白銀シルバー











てってと駆け寄ってくる少年を、バージルは足を止めて待った。好奇心旺盛な子どもらしく、 彼はよくバージルのそばから離れてしまうのだ。だからバージルはその都度足を止め、少年を 呼ばわってやらねばならなかった。

少年はバージルとよく似た容姿をしている。髪と瞳の色が同じだからということではなく、 顔立ちがそもそも似ているのだ。おもてを歩けば誰もが彼らを兄弟だと認識するし、それは 間違いではない。事実バージルと少年とは血の繋がった兄弟なのだ。しかしただの兄弟ではない。 彼らは双子なのである。

明らかに歳の違う双子など、存在するわけがない。これには当然ながら事情があった。
少年――――ダンテは、ある悪魔に対峙した際に特殊な毒をその身に受け、それによって躰が 縮んでしまったのだ。外見の年齢は十四か、十五程度だろう。いかにも発達途上といった細い 肢体となったまま、もう一年以上が経っていた。
バージルはダンテの躰が縮んでからというもの、極力外出をせぬようダンテを戒めている。 躰は小さくなったが中身はそのままであるダンテは、不平を言ったが聞き入れるバージルでは ない。不用意に外出などして、不穏なことが起こらぬという保障はどこにもないのだ。バージルが 出来る限りダンテを人目にさらしたくないというのが、最もたる理由なのだが、ダンテはそれを 理解していない。バージルもあえて口にしたことはないから、ダンテが理解出来る筈も なかった。

「離れるなと言っただろう」

傍らに寄り添う少年を、バージルは静かにたしなめた。少年はぎくっとして首を引っ込ませる。 ごめんなさい、と謝る声は細く、少年は小さな躰をより小さくさせた。はたから見れば、元気 盛りの弟を叱る兄というふうで、行き過ぎる誰もが思わず笑みを浮かべるなどしている。ある ものは兄弟の秀麗な容姿に目を奪われていたりするが、バージルらはまるで気付いていなかった。 元より、人の目を気にするようなたちはしていないのだ。
バージルは少年の髪をくしゃりとしてやり、その手を少年の目の前へ差し出した。少年は バージルを見上げてくりりとした双眸を数度瞬かせ、それからバージルの手をおずおずと 握った。戸惑いと恥じらいがないまぜになった表情は可愛らしく、行き交うものの微笑を誘う。 それがバージルには気に食わなかったが、表面には出さない。不快をあらわにすれば、少年が 怯えてしまうことは判りきっていた。それはバージルの本意ではない。

今は、とことん甘やかしてやるつもりなのだから。

現在どこへ向かっているのかといえば、変哲もないただのスーパーマーケットだ。目的は 当然ながら食糧品の買い出しで、バージルは一人で出掛けるつもりでいたのだが、少年が家に 独りきりになることを嫌がった為、仕方なく同行させたのである。
一回り以上も小さな手を握り返せば、少年は顔を俯けた。まだ少し、自分と触れ合うことに 躊躇いがあるのだとバージルは察して、しかし何を言うこともしない。怯えるなと上からものを 言えば、少年はバージルを恐がって身を畏縮させてしまうだろう。
バージルが黙って少年の手を引くと、少年も黙って歩き出す。寄り添ってはいても、バージルと 少年の間には僅かながら空白が生まれている。少年が、まだバージルに心底から馴染んでいない ことを象徴しているかのようだ。

バージルは焦れるものを感じる自身を抑え、沈黙を守った。急いてはならないのだと、己に 言い聞かせる。じっくり、時間を掛けて馴らしてゆかねばならないのだ。その途上で元に戻るの ならば、それも良いとバージルは思う。

少年の暖かい手を握ったまま、バージルはスーパーマーケットの入り口をくぐった。



少年は、厳密に言えばダンテではない。

バージルの、という言葉を頭に付けなければいけないだろうか。ともかく、今のダンテには バージルが自身の双子の兄であるという認識はない。別人になってしまったわけではなく、 問題は精神状態にあった。
退行、と言うのが相応しいのだろう。記憶喪失とは違った。ダンテの精神は幼い頃のそれに 遡ってしまっており、その為にバージルを兄として認識することが出来ないのである。
変化は唐突だった。前触れはなかったと、バージルは思っている。突然、ダンテの精神は退行して みせた。何故かなど、バージルに判るわけもないし、ダンテに問いただしてみても無駄であろう。 現状のダンテには、退行する以前の記憶がないのだから。

バージルは左手にかごを持ち、右手はダンテの手を握ったまま陳列棚の間を歩いていく。 時折、

「それを一つだ」

と少年に声を掛け、自分の代わりに必要なものをかごに入れさせた。少年は黙々とバージルに 従っている。逆らえば叱られると思っているのだろう、小麦粉の袋を取り上げるだけのことで すら、少年の横顔には緊張が浮かんでいる。

いといけな少年に恐怖心を植え付けたのは、他でもないバージルだ。嫌がる少年を無理矢理 押さえ込んで犯したのだから、少年の心にバージルに対する強烈な恐怖心が根付くのは当たり前と 言えよう。
それで何故、少年がバージルのそばにいるのか。バージルの手を握るなど、普通に考えれば 出来るわけがない。
バージルは少年に、恐怖を与えたのちに安堵をも植え付けたのだ。少年が縋ることの出来るものは バージルよりいないのだと、植え付けた。言わば刷り込みである。幼い少年は巧みな手管に 嵌まり、バージルを無闇に恐がることはなくなった。ただ反動が強かった所為か、バージルが そばにおらねばひどい不安に駆られるようになったらしく、家の中ですら少年は常にバージルの 傍らを離れようとしない。

これはこれで良い、とバージルは思う。ダンテは無自覚に、バージルを己の唯一と認識している。 自ら身をすり寄せるのはまだ抵抗があるようだが、急ぐこともないのだからバージルは余裕を 持って少年の手を握ることが出来た。

野菜をいくつかかごに入れさせ、バージルは会計を済ませるべく踵を返した。が、ふと少年が 何かをじっと見つめていることに気付き、眉を寄せる。少年の視線を辿ってその先を見やり、 バージルは「あぁ、」と内心で納得した。

苺、だ。

赤々と色付いた苺に、少年は惹かれているのである。バージルは苦笑をもらした。ダンテは 小さな頃から甘いものが好きで、中でも苺は格別の存在だった。
バージルはちょっと、少年の手を親指の腹で撫でた。敏感な少年はびくりとして、ようよう我に 返ったらしい。バージルを見上げる瞳は明らかな怯えがあり、バージルに叱られることを ひたすらに恐れているのが判った。
バージルはダンテの手を優しく撫で、笑みを見せた。

「欲しいのか?」

問えば、少年は息を詰めるように唇を噛んだ。ほしい、と大きな瞳が口よりも雄弁に語っている。 しかし口に出してそうと言わないのは、やはり叱られると思っているからなのだろう。

「欲しいのなら、そう言え。その程度のことで怒りはせん」

優しく言って、少年の手をするりと撫ぜる。少年は上目遣いにバージルを見つめ、そろりと口を 開いた。

「……いちご、買って?」

小さな声でおずおずと訴える少年へ、バージルは笑みを湛え。

「喰いたいだけ、かごに入れろ」

少年はぱぁっと花が咲くように破顔し、嬉々として苺のパックを一つ、宝石を扱うかのような 恭しい仕種でかごに移した。

「一つで良いのか?」

バージルはかごの端に鎮座した苺のパックを見やり、次いで少年を見やって問うた。少年が ぱちりと目を瞬かせる。食べたいだけ、とはつまり、好きなだけ、という意味なのだが、少年は よく判っていないのか、それとも子どもなりに遠慮をしているのだろうか。首を傾げた少年に、 バージルは「もう一つだ」と顎で苺のパックをかごに入れるよう言いつけた。

「うんっ」

ぱっと破顔して苺に手を伸ばし、いかにも嬉しそうな雰囲気を振りまくダンテへ、バージルは 目を細めた。



帰路でも、バージルは少年の手を握って歩いた。少年はすっかり慣れたようで、食糧品を紙袋に 詰め終えたバージルが左手に袋を抱え、右手を少年へ差し出す前に自らバージルの手を握って きたのだ。よほど、苺を買ってやったことが嬉しかったのに違いなかった。彼の紙袋に注がれた 視線は、家に帰るまで待てないとばかりに輝いている。
今食べたい、とは少年は言わない。許しがない限り、少年がそれを言い出すことはないのだと バージルは知っていた。彼らの母は優しい女性だったが、躾に関しての厳しさをバージルは よく覚えている。少年が歳に見合わず奇妙な程に行儀が良いのはその為だ。外で歩きながら何か 食べるなど、母は許さなかっただろう。

バージルの手をきゅっと握り、無意識だろうが、物欲しそうにちらちら紙袋へ熱い眼差しを注ぐ 少年。彼の心は今、大好きな苺に占められているのに違いない。
少しばかり、面白くないとバージルは思った。けっして苺なぞに嫉妬しているのではなく。

またしてもバージル越しに紙袋を見やった少年の手を、バージルはぐいと強く引いた。突然のこ とに、少年は驚いて躓きそうになっている。バージルは少年の躰をもののように軽々と、人気も なく薄暗い路地へ引き込んだ。清潔とはかけ離れたコンクリートの壁へ、少年の背を押し つける。
肩がまともにぶつかったらしく、少年が呻いた。

「ぁうっ……!」

痛みに歪む表情を見下ろしながら、肉付きの薄い腿の間へ脚を割り込ませる。少年は眦に涙を 浮かべてバージルを見上げてきた。

「な、に、するの……?」

予感はあるのだろう。怯えきった兎のような瞳に、バージルは得も言われぬ慾望が首を もたげるのを感じた。それはひどく残忍な感情であり、あらわにすれば少年の身などひとたまりも ないだろうことがありありと予見出来た。衝動に任せて解放させるには、それはあまりにも危険で ありすぎる。
少年を壊してしまっては、意味がないのだから。

震える少年へ、バージルは自身を抑制しつつ囁いた。

「家まで我慢出来ぬのか?」

少年がはっと息を飲む。苺のことを指しての言葉だと、すぐに察したようだ。己があからさまな 程に紙袋を見つめていたことを、きちんと自覚していたからに違いない。ただ、前だけを見据えて いたバージルが、そのことに気付いていたとは思わなかったのだろう。驚きに瞳を見開いて いる。

「躾が足りていないようだな、ダンテ」

囁き、耳朶をやわく噛む。びくっと肩を跳ねさせた少年の耳に舌を差し込み、舐ぶった。少年は いちいち、躰を震わせてバージルに応える。

「ぁっ……や……ッ」

無意識に違いない一瞬の拒絶を、バージルは耳聡く聞き咎めた。少年の顎に手をかけ、無理矢理 上向かせる。

「嫌、だと?」

わざと低めた声音に、少年がいっそう怯えるのがバージルに伝わってくる。怒らせたと思ったの だろう。バージルの怒りを何より畏れる少年は、恐慌と言って良い程の恐怖に駆られてがたがたと 震え出した。先日バージルに力ずくで犯されたことを思い出しているのだろうか。いっぱいに 瞠った両の瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

「ぁ……ぁ……」

言葉すら紡げずにいる可哀想な少年を、しかしバージルはまだ赦してやることはしない。躾に 必要なものは、適度な緩急だ。砂糖で漬けるように甘やかしてばかりでは、子どもの為に ならぬ。

「謝ることも出来ぬとはな……」

少年の脚の間に割り込ませた腿をぐっと押しつけ、縮こまっている幼い性器を圧迫する。痛いの だろう、少年は「ひっ」と悲鳴を上げてバージルの胸に縋りついた。

「っ……ごめ、ん、なさ……ぁ……!」

いかにも哀れを誘う途切れ途切れの謝罪を、バージルは脚を動かすことで遮った。今更遅いの だと、少年は悟っただろう。股を刺激され浅い吐息をさせながらも、涙の止まぬ双眸に絶望が 宿る。
良い目だと、バージルは内心で笑い少年の髪をことさらゆったりと撫ぜた。少年にとっては、 この一見優しげな仕種すら畏れに結び付くのだとバージルは知っている。

案の定、少年は喉の奥で引きつった悲鳴を上げた。ゆるして、と必死に訴える少年の、寒さを 耐えるようにわなわなと震える唇を舌先でなぞった。
























次?
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