断話
喧嘩、という単語はあまり使わない。それは喧嘩をしないという意味では決してなく、一般的な
規定から言えば喧嘩の絶えないふうにしか見えないだろう。周囲はどうあれ、本人らはそれを
喧嘩とはあまり認識していないのだ。
特に、兄は。
ダンテはべらべらとよく喋る。何をそんなに喋ることがあるのか、何をそんなに喋りたいのか、
バージルには判らない。バージルは別段、自分をして無口とは認識しておらず、喋る必要のない時に
口を開くことをしないだけである。が、双子の弟にはそれが一切ないのだ。
とにかく喋る。大事な、と分類されるような話はほとんどなく、喋る内容の九割九分が取り留めも
なければ何の意味もない話ばかりだ。よくそんなにも無意味に喋り倒せるものだと、バージルは時に
感心してしまう。
「あーあ、面白い依頼来ねぇかなぁ……」
昨日の仕事は詰まらなかった。その話の締め括りに、ダンテは溜息を吐いた。ダンテの言う
面白い依頼とは、悪魔――――それも上物の――――絡みのいわゆる本業にまつわるものだ。
しかしそういった依頼が舞い込んでくることはめったになく、ダンテのストレスは溜まる
一方だった。
バージルとて、悪魔絡みの仕事は多ければ多い程良い。しかしダンテと違うところは、
バージルは仕事を選り好みしないということだ。
人命に拘わる依頼をあまり引き受けないのは、ダンテが厭っていることを知っているからであり、
選り好んで避けているわけではない。
バージルは膝に頭を乗せてきたダンテの髪を、ほとんど無意識に指に絡めた。
「バージル、」
呼ばわる声は、子供の頃を思い返させる。幼い時分から、ダンテはよく喋った。稀にバージルの
知らぬ間の話をしたものだから、苛立ってひどく苛めたこともある。あの頃はある意味で、
今よりも独占慾がひどかった。
一秒足りともダンテのことで自分の知らぬ部分を作りたくなくて、部屋に閉じ込めようとした
ことは一度や二度ではない。
自分もまた幼かったのだと、今思えば苦笑してしまう。今でこそ、妥協というものが出来る
ようになったけれど、あの頃の自分は本当に良識に欠いていた。もっとも、今の自分に良識が
あるかどうかは判らないが。
ふと、ダンテがバージルの手を掴んだ。視線を本――――実は先刻からずっと読んでいた
のだ――――から外してダンテに落とすと、じっと見上げて来る視線と絡み合った。
「……何だ」
面倒だが、問う。ダンテは何を思ってか、バージルの指先に唇で触れ、しかし誘うわけでもなく
言った。
「アンタの手は、何で大丈夫なんだろうな」
意味が判らない。バージルは眉根を寄せた。
「何がだ」
「ん? いや……ほら、アンタってよく俺の髪触るだろ? 今もさ。でも俺、他の奴に触られる
のって気持ち悪くてヤなんだよ」
ダンテがバージルの掌に口付ける。バージルはダンテのしたいようにさせながら、眉間の皺を
ひとつ増やした。
「触れさせたのか」
「ん? んー……、」
逡巡が語るものを悟り、バージルはぴくりとこめかみを引きつらせた。おそらくダンテの言う
触れられて気持ち悪かった人間というのは、バージルがダンテを捨てた一年間に出合ったものの
ことなのだろう。
あの一年間に、ダンテが何人の男に躰を許したのか、バージルは知らないし問いただそうと
したこともない。しかしこうして、ふとした時にその片鱗を見せられると、やはり快いものでは
なく。
バージルは内心で舌を打った。
バージルのことを見ていながら、ダンテは何でもないことのように“昔話”をし始める。
「髪を大事にするのに、男も女もないんだと。硝煙臭い指で髪に触られたんじゃ、女はたまった
もんじゃねえだろうな」
自分は、どうだったのか。ダンテの表情を見るに、さほど嫌ではなかったのだろう。小さく笑う
ダンテは、いつも見る表情とは違ってバージルの目に映った。
「こんな髪のどこが良いんだって訊いたらさ、寒いぐらい誉め倒して来やがるんだよ。んなもん、
女じゃあるまいし嬉しいわけねぇのにさ」
くすくすと笑い、ダンテは自身の髪をひと房摘む。
「手入れしてないなら、しばらく俺に預けてみないかって言われてさ、俺……」
「黙れ」
ダンテの言葉を遮り、バージルはよく動く唇を己のそれで塞いだ。咎めるように下唇を噛み、
びくりとして逃げようとする舌を追い詰めて搦めとる。
「んっ……ふぅ……ッ」
ダンテの手がびくっと跳ねる。バージルは竦むダンテの舌を口外に引き出し、わざと犬歯を
立てて甘噛みした。互いの唾液が混じり、ダンテの頬を汚す。こく、と上下したダンテの喉に、
バージルは唇を合わせたまま指を這わせた。
「ッ……、ぅ、ぐぅ……!」
ぐっと喉を押さえてやれば、ダンテは目を見開き苦しげに呻いた。やめろ、と声なく叫び、
バージルを押しやろうと腕を突っ張る。が、バージルが易々と解放してやる筈がない。
「んんっ……! ぐ……っ」
煩い口を塞ぐだけでは黙らぬのだから、一度意識を落としてやる他ない。軽い仕置だ、と
理不尽だろうことを囁き、指で頸動脈を強く圧迫した。
「っは……、……」
抗っていた腕がくたりと垂れ、強張っていた躰がだらりと弛緩する。意識をなくしたダンテの
長い睫毛に縁取られた瞼に口付け、絹糸よりも上等な銀糸に指を差し込む。
ぴくりでもないからだはまるで体温を持つ人形のようだ。
バージルの為だけに生まれた、温かな人形。
閉じておいた本を広げ、バージルはダンテの髪を指先で弄びながら、中途半端に読み進めていた
本に没頭した。ダンテが目覚めるまでには読み終えられるだろうと見当をつけ、文字の羅列を
追っていく。
膝にかかる重みは、降り積む木の葉程にも感じない。
久しぶりの落としネタ、だったんですが、うーん…