変事カワリゴト








カタン、と音をたててフォークがテーブルの上に転がった。

「ぁ……」

間抜けな顔でもしていたのだろう。バージルが不審そうに眉根を寄せた。

「何をしている」

ダンテは慌てるでもなくフォークを取り上げ、自分の手をまじまじと見た。別段、何の変化も ない。しかし、何か妙だ。

「何か……」

気持ち悪い、と気分が悪いという意味ではなく言うと、バージルの腕が伸び、ダンテの手を ひょいと掴んだ。

「何か変わったようには見えんが」

「でも、持ちにくいっていうか……指が動きにくいというか、何か気持ち悪いんだよ」

「ふむ……?」

頭上の耳をぴくぴくさせながら言うと、バージルは考えこむように少し首を傾げた。
黙ってしまった兄に、ダンテはちょっと焦りを感じて言った。

「何でもないと思うんだけどな。ただフォーク落としただけだし」

「ならば、良いが」

兄の声は、納得してはいなさそうなものだった。





夕飯が済み、風呂に入りながら、ダンテはぼんやりと手を握ったり開いたりしてみた。至って 普通の、人間の手だ。感覚もある。
頭に生えた耳と、腰と尻の間から伸びる尾は、確かに犬か何かの動物のそれだが、これ以外の 変化はなかった筈だ。――――バージルに無理矢理付けられた、赤い首輪は別にして。

と、ダンテははたと気付いた。

「首輪?」

どうして気が付かなかったのか。こんな恥ずかしいもの、自分で外してしまえば良いでは ないか。
風呂に入るから、とバージルに言ったところで、せいぜい緩めてくれるだけのものでしかなく。 何故、自分で外すという初歩的なことを思い付かなかったのだろう。
外せばバージルが何をしでかすか判らないが、風呂に入る時くらいは良いではないか。 ただでさえ、暑くて邪魔なことこの上ないのだから。

「えーっと……」

ベルトと変わらない作りのそれは、難なく外せて当然。だというのに。

「……? あれ?」

指が滑って、上手くいかない。いや、滑るというよりも、これは。

「動かねぇ……?」

痺れているわけでも、震えているわけでもない。器用な方では決してないが、しかし明らかに 指がおかしい。

「なん……だよ、これ」

動揺した声が、浴室に響いた。












「バージル、」

呼び掛けた声は、もしかすれば震えていたかもしれない。与えられる快楽に、素直に 溺れられずにいるダンテに、応える兄は、訝しげな声音をしていた。

「どうした」

緩急を付けた愛撫が、一時止まる。ダンテは下肢に伸びたバージルの手に触れ、やめるな、と 訴えた。

「なぁ、もっと、強くしてくれよ」

「どういう風の吹き回しだ?」

バージルが訝るのは尤もだ。
普段、ダンテからバージルを誘うことは滅多にない。それはダンテが求める時には、口に 出すより先に必ずバージルの方から行為を始めてくれるからであって、ダンテは別段セックスが 嫌いというわけではない。むしろ、バージルとするのは好きですらある。
それに、敏感な耳と尾に触れられると、それだけで声が漏れてしまうのだ。 バージルはそれを心得ていて、時折、悪戯をするように尾を梳く。それはダンテにとって、 思いがけぬ程強い快楽として覚えさせられている。

バージルには口が裂けても言えないが、その獣の部分が感じる快楽に、ダンテは 驚く程弱い。尤も、バージルはダンテが口にするまでもなく、察しているのだろうが。

「良いだろ、たまには。それに、今日は何か……」

言いさしてやめると、兄が顔を覗き込んで来た。セックスの最中だというのに、相変わらず 無表情だ。

「どうして欲しいか言え」

バージルの命令口調は、自然。生まれつき人の上に立つ素質でもあるのか、ダンテはそれを 居丈高だとかいうふうに感じたことはない。

ダンテは縋るようにバージルを見上げた。

「早く……早くくれよ、バージル」

前戯などそこそこにして、早くバージルのもので貫いて欲しい。痛みなどすぐに快楽に 変わってしまう。――――いや、痛みすら快楽に変えてしまう躰に、もうなっているの だから。

溜息を吐いたバージルは、ダンテの中心を指で軽く締め、挿入れるぞ、と低く囁きダンテの 内に押し入った。傷が付こうが、血が流れようがどうでも良い。ダンテは痛みなど感じても いないかのように、バージルを締め付け甘く喘いだ。
ただ貫かれただけで達してしまいそうだったが、バージルの指がそれを阻んだ。ダンテが そうなることを、半ば予感していたのだろう。すぐに達しては、楽しむものも楽しめない、と でも思ったのかどうか。

しかしダンテは、行為を楽しむ、ということを全く考えいなかった。ただバージルに抱かれる ことだけを、いつにも増して求めた。

のし掛かるバージルの重みと、激しく揺さぶられる衝撃と。
痛みや快楽を通り越して、抱かれている、ということそのものが、今のダンテには必要 だった。

「っ……バぁ、……ジ、ル……中、にくれ、よ……っ」

自分はバージルのものだという、何よりも濃く、強い証明を。

バージルがふっと笑った。

「あぁ。くれて、やる」

最奥を突かれ、ダンテは全身が痺れるような快感に竦んだ。きゅうっとバージルを締め 付ける。

「っあぁあぁ……っ!」

「くっ……」

バージルが小さく呻き、ダンテの内に性を注ぎ込んだ。どくどくと生々しく粘膜を浸すそれに、 まだ達することを許されぬダンテはぶるりと震えた。

「ぁ……あ……」

不意に襲う、バージルのものが引き抜かれる感覚に、ダンテは目を瞠った。

「っや……バージル、まだ……っ」

達していないからでは、ない。まだ足りないのだ。一度注がれただけで終わりだなんて、 堪えられない。もっと欲しい。もっと――――、

言葉に出来ないその感情は何なのか。考えを遮るかのように、バージルが再び熱を穿った。

「あぅんっ……!」

頭の上に生えた耳に息を吹き込まれ、尾をやんわりと掴まれて、ダンテは白い首を 仰け反らせた。

「ひぁっ! あ、あぁ、ぁふ……っ」

零れる喘ぎは歓喜に濡れ、獣の耳と尾を震わせてなまめかしく乱れる姿に、 果たしてバージルは何を思っただろう。

言葉のない獣じみた交合に、ダンテはいつしか意識を手放した。












気が付けば、すっかり辺りは明るくなっていた。じっとりとした暑さが覚醒と同時に襲って 来る。

バージルが起きたことにも気付かなかったらしく、いつもならリビングに降りて、クーラーを 起動させた上でもう一眠りするのだが、どうも機を逸したようだ。しかしまだ間に合う。という よりも、どうあっても暑さには勝てない。

ダンテはベッドから出て、纏わりつく湿気を引き連れてリビングに向かった。どうせ、 バージルはクーラーなど付けてはいないのだろう。どんなに暑かろうが汗一つかかないあの兄の ことだ。
案の定、ドアの開け放たれたリビングに入ると、涼しいなどという言葉からはかけ離れた、 むっとするような暑さがそこにはあった。

「バージルぅ……クーラー付けるぞ……」

キッチンにいるだろうバージルに一言断り、ダンテはクーラーの操作盤をぺちりと叩いた。 かし、と爪が擦れる音がする。

「ん……あぁ?」

ダンテは自分の手を食い入るように凝視した。

「どうした、」

背後から掛けられた声に、振り向いたは良いが首を傾げる。

「……?」

視界が妙に暗い。起きた時は気付かなかったが、全体的に総てのものがぼんやりとしか 見えないのだ。
ごしごしと手の甲で目を擦るが、汚れた窓を拭いたような効果はない。

「なんで……」

ぼそりと呟く。
弟の様子がおかしいと気付いたらしく、バージルがリビングを横切りダンテの側に来た。 間近にいて、始めてバージルの顔がはっきりと見える。これはどうしたことか。

「どうした、ダンテ?」

声は、無駄によく聞こえる。煩い程だ。それに、匂いも。

「バージル、俺、何か変だ」

バージルの匂いなど、鼻をすり寄せでもせねば感じぬような、ごくごく薄いものでしかない。 それが、至近距離でなくとも判るなど、おかしいではないか。

「耳と尻尾を生やして、普通も何もないだろう」

珍しく茶化すようにバージルが言う。しかしダンテは笑えなかった。笑えようものか。

「違う、違うんだよ。目がおかしいんだ。耳も、鼻も」

「どうおかしい?」

「目はぼやけてよく見えねぇ。でも耳と鼻は逆に利きすぎるぐらいで……しかも何なんだよ、 この爪! 一晩でこんな伸びるか、普通っ?」

頭を抱えるダンテに対し、バージルは驚いたふうもなく言った。

「ダンテ、それは……」

「それは?」

「……犬、だな」

「は?」

思わず耳を疑ったダンテに、バージルは淡々と並べ立てる。

「犬というのは、ごく至近距離でなければほとんど見えていない程、視力の弱い生き物だ。 代わりに耳と鼻は人間の何倍も利く。この程度のこと、知っているだろう」

確かに知っているし、理解も出来る。しかし。しかし、だ。

「はいそうですか、なんて納得出来るかぁああ!!」

絶叫するその声も、自分以外の人間には犬の遠吠えにしか聞こえぬのだろうな。バージルが そんなことを考えているとは露知らず、ダンテは耳と尾の毛を逆立て憤慨するばかり。



事態はそんなに生易しいものではないことを、この時、双子のどちらもが気付いては いない……。























次?
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頂戴したネタを使用させていただきました。