明らかに妙なことがただ一つ、 ある。ダンテの感度だ。
素面で考えるにはあまりにも恥ずかしくありすぎるが、それに気付いてからというもの、 バージルの対応が変わったのは確かなことなのだ。
突き付けられているようだと、思う。身体的にはまだ幼いというのに、どうしてそうも浅ましい のかと。

ダンテはバージルが買ってくれたセーターと膝丈のパンツを着け、のろのろと部屋を出た。 今日は兄が一日いないのだと、階段を下りながら思い出して唇を尖らせる。仕事だ。躰が縮んで から、ダンテはめったに仕事をさせて貰っておらず、今日も例外ではなかったというわけだ。

「ちぇ……」

呟き、一日中眠っていても良かったと思う。バージルがいなければ、起きていても暇なだけだ。 第一、飯の支度をする人間がいない。ダンテは極力外出を戒められているから、もしかすれば 何か作り置きをしてあるかもしれないが……

(ひとりで食べても、なぁ)

バージルがいたからと言って何を話すわけでもないのだけれど(たいていダンテが一方的に喋る だけだ)、そこは気持ちの問題だ。やはり、ひとりよりはふたりが良い。寂しい、とはけっして 口にしないけれども。

リビングに入ると、テーブルの上に何か紙が一枚落ちている。いや、置いてある、と言うべきか。 近付き、ひょいと取り上げて見てみれば、バージルの神経質そうな筆跡で何やら書かれていた。
無意識に、バージルの書き置きに見入る。

――――冷蔵庫にサンドイッチとスープがある。スープは温めて喰え。
      戻るまで、良い子にしていろ。

(…………)

三度読み返し、ちぇっと舌を打った。いったい自分を、いくつの子どもだと思っているのだろう。 バージルは自分を子ども扱いしすぎなのだ。煩わしく思うのは羞恥が勝つからで、実際には嬉しく あるのだとは、自覚していながらも知らぬふりをする。
とにかく、昼食(もはや朝食とは言えぬ時間である)だ。ダンテは兄のメモをハーフパンツの ポケットに突っ込んで、冷蔵庫に向かった。

夕飯はどうすれば良いのか、兄のメモにはそこまで書かれていなかったけれど、ダンテは深く 考えずに冷蔵庫を開ける。サンドイッチの盛り付けられた皿は、すぐに見つかった。







くぅ、と腹が鳴る音で、ダンテは目を覚ました。ぼうっとしているうちに、うたた寝をしていた らしい。
リビングの壁掛け時計を見やれば、もう午後六時を指している。暖房は入れておらず、部屋は しんとして寒い。ダンテはソファーの隅にある小さなブランケット(きちんと畳んである)を 引き寄せ、背中からくるりとかぶった。小さいとはいえ、ダンテの躰をすっぽりと包んでしまえる 程度には、大きい。これもバージルが買ったもので、しかし用途はバージル自身の為ではない。

ダンテの躰が縮んでから、バージルはダンテの衣類の他にも、何やら細々と買い集めだしたのだ。 総て子ども用のものだとは、ダンテは何故か気付いていないが。このブランケットも、そうして 集められたものの一つだ。
手触りの良いものに目のないダンテは、秋口にバージルが土産だと言って買って来てくれた ブランケットを、たいそう気に入っている。ふかりと柔らかい感触が心地好く、頬を押し付けると すぐにも眠ってしまいそうになる。脚が冷えてはならぬとバージルが言うので、むき出しの膝を 包んでみると、これがまた気持ちが良く、しかも暖かい。ダンテは、ならば何故裾の長いズボンを 買ってくれないのか、とは言わず、毎日にこにことお気に入りのブランケットに包まれている。

大好きなブランケット。しかし何故か、ダンテは物足りない気がしてならなかった。暖かくない のではない。ブランケットはいつものようにダンテを暖めてくれている。それなのに。
理由はすぐに判った。バージルだ。バージルが、いない。

ダンテはブランケットを掻き合わせ、もう一度時計を見た。まだ六時半だ。バージルの仕事が 何時に終わるかなど知らない(聞いたような気がしないでもない)が、帰って来そうな気配は ない。
便利屋などという仕事をしていると、時間的な感覚がなくなるものだ。もちろん休日などの概念も ない。金の為には時間や休みなどに煩く言ってはおれぬのだ。
バージルと二人、仕事をするならダンテも文句はない。しかし今のダンテは完全に置いてきぼりを 食っている状態だ。待ちぼうけと言っても良い。とにかく、面白くない。

さみしい、というのだろう感情に、ダンテは気付いていて顔を背けているけれど。

唇を噛み、ブランケットに顔を埋めた。膝を抱く格好でソファーに座っているから、顔を 伏せると、傍目には寝ているか泣いているように見える。
自分用のブランケットに、ほんの微かだが兄の匂いがすることに気付いて、ダンテは鼻先を 押し付けた。犬のように鼻をひくひくさせる。やはり兄の匂いだ。コロンなどの人工的な匂いとは 違う、バージルのほのかな匂いをダンテは好いている。
いつ、バージルの匂いが移ったのだろう。少し考えて、ダンテは赤くなった。
つい三日程前だ。裸身にブランケット一枚という姿で、バージルとセックスをした。そのときに 違いない。腰が冷えると言って、バージルがダンテにブランケットを巻き付けたのだ。そして そのまま、朝まで……ダンテはびくっとした。

(あ……)

不用意に詳細まで思い出してしまった所為で、躰の中心に無視しようのない熱が集まり始めて いる。子どもは平素体温が高いものだが、そういったものではないことは明らかだ。ダンテは ぎゅっとブランケットの端を握り締めた。
浅ましくなってはならないと、今朝(昼に近かったが)自分に言い聞かせたばかりだという のに。

「くそッ……」

口汚なく罵るが、熱を散らせる方法が他にあるわけもなく。ダンテは右膝を倒し、ブランケットの 中に手を差し入れた。顔は左膝に押し付けている。息を吸い込めば、バージルがここにいるような 気がするからだ。
ハーフパンツの中に手を突っ込み、下着を掻い潜って自身に触れる。手の冷たさに、思わず ひくっと身を竦ませた。しかしすぐに、熱が移る。そろそろと、どこか恐る恐るといった手つきで 自身を上下に扱いた。
自慰をすることは、実はめったにない。ダンテは自他ともに認める快楽主義者だが、性慾を持て 余したことはほとんどなく、とくに今はバージルがいる為、欲求が溜まる暇もないのである。

「んっ……」

先端を指先で掻くと、ぴりりとした痛みが走る。いつもバージルがしてくれるように、と思って しているわけではないのだが、ダンテの手は無意識に、ダンテ本人よりもダンテの急所を的確に 捉えたバージルの仕種を真似ている。昂るのは当たり前で、限界もすぐそこ――――その、筈 なのだが。

「…………?」

ダンテは膝から顔を上げ、首を傾げずにはおれなかった。手は、止めずにせっせと自身のものを 慰めている。バージルの匂いが引き起こした熱は、引くこともなく燻ったまま……それだけ なのだ。

「……なんで……」

呟き、左手でハーフパンツをずり下ろす。ブランケットがはだけるが、気にしている余裕は なくなっていた。外気にさらされた性器を、両手で包み込むようにして愛撫する。右手で茎を、 左手で双球を、懸命に弄るが結果は同じだった。
悦くならない。何も……感じない。

「なんで」

困惑しきった二度目の呟きを、まさか聞いているものがいようなどと、ダンテは思ってもみず。

「ほう……珍しいことをしているな」

良いものを見たとばかりに、淡々としていながらも愉しげな色の混じった声に、ダンテは文字通り 凍り付いた。
ブランケットは肩からずり落ちて、ダンテの股を覆うものは唯一、自身の手のみだ。 しかしそれも、自慰の真っ最中では何の役にも立たず、むしろいっそう卑猥さに輪をかける ばかりだ。

青みがかった銀髪を後ろに撫で付けた男――――バージルは、ダンテが固まっている間に ソファーに近寄って来た。

「自分でするのは気持ち良いか、ダンテ?」

微笑するバージルに、ダンテは我知らず息を飲んだ。見られた。よりにもよって、 こんな――――

「……ぁ、……」

声を上げる余裕すらなく、バージルの手が自身に伸びて来てもなお、ダンテはただ双子の兄を 見上げることしか出来なかった。
























次?
戻。