注
こちらはバージル×ダンテでのリクエストものです。
一部流血及び暴力表現があります。
基本R-18につき、取り扱いには充分の注意をお願いします。
標本
ベッドの脇、床に尻をべたりとつけて座り込み、ダンテはどこを見るでもなくぼんやりと視線を
泳がせている。綺麗に整頓された部屋は、一見双子の兄の部屋のようであるが、紛れもなくダンテの
自室だ。ダンテの性格を表したように乱雑に散らかり放題だった部屋の面影はどこにもない。
ベッドとクロゼットだけが、変わらぬ位置にあってここがダンテの部屋だと教えてくれる。
――――嘲笑うように。
ダンテはものを片付けるのが苦手、というよりも、手間のかかることが嫌いだ。反対に双子の兄は
乱雑を厭う。散らかっていたダンテの部屋を一掃したのは、双子の兄に他ならない。ただ、兄は
これまで、ダンテに部屋を片付けろと言ったことはあっても、強制したことはない。一種の諦めか、
何を言っても無駄だと思っていたのかもしれない。ともかく、放ったらかしだった。それが今は、
このありさまだ。
双子の兄の頭の中など、ダンテには皆目見当もつかない。だから兄が何を考えてどう行動するか
など、予測出来るわけがないのだ。
他人の部屋のようになった自室で、ダンテは途方に暮れる。どうしてこんなことになったのか。
――――いや、おそらく予感はあった。しかしダンテはその予感を無視し続けた。だから、
こんなことになったのだろう。
ぼんやりと、ならばどうすれば良かったのかと考えるそばから思考は溶けていく。もはや何を
考えることも、ダンテには出来なくなっていた。
痛む腕と手首を擦ることも出来ず、ただぼんやりとするしかないダンテの耳に、かちりという音が
届く。ドアの鍵が外から開けられたのだ。間もなくドアが開き、静かに姿を見せたのは一人の男。
顎を上げ、男を映したダンテの瞳は、打って変わって鋭かった。
ときは一度、一週間程前まで溯る。
ダンテは夕刻になって、いつもの酒場に足を運んだ。酒場はいつも荒事師や便利屋どもで賑わって
おり、今日もご多分に漏れず盛況だ。皆、酒を飲む傍ら、飯の種を求めて目をぎらぎらさせている。
少しくらい危険でも報酬の良い仕事にありつこうと、躍起になっているのがありありと判る。
ダンテが酒場に入ると、好き放題に騒いでいた全員が一斉にダンテへ視線を向けた。
一瞬の静寂。
「よう、景気はどうだい?」
にやりと笑えば、憎々しげに外方を向くものが半分、肩を竦めるものがその半分。残りは
「お前こそ景気はどうだ」とか、「相変わらずかつかつなんだろ」だとか、笑って揶揄ってくる。
ダンテは彼らと短く談笑して、いつものようにカウンター席に腰を落ち着けた。スツールが
ぎしりと軋む。店自体の立付けが悪いのだから、椅子ごときで文句を言うのは不当だ。
「いつものな」
慣れた口調で酒場を一人で切り盛りする親爺に言えば、愛想のない親爺はちょっと片眉を吊り
上げ、待ってな、とぶっきらぼうに言ってカウンターの奥に消えた。いつものやり取りだ。
親爺は愛想がないし、出す酒も上等とは言い難いが、しかし「いつものもの」は最高だとダンテは
思う。だからこの酒場はダンテの気に入りだ。客も、割合気の良いものが多い。中には困った輩も
いなくはないが、ダンテが初めにこの酒場へ訪れた頃のことを思えば随分穏やかになったと言える。
まぁ、スラム街の荒くれ者の基準であり、世間一般の基準からすれば今も充分物騒なのだが。
しばらくして親爺が戻り、ダンテの前に無言で器を置いた。ホイップクリームとアイスがふんだんに
積み上げられたストロベリー・サンデー。ダンテの一番の好物だ。
ダンテはにんまりと口の両端を持ち上げて笑み、細長いスプーンを取り上げて好物にかぶり
ついた。口周りが汚れても気にせず食べ続けるその姿に、親爺が困ったように笑っていようとは
思いもせずに。
「相変わらずの喰いっぷりだな、ダンテ?」
不意にダンテに声をかけたのは、酒場に出入りしている馴染みの仲介屋だ。毎週、決まった日に
酒場を訪れるこの男――――エンツォの本業は情報屋だと言うが、ダンテにはどちらでも
良いことだ。
「お前も喰うか?」
「いらねぇよ」
「遠慮すんなって。酒の前に軽くいけよ」
「それのどこが軽いんだ!? カロリー上等って顔しやがって……」
じとりと睨んで来るエンツォにくつりと笑って、ダンテはまたスプーンを動かすことに専念する。
エンツォは肩を竦め、わざとらしいため息など吐いている。
ダンテの請ける仕事の半分は、エンツォが仲介したものに因る。時折厄介な仕事を押しつけられる
こともあるが、エンツォとの付き合いはそれなりに良好だ。
「そうカリカリすんな。皺の代わりに脂肪が増えるぜ? ストレスは躰に毒だ」
「誰の所為だと……。まぁ、良い。喰いながらでも聞いてろ。お前に名指しの仕事を持って来て
やったからよ」
「ん、……」
ばくりとアイスを一口、放り込む。エンツォに言われずとも、ダンテは食べるのを中断する
つもりはさらさらない。が、エンツォの「兄貴とセットでな」という言葉に、ぴくりスプーンが
止まった。エンツォがちらとダンテを見やる。スプーンを止めてしまったのはほんの一瞬。
エンツォは気付いていたのかどうなのか、それについては何も言わず、手許の書類に目を
落とした。
ダンテとバージルの二人を名指ししての依頼は少なくない。ダンテは元よりこの界隈では
抜きんでた腕の持ち主であるし、バージルもダンテに劣らぬ力量の保持者だ。
バージルがダンテとともに便利屋稼業を始めたのは半年前のことだが、僅か半年でバージルは
ダンテを押さえる程の実力者に伸し上がっていた。加えて依頼主の間でも、バージルの評判は
上々だ。仕事を選り好みしない為、仲介屋からの受けも良い。仕事が回ってくる割合で言えば、
バージルはダンテを抜く。というのも、ダンテは仕事を選り好みしすぎるきらいがあるからだ。
バージルとの共闘は初めてではないし、嫌というわけでもない。性格は正反対だが、さすがに
双子なだけあって息が合うのだ。視線を交わす必要もなく、互いの力を最大限に活かした闘いが
出来る。
ダンテが渋い表情になる理由は一つ。気に入らない。それだけだ。
バージルは強い。それは確かだし、ダンテも認めているところだ。しかしバージルの闘い方には
容赦というものが欠如しており、時に生身の人間を殺してしまうこともある。ダンテはそれが
どんなにか兇悪な犯罪者であれ、殺すことはしない。人の命を左右する仕事を請けないのは
その為だが、バージルは違う。躊躇いがない。
――――お前のやり方は、甘えの表れだ。
バージルの冷え冷えとした声が耳に蘇る。言われずとも判っている。しかし人を殺めるのは
正しくない。命は守る為にある。ダンテは自らの正義を貫くだけだ。
こんなことだから、ダンテとバージルは双子だというのに常日頃から対立している。喧嘩と
称して剣を交えることは頻繁で、血を見ない喧嘩をしたことは一度もない。ダンテにはダンテの、
バージルにはバージルの、それぞれの考えが真っ正面から対峙して、結局一度も和解というものを
したことがなかった。同じ家に暮らし、時に共闘するのは矛盾しているかもしれない。しかし彼らは
どれ程対立し、険悪になろうとも、互いとの別離を望んだことはないのだ。
もっともバージルは一度、ダンテの許を離れていた時期があったが。
双子である為か、彼らは半身に少なからず依存して生きている。それは意識・無意識を問わず、
二人の心理に根付いたものであり、決して取り除くことの出来ぬ“部分”である。
久々、でもない共闘は嫌になるくらいやりやすかった。それでもバージルはダンテに、気を
抜くな、だの、隙がありすぎる、だの剣を納めた後にいくつも小言を食らわせるのだ。聞き飽きた
小言など右から左に聞き流すに限る。しかしそれを鋭く察したバージルがダンテを睨むのも、
今日に限ったことではない。
「聞いているのか、ダンテ」
ダンテは大仰に肩を竦めて見せた。
「聞いてる、聞いてるよ。けどな、こんな簡単な仕事で、しかもアンタと俺の二人がかり
だぜ? ちょっと気を抜いたくらいじゃ……」
何も起きるわけがない。そう言おうとしたが、息を飲んだ為に言葉が続かなかった。バージルが
ダンテの喉元に、剣の切っ先を突き付けたのだ。
「ならばこれは、油断ではないと言うのか?」
細められた目は、本気だ。バージルの躰から立ち上ぼるのは紛れもない殺気。本気で、ダンテを
殺そうとしている。
「……何の、つもりだよ」
喉が動くだけで、切っ先が皮膚を破る。自分の血の臭いが鼻孔をかすめて、ダンテは鼻の頭に
皺を寄せた。
バージルの表情は、どこまでも冷たい。
「油断していたと認めるなら、やめてやろう」
何をやめる、とは言わない。バージルの性格の悪さはダンテにとっては今更だ。そしてダンテが
諾々とバージルの言うなりにならないのも今に始まったことではないし、バージルも判って
いる筈だ。
「はっ、相変わらず横暴だな。俺がいつ、油断してたって?」
ふん、とバージルが鼻を鳴らした。憮然としたのではない。笑ったのだ。
「それが答えか」
バージルの形の良い唇の端が吊り上がる。兇悪なおもてが醜悪に見えないのは、それだけ顔立ちが
整っているからだろう。その分、恐ろしさが増している。
ダンテは右手を腰の後ろにやろうとした。愛用の銃が指に触れ、素早く引き抜くよりも早く、
バージルに先手を打たれた。片刃の切っ先が喉に埋まる。バージルはちょっと剣を突き出しただけ
だが、その速さは尋常ではなく、ダンテが首をのけ反らすのも間に合わなかった。
深さにすれば、一インチ程度。しかし喉にそれだけ刺されば、充分だ。
「ぐぅっ……!」
後ろに飛びずさったダンテを、バージルは追っては来なかった。バージル本人は。くそ、と
ダンテは舌打ちして銃を構えた。バージルの回りに幾重にも展開された、蒼い半透明な剣たち。
銃を使わぬバージルが飛び道具代わりにする幻影剣だ。
来る、と思った瞬間、ダンテは銃を乱射しながら横へ飛んだ。幻影剣がそうであるように、
ダンテの銃弾が狙うものはバージルのみ。しかし弾丸はバージルには届かず。
「甘い、な」
くつりと笑う、低い声。
ダンテは手足を蝶の標本のように貫かれ、薄汚れたコンクリートに磔にされながら、しかし
目だけは鋭くバージルに据えていた。この目が気に食わないのだと、バージルが思っていることを
ダンテは知っているから。