隠蔽インペイ









目を覚ませば、全く見覚えのない天井が視界に映る。そんな馬鹿げたことが自分の身に 起こるなど、有り得ないではないか。

ぼんやりと知らぬ天井を見上げ、ダンテはため息を吐き出した。仰向けに寝たまま部屋を 見回すが、やはり見覚えはない。
天井は低く、部屋そのものが狭い。小さな窓が一つあり、差し込む光は細々として薄暗い。

何故こんな部屋に寝かされているのか、当たり前だがダンテには全く覚えがない。
しかも、だ。
ダンテは頭上に纏められた手を僅かに動かした。じゃら、と鎖が擦れる不快な音が 狭い部屋に響く。囚人を繋ぐ為の手鎖だと、手首に巻き付いた鉄の冷たさですぐに判った。 が、それが何故自分の両手を戒めているのか。考えたところで答えが判る筈はない。
ただ、昨日眠るまではこんな状況にはなかった。つまりはそれから何かが あったということだ。

ダンテは、普通の人間よりもはるかに優れた五感と運動能力を持ち合わせている。 こんな異常なことが起こっていたというのに、何も気付かず眠っていたなど奇妙ではないか。

「……なーんか……」

嫌な予感がする。ぼそっと呟いた時、がちゃりと鍵が開く音がし、ドアが開いた。

「起きたか、ダンテ」

聞き覚え、などと言う程度ではなく、間違う筈もない声と姿に、ダンテは 「やっぱりか」と眉根を寄せた。

「バージル、」

「気分はどうだ?」

「最高だ、とでも言や良いのか? あぁ?」

バージルにはダンテの答えなどどうでもよかったのか、眉も動かさずにドアを閉め、 また錠をかける。

「そうか。食事を持って来た」

確かにバージルは、手にパンとスープか何かの乗ったトレイを持っている。似合わない、 と突っ込みたいところだが、ダンテはどうにか飲み込んだ。

「おい……バージル」

「あぁ、食べさせてやるから安心しろ」

「聞けよ、バージル」

しつこく名を呼んで、ようやくバージルは「何だ」と応じた。実に焦れったい。 ダンテは苛つくのをどうにか抑え、じろっとバージルをねめつけた。

「何のつもりだ、てめぇ」

「そう毛を逆立てるな」

バージルは日頃、表情を崩すことが稀な人間だ。いついかなる時も表情を変化させる ことはない。例外的に、ダンテに応じている時は僅かながらに表情らしいものは 見受けられるのだが。それに対して、

「どういうつもりかって訊いてんだよ」

ダンテは普段、見た目の派手さに相違なく感情の変化が激しい。もっとも、 それは内面のことに偏っており、表面上は常に軽い調子を崩さないのだが、しかし。
双子の兄であるバージルの前では、少しばかり条件が違って来る。
バージルはやはり平然とトレイを小さなテーブルに置き、無駄に偉そうに――――ダンテの 目にはそう映る――――弟を見下ろした。バージルの瞳は凍て付いた氷に似ている。

「お前が勝手ばかりをするのでな、見兼ねただけだ」

「ここで大人しくしてろってか? はっ、冗談」

バージルの絶対零度の瞳から目を背けることなく、ダンテは鼻で笑ってみせた。 ダンテにとってバージルは、誰よりも長く共に在った人間だ。今更、この兄の瞳に怖れを 抱くことなどない。

バージルはそこで初めて表情を緩めた。

「良い度胸だな、ダンテ。今のお前は、俺の一存でどうにでもなるということを 忘れたか?」

「相変わらず陰険だな、バージル」

はっ、と鼻で笑う。バージルは口許に笑みをはいてはいるが、瞳は一切笑っていない。
覚えのある、嫌な表情だ。きっと、自覚はないのだろう。あの時もそうだった。

バージルが何を思ってこんな行動に出たか、そんなものは想像も付かない。が、危うい、 と思った。
自分とは違い、何ごとも理性的に判断し、冷静さを欠くことのないバージルだが、 その所為か一度キレると手が付けられなくなる。
精神の糸が切れる、とでも表現すれば良いのかは判らない。ただ始末が悪いのは、 その糸の切れるタイミングと音が、全く知れないということだった。

この前切れたのは、何年か前のことだ。それも何故かは判らないが、矛先はダンテに向かって いた。自分が何をしたのか、ダンテは今もよく判っていない。バージルのキレるタイミングは、 そのくらい唐突なのだ。
そうしてバージルがキレた時には、出来る限りそっとしておくのが良いのだが、しかし。

「とにかく、これ外せよ」

じゃら、と硬質の音を立てて見せるが、バージルがすんなり頷く筈はない。

「外してしまっては、仕置きにならんだろう?」

思った通りだ。しかし“仕置き”という言葉は聞き捨てならない。バージルは、ダンテが勝手な ことばかりするから、だとか言ってはいたが、ダンテには全く覚えがない。それは、実を 言えば心当たりがありすぎる、の裏返しなのだが、ダンテは自覚していない。

「何がしてぇんだ、アンタは」

なるべく言葉を選んで口にするけれど、勿論バージルには何を言っても同じである。
触らぬ神に祟りなし、と諺には言うが、その神の方から怒りの矛先をこちらに向けて来た時は、 いったいどうしろと言うのだろう。昔の諺は確かに真理を衝いてはいるが、そこまでフォロー してくれはしない。

無責任だ。ダンテは内心で怒りをぶつけた。しかしそれも空しいばかりだ。

ダンテの神――――もとい、兄は、ダンテがいじけている間に、凶悪な笑みを消していつもの 鉄面皮の表情に戻っていた。そして、場違いな言葉を吐く。

「喰わせてやる。口を開けろ」

トレイに乗ったパンを一欠片千切り、ダンテの口許に突き付ける。これは何の嫌がらせ なのだろう。それとも何か毒でも入っているのか、パンはどう見ても旨そうには見えない。

ダンテは鼻頭に皺を寄せ、いらない、と顔を背けた。
腹が減っていようがいまいが、今この状況でバージルに食べさせて貰うなど、願い下げで ある。

口を開けば無理にも放り込まれる。そう感じたダンテは、顔を背けたままバージルを 睨んだ。
バージルはやはり何の表情もなく、ダンテを睨むでもなく淡々と言う。

「喰わねば、口をこじあけてでも喰わせるが?」

凍土の瞳がダンテを射抜く。バージルのそんな感情の込めれぬ双眸を見るのは、いったい いつぶりか。ダンテは我知らず息を飲んだ。

殺される、と本気で思った。

「っ……」

ダンテは唇を噛み、結局兄に逆らえぬ自身を内心で罵った。

バージルがキレた時は、確かに下手に逆らわないに限る。慣れたダンテだからこそ、そんな バージルに恐怖こそ抱かないが。しかし、このバージルには本能が危機を告げているような 気がして、冗談抜きで逆らえないのだ。

それは酷く口惜しいことである。

何ごとにも余裕で取り組み、常に不敵な態度を崩さぬダンテだが、バージルに対しては 同じようにとはいかぬのだった。

「…………」

旨くもないパンを咀嚼するダンテに、バージルは二つ目の欠片を差し出した。何とかパンを 飲み込むと、また新しいものが詰め込まれる。はっきり、無理矢理だ。乾いたパンが喉に ひっかかり、ダンテは俄かに噎せ込んだ。

「っ……げほっ……ぅえ……」

ただでさえ、寝たままでものを嚥下するのは難しい。バージルはそれくらい判っていた だろうに、苦しげに咳き込むダンテを冷ややかに見下ろし。

「水をやる」

おもむろに、グラスに満ちた水を口に含んだ。そして、咳を繰り返すダンテの顎を掴み 上向かせ。

「んんぅ……ッ!?」

口移しに流し込まれた水を、ダンテはわけも判らぬままに飲んでしまう。水が零れぬようにか、 隙間なく重ねられたバージルの唇を、ダンテは拒むことも出来なかった。

「っは……」

ダンテが水を総て飲み下したのを見て取り、バージルはあっさりと唇を離す。

「な、何すんだよっ」

「苦しそうにしていたから、助けてやっただけだ」

しれっとして、バージルが言う。ダンテはうっと詰まった。しかしバージルは、いつも ならばダンテを揶揄うだろうに、それをせずにまたパンを千切った。

「喰え」

ダンテにはバージルが、異様な生き物にでもなったような気がした。尤も、キレたバージルは 確かに別の生き物めいた変貌を遂げるとは、知っていたことではあるが。

「……バージル、もう、」

いらない、と言おうとしたが、バージルは総てを言わせてはくれなかった。言えば言ったで、 バージルの静かな怒りに油を注ぐだけだと判っているが、どうも、堪え難い。

「んぐ……」

どうしてこの程度のことを、緩慢な責め苦のように感じるのか。それはダンテにも 判らない。
とにかく、怒るならはっきり怒って欲しい。そうすれば、バージルの怒りも治まり やすい筈だ。

しかしバージルには、ダンテをあっさりと解放してやろうという意思は、欠片も ないのだろう。

少し残ったパンをトレイに戻し、スープの入った器を取り上げる。ゆっくりとしたその動作を、 ダンテは食い入るように凝視した。
バージルはやはりと言おうか、スープを自らの口に含み、ダンテに口移しに飲ませるつもり らしい。いらないという意味で首を左右にするが、聞き届けてくれるるようなバージルでは ない。
有無を言わさず口を塞がれ、スープを流し込まれる。

「っん、んー……」

一口目は、何とか飲み込んだ。が、続けざまに注がれたそれを、ダンテは飲み切れずに 噎せて零してしまった。

「かはっ、は……っあ゛……」

バージルの目がすっと細められたことに、ダンテは生理的な涙で滲む視界の端で気付いたが、 しかしどうすることも出来ず。

緩慢な責め苦が苛烈なそれに移る瞬間を、ダンテははっきりと感じ取った。



















戻。



えええええ?何ですかコレ?
と思った方、挙手でお願いします。まだまだです。まだ甘いです。
問題はこの先です。
…書きかけたものを中途半端に置いておくと、とんでもないことになる、と痛感しました;
申し訳ありません…!!!(板についてきた断崖絶壁土下座)
これの続きですが、リンクはちょっとだけ隠します。 こっそり。
本音を言えば、見ない方が良い代物です…orz
無駄に長く、どこまでも裏。双子が別人。耐えられる方のみドウゾ…