季微キビ









湿度百パーセント。と思う程に湿気の多い日が、雨季には続く。気温が低くても、湿度が 高いというだけでかなり蒸し暑く、気温が高ければ、より一層暑さは輪を掛けて増す。
どちらを取っても良いことのないこの時季、ダンテには毎日が地獄と思える程に 厳しいものである。




今夜もまた、熱帯夜と呼ばれる暑いばかりの夜が訪れる。




冷蔵庫に顔を突っ込み、ダンテは僅かでも涼しい思いをしようと必死になっている。

「あぢぃ……」

自らお喋りと公言するダンテだが、口を開けば零れる言葉は「暑い」のみ。最早その言葉 しか知らぬかのような状態に陥ったダンテを、冷たい目で見つめる男が一人。

「……卑しい真似をするな」

こちらへ来い、と呼び寄せるその男――――バージルは、ダンテが苦しんでいる暑さとは 無縁といったふうに涼やかだ。汗一つかいていないのだが、勿論世間一般を普通に考えれば 異常である。

ダンテは恨めしげにバージルを睨んだ。

「そっち行ったら、暑いだけじゃねぇか」

部屋には一応、クーラーなるものは置いてある。かなり古い型のものではあるが、 スイッチを入れれば冷風が吐き出され、充分な涼しさを得ることが出来る。暑さに極端に弱い ダンテには、なくてはならない、欠かせぬ存在なのだ。が、そのクーラーがあると言うのに、 ダンテは冷蔵庫に張り付いたまま動こうとしない。何故か。

じとりと据わった目で睨んでくるダンテに、バージルは肩を竦めた。

「クーラーを付けてやるから、来い」

そう、湿度気温共に高いこの最悪な環境にあって、クーラーは全く起動していないのだ。 それは勿論バージルの独断であり、暑いとダンテが必要以上に呻くのは、一人涼しげにしている バージルへの嫌がらせでもある。
その嫌がらせが効いたのか、クーラーを付けるというバージルの千歩譲ったような仕方なしの 言葉に、ダンテはぴくりと眉を上げた。

「……でも、すぐ切るつもりだろ」

冷気を頬に受けながら、ダンテはしかし期待を隠し切れずに言った。バージルがソファーから 立上がり、部屋の隅に据えられたクーラーの電源を入れる。瞬間、機械が出してはならない音が 鳴るが、正常ではなかろうとも動けばそれで充分だ。

涼しくなれば、長々と付けていても仕方なかろう」

クーラーが動き出したのを見ても、ダンテはまだ動かない。冷気が部屋に満ちるまで、 少し掛かると判っているからだ。

「切ったらまた暑くなるだけじゃねぇか」

「付けっ放しは躰に悪い。暑くなれば、また付けてやる」

「俺はずっと涼しくなきゃ嫌なんだよ! ちょっとでも暑いのは耐えられねぇ!」

知ってるくせに、と怨みを込めて言ってやるが、バージルは平然として言い放った。

「我慢しろ」

……このやり取りを繰り広げるのが、夏の定番になっている。ダンテは毎年暑さにやられて いる所為か覚えていないのだが、バージルとしては飽き飽きしていて当然であろう。
半分程脳が溶けているダンテは、クーラーが冷気を吐き出し始めたのを見計らい、冷蔵庫から 離れてクーラーの真ん前に移動した。
バージルが呆れたように溜息を吐く。

「ダンテ、そんなことをしなくとも、少し待てばすぐに涼しくなる」

「待てねぇんだよ、そのちょっとが。アンタは良いよなぁ、全然暑くなくて」

矛盾した言葉に、しかしダンテは気付かない。
バージルとて、暑さを感じぬわけでは決してないのだ。そこのところが、自分のことで 手一杯のダンテには、全く想像も出来ない。

「あー、暑ぃ……」

そればかり繰り返すダンテに、バージルが呆れを通り越して怒りを覚えていようとは、 よもや思い至る筈もなく。

「……ダンテ」

この暑さの中で考えられぬ程冷えた氷点下の声が聞こえたと思った瞬間、ダンテの躰は宙に 浮いていた。バージルに抱き上げられたのだと気付いたのは、勢いよくソファーに投げ 落とされてから。

「なっ、何しやがる!」

ようやく正気に戻ってバージルを睨めば、絶対零度の瞳とかち合った。

「黙れ」

思わず「ハイ」と優等生顔負けの返事をしかけて、ダンテは自分が情けなくなった。が、 それも仕方ないと誰もが思うだろう。ダンテを組み敷くように身を屈めたバージルの目は、 完全に据わっている。

「ば、バージル?」

様子がおかしい、とダンテは今更になって気が付いた。
返った返事は、やはり平穏なそれではなく。

「暑さなど忘れる程、犯してやろう」

「…………ッ!」

息を飲むダンテの耳朶に、バージルが犬歯を立てる。柔らかい肉に、ぷつりと刺さるような 感覚がし、鈍い痛みが走った。

「いっ……! やめろ、バージル!」

ダンテはバージルの躰を押し退けようと肩を思い切り押すが、バージルはびくともしない。 噛んだ痕を舌で舐めねぶられ、思いがけずぞくりとする。

「ん……っ」

鼻に掛かった吐息が漏れてしまい、慌てて唇を噛んだ。
バージルはダンテの声など聞いていなかったのか、ダンテの首筋に顔を埋めたまま、 言葉の一つもない。いくらバージルの体温がダンテよりも低いとは言え、望んでもいない接触は 暑苦しいだけだ。ただでさえ、今夜は熱帯夜なのだ。いかにクーラーで気温を下げていようと、 今の状態ではどうあっても乗り気にはなれない。

「退けよ、バージル!」

耳元に思い切り叫んでやると、ようやくバージルが顔を上げた。この間にいくつ首筋に痕を 付けられたか判らない。それすら、今夜は鬱陶しいと感じてしまう。

ダンテは一言もないバージルからあえて目を逸らし、退けよ、ともう一度言った。 バージルに退く意思がなければ、ダンテにはバージルを拒むことは出来ない。
それは、嫌だ。

「そんな気分じゃねぇ」

いつもなら、ダンテはこのままバージルに抱かれることを厭わなかっただろう。
バージルがダンテを半ば強制的に組み敷くのは珍しくないし、ダンテもバージルにそうされる ことは嫌いではない。躰を繋げることも、どちらかと言えば好きなのだと思う。だが。

ダンテはその日の気候によって気分の浮き沈みが激しく変化する。雨の時は一日鬱に近い 状態だし、逆に晴れていれば気分は昂ぶり易い。そして今のような、陽が沈んだと言うのに 暑さの納まらぬ雨季の熱帯夜などは、最早最悪を通り越しているのである。

風呂上がりに食べたアイスなど、とうに効果は消え。食べた直後に少しばかり上昇した 気分は、今や下降してゼロを軽く通過してしまっている。
バージルは、その辺りの機微をよく判っている筈だった。ダンテがセックスをしたくない 時は、わざわざ口に出して言わずとも、察して何もせぬバージルであるのに。
それが、何故こんなことをしでかしたのか。

まるで別人だ。

「早く退けよ」

バージルが今どんな顔をしているのか、視線だけでなく顔ごと横を向いたダンテには 判らない。

長く沈黙していたバージルが、やがておもむろに口を開いた。

「……悪かった」

言葉と同時に、バージルが躰を起こした。のし掛かられていた重みが、すっと消える。
ダンテはソファーに寝そべったまま、目を閉じた。ぱたん、とドアの閉まる音が耳に届いた。 バージルがリビングから出て行ったらしい。
部屋にはクーラーが風を送る音だけが満ち、ダンテ以外にひとの気配はない。

いつの間にか、リビングは随分と冷えて涼しくなっていた。クーラーのスイッチを入れたのは どれくらい前のことだったか、時間感覚のなくなっていたダンテには判らない。
何℃に設定されていたのか、涼しさよりも寒さに似たものを感じて、ダンテはむき出しの 腕を手でさすった。

バージルがいれば、すぐにもクーラーを切るだろう。そんなことを思いながら、ダンテは しかし起き上がろうとはしなかった。
寒い。熱帯夜にあるまじき呟きを漏らす。けれどクーラーを切ってしまえば、また暑さに 苦しむことになる。それを耐えるぐらいなら、ダンテは迷わず寒さを選ぶ。

バージルは自室にいるのだろうか。おそらくそうに違いない。クーラーのない部屋で、 しかし汗も滲ませず本を読むバージルの姿を想像しながら、ダンテはクーラーの音に耳を 傾けるでもなく意識を四散させる。

明日も暑いんだろうな。

そう考えただけで、うんざりした。



















次?
戻。



急停車は事故の元…はっきり言って、何がしたかったのか自分でも分かりません;
熱帯夜のダンテを書こうとしたら、思いがけず兄がおかしなことに…
これはあれです。暑さにやられて兄に見向きもしないダンテに焦れた…
とか言ってみたり(何)
おもっきりやるようなこと言いながら、あれだけで終わってるのは、兄の理性のなせる業…
だったら良いなぁ(意味不明)