邪気
ダンテはじっと、だらりと垂れた長いものを見つめている。この長いもの、先刻からもう
ずっとぴくりとも動かず、それがダンテには不思議でならない。
太さは全く違うが、ダンテはこの長いものと同種のものを知っている。今はもうなくなった
それは、ふやりふやりと揺れていたものだ。比べるものが悪いのか、それともどちらかが特殊に
すぎるのか、ダンテには判らない。ただ判ることは、全く微動だにしないこれを生やしているのは、
バージルだということだけ。
「……、……おい」
低い声がダンテを呼ばわる。機嫌は最悪なのであろうバージルの声に、ダンテは一瞬びくりとし、
そろりと顔を上げた。幸か不幸か、バージルはこちらを見てはおらず、後頭部と背中しか
見えない。
「それをやめろ」
厳命するバージルの怒りは本物だ。ダンテは長いもの――――いわゆる尻尾という
ものだ――――を掌に乗せたまま、だって、ともごもご訴えた。
「全然動かねぇから、死んでんじゃ……って思ったんだよ」
そう言っても、バージルの腰辺りから生えた尾はぴくりでもない。ダンテの経験上、この尾は
自由意思で動かせるものではないことは知っている。いるが、バージルの生やしたこれが
何故こうも動かないのかが判らないのだ。
やはり、尾は尾でも犬と猫では違うのだろうか。
「それだけが別の生き物だとでも思っているのか?」
冷ややかな声は、ダンテを心底馬鹿にしているとありありと判る。ダンテはむっとして眉間を
寄せた。
「だってそうとしか思えねぇだろ、こんなぐったりしてたんじゃあさ」
ダンテは髪の色と同じ銀の尾をちょっと持ち上げた。それでも力なく垂れたままの尾を、
不思議に思わずにはおれない。
バージルがこんなものを生やしたのは、去年のクリスマスのことだ。
たまには仕事以外でどこかに泊り掛けで出かけたいというダンテの願いを、バージルが
叶えてくれた時のこと。遠出をすることは出来なかったが、見るからに高級なホテルに二泊、
した。思えば恥ずかしいばかりの三日間だったが、それは今は置いておく。
三日目の朝、気付けばダンテの躰からは犬の耳と尾が消えており、その代わりとでも言うように、
バージルに耳と尾が生えていたのだ。それも、猫のものが。
お前の所為だ、と言うバージル。知らない、と訴えるダンテ。
議論は平行線どころかバージルに完全に押し切られる始末だった。ダンテには全く覚えがなかった
のだが、どうもダンテがバージルの肩に噛み付いたのが原因……ということらしい。
本当に、全く覚えがないし、伝染するものなのかも判らないのだけれども。
そんなわけで、今現在バージルの頭と腰辺りには髪と同じ色の耳と尾が生えている
のである。
「……暇なのか?」
バージルが怒りを通り越して呆れた声で言った。確かに暇ではある。バージルは趣味の読書に
勤しんでいるし、今日は生憎仕事もない。愛銃の手入れはもう隅々までしてしまって、暇でない
わけがない状態だ。そんなダンテの心を読んだのか、バージルが「ならば、」と視線は本に
落としたままだろうが、言った。
「俺の前に回れ」
バージルは椅子に腰掛け、机に本を置いた格好で読み耽っている。その前とは、いったいどこの
ことなのだろう。
「前……?」
反応の鈍いダンテに苛立ったか、バージルがいきなり椅子を引いた。真後ろの床に座り込んで
いたダンテは、ぎょっとして咄嗟に飛びずさる。
「な、何だよっ」
戸惑いを隠せぬ自分が妙に恥ずかしく、怒鳴ることで紛らわそうとするが失敗に終わる。
バージルはダンテを見、顎で「来い」と示す。いかにも横柄な態度だが、ダンテはあまりに
慣れている所為か反発もしない。
「来いって言われても……」
ぶつぶつくさしながら、バージルのそばに寄った途端、バージルに腕を掴まれぐいと引き
寄せられた。いきなりのことにダンテはバランスを崩し、バージルの膝に倒れ込むような形で
床に膝をついた。
バージルの言動は万事脈絡がない。すっかり油断していたダンテはバージルをきっと
睨み付けた。
「何すんだ、バージル!」
立ち上がろうとするが、バージルに肩を押さえられてしまう。バージルの膂力はダンテを
凌ぐ程に強い。その馬鹿力でもって肩を押さえつけられて、ダンテは鈍い痛みに顔をしかめた。
「っ、んだよ……」
バージルはどこまでも涼しい表情でダンテを見下ろしている。
「暇なのだろう。遊んでやる」
有り難く思え、と。一方的に言われたところでダンテには訳が判らない。が、遊びという言葉に
とてつもなく嫌な予感がよぎったのは気の所為ではないだろう。
困惑するダンテに、バージルが口端に不吉な笑みを浮かべて見せた。
「銜えろ」
何を、とは、訊けなかった。
暇だと言えば口での奉仕を強要されるなど、堪ったものではない。ダンテはしかし、唇を尖らせて
何故と問うただけで、結局はバージルのものに自ら舌を絡ませ、口内に含んでいた。セックスに
馴らされた躰は正直だ。普段は自分からバージルを誘うことはめったになくとも、ダンテとて
性慾は少なからずある。
認めてしまうのはどうにも癪だが、バージルとのセックス以上にダンテを乱れさせるものは
ない。
要は、好き、なのだ。バージルに抱かれることが。
男としてのプライドよりも、バージルに抱かれることが優先されているのだとは、ダンテは
自覚していない。それは慣れという言葉だけでは説明の出来ぬ、もっと根底に根付いたもので
あるが為に。
熱心に男のものを舐めるダンテに、バージルはくつりと笑う。
「早く挿れたいか?」
ここに、とバージルの長い足が、ダンテのもじもじと揺れている尻を軽く蹴る。ダンテは
びくりとして、喉を引きつらせた。
「ぁ……っ、ん、ふく……」
口に銜えたバージルのものが、また大きくなったようだ。息苦しさに耐え兼ねて頭を引こうと
するダンテの尻を、バージルがまた一つ蹴る。
「誰がやめて良いと言った?」
冷酷な声に、ダンテはぶるりと震えずにはおれない。ぐう、と喉の奥が鳴った。
「早く挿れて欲しければ、もっと俺をその気にさせろ」
挿入する準備を自分でしろ、とバージルは言う。どこまで理不尽な王なのだろう。奉仕を
強要するだけでは飽きたらず、男に犯される為に自分で準備をしろ、などと。ふざけるな、と
怒鳴りつけてやれたなら、とダンテはぼんやりと思う。
「んぅ……ふ……っ」
ダンテには、もはやバージルに従うしか選択肢はない。他の一切の選択肢を、無自覚のうちに
棄ててしまっているのだ。
もぞもぞと覚束ぬ手で下衣をずり下げる。覆うもののなくなった性器はすでに勃起し、
上向いている。それを自ら手で扱くと、ほろほろと白濁の混じった涙をこぼした。
「っふ……ぅ……」
とろりとしたそれを指に絡め、手を後ろへ伸ばす。指先が震えているのが判った。自分で
自分の後ろを弄るなど、恥辱以外の何ものでもない。
バージルの視線がそこに注がれているのが嫌でも判り、いっそうダンテを追い詰める。自分で
ほぐさなければ、バージルは奉仕させるだけで終わらせてしまうかもしれない。それは、
堪えられなかった。
「んっ……!」
つぷ、と襞を割って指先を内に埋める。慣れていても、初めの痛みには慣れるものではない。
目をぎゅっと瞑って痛みをやり過ごすダンテを、冷酷な王が呼ばわった。
「こちらの口が留守になっているが?」
「あっ……」
後ろを指で慣らしながら、男に奉仕をする。両方を満足にこなすことが、果たしてダンテに
出来るのかどうか。しかしバージルが命じるのだから、ダンテに選択肢はない。
「ん、ん……」
バージルのそれを銜え直し、指で粘膜を探る。くちくちという小さな音が、やけに大きく
響いているようだ。
「良い音だな」
バージルがくつくつと笑う。声の響きに不機嫌な色はなく、ダンテは目を細めた。バージルの
怒りは、ダンテにとって心底恐ろしいものなのだ。
「ふ、ん……ぅく……っ」
怒張したバージルのものを喉の奥まで銜え込む。後孔に埋めた指を増やすと、水音が更に
大きくなった。爪がしこしをかすめたらしく、ダンテはびくりと腰を震わせる。僅かに萎えていた
性器が、それだけで硬度を取り戻した。
バージルがくっと目を細めたが、ダンテには見える筈もない。
「俺より先に達くつもりか?」
あからさまな揶揄。ダンテはかっと頬を赤く染めたが、指の動きを止めることは出来なかった。
快楽を知りすぎた躰はダンテの意志に反して動き、爪がかすめた箇所を何度も掻いてしまう。
「んっ、ぅ、んんっ……」
口に銜えたもので後ろを貫かれる感覚を思い、いっそうに躰が昂ぶっていく。浅ましいと、
バージルが自分を嘲っているのが判っても、ダンテは自身を止めることが出来ない。
バージルがふとため息を吐くのを聞き、快楽に浸かりきっていたダンテはびくんと肩を
震わせた。
「ダンテ、」
バージルが呼ばわるのとほぼ同時に、ダンテは顔を上げてバージルを見上げた。
「やだっ、嫌だ、バージル、ちゃんとするから、だからっ」
やめろ、なんて言わないで。それ以外のことなら何だってするから。
「バージルっ……」
縋る姿を、バージルはどう思って見ているのか。感情の薄い双眸からは読み取れない。
それでもダンテはただ、バージルに縋ることしか出来ないのだ。
「……バージル……」
切々と呟き、ダンテはバージルのものに唇を触れさせた。そのダンテの髪を、バージルが強く
掴んだ。ぐいと後ろに引かれ、ダンテは首をのけ反らせる。
「ぅあっ……?」
見上げたバージルのおもてには、薄い笑み。
「立て」
ダンテは言われるままにのろのろと立ち上がった。ぬる、と後孔から指が抜ける。
バージルは立ち上がったダンテの性器を見、
「達きたいか?」
などと、判りきったことを訊いてくる。ダンテは涙の溜まった瞳で恨めしくバージルを睨み、
唇を噛んだ。
「判ってん、な、らっ……」
やめる、なんて言わないで。何だってするから。
憎まれ口の裏に込められた懇願が、バージルにはきっと聞こえただろう。バージルはにぃと
口端を持ち上げ、いつものようにダンテに命じる。
「跨って、自分で挿れろ」
いつものことだが、バージルはどうしてこんなにも酷いのだろう。そして自分は、どうして
バージルの酷い命令に逆らえないのだろう。
疑問はバージルの慾情した双眸に射抜かれてしまえばたちどころに消える。ダンテは椅子に
乗り上げる格好で、バージルの起立をひくつく後孔にあてがった。
猫はもうしないとか言ったの誰だ。私ですけど何か。