猟奇リョウキ








ざわ、と酒場で飲んでいた荒くれどもがざわめいた。異様な雰囲気に、カウンターでちびちびと 酒をやっていたエンツォも、何だ何だと振り返る。そして、ざわめくわけを瞬時に理解した。

周囲の化け物でも見るような視線など綺麗に無視して、同じ容姿の青年が二人、 カウンター席へと近付き何ごともないかのようにスツールに腰掛ける。喧騒の絶えない酒場は 今や、異常な静けさに包まれていた。

酒場を一人で切り盛りする親爺すら、二人の異様さに目を白黒させている。エンツォも 同じだ。

「リキュールを。これにはストロベリー・サンデーを頼む」

白皙の、美貌と言うのだろう顔立ちをぴくりともさせず、エンツォの隣に腰を下ろした青年が 親爺にオーダーする。親爺ははっとしたように了解の意を伝え、カウンターの奥へ引っ込んだ。 残されたエンツォは、馬鹿みたいな緊張感を一人で背負わねばならなくなる。

無意識に、唾を飲み込んだ。

何なんだ、これは。いや、こいつらは。

その場の誰もが思う疑問を、しかし誰も口にすることは出来ず。エンツォもまた、その 最たるものだった。

「……あ、のよ……?」

やっとの思いで口を開けば、氷の眼がゆらりとこちらを見た。怖い。冗談ではなく、 戦慄する。

「あ……バージル、そいつは……」

どうした、と。それだけ訊くのに何故こうもしどろもどろにならねばならないのか。
バージルが相変わらずの鉄面皮を、エンツォとは反対側に座る青年に少し向けた。

「これのことか」

低い声も、いつもと変わらない。しかし明らかに、おかしいのだ。

バージルの瞳がまたエンツォを映す。

「目を離すとどこかへ行くのでな、繋いだまでだ」

こともなげに、さらりと言う。エンツォはぞわりと悪寒が走るのを感じた。

バージルの向こう隣に座るのは、慣れ親しんだ坊やに違いない。やんちゃ坊主がそのまま 大人――――エンツォからすればまだまだお子様だが――――になったような、良くも悪くも 可愛い坊やだ。バージルをエンツォに引き合わせたのも、この坊やである。
お喋りで、派手好みで、命知らずな。それが、今はどうだ。

「バージル、いったい何があったんだ?」

エンツォは思わず問うてしまった。そうせずにはおれぬ程、彼と彼ら二人は誰が見ても おかしかった。

バージルがちょっと、眉を上げる。
何が、とは何だ。不審そうに訊き返されて、エンツォは言葉に詰まる。

どう訊けと言うのだろう。実の弟に首輪を着け、鎖で引いて平然としているこの男に。

「いや、その……」

名うての情報屋として、エンツォは色々なことを見、経験してきたつもりである。しかし、 これは。

(頭がおかしくなっちまったとしか思えねぇ)

それにしても、何故。

「ほらよ」

親爺が無造作に、ストロベリー・サンデーをダンテの前に、リキュールをバージルの前に 置いた。ダンテがそこで初めて顔を上げ、嬉しそうに笑みを咲かせる。しかしそれも、以前の ように輝くようなものではない。

すっかり透き通るようになってしまった膚は、いっそ蒼白い。頬は削げ、器に伸ばした腕は 眉をしかめたくなる程に細い。そういえば、コートに隠れて目立たなかったが、肩も随分細く なった。若いながらによく鍛えられていた筋肉は、まるでなくなってしまっている。
骨と皮。そんな言葉がダンテに似合うなど、おかしな話だ。鎖に繋がれて、まるで抵抗する ふうもないことが、一層奇妙である。

ただ、変わっていないこともあるらしい。

「ダンテ、」

バージルが呆れたように肩を竦め、ダンテの顎をついとこちらを向かせる。親爺が無言で 添えてあった手拭きで、クリームまみれになったダンテの口周りを丁寧に拭う。

「ゆっくり喰え、といつも言っているだろう」

「……んー……」

いつもの、見ているこちらが恥ずかしいやり取り。しかしダンテの首から垂れた鎖が、それを 禍々しいものにしているようだった。

酒場の静けさは、続いたままだ。
その中で、双子の便利屋だけが平素と変わらぬふうにそれぞれの好みのものを食べ、飲む。 それが異様であるとは、おそらく気付いているのだろうに。

ダンテがふと、スプーンを器に戻してバージルを見やった。鼻をひくひくさせるさまは犬か 猫のようだ。バージルはそれだけで判るのか、リキュールのグラスを置き、おもむろにダンテを 抱き寄せる。
エンツォはそれこそ、ぎょっとした。バージルが何の衒いもなく、ダンテの首輪に隠れていない 膚に吸い付いたのだ。

「な、な……っ!?」

驚いて声も出ない。陶然として目を閉じるダンテが、いやに淫靡に見えて気味が悪い。

ちゅ、と恥ずかしげもなく音をたて、バージルが顔を離す。ダンテの耳に何ごとか囁いたよう だが、エンツォには聞こえなかった。ただ、ダンテがふるりと躰を震わせたことは見て取れる。

じゃら、とダンテの首輪から垂れた鎖が鳴った。

「エンツォ、」

突然呼ばれ、エンツォはぎくっとした。

「な、なんだっ?」

声が上ずるが、バージルは全く気にならなかったらしい。

「仕事の依頼は、」

端的、と言おうか、全く不親切なもの言いに、しかしエンツォは慌てて薄っぺらな鞄を ひっくり返した。

「こ、これだ」

ダンテが好きそうな、うさん臭いばかりの安い依頼。バージルは書面を一瞥し、良いだろう、と やはり無表情に言った。

「これだけか?」

「他はあんたらには安すぎるものばっかりだ。今日は景気が悪くてな」

ろくな依頼がねぇ。そう言ってやると、バージルは一つ鼻を鳴らし、コートの内ポケットから 綺麗に畳まった紙幣を取り出した。それをカウンターにぴたりと置く。

「行くぞ」

告げた相手は、バージルに寄り掛かるようにしていたダンテ。しかしダンテが返事をする間を、 バージルは与えない。ぐいと鎖を引かれ、ダンテが苦しげに顔を歪めた。

「おい……」

それはないだろ、と言いかけたエンツォだが、バージルの氷点下の視線に射抜かれ凍り付いて しまう。逆らえば死ぬ。ジョークではなく、思った。

「ではな、」

一言、固まって動けぬエンツォに告げ、バージルはダンテを連れて店を出て行く。一瞬、ほんの 一瞬こちらを見たダンテの首筋に付いた、首輪に見え隠れする赤い痕を見てしまった。

(あれは、)

バージルが吸い付いた痕。しかし、残された痕はキスマークなどという艶めいた代物ではなく。 映画やアニメでしか見たことのない、吸血鬼か何かの牙の跡。

(何なんだ、ありゃあ)

エンツォはすっかり酔いの冷めて白けてしまった酒場で、茫然とカウンターに凭れかかった。 飲みかけのグラスを口に運ぶが、味がしない。

とんでもないことになった。

何が、どう、とは、エンツォにも判らない。
途方に暮れたエンツォの手の中で、溶けた氷が軽い音を響かせた。



















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これにて浮気編は終了です。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
最後に何故エンツォ?それは私が聞きたいです。