餓鬼ガキ








くらい。
彼がまず始めに認識したのは、己の周囲がとても暗いということだった。夜更け。 月も星も見えない夜は確かに暗いが、街の明かりが消えることはなく、 まったくの闇に包まれることはない。 けれども彼は今、仄かな光さえ感じられぬ完全な暗闇の中にいた。
なぜ。
茫洋としていた意識が浮上するにつれ、ひとつの疑問が沸いた。なぜ、自分はここにいるのか。 窓もなさそうなここは、おそらく自宅とはまったく別の場所だ。 それはわかっても、なぜそんなところで寝ていたのかはわからない。
それらすべてをひっくるめて、なぜ、と彼は考えた。






その日、ダンテはひとり、これまで一度も足を運んだことのない酒場にいた。 その界隈ではダンテの名を知るものこそいるけれども、彼の顔までは知らぬもののほうが多い。 そういう、いわば自身の領域外へ、ダンテはまれに繰り出すことがあった。
そんな気分になるときは、決まって双子の兄と喧嘩をしたときだ。 いや、兄のほうは喧嘩とは思っていないかもしれない。 ダンテが一方的に憤り、その怒りを連れたまま家を飛び出して来たのだから。

見慣れぬ顔が現れたとあって、荒事師どもは不躾な視線をダンテに注いでくる。 ただでさえ、ダンテは目立つ。くすみのない銀髪、薄暗い店内でも光を失うことのない空色の瞳。 これだけでも充分人目を引くが、加えて眉目秀麗ときているものだから、 どこへ行っても衆目を集めてしまうのだ。
とはいえ、ダンテは目立つことは嫌いではない。それが悪目立ちであったとしても、 人の注目を浴びるということはダンテにとって悪い気分ではなかった。
何をしても、しなくても目立つということは、敵を作りやすいということでもある。 荒事師という生きものはたいていが脛に傷を持つ爪弾き者だ。 そういう人間は、得てして輝くものを厭うものだ。
ダンテには味方も多いが、その分敵も多くいる。 無論、腕前としてはすべてダンテの足元にも及ばないため、ダンテは彼らを歯牙にもかけない。 それがよけいに敵を生むのだとは、彼は自覚していなかった。

荒事師らの溜まり場になっている酒場は、どこも同じように淀んだ空気が漂っている。 一般人はまず近寄りもしないこの場所へ、心地好いとは思わないものの慣れているダンテは、 眉を顰めることもなくするりと入り込んでいた。席はどこの店でも同じ、カウンターだ。 店主らしき人物はまだ若く、しかしダンテよりも一回りは年嵩であろう男だった。 額の左側から斜めに古い傷痕が刻まれており、 およそかたぎの人間ではなかったのだろうことが窺える。
いつものようにジン・トニックを舐めながら、ダンテは頬杖をついてぼんやりとどこかを見つめている。 その双眸には何ものも映ってはおらず、まさに心ここにあらずであった。 それもそのはず、ダンテの脳裏には、家を飛び出すまでの兄とのやりとりが延々と繰り返し流れており、 他の何をも考える余裕はないのだから。

(ちぇっ)

ダンテは喉の奥で悪態をついた。もちろん兄に対してのものだ。 彼らは双子として、ほぼ同時にこの世に生を受けたが、成長過程に何かしら問題でもあったのか、 兄はとても兄らしく、ダンテは末っ子気質旺盛に育った。 そのためか、喧嘩はすれども喧嘩にならぬという奇妙な現象が時折起こる。 兄がダンテを、幼いこどもがぐずったときのように扱うからだ。

(俺は餓鬼じゃねぇってのに)

兄はダンテの怒りが何から来るものか理解しようともせず、自分ひとり、 おとなのふりをして躱してしまう。 それがダンテの怒りに拍車をかけるのだとは、兄はきっと知らない。

知らず知らずにため息がもれた。 荒事師には見えないが、かたぎにも見えないダンテの嘆息に顔を見合わせたのは、 あれは誰だ、知った奴かと密かに言葉を交わしていた荒事師たちだ。 見目麗しい青年は女にこそ見えないものの、 こんな酒場にはとてもではないが似つかわしくない雰囲気を持っている。
興味津々、男どもは彼の一挙手一投足を注視していたが、当のダンテはまるで気づいていない。 それが例えば殺意や悪意であれば敏感に反応しただろうが、純粋な好奇とあっては、 ある意味で鈍くできているダンテの神経が反応するはずもなかった。

「はぁ……」

ダンテは深々とため息をもらした。カウンターのあちら側で黙々とグラスを磨いていた店主が、 ちらとダンテへ視線を向けるけれど、声をかけてくることはない。 店によってはひとの世話焼きが好きな人間が店主をやっていることもあるが、 ここはそういうことはないようだ。そのほうがいい、とダンテは思う。
彼がよく出入りする酒場の親爺も、要らぬ口出しはしない。関心がないというとそうではなく、 ダンテが顔を見せるたびに彼の好物をこしらえてくれる甘さも持ち合わせている。 つかず、離れず。ほどよい距離感がダンテにとってはとても心地がいいのだった。

(悪くない店だ)

そう、ダンテに思わせる程度に、店主の態度は好ましいものだ。 客の質といえば、むやみに絡んで来るものがいないのは偶然かどうか、 少なくとも今のところは遠巻きにこちらを窺うだけで済んでいる。 見慣れぬ顔に、みな慎重になっているのだろう。それはそれでいいことだとダンテは思った。 できればこのまま、ダンテが店を出るまでそっとしておいてほしいものだが、 なにぶん先のことは誰にもわからない。
第一、とダンテは唇を尖らせた。

(まっすぐ帰ろうって気になれねぇ)

家に帰れば兄がいる。そのことが、ダンテの腰を重くした。
新たな客がやってきたのは、ダンテが二杯目の酒を注文したときのことだ。



男は店によく出入りしている仲介屋であるらしく、 荒事師たちは男の顔を確認したとたんに色めき立って男を取り囲み、 より実入りのいい飯の種を掴もうと躍起になったが、彼はスツールを立つことなく、 透明の液体を口に含んだ。縄張り外で飯の種を漁るような真似はしない。 別段、そう決め込んでいたわけでもなかったのだけれども。

見知らぬ仲介屋は荒事師らに仕事を振り分け、 一段落した辺りで彼のいるカウンター席へと近づいてきた。

「ここらじゃ見ない顔がいるねぇ」

わざとらしくおどけた声をあげた男を、彼は振り返ることもしなかった。 肩すかしを食らった男は、けれども神経が図太いのか、気にしたふうもなく彼の隣へ腰を下ろした。

「顔を見るのは初めてだけれど、噂には聞いてるよ」

男は彼の名を言い当て、満面の笑みで彼の顔を覗き込んだ。

「嬉しいな。ずっと会ってみたいと思ってたんだ」

にこにこと上機嫌の男とは対象的に、彼の眉間には皺が刻まれている。 男の馴れ馴れしさが厭わしいのか、それともその笑顔に苛立ちを覚えたのか、 理由は彼自身にも判然としなかった。 が、ひとつだけはっきり言えることは、この男と飲む酒は不味いであろうということだ。





数日後、ダンテはいつもの酒場でストロベリーサンデーを頬張っていた。 店主である親爺の愛想のなさは相変わらずだが、ダンテはまるで気にならない。 こうしてダンテの好物を、メニューにないにもかかわらずこしらえてくれるのだから、 居心地が悪いはずもなかった。
堪能しながらも一気にストロベリーサンデーを食べ尽くし、次に注文するのはジン・トニックだ。 この流れはいつものことで、店主もよく心得ている。ストロベリーサンデーの器を下げるのと、 ジン・トニックの注がれたグラスがダンテの前に置かれるのはほぼ同時だった。
ダンテがグラスに口をつけたとき、

「お、今日はひとりか?」

そんな言葉とともに現れたのはエンツォである。 まぁな、と素っ気なく返すダンテの隣のスツールに、エンツォはどかりと腰を降ろした。 注文もそこそこに、エンツォは忙しない様子で鞄から書類をいくつも取り出して再び立ち上がった。 酒場に多く詰めかけている荒事師たちに、飯の種を撒くのだろう。 荒事師らも心得たもので、エンツォが立ち上がるのを見るや我先にと押し寄せてくる。
ダンテはその様子を眺めながら、どこの溜まり場も同じなのだとぼんやり考えた。 荒事師、仲介屋、酒場の主、そして依頼主。 表社会とは隔絶されていながら、彼らは確かに社会の中に息づいている。 おおいに矛盾しているが、その矛盾さえもまた社会の一端に違いない。
便利屋を名乗るダンテもまた、例外ではなく。

口に含んだ酒が舌を冷やし、喉を灼きながら流れ落ちて胃を温める。 ぼうっとしていたのはほんの数分と思っていたが、 粗方仕事を終えたエンツォがカウンター席に戻ってきたのを見て、 少なくとも二十分は経っていたことに気がついた。 気が緩んでいる、というのはこういうことだろうか。

「呆けた顔して、どうした?」

エンツォが揶揄するでもなく問うくらいだから、相当ひどい。

「いや……べつに」

首を振り、少しばかりぬるくなった酒を舐める。 エンツォが隣で首をかしげているが、ダンテは気づかなかった。

ぎぃ、と建てつけの悪い出入り口の扉が開いたのは、一杯目の酒が残すところわずかになったころだ。 ダンテはそちらを振り向かなかった。客は荒事師か仲介屋くらいのもので、 そのどちらであってもダンテには関心がない。後ろを振り向いたのはエンツォだった。 同業者か仕事相手か気になったのかもしれない。

「……あん?」

エンツォが妙な声をもらした。訝りながらも威嚇に似たものを含んだ声音だ。

「やぁ、今日はこっちで呑んでるんだね」

聞き覚えのある声がして、ダンテは思わずそちらを見やった。

「あんたは……」

先日、初めて訪れた酒場で出合った仲介屋が、 相変わらず上機嫌そうな笑顔を浮かべてダンテのすぐそばに立っていた。



男はエンツォと顔見知りであるらしい。それにしては険悪な様子だったが、 ダンテは仲介屋同士の繋がりがどうなっているかなど知るわけもない。 どうやらそれぞれに縄張りのようなものが存在するのだとわかったのは、 ふたりの仲介屋がその話題を持ち出したからであった。
エンツォは男をヨハンと呼んだ。耳慣れぬ名だと思ったら、生まれは別の国だと聞かされて納得した。 この国にはあらゆる人種が住んでいる。 ヨハンという仲介屋がどのような経緯でここへ移住したかは知らないが、 よくあることなので驚きもしない。





暗い部屋には物音のひとつさえ聴こえない。身をよじると布のこすれ合う摩擦音が生じるが、 まるで闇に呑まれるかのようにすぐに消える。
躰のあちこちが痛むことと、この闇一色の部屋に囚われていることには、 やはり関連があるのたろうか。それにしては記憶が曖昧で、思い出そうとすると頭痛がする。
なぜ、と。そればかり繰り返し考えることにも飽きて、 彼は疼痛をこらえながら記憶の糸を辿ることに専念した。





ダンテがバージルとまともに顔を合わせたのは、喧嘩ともつかぬ喧嘩をしてから一週間後のことだ。 互いに単独での仕事があったとはいえ、一週間も同じ時間を共有しなかったことは珍しいと言えた。
遅い朝を迎えたダンテがリビングに姿を現すと、 バージルはいつもと同じように薄いエスプレッソを淹れてくれた。 罪悪感とは言うまいが、いまだ拭いきれぬものを腹に抱えているダンテは、 己のカップに注がれたそれを飲むかどうか悩んだが、 テーブルの上に置かれたサンドイッチを見て観念した。空腹の前には意地を張っても無駄なことだ。

「いただきます」

一言断って、エスプレッソに口をつけた。熱い。 アルコールとはまた違った喉を灼く感覚に、ダンテは一瞬心地好いものを感じた。 バージルの淹れたエスプレッソを一週間ぶりに飲んだからだろうか。 炊事の一切をバージルに任せ切っているダンテは、自らコーヒーを淹れることさえしないのだ。

「うまい」

サンドイッチを頬張り、こぼれた言葉はまったくの無意識だった。 黙々と咀嚼するダンテを、バージルが目を細めて見つめていたが、 何かしら言葉をかけてくることはなかった。



翌日、珍しく昼間に事務所の電話が鳴ったので、居合わせたダンテが受話器を上げると、 エンツォからのものだった。

「どうしたってんだ、こんな時間に?」

訝しげにダンテが問うと、エンツォは声を落としてぼそぼそと何ごとか囁いた。 まるで聞き取れなくて、ダンテは眉をひそめる。

「なんだって? 聴こえねぇよ」

苦言を呈すると、エンツォはわずかに沈黙したあと、今度は少しばかり大きな声でこう言った。

「……あいつには気をつけろ」

「は? あいつって誰だ」

また、沈黙。気の長いほうではないダンテは、苛立ちを隠しもせずに声を荒げる。

「おい、エンツォ、」

しかし怒鳴る前にエンツォが再び口を開いた。

「こないだの仲介屋だ。覚えてるだろ?」

仲介屋。ダンテは記憶を探り、ひとりの男に行き当たった。

「この間って……あいつか、」

「そうだ。もしあいつが何か依頼を持ってきても、請けるんじゃねぇぞ」

矢継ぎ早に言うエンツォへ、ダンテの眉間に皺が寄る。

「なんだ、それ。どういうことだよ」

ダンテは指図をされることが好きではない。 快楽主義者として気儘に生きるダンテにとって、他者の介入は容認できない事柄にほかならなかった。 それを、エンツォはわかっているものと思っていたのだけれども。
答えろ、と催促するも、電話口からは沈黙が返ってくるだけだ。不審なこと甚だしい。

「おい、エンツォ?」

呼ばわると、ようやくエンツォが重い口を開いた。

「あいつに関わるとろくなことにならねぇ。……忠告はしたからな」

すげなく言うと、エンツォは一方的に電話を切ってしまった。 何が何やら、ダンテにはまるでわからない。
回線の切られた無情な音を聞きながら、ダンテはしきりに首をかしげた。

気をつけろ。
馴染みの仲介屋があえて電話口でそう言った意味を、ダンテはさほど深く考えることをしなかった。 エンツォとは、多くても週に一度会う程度だ。 少なければ一ヶ月顔を合わせないこともあるくらいで、だからだろう、とダンテは軽く考えていた。
エンツォはこの先しばらく酒場に出入りしないとわかっていたから、直接ではなくあえて電話にした。 その程度だろう、と。





奇妙な電話があった数日後の夜、ダンテは久しぶりにバージルと連れ立って酒場へ足を運んだ。 飯の種がほしかったからではない。ただ純粋に酒が飲みたいだけだった。 もちろん、酒の前にはストロベリーサンデーだ。
馴れた親爺はダンテの顔を見るなり小さく頷き、 先にバージルがいつも飲んでいる酒を出しておいて、カウンターの奥へ姿を消した。 ダンテのためにストロベリーサンデーをこしらえてくれるに違いない。 皆まで言わずとも意思が通じるというのは、実にありがたく、また貴重なことでもある。

店に新たな客が現れたのは、ダンテが甘い甘いストロベリーサンデーを平然と平らげたときだった。
荒事師どもがざわざわと浮き立っているのを背中に聞き、客は仲介屋なのだろうと当たりをつける。 果たしてその推測は半分正しく、半分は間違っていた。 客は確かに仲介屋を生業にしているようだが、商売をしに来たのではないらしい。 落胆した荒事師たちが、浮かせた腰を椅子へ落とす。

「こんばんは」

いかにも優男らしい声音に、ダンテは訝しげにそちらを見やった。 カウンターに陣取っているのはダンテとバージルのみ。 バージルに自ら進んで話しかけようとする男はまずいないので、 声をかけられたのは十中八九ダンテのほうだ。

「……なんだ、あんたか」

わざわざ振り向いて損をした。 声と言葉の雰囲気で察してはいたが、予想に違わずヨハンという名の仲介屋がそこにいた。 ダンテに邪険にされても、いつもの笑顔が揺らぐことはない。 その神経の図太さたるやあっぱれなものだが、自分もかくありたいと思わないのはなぜだろうか。
つれないなぁ、と言いながらも、ヨハンは笑みを崩さずダンテの隣のスツールに腰をおろした。

「僕もジン・トニックにしようかな」

ちらりとダンテの手許を盗み見てから、男はいたずらっぽい目で親爺へ注文する。 同じものにする理由がどこにあるのか、眉をひそめるダンテの横で、 バージルが眉間に深々と皺を刻んだことに、ダンテは気がつかなかった。

「あんた、最近よく見るよな……縄張り拡げようって算段でもしてんのか」

「まさか。仕事は週に一日か二日だけ、それ以外はいろんな店を巡ってみてるんだよ。 人間観察ってところかな」

十把一絡げに荒事師と言っても、人間なのだから個性はそれぞれだ。 そういうものを観察し、考察することが愉しいのだという。 ダンテにはまったく理解できない類の趣味だ。
あ、そう。というダンテの愛想のない合いの手にも、男は気にした様子はない。 やはり図太い神経というものは、ある意味でどんな武器にも勝るらしい。 ダンテも鉄の肝を持ち合わせている自覚はあるが、この男はダンテ以上に頑強な肝の持ち主だ。

「そういえば、」

ヨハンがおもむろに口を開いた。

「そちらの彼は君の兄弟かな? 確か、双子だと聞いたけれど」

「似てねぇって言いたいんなら、まったくもって同感だ」

事実、ダンテとバージルは双子ではあるがまるで似ていない。顔立ちこそ似ているらしいが、 それさえもダンテにしてみれば「どこが」と苦言を呈したいところである。
ヨハンはダンテとバージルの横顔を交互に見た。

「まぁ、双子だからといって似てるとは限らないからねぇ。 複製クローンじゃあるまいし」

それも同感だ。よく口の動く男は嫌いだが、ものの考え方は嫌いではない。 ヨハンに対する認識を、少し改めねばならないようだ。
ヨハンはしかし、興味を示しながらもバージルへ話を振ることはしなかった。 賢明だ、とダンテは思った。
バージルは誰に対しても容赦がない。 好みというものがない代わりに煩わしいものを徹底的に嫌うため、 ともすれば周囲のすべてを切り捨ててしまいかねない危うさがある。
ヨハンを擁護するつもりはまったくないが、バージルへの危惧は常にダンテの胸のどこかに燻っている。 今はまだ、ダンテのかたわらにあることをよしとしている様子だが、 それもいつまで続くかわかったものではない。 目を離した隙に、誰もいない、何もない世界の果てにふらりと堕ちてしまうかもしれないのだから。

ある種、バージルはダンテ以上に自由な男だ。 厳格な性格をしていながら、その実、この男は誰よりも気儘に生きている。 何ものかに縛られることを厭うがために、何ものにも興味や関心をいだかないのかもしれなかった。
まぁ、そのことは今は置いておく。

「仲が良さそうで羨ましいよ」

「そう見えるなら、あんたの目は節穴だな」

「仲の悪いきょうだいが、同じ酒場に連れ立っては来ないと思うけど?  隣に並んで座るなんてことも、まぁしないだろうね」

確かに、ヨハンの言葉には一理あるが、それでもいまいち納得できず、ダンテは首をかしげた。
「それにしても、君たちがいるんじゃあ、他の荒事師たちは大変だろうねぇ」

「はぁ?」

「稼ぎ頭がいて助かるのは仲介屋で、荒事師じゃないってことさ」

当たり前のことだが、依頼人は確実に仕事をこなす人間を好む。 稼ぎのいい荒事師とは、同時に腕ききということであり、 依頼人はそういう人間に依頼を任せたいと思うものだ。 その間を取り持つのは仲介屋の仕事で、荒事師が確かな仕事をすれば、 仲介屋の懐に入るものも多くなる。 つまりはそういうことで、どこの区域にも稼ぎ頭というものは存在するが、 その陰で食いっぱぐれる荒事師がどうしても発生するのである。

「そりゃ、当たり前だろ」

この世界は弱肉強食が常だ。弱いものは必ず淘汰される。 稼ぎ頭に依頼が殺到するがために仕事にありつけずにいる荒事師は、たんに弱いからであって、 そんなものは腕を磨けばどうとでもなる。ダンテの考え方は単純明快だ。 仕事がほしいならば強くなればいい。それができないなら、荒事師などやめてしまえばいいのだ。

ヨハンがくすくす笑った。ダンテを嘲ってのことではない。

「皆が皆、君のように割り切れるなら、いがみ合いなんてしなくて済むんだけどねぇ」

わからないことを言って、ヨハンはジン・トニックを含んだ。喉仏が上下に動く。 見目はいいほうだろうと、ダンテの目から見てもそう思う程度には、ヨハンは好い男だ。 ただ口が軽いがゆえに大いに損をしている。

(黙ってりゃいいのに)

自分のことを棚に上げて、ダンテは内心でつぶやいた。
バージルが不意に立ち上がったのはその時である。

「どうした?」

軽く目を瞠って問えば、バージルはただ一言、帰るという。 見上げた兄に不機嫌な色を見て取り、ダンテは首をかしげた。

「……じゃあ、俺も帰る」

そうか、とつぶやくバージルの声は普段と何ら変わりないが、親爺へ金を渡す横顔は、 やはり機嫌が悪いようにしか見えない。なぜだろうか。ダンテには理由がわからない。 今の今まで、バージルは別段、いつもと変わりなかった。 どこに兄の機嫌を損ねるきっかけがあったのだろう。
首をひねりながら、ダンテはバージルの背を追って店を出た。見た目には似たところのない双子を、 ヨハンが意味ありげな目で見送っていたことには気づかぬまま。





視界が暗転したのはいつ、どこで起こったことだったか。
彼は記憶の糸を手繰りながら、なかなか核心へ辿り着くことができず、苛立ちを覚えた。 思い出すことといえば、あまり関係があるようには思われない記憶ばかりだ。

気をつけろ。馴染みの仲介屋の受話器越しの言葉が、不意に脳裏をよぎった。 あれはこのことだったのだろうか。いや、まさか。

とにかく、今は記憶を辿るとともに、この状況をいかにするかが問題だ。
彼はそっと、重い頭を持ちあげた。



















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リクエストをいただいてから随分と時間がたってしまい、申し訳ありません。
ようやっと、UPできるところまでこぎつけることができました。
ということで、続きます。少し長いですが、お付き合いいただけると幸いです。

[14/04/03]