青銅ブロンズ











覚えていることは、痛みと、衝撃と。
ただひたすらに、こわかったこと。





気が付いたとき、ダンテは仰向けに寝かされていた。背中にある柔らかい感触はベッドのものの ようだ。
覚えている部屋(たぶんリビングだ)とは、全く違う。ベッドがあるのだから、ここは 寝室だろうか。しかしダンテの部屋ではないことは、ベッドの広さからしても明らかだ。 首を倒して左右を見るが、ベッドの端が自分のベッドよりもはるかに遠い。
誰の、と考えて、ダンテはひどい痛みに襲われた。躰中がいたい。どうしてか――――意識が 途切れる前のことを思い出して、ダンテは我知らず震え上がった。

「ひっ……」

何をされたのか、ダンテは判らない。心身ともに幼いがゆえに、己が強いられた行為が何で あったのか理解することが出来ないのだ。それ程に、男がダンテに強いたことはダンテにとって まさに未知の領域だった。壁に押しつけられた背中の痛みを思い出すだけで、恐怖が底から 沸き上がってダンテの痩身をがんじがらめに縛り付ける。

こわい。

ぎゅうっと目を瞑り、手で顔を覆う。閉ざされ黒に塗り込められた視界。しかし瞼の裏には 男の怒りを湛えた瞳が――――ひゅっと息を飲んでダンテは目を見開いた。自分でもはっきりと 判る程に、心臓がどくどくとまるで走ったあとのように激しく打っている。

こわい。

どうすればこの恐怖から逃げられるのか判らなくて、ダンテは衝動的に躰を起こそうとした。が、 上体を持ち上げようとしただけで全身が軋むように痛んで、躰はスプリングの効いたベッドに 沈んでしまう。
腰から下は僅かに位置をずらすだけの動きですら出来そうもなく、それがどうしてなのか判らない ダンテは、大きな瞳に涙を浮かべた。判らないということが、とてもこわくてならない。間も なく、ほろほろとこめかみに涙が伝った。

「っ……ぅ……っく、……ひっく……」

悲痛な嗚咽が漏れるのを、ダンテは堪えることが出来なかった。兄がそばにいれば、と思う。 ダンテが泣いていると、兄はいつもダンテの流した涙を舌で拭って、たくさんキスをしてくれる。 気持ちが良くて、いつももっとして欲しいとねだるダンテに、兄は笑いながら優しく唇と唇を くっつけるのだ。

「……おにぃ……ちゃ……」

どうしてそばにいてくれないの。どうして。ぼくがわがままばかり言ったから? ぼくのこと、 もう嫌いになっちゃったの?

「や……やだよぅ……お兄ちゃん……」

悲しくて仕方がなくて、泣きじゃくるうちにだんだん瞼が重くなってくる。そもそもダンテが その痩身に抱えた疲労は多大なもので、一度の睡眠ですっかり解消されるようなものではない のだ。ダンテの意志に拘らず、躰は確実に休息を求めている。

涙の涸れぬまま、ダンテはいつの間にか寝入っていた。躰の怠さも痛みも、眠ってしまえば何も 感じなくなる。それに。

「……ん……」

頬を何かが触れる。きっと指だろうその感触がひどく気持ち良くて、ダンテは無意識に笑みを 浮かべていた。





誰か――――

呼ばわる声はかすれ、
千々に千切れて、

消える。





暖かな何かがそばにある。ダンテは猫のように丸くなった躰を、その何かにすり寄せた。 頬をすりすりと押し付けると、暖かな何かがダンテをすっぽりと包み、心地好い温もりに 全身が満たされる。

これは何なのだろう。

少しずつ覚醒し始めた思考で考えるけれど、まだ眠いダンテには答えなど導き出せはしない。 もぞもぞと身動ぎ手の甲で目許を擦っていると、その手を何かに掴まえられた。 同時に、声が。

「擦るな」
聞き覚えのある低い声音に、ダンテはびくりとした。バージルだ。ダンテに無理矢理こわいことを した、男。
ダンテは喉の奥で悲鳴を上げた。逃げたい。が、逃げればまたバージルを怒らせてしまうという ことが判っているから、ダンテは躰が竦んでしまって動けなくなった。

「……ぁ……」

掠れた吐息がもれる。ダンテが全身を強張らせていることに気付いたのか、バージルがダンテの 背を撫ぜた。

「怖いか、俺が」

素直にこわいと言えば、バージルはまた怒ってしまうだろう。ダンテはバージルがこわいのでは なく、バージルの怒りとバージルが仕掛けてくる行為なのだが、ダンテにはそれらを分けて 考えられなかった。その為バージルがこわいのだと思ってしまっているのである。
押し黙ったダンテの背を、バージルはゆっくり撫で続ける。その優しさに、ダンテは困惑せずには おれない。
バージルはこわい。けれど背を撫でてもらうと、何故だか心地好くて。そういえばさっき、 目覚めたときも、ひどく心地好かったことを思い出した。

「俺が怖いか?」

重ねて問うてくる声。ダンテはふるふると首を左右にした。

「わかんない……」

こわいと、思う。けれどもバージルの手は優しくて、暖かくて、こわいと思えないから困って しまう。

バージルがふっと笑ったらしく、息が髪にかかる。
昨夜(なのかもっと前のことなのか、時間の感覚がない為判らないが)のバージルの様子からは 想像も出来ない程、今現在のバージルは穏やかだ。ダンテを手酷く蹂躙したのは別の人間だった のではないかというくらい、まるで雰囲気が違う。

「……バージル……」

ダンテは男を見上げ、無意識のうちに男の名を呟いていた。男はずっとダンテを見つめていた のか、絡む視線はやはり柔らかい。

「今は、怖いか?」

ダンテは少し考えるように視線をバージルの口許に落とし、ううん、と首を振った。

「こわく、ない」

これは本当のことだ。背中を撫でて貰うのは気持ち良くすらあって、ダンテに酷いことをした 手とは別の手だと思えるから。
バージルが微笑むと、何故だか胸の辺りが暖かくなるような気がする。ダンテはこんな感覚を 知っていた。兄だ。
兄は時折、ダンテの頬を思い切り抓ったり、ダンテを暗い場所に閉じ込めたりすることがある。 当然といえば当然だが、ダンテはいつも痛みや恐怖に怯えて泣き出してしまう。やめて、と訴え、 たすけて、と兄に縋る。しばらくすると兄は泣きじゃくるダンテの目許にキスをして、涙を舌で 舐め取ってくれるのだ。兄がくれるたくさんのキス。ぎゅっと抱き締めて貰うと、不安や 恐怖などきれいに消えて、ほぅっとため息が出る。
それはそう、丁度今のような感じなのだ。

(どうしてだろう……)

ダンテは再び顔を伏せ、バージルの胸に頬を寄せた。背中を撫ぜる手とは反対の手が、ダンテの 後頭部を固定するように添えられて、髪に指が差し込まれる。ゆるゆると髪を梳く指先は、 やはり兄を思わせる。

気持ち、良い。

まだ眠り足りないのか、それともバージルの手がダンテの眠りを促しているのか、ダンテは くっつきそうになる瞼を持ち上げていられなくなる。

「ん……」

もう少し起きていたいと思うのに、睡魔は容赦なくダンテを夢の世界へと引きずり込もうとして ならない。幼いダンテには、抗うことなど出来そうもなくて。

(まだ……まだ寝ちゃ……だ、め、……)

ううんと唸り、バージルの胸板に顔を擦りつけてみるけれども、眠くて眠くて仕様がない。
バージルがくすっと笑う気配がして、次いで耳許に、低い声が吹き込まれる。

「眠れ」

「ん……やだ……」

だって、もっとバージルに撫でて貰いたいのに。寝てしまったら、もし撫でて貰っていても 判らなくなってしまうじゃないか。
やだ、もっと。ぐずってしがみつくダンテの髪を、バージルがくしゃくしゃと掻くように撫ぜた。 もう一方の手は、ダンテの背をぽんぽんとあやす。そんなふうにされたら、もっと眠くなって しまうというのに。
優しくて意地悪なところも、兄とそっくりだなんて。

ダンテがきゅっと唇を噛むと、バージルがまた、笑った。

「そばにいてやるから、眠れ。お前が目覚めるまでどこにも行かん」

「……ぁジ、る……ほ、んと……?」

「お前に嘘は吐かぬ」 兄も、バージルには嘘は吐かないと言う。だからバージルの言葉も嘘じゃないに違いない。

まだ眠りたくないのは確かだけれども、少しだけなら――――ダンテは一呼吸もせぬうちに、 すうっと眠りに落ちていた。
だから、

「少しずつ、馴らしていかねばな……」

そんな呟きがダンテの耳に届くことはなかった。
























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いただきましたリクエスト、
「SEXを怖がるダンテをあやしてなだめながらも結局は最後までする兄」
をお送りしたんですけれどもごめんなさい…!(土下座)
なぜかこんな展開に…(愕然)
リベンジ、是非ともさせていただきたいです。
ちなみに副題は、飴と鞭…。鞭、酷すぎて目も当てられないですが。

[08/03/01]