紫苑
荒い息遣い。ぎしりと金属が軋む嫌な音。先刻よりも大きさを増した水音が、いかにも卑猥な
雰囲気を部屋に満たす。それらは疑いようもなく、今まさにここで情事が行われているということを
示していた。その光景は少々、背徳の香りを醸している。
リビングと部屋続きになったキッチン、その流し台に向かうように男が立ち、その両脇の
あたりからは細く白い脚が二本、にゅうと伸びてゆらゆらと揺れていた。男に揺さぶられて
いるのは、痩身の少年だ。歳は十四前後頃。男の胸許に顔を押しつけ、ぎゅっと男の服を
握り締めてしがみついている。どこもかしこも細い少年の腰を、男は掴み容赦なく突き上げ
犯しているのだ。
深く繋がった結合部からは、男が腰を使うたびに肉がぶつかりあう音と、ぐちゅぐちゅという
淫猥な音を響かせる。
男をことさら煽ってならないのは、自分を呼ばわる、少年の息も絶え絶えの声音だ。それしか
言葉を知らぬとでもいうように、少年は何度も男を呼ばわり、そして男のものを締めつける。
後者は完全に無意識にしていることだろうが、そうされて猛らぬ男は男であることをやめて
しまえと、思う。
男は少年のしとどに濡れ、やわく熟れ、淫靡に絡み付く粘膜により激しく己を穿った。少年の
脚が、びくっと跳ねて痙攣する。
「ひぁっ! ああっ……!」
紅い唇から歓喜の声を上げ、男の腹に擦りつけられていた少年の陰茎が、少量の精液を吐き
出した。シャツが汚れるが、気にすることなく男は達したばかりの少年の最奥を突き上げた。
少年が悲鳴を上げ、しかし躰は悦んで襞を窄める。男は笑みをはき、少年の内部に自らも精を
放った。どくりと、粘膜に包まれた自身が脈打つのが判る。
「ッ、あ、ぁ」
注ぎ込まれた大量の精液の熱に喘ぎ、ぶるりと震える少年を、男は抱き締めた。あやすように
背中を撫でさすってやると、少年は荒い息をしながら男の背に腕を回してくる。男の名を
呼ばわる。その、とろりと蕩けた声音も男の気に入りだ。こんな年端もいかぬ少年を相手に、
抑えが効かなくなる。
「ぁ……ッ」
内部で男のものが再び硬度を増したことに、少年は気付いて驚いたように顔を上げた。男の腰に
絡む脚に、力が込められる。それは行為の再開を促してのことではないと、男には判った。
「や、っ、ぁう……ッ」
弱い拒絶の言葉すら、男は少年の細腰を突き上げることで奪う。少年の目尻に滲んだ涙を、背を
曲げるようにして舌で舐め取った。甘いと思う自分は、救いようもなく彼に溺れている。
こんな、子どもに。
どうかしていると思う反面、べつに不思議なことではないと否定する声もどこかでする。それは
こうも言っていた。弟とひとつになることに、何の問題も間違いもないのだと。
そう、少年は男の弟だ。しかも双子の、弟である。明らかに歳が違うことについては、弟が
さる仕事の最中に負った怪我に因り、躰が縮んでしまったという事情がある。それはもはや慣れた。
躰の縮んだ弟は、以前に増して敏感で、男は文字どおり彼に嵌まった。それは良い。躰が元に
戻らぬことに彼は焦燥を感じていたが、今はそれもない。ある時不意に、精神が十歳そこそこの
それに退行してしまったからだ。
全くの白いままに戻ってしまった弟を、男は手なずけるところから始めねばならず、それは
いかにも面倒で手間なことだった。しかし今ではもう、少年はすっかり男に馴染み(あらゆる
意味で)、完全に気を許している。
男にとって最も面倒であるのは、少年のとある思い込みがいまだ続いていることだ。
嫌とは、少年は言わない。男に逆らい怒りを買うことを極端に恐れているからだが、このところ、
何度も行為に及ぼうとすると嫌がる素振りをするのである。せいぜい、二度。男が少年の内部に
精を放つぶんには拒絶はしない。が、それ以上となると少年はいやいやをするようにかぶりを
振り、男の腕から逃れようと暴れ出すのだ。もっともその頃には、彼の体力はほとんど残って
いない為、暴れるといっても赤ん坊がぐずる程度の可愛いものでしかないが。
その前は、交合自体を拒絶された。それを思えばまったく進歩したと言えるのだが、しかしだ。
「少し、黙っていろ」
まだ熱の治まりそうにない男は、喉の奥で悲鳴を上げた少年の唇を、自らのそれで深く塞いで
少年の腰を抱え直した。突き上げるたび、少年のほっそりとした躰はびくびくと跳ねる。本人の
意思など無視して、襞は男を離すまいと絡み付く。責め手を緩めることなど、
出来るわけがない。
くちゅりと、少年の舌を音を立てて吸う。合わさった唇の隙間からもれる、彼の密やかな吐息すら
男を煽るのだとは、彼は知らない。
朝、いつものように六時に目を覚ましたバージルは、暖かな懐を見やってひとり微笑する。
これはここのところ日課のようになっており、珍しい柔らかな表情のまま、バージルは十分程も
懐にすり寄るものを眺める。
躰を丸め、バージルの胸に顔をすり寄せて眠るのは、躰のみならず中身すらも幼くなってしまった
双子の弟、ダンテだ。無垢な寝顔そのままに、ダンテの心には汚れというものがない。だからこそ
厄介な部分もあるのだけれど、弟に純真さを求めるところのあるバージルには、彼の無垢さは
一種快いものであった。
一心に、純真に兄を慕う。弟はそうでなければならぬと、バージルは本気で思って疑わない。
弟の寝顔を堪能すると、バージルは彼を抱き寄せたまま躰を起こした。彼の深い眠りは、
それだけのことでは覚めない。しかし下手にバージルが彼から離れると、その眠りが不意に
途切れ彼は目を覚ましてしまうのだから、不思議なものだ。
そばにいて。
彼の願いは小さくも強いもので、バージルの寝着を握り締める手はもちろん、全身をうさぎの
ように震わせていた。だからバージルは、彼を片時も離さぬようにし、自分が部屋を出る際には
少年もともに連れていく。リビングのソファーに寝かせていれば、バージルが少し離れても、
彼がぐずって目を覚ますことはなかった。それもまた、奇妙なことだが。
小さいとはいえ、少年を抱き寄せたまま着替えるというのは、なかなかに手間のかかるものだ。
しかしこれも慣れで、バージルは苦もなく着替えを済ませた。少年は、寝着のままリビングへ
連れて行くことにしている。着せ替えるのは、少年が目を覚ましてからだ。
ベッドから立ち上がる前に、少年の腹に目を落とす。少年が、バージルの子が宿っていると信じて
疑おうとしない場所。寝着に隠れた臍の奥、胎内には子などいよう筈がないというのに。しかし
バージルはいまだ、少年にその事実を伝えずにいる。まさかという思いが、白い紙にぽたりと
一滴落としたインクのように、ある。それはじわりと滲んで、消えることを拒んでいるのだ。
(馬鹿馬鹿しい……)
思うが、世の中には様々なことが起こり得ることも確かなのだ。有り得ぬ筈の事象(例えば奇跡
とかいう類の)も、ときに現実となることがある。無論、それらの起こる確率は百分の一にも
及ばない。しかし。もしかすればと思ってしまうのは、その片鱗を目にしたからであろう。
バージルは奇跡など信じない。しかし可能性が全くのゼロではないことを、否定する程固い頭の
持ち主でもなかった。
もし、もし本当にこの少年がバージルの子を孕んでいるのだとしたら。生まれくるものへ
バージルは何をどうすれば良いのだろうか。困惑ばかりが先に立って、何も思い浮かばない。
ただ、嬉しいとは、思わないだろうと。
子を産ませることで、彼をいっそう縛り付けることは出来るかもしれないけれど。
リビングのドアは開けっ放しにして、少年の躰をソファーに横たわらせた。すやすやとよく眠って
いて、むずがる様子もない。ふっくりとした頬を指の背で撫でると、ぐっすり眠っていながら彼が
ふんわり微笑する。気持ち良いのだろうと判って、バージルの頬にも自然笑みが浮かんだ。
少年をソファーに残して、バージルはキッチンへ向かった。リビングと続きになっている
キッチンからは、彼の姿はすぐに補足することが出来る。彼がもしぐずったとしても、駆け
付けるのに十秒も要らぬ距離だ。
バージルがキッチンに立った理由はごく簡単だ。コーヒーを淹れる為。ダンテはにがいと言って
好まないエスプレッソコーヒーを、バージルは毎朝欠かさず飲んでいる。甘いものが嫌いという
わけではないのだが、ダンテ程好きでもないバージルは、濃いエスプレッソに砂糖も入れない。
少し砂糖を入れたほうが旨味が増すという話もあるが、それは個人の好みの問題であろうと
バージルは思っている。バージルの好みは、変わらない。
買い置きしてあったブレッドを皿に載せ、コーヒーを反対の手に持ちリビングへ引き返す。
少年はいつもそうであるように、ぐずることなく眠ったままだ。
マグカップと皿をローテーブルに置き、目覚める気配のない少年を再度抱き上げる。そして躰を
反転させてソファーに座った。少年は小さな子どもを抱っこする恰好で抱き寄せ、頭はバージルの
肩口深くに乗せさせている。やはり、ぴくりでもない。
何をも気にすることなく、ただ眠り続ける少年を見ていると、彼が夜、ああも淫らに乱れるさま
など想像も出来ない。あどけない寝顔と快楽に蕩けた顔と、無垢と妖艶を併せ持つこの少年に、
バージルは文字どおり嵌まっている。とは言え、彼がこの記憶を失った状態のままであれば
良いなどとは思ってはおらず、むしろ早く元の精神状態に戻ってほしいと願っている。戻れば、
腹の子のことも忘れるに違いないだろうから。いや、けっしてそれだけでの理由ではないの
だけれども。
「ダンテ、」
呼ばわる声は密やかで、しかし今まで目を覚ます気配もなかった少年の、無意識にバージルの脇に
添えられている手が、ぴくっと動いた。次いで顔を、バージルの肩に擦りつけるように
もぞもぞさせる。
「ん……」
少年のもらす吐息は、こちらも密やかなそれ。躰をいっそう密着させるようにしがみついてくる
少年に、バージルは誘っているのかと至極真面目にそう思った。無論、彼に意識がないことは
判っている。彼はまだ、夢の世界にいるのだから。しかし彼が無意識に見せる行動は、
バージルには雄を煽られているようにしか思えぬのだ。まったく、たちの悪い話だが。
このまま、犯してしまおうか。
バージルの頭には、淹れたばかりのコーヒーのことなどきれいにない。食べようと思っていた
ブレッドのことも、同様だ。
少し順序が変わるだけ。バージルは身勝手にもそう思って、少年の尻から腰にかけてを撫で上げた。
もちろんその手つきは、愛猫を愛でるそれなどではなく、性的な愛撫の意図を持っている。
少年の背中が、微かに震えた。躰をぴたりと密着させているから、僅かな動きもよく伝わって
くる。そして少年がもらす、小さな小さな吐息も。
「、ん……ぅ……」
耳許にかかる暖かな息が。やはり自分を誘っているようにバージルには思える。いかにも気を
許しているといったふうに、無防備な姿で自分に体重を預ける彼を、抱かずにおくことのほうが
愚かなようにバージルには思える。手前勝手なことこの上ない発想ではあるが、バージルに
すればごくごく自然な思考なのだ。
腰をなぞる手を、少年に着せた夜着の中へ忍ばせる。敏感な彼は、ただそれだけでぴくりとする。
脇腹を撫ぜ、掌全体で滑らかな膚を味わうように撫でつつ、密着した胸の間へ手を割り込ませた。
もそもそと、少年が身動ぐ。胸の小さな飾りを指先がかすめると、細い腰がぶるっと揺れた。
まったく、敏感な躰だ。眠っているというのに、しっかり反応を返してくるのだから不思議で
ならない。
愉しいと思うと同時に、すき者めとも思う。精神が退行しようと、この弟が快楽に弱いことに
変わりはない。
逃げを打つように引き気味になった少年の腰に腕を回し、それ以上逃げられぬよう檻を作る。
胸の飾りを爪で軽く弾けば、少年はびくりとし、鼻にかかった吐息をもらす。
「んっ……」
首筋がこそばゆい。が、不快と感じる程ではない。むしろ抑えが効かなくなっていけなかった。
意識のない少年を相手に、何とも情けないことと思わないではないが、しかし当然のこととも
バージルは考える。バージルが慾情する相手は弟をおいて他になく、欲しいと思う相手も
弟以外にはいないのだ。だから、どんな時であっても弟に対し肉慾を覚えるのは自然なことで
あると、バージルは思う。
自分が弟に慾情せぬときが来るとすれば、それは己の命が尽きるときに違いないのだ。
バージルの愛撫に、少年はもじもじと腰を揺らめかしている。逃げようとしてか、どうなのか、
バージルには判らない。判ることは、その仕種によってすら己の下肢に熱が集まってくるという
ことのみ。そして今現在においては、それだけを把握していれば充分だった。
まだ目を覚まさない少年の、上半身だけを片手で抱き寄せるようにして腰を浮かせ、もう一方の
手で下着ごと下衣をずりおろす。上衣の丈が長いので、尻も性器も隠れて目視は叶わない。
しかし彼の躰の隅々、細部に渡るまでしっかりと記憶しているバージルには、見えないからと
いって愛撫の手が困惑を覚えることはない。
ふっくらと丸みのある尻、双丘の奥に隠れた蕾をバージルの手はすんなりと探り当てた。きゅっと
窄まったそこを、指先でつつく。同時に反対の手は少年の性器を捉え、包み込んでゆるやかに
掌を上下させる。急所を押さえられた少年は、夢の岸辺を漂いながらその吐息を熱っぽいそれへと
変えていく。
「、ん、ふ……ッん……ぁ……ぁ……」
眠っているとは思えぬ艶めいた吐息に、バージルは苦笑を浮かべた。何とも、この子どもはたちが
悪くていけない。あぁ、もう涙を流しているではないか。
少年の性器、その先端からは先走りと思しき液体がとろりとこぼれ、バージルの手を濡らし始めて
いる。視認こそ出来ないが、感触だけでそれはありありと判った。バージルは自身の唇が笑みの
形を浮かべていることに気付いた。それから、存在を主張するように張り詰めている、自身の
ものに気付かぬわけにはいかない。
(俺もまだ若いな……)
自嘲するように笑い、少年の後ろを探る手を少しばかり性急なものへ変える。さすがに彼も、
秘蕾を弄られてなお眠ってはおれぬだろう。
目を覚まし、自身が犯されようとしていると気付いたとき、彼はどんな反応をするだろうか。
そんなことに想像を巡らせながら、バージルは幼い弟の躰を攻め崩しにかかった。