君影草キミカゲソウ、ご









ダンテ、という名の男は、とにかく派手を好む男である。無茶を承知で無謀な行動をし、結果、 これまで失敗らしい失敗をしたことのない男。鉄で出来た肝を持っているのだろうと、 冗談めかして言われているが、あながち冗談でもないに違いない。
でかい剣と銃二挺。それだけで弾丸の嵐の中をくぐり抜ける精神を(しかも笑って、だ)、誰もが 尋常ではないと思っている。であるからこそ、ダンテという男は便利屋としての評判が良い。

(選り好みさえしなけりゃ、な)

エンツォ・フェリーニョは内心でそう結論付け、かろんと氷が涼やかな音をたてたグラスを 手の中で弄んだ。さて、この状況。いったいどのようにさばくべきであるのか。ざわざわと 落ち着かなげな周囲の視線も痛いことだ。さっさとどうにかせねば。どうにか。

(どうやって)

それが最大の問題だ。

「……で、そっちの御仁も仕事を請けてくれるって?」

大いなる疑問を抱きながら、エンツォは右隣りのスツールに腰掛けたダンテに言った。ダンテの 右側には男が一人。その横顔は、歳は上のようだがダンテによく似て端整だ。

いつもの酒場にいつものように集まった社会のはみ出し者ども。彼らが先刻からざわついて ならない理由が、その、ダンテに酷似した男の存在だ。

男はしばらくダンテの家に居候をすることになったらしく、働かざるもの食うべからずの精神で 一緒に仕事をさせることにしたと、今ダンテが話して聞かせてくれた。ちなみに名前はといえば、 ダンテ、と言うのだそうだ。まさか同じ人間じゃねぇだろうな、と冗談のつもりで言った エンツォは、よく判ったな、とのダンテの言葉に瞬時に顔を引きつらせた。ダンテこそ、冗談を 言っている顔ではなかったからだ。
エンツォの知るダンテと、知らないダンテ。判らないが、おそらく後者のダンテも腕は立つの だろう。いや、それは良い。良いのだが。

「ただ飯喰わせてやれるほど、余裕もねぇしな」

それはお前が仕事を選り好みしすぎるからだ、とはエンツォは言わなかった。それは今さらの ことであるし、言ったところでダンテの悪癖が治るわけでもない。

「そりゃ、俺のほうは良いけどよ……」

それにしても、気になる。

「けどって、何だよ?」

にやにやとダンテが笑う。あぁ、こいつ判っていて言ってやがる。エンツォはひくりと頬が 痙攣するのを感じた。
磊落と言っても良い性格のダンテだが、それでいて馬鹿でもなければ鈍くもない。エンツォや 周囲が何を考えているか、判っていて知らぬふりを決め込んでいるのだ。この状況を愉しんで いやがる。エンツォは嫌気がさした。この男、こんなにも性格が悪かっただろうか。

「そっちの、ご新規さんはあれだな、お前さんと違ってえらい無口なんだな」

同一人物だという、もう一人のダンテ。彼はここまで一度も口を開いていない。ダンテが エンツォに彼を紹介したときですら、ちろと視線を寄越しただけだった。(それだけのことで、 どきりとしてしまったことも確かだが。)

「あぁ、これは気にすんな。口開けんのも面倒がってるだけだろ」

ダンテの言葉はどこか、断定的とは言えず探るような色があった。語尾に「たぶん」とでも 付きそうな言いように、エンツォは片眉を吊り上げたが深くは追求しない。それは、大した 問題ではないのだから。
ダンテを挟んだあちら側で、ジントニックを舐める男をちらりと見やる。その不躾ではない視線を 遮るように、ダンテが身を乗り出した。今日の依頼はどんなだと、やけに熱心に訊いてくる。

「あ? あー……お前さんの大好きな、うさん臭いやつが残ってるぜ」

ほれ、と紙を一枚、すでに目を輝かせているダンテへ呉れてやる。

「勘が当たったな」

嬉しそうに言い、見ろよ、と脇で酒を舐める男に書類を見せる。その姿はまるで子どもだが、 便利屋として彼ほど名が売れた男はいないのだから、このギャップにエンツォはいつも呆れて しまう。その点、彼――まだ一度も声を聞けていない彼、は。

「な、今日来て良かっただろ?」

にこにこといかにも上機嫌なダンテに対し、彼は感情そのものが欠如しているのか、全く変化の 見えぬ表情で書類を一瞥し、

「そうだな」

一言。ぽそりと呟いた言葉をどうにか耳に納めようとしている自分に、エンツォは気付いて 何故か焦った。彼の少し低い声音は、ダンテなどよりもよほど落ち着きを窺える。雰囲気から してそうだが、やはりダンテとは別人としか思えない。
ダンテは男としての魅力は充分あるが、女運はよろしくない。彼の場合は、女と言わず男すら 何をか感じる雰囲気があり、どうにも。

「エンツォ、」

「! な、なんだ?」

「何どもってんだよ? この仕事、請けるぜ」

「そ、そうか。って、相変わらずこういうわけの判らねぇやつの報酬は、どうでも良い わけかい」

ダンテはそうだろう。今さら何を言うのかという顔をしている。が、そちらさんはどうなのだ、 と。エンツォはちろりと視線をやる。その視線にか、どうか。ダンテの眉根に皺が寄った。

「決めるのは俺だ」

ぶっきらぼうに言うダンテに、エンツォは眉を顰めた。内心で、だ。表面には変化はないはずで ある。

「まぁ、良いけどよ」

きちんと仕事さえこなしてくれれば、それで。エンツォはただの仲介人にすぎず、それ以上でも 以下でもない。ただ。

(見られたくねぇなら、連れて来なけりゃ良いだろうに)

そう一人ごちて、何を言っているのかと自分に突っ込む。そしてはたとなった。つい先日、所用が あってダンテをここへ呼び出した際、ダンテはどうにも早く帰りたいというふうにそわそわして いた。可愛い子でも待たせているのかと茶化せば、そんなところだとダンテは答えて。

(……まさか、な)

この愛想のない男が家で待っていたから、だから長居していたくなかった、なんて。そんなことは まさか、ないだろうけれども。どうしてか、否定しきれぬ何かを、今のダンテはエンツォに対し 見せている。男を端の席に座らせ、その左に自らが座り、まるで彼を隠す(守る?)かのような 配置をごく自然に作っていることも。エンツォに要らぬことを想像させるには充分すぎるほど、 今日のダンテの言動はおかしな点ばかりだ。

かた、と。エンツォとダンテの奇妙に居心地の悪い沈黙を破るかのように、彼がグラスを カウンターに置いた。これまで声はおろか物音すら立てなかった彼が。

「うん?」

ダンテが彼のほうへ躰を向け、顔を近寄せる。その距離は拙かろうと、エンツォだけでなく この場の全員が思ったに違いない。

「どうした、疲れたか?」

いや、と吐息のような声はかろうじてエンツォの耳にも入った。何とも表現に困るが、率直な 印象としては艶のある声だ。男に色気云々を見出すなど馬鹿げているが。
言葉数があまりに少ないことには慣れているのか、ダンテは彼の瞳を覗き込むようにし、唐突に カウンターの奥へ顔を向けた。

「なぁ、親爺」

「はいよ、何だい?」

グラスを拭っていた親爺が視線だけをダンテへ向ける。

「こいつにさ、あれ喰わせてやってくれよ」

あれ、というものの実態を知っているエンツォは、またしても「まさか」と言いたくなった。 そんなものにはまるで縁もなさそうな彼に、了解も取らずに食べさせるなど。
ダンテは唖然としているエンツォなどには気にも留めず、にこりとして「な?」などと言う。 親爺はちらと彼を見、待ってな、と無愛想らしく笑みの一つもなく店の奥へ引っ込んだ。 こちらではダンテが、もうちょっと待ってろよ、と子どもをなだめるように彼に言っている。 いろいろ、おかしい。
待つ間、ダンテはエンツォの存在など忘れたかのように、右隣りの彼のことばかりを気にかけた。 彼はと言えば、相変わらず愛想の欠片もなくダンテの言葉に時折頷くなどするだけだ。何やら それが、気のない女を掻き口説くさまに見えてしまって、エンツォは自分の想像力の乏しさを 恨んだ。いや、実際にはエンツォは何も悪くはないのだけれども。

十分も待たなかっただろうか。親爺が“あれ”を手に、店の奥から戻ってきた。ダンテが気付き、 にぃっと女好きのする笑顔を咲かせる。(これで何故女と長続きしないのか、甚だ疑問だ。)

「ほらよ、ゆっくり喰いな」

ダンテにはどこかしら甘いところのある親爺は、ダンテではなく彼へそう告げ、器をとんと彼の 前に置いた。

「ここのサンデーは最高なんだよ。ほら、喰ってみな」

笑みの絶えないダンテにフォークを握らされ、少しの間ぽやんとしていた彼は、そろりと (そうエンツォには見えた)ストロベリーサンデーにスプーンを刺した。 ひょいとすくい、 口へ運ぶ。これまでほとんど開くことのなかった唇。その奥に潜んでいた舌を少し伸ばし、 スプーンを受けるように。舌の思わぬ紅さに、エンツォは無自覚にどきりとした。同じく 食い入るように見つめていたダンテが、ちょっと喉を上下させたことに気付いたのは、グラスを 拭う作業を再開させた親爺ただ一人。
彼は、注目を浴びていることにすら無関心のようで、一口、また一口とストロベリーサンデーを 崩していく。嫌いではないらしい。エンツォがそうと察したときには、すでに器の半分が彼の 胃に納まった後だった。

半ば茫然としていたのはダンテも同じだったようで、半分ほども食べ終えた彼はようようその ことに気付いたらしい。何だ、と問う声に、ダンテはぼんやりとしたふうに「べつに」と答える。 彼はちょっと首をかしげ、

「…………」

ほら、とでも言うように、アイスクリームを乗せたスプーンをダンテの目の前へ運ぶ彼に。 ダンテは一種びくっとして、しかし拒む素振りもなくスプーンを咥えた。ごくごく自然に、 彼がスプーンを引き抜く。そしてまた、サンデーに向き合い食べ始めた。
淡々と、あくまで淡々とした彼の行動に、エンツォは唖然とせざるを得ない。ダンテの言動も 随分なものであったが、彼はその上を行く。言葉数が極端に少ないぶん、その行動は大きな爆弾 並だ。
言葉もないエンツォをよそに、彼は黙々とストロベリーサンデーを片付け、ダンテはといえば、 背後からでもありありと判る幸福そうな気配を醸し出し。

その夜の酒場は、始終異様な緊張感に満たされていた。



ちなみに。



よく似た顔立ちの二人組は、年かさのほうがストロベリーサンデーを食べ終えるのを待って 酒場を後にした。
並んで立ち去る二人の背中を見送ったエンツォは、ダンテに比べ彼のほうがややほっそりとした 躰付きであることに気付いたが、それが何だと自身を罵り、親爺に新しい酒を要求した。 何となく、飲まずにはおれぬ気分だった。



またあれと酒場で遭遇するのかと思うと、今から少しばかり、気が重くなる。

(悪化してませんように)

そう祈ったのは自分だけだろうかと、エンツォはアルコールの作用により霞のかかった脳裏で、 ぼんやりと思った。



















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次?
戻。



がんばれエンツォさん。いろんな意味で。

[08/09/09]