回帰カイキ









「ん……?」

いつものように紅いコートに袖を通したダンテは、しかしいつもとは違う奇妙なことに 気が付いた。

「袖が……」

長い。自分の躰ぴったりにオーダーしたコートだというのに、何故か袖が少し余る。
昨日、同じように羽織った時には感じなかった違和感に、ダンテは首を捻った。

「……まぁ、良いか」

大したことではない、とダンテは気を取り直してベルトを締めた。コートのジッパーは鎖骨が 見える程度まで上げておく。ホルスターを巻き、双銃を差せば完璧だ。
そう、いつものように。

「さぁて、今日も暴れるとするか」

景気付けのように言って、完全武装したダンテは事務所を出た。





それが、始まり。





何がどうしてそうなったのか、ダンテは覚えてはいなかった。しかし自分はベッドの上に 横たわり、被さるようにして双子の兄が自分の上にいることは、見間違いようもない 事実で。

「……バージル?」

何してんだ、と訝しげに問うダンテに、兄は片眉を上げた。お前こそ何を言っている? と 言いたげな目をして。
ダンテは無論、当惑する。この状況から鑑みて、セックスをしようとしているのだろう ことは、充分すぎる程判る。こんな体勢で何をするのか、などと野暮なことを訊ける程、 ダンテは初心でもなければ純真でもない。

いつものように、バージルとのセックスに溺れようとしていたのだろう。それは、判る。 しかし、

「何で……」

どちらが誘ったのか、どんな言葉で乗ったのか、それがどんな状況だったのか、記憶に ないのだ。

そんなことがあるのだろうか。
ダンテは酔っているわけでもなければ、眠気に意識を奪われているわけでもない。 頭ははっきりとしている。それなのに、記憶が。

「ダンテ?」

弟の様子が何やらおかしいことに気付いたらしく、バージルが訝しげにダンテの名を 呼んだ。

「どうした?」

ダンテの額にかかった銀の髪を、バージルが掌で掻き上げる。その手を、ダンテは無意識に 掴んでいた。

「ダンテ?」

「バージル、」

記憶がないんだ、と言おうとして、しかしダンテはその言葉を飲み込んだ。
こんな馬鹿げたこと、わざわざバージルに伝える必要があるだろうか。

「い、や……何でもない。それより、なぁ、早くしようぜ?」

バージルの首に腕を回し、顔を引き寄せて甘く誘えば、バージルはまだ何か腑に 落ちないものを感じているのだろう、眉根を寄せる。

「乗り気ではないのではなかったか?」

言われ、そうなのか、と他人事のように思う。

自分から誘ったわけではなく、バージルが強引に、という形だったらしい。そう言われても、 ダンテには何ら思い出せるものはなかった。

何故? 判る筈がない。

「気が変わったんだよ」

にや、と笑い、バージルの唇に噛み付いた。もつれ込むように深いキスに変わっていく。 舌を絡め、口腔を探り、互いの唾液を舐め合って。
唇を離しても互いの距離は決して離さない。それが、いつものこと。

「……バージル、」

不意に、ダンテは得も言われぬ不安に襲われた。今確かに触れ合っている筈のバージルが、 あの日のように何も告げず姿を消してしまうような。
そんなことは有り得ぬと、知っている筈だというのに。

バージルが消えるなど、想像するだに恐ろしい。

ダンテは自分の首筋に顔を埋めるバージルの、形の良い頭をぎゅうっと抱いた。

「ダンテ?」

バージルの声が、何故だか遠い。ダンテは堪らなくなった。

「バージル、早く……早くアンタが欲しい……っ!」

余裕など最早欠片もなくし、ダンテはバージルに縋った。
繋がっていれば、この不安は消えるかもしれない。いや、消したかった。

早く、と何度も請い、バージルの腿に腰を擦り付けた。前戯などいらない。早くバージルと 繋がりたい一心だった。

バージルは不審に思っただろう。しかしダンテを質すことはせず、溜息一つでダンテの 望むままにしてくれた。
何の準備もしていないそこが、バージルの質量に耐え兼ねて赤い血を零す。しかし ダンテには、その身を裂くような痛みすら離し難いものに感じた。
このままずっと、バージルが自分の内にあれば良いのに。そんな馬鹿なことを、快楽に けぶった頭で真剣に思った。

言い知れぬ不安は、ダンテが果て、バージルの精を身の内に受け止めても尚、 消えることはなかった。





兆しは、確信へ。





目が覚めた時、彼は隣に見知らぬ男が寝ていることに驚き、慌てた。

「だ、誰、これ……っ?」

さして広くはないベッドだが、小柄な彼は男からなるべく遠ざかろうとベッドの上で 後ずさる。本当はベッドから降りれば済むことなのだが、焦った頭で出来ることと言えば その程度のことでしかなく。

「ぁう……、」

か細い声を漏らし、男を凝視することしか出来ない。
やがて、男が身動ぎ、うっすらと瞼を持ち上げた。そして真っ先に、彼を捉える。

「……ダン、テ?」

寝起きの掠れた声音は、当惑。しかし彼もまた、困惑せずにはおれなかった。

「何で、僕の名前知ってるのっ?」

泣きそうな表情で言えば、男はがばりと躰を起こし、彼の肩を強く掴んで来た。 ひ、と小さな悲鳴が喉の奥から漏れる。男の目は鋭く、酷く恐ろしい。

「何だ、この姿は!? 何故、こんな……!」

「や、やめっ……たすけて、お兄ちゃんッ!」

双子の兄を求めて呼ぶ声に、男の怒りが増したのが判った。

「お前の兄は俺だろう! 何故判らん!?」

違う。彼にはこんな歳の離れた兄はいない。しかし彼はそれを声にすることは出来ず、 代わりに蒼い瞳から涙が溢れ出した。

「ひっ……、うぇ……おに、ちゃ……どこ……?」

泣き出し、かたかたと震える彼の耳に、男の愕然とした声が微かに聞こえた。

「……何故」

その言葉の意味は、判らなかったけれど。





肉体の退化と、精神の退行。





小さなダンテは、外出する際には必ずバージルの力強い腕に抱かれていく。何故かは 判らないが、少し前から脚が立たなくなってしまったのだ。
どこへ行こうにも、バージルの助けがなければ叶わない。

バージル、というのは、ダンテの“兄”だ。本当の兄は双子なので、このバージルのように 大きくはないのだけれども。

ある日目が覚めてみると、そこには何故か兄がおらず、更には母の姿もなく、この バージルだけが傍らにいた。
バージルは自分がお前の兄だと言い、辛そうな顔でダンテを抱き締めた。引き締まった腕は、 双子の兄のそれとは全く違っていたが、しかしダンテは不思議と安堵した。
大丈夫なのだと、意味もなく感じた。

バージルの腕の中は、酷く心地が好い。
それが何故なのか、ダンテには判らないが。

脚が萎えた理由を、バージルは知っているようだった。しかしダンテには、何も心配するな と言う。俺が何とかしてやる、とも言って、悲しそうな、何かを堪えるような表情でダンテの 髪を梳いた。

バージルが笑ったところを、ダンテはほとんど見たことがない。感情の起伏があまりないこと は見ていて判るが、それにしては、いつも気が付けば辛そうにしていることが多い。
それは決まって、ダンテに触れている時なのだ。

ダンテは、それが辛かった。

バージルはダンテの兄によく似ている。仕種や言葉などが、はっとする程似ていると思う時が ある。何より、自分に触れる手の暖かさが。
しかし兄は、ダンテに触れても、辛そうにしたことは一度もなかった。頬や額にキスして くれる時も、そうだ。

「……ばーじる、」

名を呼べば、バージルは短く「何だ」と応じる。それも、兄と同じで。
ダンテはバージルの首に縋るように抱き付き、舌っ足らずに言った。

「ばーじる、好き」

ぴく、とバージルが僅かに眉を上げた。が、バージルの首筋に顔を埋めたダンテに、 それは目視出来ない。

「好きだよ、バージル。好き……」

バージルはきっと、自分のことなど好きでも何でもないのだろう。独りぼっちになっただけで なく、脚が萎えて歩くことも出来なくなってしまったダンテを憐れんで、世話をしてくれて いるだけなのだ。

……それでも、良い。

ダンテは思う。好きでなくとも、バージルが側にいてくれるだけで良い、と。それで、 ダンテは仕合わせなのだ。

好きになってくれなくても良い。だから、

――――だから。

「そんなかお、しないで……」

涙の混じったその声は、バージルの耳に届いただろうか。そんなことはどちらでも良い。 ただ、この自分を抱き締めてくれる腕が、決して弛むことのないように。

ダンテはバージルの襟首を濡らし、祈ることしか出来なかった。





退化は消滅。退行は崩壊。





誰の祈りも、届かない。









「……バージル……」









それは、失くしたくない、もの。



















次?
戻。



またわけの分からないものを…という声が聞こえてくるようです。
ほんとすいません。元ネタはいつもの方に頂いたネタなんですが…こんなことに…
体が縮むだけでなく、記憶もなくなっていくというものです。
徐々に記憶が消えていく中で、バージルのことも忘れてしまうと気付き、
焦る…というよりは錯乱するダンテでございました。
最終的にはどうなってしまうのか、それは想像にお任せ致します!(逃)