君影草キミカゲソウ、よん









ひとりは嫌だ。
寂しいからとか、詰まらないからとか、理由は何だって構わない。とにかく、ひとりは、 いやなんだ。





たとえば己が、たった独りきりでも生きていけるのだと、判っていても。





何か夢を見ていたような気がするが、目が覚めてみるとすっかり忘れてしまっていることは 少なくない。それが悪夢だったのか、はたまた良い夢であったのか、それすら覚えていないのだ、 気になって思い出そうとするのは当たり前のことではなかろうか。しかし彼は、忘れてしまった 夢を取り戻そうともせず、ぼんやりとしたまま天井を見上げた。

毎日、何かしらの夢をみる。

それら総て、目が覚めた瞬間には記憶から消えているのだ。いちいち思い出そうとしていたら 疲れてしまう。判っているからこそ、彼は夢を取り戻そうなどとはせず、すっぱり忘れることに していた。

ゆめ、なんて。

追うだけ無駄なことだと、彼はいっそ諦観に達している。彼自身、若い時分に何を夢見ていた のか、もう思い出すことも出来なかった。ただ、若さにかまけて馬鹿なことばかりしていた ようには、思う。今となってはもう、遠い記憶だが。
ごろりと躰を横向きにし、閉ざされたドアを見つめるでもなく眺めながら、無意識にため息を もらした。と、ほぼ同時に、ドアがばたんと音をたてて開いた。部屋の外、廊下から茶色い板を 押し開けたのは、当然ながら彼によく似た若い男だ。

男の名はダンテ。そして彼の名もまた、ダンテという。

「あぁ、悪い、起こしちまったか」

無遠慮にドアを開けた音で、彼が目を覚ましたと思ったらしい。後から謝るくらいならば始めから そうっと行動していれば良いものを、とは、彼は言わない。ただ、後ろ手にドアを閉めた(やはり 大きな音をさせて)ダンテをぼうっと眺めるばかりだ。
ダンテは苦笑いするようにくすっと笑い、

「寝ぼけてんのか、それとも見とれてんのか?」

個人的には後者を希望したいが、と。よく判らぬことを言ってダンテはベッドに近寄って来た。 その段になって、何故ダンテがここにいるのかという疑問が沸き、追って、自分がどうして ベッドで眠っていたのか不思議になった。
ここはダンテの寝室だろう。それは間違ない筈だ。しかし彼は、確かに別の部屋にいた。何もない がらんどうの部屋の床に座り、何をするでもなくぼんやりしていた。そして気付けば、この とおりだ。奇妙でないわけがない。
ダンテが何をか察してか、ため息を吐いてベッドに腰を下ろした。彼はずりりと、ベッドの端 (ダンテとは反対側)に躰をずらす。

「なぁ、」

ダンテの声は低い。しかし怒りの作用が手伝っているわけではないようだ。

「何であっちの部屋にいたんだ? どっか行っちまったかと思って、正直焦ったぜ」

肩を竦めるダンテの、肩越しにこちらを見やる瞳はどこか弱い。ダンテの言葉の後半部分も その表情の意味も、極端に鈍感である彼には全く判らなかった。

「……ここはお前の部屋だろう」

「あ? あぁ、まぁそうだな」

「だからだ」

端的に言えば、ダンテは意味が判らなかったらしく「はぁ?」と間の抜けた声を上げた。
他人のベッドで眠ることは彼にとって珍しいことではなく、慣れているといえばそうなるが、 かと言って彼は、他人のベッドをいつまでも我がもの顔で占領する趣味はない。だから、 ダンテが電話の相手に呼び出されて出かけた後、廊下を挟んだ向かいの部屋に入り込んだのだ。 家具も何もない部屋は、不思議と居心地は悪くなく、知らぬ間に眠ってしまっていた。
口数の多くない彼には、それを一から説明することはいかにも面倒なことなのだ。これで 充分だろうと選んだ言葉で、しかしダンテは理解し得なかったことが、彼には不思議で ならなかった。

じぃっと見上げていると、何故かダンテが慌てたように目を逸した。

「そんな目、するんじゃねぇよ」

どんな目なのか、彼には判らない。首の後ろを掻くダンテの頬が、何となく赤いような気がする けれども、何故だろうかと考えることを、彼はしない。彼は他者の心内を推し量るなど、面倒な だけだと思っている。それをしたところで、得になったことは今までなかった。ただいらぬ 面倒ごとが増えただけだ。

ダンテがぐしゃぐしゃと髪を掻いた。何か別の思考を吹っ切れるような、乱暴な手つきだ。

「まぁ、良いよ、もう。それで、出てかなかったってことは、そういうことだと思って 良いんだな?」

何が“そういうこと”なのか、彼はさっぱり判らなかった。目を一度瞬かせると、言外に察した らしくダンテがこちらを見やって呆れたように言った。

「忘れたのかよ? 居候させてやるっつっただろ」

あぁ、と。そういえばそんな話をしていたなと、視線を右斜め上にやりつつ十秒程かかって 思い出した。忘れっぽいことは確かだが、そもそも重要なこととして聞いていなかったから だろう。

ダンテが盛大なため息を吐いて何故か脱力した。

「おまえなぁ……」

恨みっぽい視線をもらっても、彼は悪びれる素振りもしない。自分が何かしたという認識が彼には ないのだ。悪びれる理由が判らないのでは、そうしようもない。

「なぁ、……ここにいるんだろ?」

いるって言えよ、と。ダンテはまるで子どものように、彼に言葉をねだってくる。そうする (しなければならぬ)理由は何なのか、やはり彼には判らない。もっとも、判ろうとしない癖が ついてしまっている彼は、深く考えることすら既に放棄しているのだけれども。
彼が黙っていると、拒否されるとでも思ったのか、ダンテが脚をずらし躰ごとこちらを向いて、 いまだ横になったままの彼を覗き込むようにシーツに両手をついた。

「自分がどっから来たかも判らねぇくせに、出て行こうなんて考えるんじゃねぇぞ。俺んちに いるのが、おまえにとって最善なんだ」

かき口説くように、ダンテがまくし立てる。これで色良い返事をしなければ、この若い男は どうするつもりなのか、少し興味が沸いたが実行はしない。それによる結果を眺めることは 悪くないかもしれないが、眺めるだけにとどまらぬかもしれないという可能性もある。 そうなったときが面倒だ。

「……あてもない」

彼はぼそりと呟いた。ダンテが二度程瞬きをして、へ? とどうにも間抜けとしか思えない表情を する。その顔が本当に阿呆のようで、彼は思わず(これはかなり珍しいことだが)喉を震わせて 笑みをもらした。ダンテが目を丸くしてぽかんと口を開けるので、彼は内心で首を傾げた。

「なんだ」

「……や、その、」

言い淀み、ダンテは額を掻いた。意図しての行動ではないように彼には思えた。どちらでも、 あまり関わりのないことであるが。

「おまえ、……笑うと、良いな」

なんて、どこの思春期の坊やかと思うくらい、顔を赤くして言うものだから。

「そりゃ、どうも」

憮然として寝返りを打ち、躰を反対向きにした。照れてんのか、などと揶揄する声は無視するに 限る。それはお前だろうと、言ってやれば良かったのかもしれないが、もはや口を開くことすら 億劫だった。





同じ名の、容姿のよく似た男が二人。同一人物であるらしい二人は、しかし性質を見るに似た 箇所は極めて少なくあり。

どうしたものかとため息をこぼす者は一人。もう一方は、まったく悩むふうもなく、ただ ぼんやりどこぞを見つめている。



















前?
次?
戻。



動かしづらいよ2さん。でも好きだ!

[08/07/08]