煉獄レンゴク








ダンテの奴がおかしくなった。

初めに誰に聞いたのかなど覚えてはいないが、それを聞いた時、エンツォは鼻で笑ったものだ。 あいつは元々変わってるだろうが、と。しかしそういうことではないのだと、エンツォは身を もって思い知らされることになった。





便利屋や荒事師の集う掃き溜めのような酒場に、エンツォは決まった日に顔を出す。情報屋と 名乗ってはいるが、エンツォの飯の種は専ら仲介屋としての仕事だ。
預かった依頼を、酒場にたむろする便利屋や荒事師らに振り分けることで、仲介料を取る。 仲介屋の紹介した便利屋ないし荒事師が、依頼主の満足行く結果を出したなら、それはそのまま 仲介屋の評価と信用に響くのだ。

荒事師はその名の通り荒くれどもの総称であり、エンツォら仲介屋にとっては扱いが難しい輩で ある。対して、彼らが重宝するのは腕の良い便利屋だ。

エンツォはいつものようにスラム街の一角にある酒場に足を運んだ。戸を押し開けるなり、 むっとした酒気と熱気が出迎える。慣れた匂いと雰囲気に、エンツォは肩を竦めるだけで店に 入った。
そこは既に多くの男がたむろし、酒を飲み、それぞれ仲介屋から大小の依頼を請け、飯の種を 得ていた。エンツォはそれらの光景を横目で見やりつつ、カウンターのスツールに腰掛ける。
いつものな、と店を一人で切り盛りしている親爺に言うと、親爺は気怠げに「はいよ」と頷く。 接客マナーは最低だ。しかしこの店が潰れることはなく、あるとすればこの親爺の 死ぬ時だろう。

出された酒を一口飲み、さて、とエンツォは先刻から隣のスツールに陣取った男に 向き直った。

「よう。何だぁ? シケた面で飲みやがってよ」

笑って肩を叩くと、男は流し目を呉れるようにエンツォを見、あぁ、と鈍い反応を返して来る。 おかしい。確かに、思った。しかし、見た目はまるで変わっていないのだ。
派手な赤いコート、銀色の髪はだらりと下ろし、口許には人をなめたような笑み。
それなのに、この違和感は何なのか。

「おい、ダンテ、お前……」

どう言葉にしたものか、一瞬迷う。その一瞬の間に、銀髪の男が口を開いた。

「……で、面白そうな仕事は持って来てくれたのか?」

この前みたいな詰まらねぇ依頼はごめんだ、と。軽く笑う男に、エンツォはやはり違和感を 覚える。変わらない口調、そして表情。けれど、何かがおかしいのだ。

エンツォは何か別人と話しているような錯覚にすら陥りながら、仕事は仕事だ、と自分に言い 聞かせる。そう、違和感はあろうと、この男はダンテという腕利きの便利屋に違いないのだ。 ダンテを逃がしてしまっては、依頼人の信頼すら逃がしてしまう。

「あ、あぁ、あれは悪かったよ。でもな、お前、一万ドルの仕事を詰まらねぇとは、贅沢すぎや しねぇか?」

「ならてめぇも、好色オヤジの相手を一晩やってみやがれ。一万じゃ割に合わねぇってことが、 五秒で納得出来るからよ」

胸糞悪ぃ、と口汚なく悪態を吐く男に、エンツォは内心で安堵する。

これだ、これ。やっぱりこいつは変わってねぇ。

「あのジジィ、好色とは知っていたが男にまで見境ねぇのかよ……」

辟易し、うなだれるエンツォを、ダンテは「それで、」と促した。

「また俺ご指名の依頼か?」

「おぉ……そうなんだよ、今度は何と五万だ。前金の一万と併せてだが、条件は悪くねぇ」

「あのな、エンツォ、先に内容を話せっていつも言ってるだろうが?」

「判ってるよ。そう焦りなさんな」

これだ。そう、こいつとのやり取りはいつもこう。端から見れば漫才のようなのだろう、言葉の 応酬。大抵はエンツォが負けるのだが、たまにはダンテをやり込めることもある。これが、 ダンテとの慣れた交渉なのだ。

ダンテはどこも変わっちゃいない。相変わらず、軽い。そして、やたら仕事を選り好みする ところも。

「……ってなわけだ。な、お前好みの依頼だろ?」

どうだ、と顔を覗き込めば、ダンテはちょっと片眉を上げ、にやりとした。

「悪くはねぇな」

ほらな、変わってねぇ。





酒場の喧騒は、慣れればむしろ居心地の良いものだとエンツォは思っている。要は、巻き込まれ なければ良いのだ。カウンターでちびちび飲んでいれば、やたら絡まれることはない。
ダンテも同じように考えているのだろう。いつもカウンターに陣取り、親爺と喋るでもなく アレを食べ、飲むのが常套だ。ふと、忘れかけていた違和感がぶり返す。

「ダンテ、お前そんなもん飲んだことあったか?」

訝ったのは、ダンテが舐めるように飲む酒だ。ロングアイランドアイスティー。味こそ アイスティーとほぼ変わらないが、アルコール度数は二十度程のものである。しかしダンテは いつも、決まってジン・トニックを飲んでいた。甘ったるい、酒場には全く似合わない ストロベリー・サンデーを嬉しそうに食べた後で。
ダンテはグラスを爪で弾き、たまにはな、と冷めた口調で言う。

「……お前、」

言いさした時、不意に背後から逞しい腕が伸び、ダンテの肩を抱いた。勿論、いやらしい意味は ない。
飲んだくれ特有の嫌な息と体臭が鼻をつく。

「ダンテぇ、景気良さそうで羨ましいなぁ」

たちの悪い荒事師がエンツォの方をちらと見、下卑た笑いを漏らす。仲介屋がダンテ一人に 付きっきりになっていることが、気に障ったらしい。もしくは、今晩は良い仕事を貰えなかったの かもしれない。しかしそれはエンツォの預り知らぬことであるし、ダンテなどはとんだ とばっちりだ。

「綺麗事並べる便利屋様は黙ってても仕事が来る。はっ、俺も依頼人の誘い方でもご教授頂きてぇ もんだぜ」

安い挑発だ。エンツォがうんざりしていると、ダンテがひょいと荒事師の腕を捻り上げた。 本当に、軽く。しかしダンテよりも一回りは体躯の良い男は、情けない程の悲鳴を上げて床に 這いつくばった。ダンテの強さは知っているとはいえ、エンツォは目を丸くした。

酒場が、一瞬にして静寂に包まれる。

残りの酒を一気にあおり、ダンテがスツールから下りる。真紅のコートの背中には、鞘のない 幅広の大剣。髑髏のような柄の装飾は、見慣れている以上の禍々しさを放っている。

「……お、おい、ダンテ……」

恐る恐る呼ばわるエンツォを無視し、ダンテは床に這った荒事師の腹を無造作に蹴り上げた。 内臓を抉るような重い音がし、男は呻く間もなく吹っ飛ばされて店の壁にその巨躯を 叩き付けられた。一蹴りでこの威力。しかし当のダンテは眉一つ動かさない。

「ちっ……胸糞の悪ぃ野郎だぜ」

呟きは、語調こそダンテのそれ。しかし口調は、恐ろしく冷たく平らだ。

これは、

エンツォは頭を何かで殴られたような衝撃を味わった気分だった。その頭で考えるより先に、 口が勝手にある名前を口走る。

「……バージル……」

“ダンテ”が肩越しにエンツォを見やり、ふ、と笑った。

ダンテがおかしくなった。

その理由に気付いてしまい、エンツォは戦慄した。



あいつをどこへやったんだ。





その疑問は、喉の奥に蟠り。

ついに言葉にすることは出来なかった。



















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ご苦労様です。これにて浮気編は完結です。オチてませんか?
ともかくここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
最後のシメがエンツォってどうなの。聞かないでやって下さい。