機備
暑い日には、あれの精神が耐え兼ねて不安定に陥ることなど、幼い頃から知っている
筈だった。
その日の気候によって激しく気分の変化するあれのことは、誰よりもよく知っている
筈だった。そして、そんな時はあれをどう扱えば良いかも。
それが、何という馬鹿なことをしてしまったのだろう。
熱帯夜のうだる暑さに弱り、何も考えられなくなったあれに、自分は何をしたか。いや、
正確には、しようとして、あれが止めてくれたのだ。
あれの言葉ではっとし、自身を制止出来なければどうなっていただろう。嫌がるあれを
縛ってでも、力ずくで犯していた。
馬鹿な真似をしてしまった。
あれはまだリビングにいるのだろう。部屋に戻ったらしき物音は聞こえていない。
クーラーが効き過ぎていなければ良いが。
異様なまでに暑がりのあれは、クーラーの設定温度を二十℃以下にする癖がある。
しかも無意識でやっている為、気付いた自分が温度を上げるかクーラーを切るかせねば、
冷え過ぎることになるのである。
消すな、といつもあれは言うけれど。
このところ、暑い日が続いている。夜は気温が下がらず、熱帯夜続きだ。つまりはあれの
気分も落ち込んだまま、ある意味で雨が続いた時よりも始末の悪い状態にある。
クーラーが効いていれば、それはまた別の問題なのだが、一日中クーラーを付けるという
ことを自分がさせない。それが悪いのだろうか。
窓が開いているだけの、クーラーのない暑いばかりの部屋にいても、汗を滲ませること
すらない。そんな自分を、あれはおかしいと言う。確かに、暑さに弱過ぎるあれからすれば、
そう思うのも仕様のないことだ。
開いたものの、集中出来ず読み進んでいない本をぱたりと閉じ、一つ溜息を吐いて
立ち上がった。
部屋を出、向かう先はリビングである。
甘えたがりの可愛い猫が、突然そっぽを向く。こちらに引き寄せようとすれば、
威嚇すらして。
そうされて始めて、甘えて欲しいと願っている自身に気付くのだ。
リビングのドアを開けるなり、バージルはぞわりと背筋に寒気が走るのを感じた。
それは当然のことで、異常に低い設定温度のまま、クーラーが付けっ放しにされている。
バージルは急いでクーラーを切ろうとしたが、その前にソファーにあるものを見てしまい、
反射的にそちらに駆け寄った。
「何をしている、お前は!」
思わず怒鳴りつけたのは、ソファーで身を縮めて丸くなっている、双子の弟。あのまま
眠ってしまったのか、ダンテは自分の躰を抱き締めるように小さくなっている。震えている
ように見えるのは、錯覚ではない。
「起きろ、ダンテ」
苛々としてダンテの肩を掴み、揺り起こそうとした。が、バージルの手がダンテな触れた、
まさにその瞬間。
「…………!?」
バージルは驚愕して目を見開いた。固まっているかのようにぴくりでもなかったダンテの
腕が、突然伸びてバージルの胸倉を掴んだのだ。そしてバージルが反応出来ないでいる間に、
体勢を入れ替えてソファーに押し込められてしまう。素晴らしい膂力だ。
「な、」
にが起こったのか。バージルは珍しくも目を白黒させて、自分を組み敷くようにのし掛かる
ダンテを凝視した。
「ダンテ、」
驚きの覚め遣らぬまま睨み付けると、ダンテはバージルを抱き締めて、またぴくりとも
しなくなっている。これはまさか、とバージルはダンテの躰を揺すった。
「…………」
反応はない。すっかり眠ってしまっているようだ。
バージルは思わず天井を仰いだ。と言っても、正面を見れば天井が見えるわけなのだが。
深々と溜息を吐く。部屋は相も変わらず寒い程に冷えきっている。自分の上にのし掛かる
ダンテの躰の冷たいことと言ったら、自業自得だ、と悪態を吐きたくもなる。
起き上がってクーラーを切るという考えは、ダンテにはなかったのだろうか。考え、すぐに
なかったに違いないと思い直した。
ダンテのことだ、起き上がるのも面倒に思い、クーラーを切った後に襲い来る暑さを
厭ったのだろう。そのお蔭で凍えていては、何の益も得もないというのに。
触れたダンテの氷のように冷えきった躰が、バージルの体温を吸って徐々に暖かくなっていく
のが判る。代わりにバージルの方が若干の寒さを感じたが、ダンテと密着している面は程よく
暖かい。背中はソファーに守られているし、おそらく寒いといってもダンテ程では
ないだろう。
バージルはダンテの背に腕を回したまま、体勢を入れ替えたものか少し迷った。冷えきった
ダンテの躰を思ってやれば、そうした方が良いのは考えるまでもない。しかし実際問題、
どう体勢を入れ替えれば良いか、バージルはそこを悩んでいるのだった。
ダンテの腕はがっちりと脇腹から背に回され、脚は絡み付くようにバージルの脚にしがみ
付いて離れない。この状態では、躰を起こすことすら難しく、更に狭いソファーの上とあって
は、躰をずらすことも出来そうもない。
部屋へ運んで寝かせる、という最善の選択肢などは、始めから選ぶことも出来ないのだ。
はぁ、と途方に暮れて溜息を漏らす。バージルがここまで感情をあらわにすることは、
かなり珍しい。だがダンテを相手にしていると、こんなことがよくあるのだ。
主に呆れることが多いということは、バージルは意識しないようにしているが。
子供のようにバージルの上で眠るダンテの、安らかな寝息を首筋に受けながら、バージルは
苦笑いを浮かべた。
先刻、バージルが触れただけで難色を示し、本気でバージルを拒んでいた相手とは思えない。
ダンテはしかし、いつもそうだ。機嫌の浮き沈みが激しく、一日中機嫌が一定していたこと
など皆無に等しい。それに振り回されるのは周囲のもので、本人はそれを全く自覚していない
のだから救いがない。
尤も、とバージルは思う。
そんな猫のようなダンテだからこそ、一層愛しいものに感じるのだ。ただ甘えるだけの
猫など、可愛くはあってもすぐに飽きがくる。時に素っ気なく、つんとそっぽを向くからこそ、
すり寄って来た時にはこれまで以上に愛してやりたくなるのだ。
それでも、先刻、自分に見向きもしなかったダンテに苛立ち、普段ならば絶対にしない
行動を取ったのは何故か。
苛立っていたのだ。バージルも。
バージルは暑さを感じないわけでもなければ、蒸し風呂のような部屋の中にあって、
「涼しい」などと冗談でも言えはしない。それなのにダンテは、自分ばかりが暑いのだと
思い込み、バージルを半ば無視したのだ。
いつもは煩いくらい付き纏って離れぬくせに、暑いからというだけで、何故自分が邪険に
されなくてはならないのか?
苛立ち、ほんの少しだけ寂しさに似たものを感じ、結果、無理矢理ダンテを
組み敷こうとした。
馬鹿なことだ、と繰り返し思う。少しダンテが顔を背けたというだけで、これ程気持ちが
揺らいでしまうなど。
「……んん……」
腹の上で、ダンテが何やら身動いだ。起きる兆しではないらしく、バージルの肩口に顔を
擦り付けるようにしている。全く、可愛い猫だ。
バージルは喉の奥で笑い、体温が元に戻って来たらしきダンテを抱き締めて、その温もりに
ほっと安堵の溜息を零した。
肌をくすぐる銀糸を梳いてやると、
「……ぁ……じ、る……」
掠れた声が耳を打つ。
夢でも見ているのか。その夢に自分がいるのか。
バージルはダンテの髪をあやすように撫でながら、ダンテの夢に現れただろう自分に、
微かな嫉妬を覚えるのだった。
ダンテが目を覚ましたなら、熱いコーヒーを淹れてやろうか。クリームとマシュマロを
入れた甘いカフェ・ラテにして。白い雲にキャラメルソースをトッピングしてやれば、
もっと喜ぶに違いない。
自分の作ったものを、嬉しそうにダンテが飲む。思っただけで笑みが零れた。
冷えた部屋で、熱いカフェ・ラテを。
そんなことも、たまには良いかもしれない。
『季微』の続きで失礼致します。お目汚しですいません…!
言っても良いですか。…なんだコイツら?(禁句)
どこかのドラ●エのような文があった気がしなくもないし…
どうも私は、「寝る」という姿ないし行為を書くのが好きらしいです。
ダンテ寝っぱなしってどうよ?これがバジダンか?
文句は受け付けておりませんのであしからず。自己責任で。←最低だ。