深紅
寝室に運んだ少年を、バージルは起こさぬようそっと寝台に下ろした。よく眠っているらしい
ことが、呼吸に合わせて上下する小さな腹を見て判る。寝息も健やかだ。
警戒心が強かったのは、当初だけ。今や少年はすっかりバージルに馴染み、懐いている。急速な
変化ではあるが、そもそも少年がバージルに警戒心を抱くことこそがおかしいのであって、
今現在が通常といえばそうなのだ。
甘えたがりの弟。少年を甘やかすことは、バージルにとって確かに愉しいことだった。
ふわふわ揺れて、気持ちが好い。揺れは長くは続かなかったけれど、不満には思わなかった。
あたたかいものが、すぐそばにある。すりりと躰をすり寄せると、そのあたたかなものに全身を
包みこまれた。
気持ちが、いい。
唇がにっこりするのを、ダンテは抑えなかった。良くも悪くも素直であるダンテだ、感情を
抑制する必要性を感じたことなど、今まで一度もなかった。
あたたかなものが、ダンテの躰を擦るように撫ぜる。寒い日に体温を上げる為に膚を擦る、
あれだろうか。しかしダンテは今、別段寒いわけではない。むしろ程よくあたたかくて、これ
以上の暖は必要ないくらいだ。ただすっぽりあたたかいものに包みこまれているよりも、
心地が好いのは確かなのことで。
「ん……」
吐息が、自分の唇からもれたものだとは、ダンテは自覚せずに。服を掻い潜って直接膚を
擦り始めたそれが、こそばゆいような、心地好いような、奇妙な感覚が腰の辺りにあって、
ついもじもじしてしまう。
すぐそばで、何かがくすっと笑ったような気が、した。
バージルだ。
ほとんど無意識に、ダンテはそう直感した。
滑らかな膚を繰ることは、バージルの幼い頃からの気に入りだった。対象は双子の弟以外にない。
弟の髪と膚の、絹よりもよほど上等なきめ細かい手触りを、バージルはこの上なく気に入って
いる。
子どもの膚は、確かに大人のそれよりも滑らかであるかもしれない。眠る子どもの背や脇腹を
掌全体を使って撫ぜながら、バージルは触り心地の違いをじっくり吟味していた。
少年は、目覚めない。断続的にもらす吐息があるだけで、確かな覚醒までは到らないようだ。
それを良いことに、バージルの手はいっそう大胆さを増していく。
片手で器用に少年の下肢から膝丈のハーフパンツと下着を脱がせ、ふっくらとした小さな尻を
撫でる。柔らかな肉の弾力が手に心地好い。バージルの腕よりもほっそりとした印象の太腿を
なぞり、脚の付け根を指先で辿る。行為に伴う愛撫の意図は全くないのだが、触れられる側も
そう感じるかといえば、そんなわけはない。
ふる、と。いまだ目覚めぬ少年の躰が、震えた。
寒いのとは、違う。
腰から背中にかけて、ぞくぞくとしたものが駈け登るのを、ダンテはそう断じた。夢うつつの
曖昧な思考の中での判断だったが、正しいものであることはダンテ以外のものには一目瞭然で
ある。
するすると、変わらず膚を撫ぜているものに、ダンテは知らず腰が揺らめいていた。
気持ちが好いと思うときは、素直にそれに溺れれるべきだ。そうダンテに教えたのはバージルだ。
バージルには絶対に逆らわないと固く誓ったダンテのこと、バージルの言葉を頭からすとんと
受け入れるのは当たり前のことだった。
雲の上にいるかのような心地好さに、ダンテは文字通り夢中になった。意識のあるなしはもはや
関係がなく、ダンテはこの感覚を追いかけ、進んで溺れることだけに集中していた。何が夢で、
どこからが現実のことなのか、ごちゃまぜになってまるで判らない。
総てが曖昧である中、ダンテはただ、そばにいるであろう男の名を口走った。
「……ぁ……じ、るぅ……」
舌足らずな声に、バージルは片方の眉を器用に上げた。少年の額にかかる髪を掻き上げ、顔を
覗き込むが、起きているようには見受けられない。口許がむにゃむにゃと何か食べているかの
ように動いているが、それだけだ。その唇をじっと観察していると、時折、バージルの名を
紡ぐのが見て取れた。夢の中でもバージルに触れられているのだろうか、意識もないのに自ら
腰を揺らめかせるさまは、幼さとは反して随分と色めいて見える。
バージルは下肢に熱が集まるのを感じながら、眠った少年を相手に何を一人で盛っているのかと
自嘲する。しかしそれも、相手がダンテであるという理由だけで、どうでも良いと思えてしまう
のだから、よほど狂っているらしい。
(お前だけだ)
こんなにも、外聞もなく醜態をさらすのはダンテの前以外では有り得ない。そもそも、バージルは
ダンテにしか慾情しないのだ。女は抱けるが、それは男なのだから当たり前だ。バージルが己の
精を注ぎ込むのは、この世でダンテ一人である。
「…………」
少年が口走ったおかしな言葉を脳裏で反芻して、バージルはわけもなく彼の腹を撫でさすった。
これすら心地好いのか、少年がふにゃりと笑みを浮かべる。
下肢――――股の辺りがこそばゆい。そこにはダンテの、小さな象徴がある。風呂に入っている
ときや寝る前に、よく兄が触れていたことを思い出した。そして、バージルも。
バージルがこの場所に触れるときは、ほぼ決まってダンテにお仕置きをするときだ。例外は、
先日のみ。あの一回きり、バージルはダンテに痛いことを一切しなかった。あのときはただただ
快楽に溺れるだけで、思い出すことといえばただただ気持ちが良かったということだけ。その
記憶から、ダンテは子どもが出来たという結論に行き着いたのだ。
ダンテのおなかには、バージルの子どもがいるのに違いなかった。先日バージルがしてくれた
あれは、せっくす(確かこんな言葉だ)というものに違いないのだ。せっくすは子どもを作る為に
必要なことで、違いに好き合ったもの同士が、する。ダンテはバージルが大好きだ。バージルも、
きっと自分のことを好いてくれているのだと、ダンテは思う。だから、ダンテとせっくすをした。
そうに違いないのだ。
(赤ちゃん……)
バージルの、赤ちゃんを。このおなかに宿している。ダンテはそう、信じて疑わなかった。
孕んでいたら、面白いとは、思う。ある意味、そちらのほうが良いようにも思わぬでもない
バージルだ。自分の子、という響きには、いまいちぴんと来るものがないとはいえども。
少年の腹を撫ぜながら、バージルは少年の下肢を手繰り、まだ幼い陰茎に緩急をつけた愛撫を
施している。先端を弄れば少年は甘い吐息をもらして背を震わせ、双球をやわく辿ればもっとと
ばかりに腰をバージルの掌に押し付けてくる。痩身の子どもが快楽に耽るさまは奇妙な程に
艶だ。
バージルは少年の脚を開かせ、尻たぶを割って奥まったそこに中指で触れた。しっかりと
締まった後孔が、ぴくっとわななく。あたかも刺激を期待しているようにバージルの目には
映り、雄が猛るのを自覚せずにはおれなかった。
指にダンテの先走りの雫を絡め、改めて秘蕾をさぐる。襞の一つ一つを丁寧に辿っていけば、
堪らないとばかりにそこが収縮する。こぼれる少年の吐息は、もはや喘ぎと変わらないものへ
変わっていた。
なおも、バージルの片手は少年の腹に添えられたままだ。放り出された陰茎が、少年が腰を
震わせるのと同時に卑猥に揺れる。とろりと先端に滲み出した雫は、もう先走りとは呼べぬ
ものだろう。
(溺れている)
どちらが、とは、言わない。
腰と背中に走るぞくぞくとしたものが、強くなった。
おなかは変わらずあたたかいもので覆われているらしい。その下方、脚の間のさらに奥が
むずむずとして、時折躰が跳ねる程の刺激が背筋を駈け登る。この感覚を、ダンテは知って
いた。せっくす、だ。バージルが、そういう意図を持って自分に触れているのだ。
そうはっきりと認識したときには、ダンテの意識は随分と浅いところを漂っている状態だった。
もう少しで目覚めるという、境。けれどもダンテの意識は、もうしばしその境を漂うことにした。
あまりにもそこが、心地好いからだ。目覚めてしまうのが勿体ないと思う程度には、そこは
ダンテのお気に入りになっていた。
バージルにもダンテを起こすという意図はないのだろう。肩を揺するわけでもなく、また声を
掛けるわけでもなく、巧く緩急をつけた刺激をダンテに与えるだけだ。もっとも、普通ならば
下肢に人の手が這っている時点で起きる。ダンテがそうならないのは、触れているのがバージル
だからに違いなかった。バージルになら、ダンテは何をされても良いと思っている節がある。
おかしなものだ。ダンテの一番は、双子の兄である筈というのに。今のダンテは、バージルのこと
しか考えていないのだから。
少年の吐息混じりの喘ぎ声が、甘やかにバージルの耳を撫でる。襞はすっかり蕩け、バージルの
指を二本、その内部へ誘っだけでなく絡み付き締め付けて離そうとしない。しかし出し入れを
しようと動かせば、やりやすいようにそこが弛むのだ。まるで少年のそこだけが別のいきもので
あるかのように。無論、そんなことは有り得ないが。
くちゅ、くちゅ、といやらしい音が静かな部屋に満ちる。少年の意識がないので、バージルも
始終無言である。その為、音といえば寝台の軋むそれか、少年の肉が奏でるもの以外になく、
ひどく卑猥だ。
これが少年の耳には届いていないことが、少々残念ではある。好奇心の強い少年のこと、
バージルが興味を引けば自身の後孔を物珍しげに見ただろう。恥じらいよりも好奇が勝るに
違いなく、それはそれで愉しい光景であっただろうに。
起こせば、良いのだが。
バージルは少年の下肢を弄びながら、考えた。が、結局バージルは少年を起こさぬことを選んだ。
深い理由はない。少年が自ら目覚めぬ限りは、その眠りを妨げることはしないでおきたいと思った
のだ。
指をさらに増やして、三本。これが自由に出し入れ出来るようになれば、自身のものを
挿入しよう。そう決めて、バージルはゆっくり少年のやわい肉を拓いていった。
びくっと躰が跳ねたのを、ダンテは夢の岸辺で感じた。バージルが後ろを弄っているのだ。
だから、躰が跳ねるのは当然のことである。
自然の現象だと、先日バージルが教えてくれた。気持ちが良ければ躰は勝手に反応する。それを、
無理に抑える必要はない、と。むしろ我慢は躰に悪いのだとバージルは言っていたので、少年は
不自然に躰が跳ねてもこわいと思うことはなくなった。バージルが触れるたびにいちいち躰が
震えるのは、思いの外体力が要る。けれど、そんな自分の反応をバージルが愉しそうに眺めて
いるのを見て、ダンテは嬉しくなった。
バージルが笑っていると、嬉しくて堪らないのだ。
だから、きっと。
バージルは今も、ダンテの好きな微笑を浮かべているのだろう。しっかりと目覚めない限り、
それを見られないことが少し残念ではあるけれども。
また、躰が跳ねた。さっきよりも圧迫感が増した気がするが、痛いとは感じない。むしろ、
気持ち好いのが広がったように思う。腰が揺らめいているのを、ダンテは自覚していない。
少しすると、圧迫感がきれいに消えた。あまりに唐突すぎる喪失に、ダンテは眉をしかめた。
宥めるように、額に何かが触れ。それから、覚えのある熱が、後ろに押し当てられて――――
ダンテはぎくっとして、慌てて飛び起きた。
指を一気に引き抜くと、喪失感を不満に思ったのか少年が眉を寄せた。バージルは宥める意味も
含めて少年の額に唇で触れ、十二分に猛った己を、淫靡にひくつく少年の襞にあてがった。
躊躇をする必要はどこにもない。狭いそこを、一気に貫いた。そのとき。思いもかけないことが
起こった。
「やだぁッ!」
それまで全く目を覚ます気配のなかった少年が、突然叫び出し、飛び起きたのだ。といって、
下肢は深く繋がっている為、少年が躰を起こすことは出来ない。首に齧り付くように抱き付いて
きた少年を、バージルは珍しくも驚きながら支えてやった。
「ダンテ?」
嫌、と言っただろうか、今、この子どもは。言葉そのものを理解は出来ても、意味を納得する
ことがバージルには出来なかった。怒りよりも、はるかに驚きが優っている。
少年は起き抜けとは思えぬぱっちりと見開いた瞳でバージルを見上げ、だめ、と叫んだ。
「何がだ、ダンテ。意味が判るように言え」
わけが判らずため息混じりに言えば、ダンテはみるみる泣きそうな表情へ変わっていき。
何ごとかと目を瞠ったバージルは、ダンテが紡いだ言葉に先日に続いてぴしりと固まって
しまった。
「赤ちゃんがつぶれちゃう……ッ!」
だめ、と必死に訴え胸を叩いてくるダンテを、バージルはどうしてくれたものかと深いため息を
こぼした……。
やらかした…
言わせたかった、んで、す…
[08/05/15]