悔恨
押しつけられた買い物をしながら、ダンテはちゃっかり自分の好物もかごに入れてレジ係の
少しばかり顔馴染みの女性に渡した。今日は一人なの? まぁね。などと他愛ない会話をしつつ、
好物や何やらがビニール袋に詰め込まれていくのを眺める。
「お兄さんは今日はお仕事?」
「ん? あぁ……まぁ、そんなとこ」
「ふぅん? 五ドルと二十五セントお願いね」
仕事っていうかね。内心で笑い、ポケットを探る。財布は面倒なので持たない。紙幣を数枚、
それと硬貨を幾らか持っていれば良いだけなのだから、いちいち財布にしまう必要はないという
わけだ。財布を開いて取り出す手間もなくて済む。
ポケットから探り出したくしゃくしゃのドル紙幣に、レジ係の女性がくすりと笑う。嫌味な
色のない笑みは、この女性を好意的に飾っている。
「はい、お釣。落としちゃ駄目よ?」
「どこの餓鬼に言ってんだ?」
釣り銭を受け取りながら唇を尖らせると、女性はくすくす笑い、ビニール袋を指差した。
「だってそれ、お使いでしょう?」
お兄さんの、と。言われて、反論できなかった自分が悲しかった。
確かにお使いだ。スーパーを出てぶらぶら歩きながら、ダンテはぼやくように口の中で呟いた。
彼女の言うことは正しい。買い物に行けない兄に押しつけられたとは言え、これは立派な
お使いだ。
ただ、兄は仕事で家を空けているから、ダンテがお使いをしているというわけでは断じてない。
兄は家にいて、おそらく読書に勤しんでいることだろう。仕事がないわけでもなく、それは
ダンテと二人で当たる予定だ。では何故、兄が買い物に行かないのか。それには深い
……かもしれない事情がある。
大きくもない袋を腕に抱え、帰路を急ぐでもなく歩いていたダンテは、ふと何かに心を
惹かれてそちらに足を向けた。せっかくだから、兄に土産でも買って帰ってやろう。にっと笑い、
雑多にものが並ぶとある店へ入った。ポケットには少しの金。それで、充分足りる筈だ。
事務所兼自宅の玄関をくぐり、とりあえずキッチンに向かう。スーパーで買ったものは
ほとんどが食料品で、冷蔵庫に入れるものは早く入れておかなければ、バージルが煩い。
冷蔵庫の扉を開け、適当に詰め込んでおく。もっと整頓出来ないのかと、それはそれで煩く
言われるのだけれども。
性格だ、とダンテは開き直っている。バージルの怒りはダンテが恐れる数少ないものの一つ
だが、これに関してはバージルも本気で怒ってはいないとダンテには判っている。全く同じ
容姿の一卵性双生児ではあるが、中身は似ても似つかない。だから、ある程度の妥協はして
くれねば困ってしまう。
同じものを求められては、重みに耐え兼ねて潰れてしまいそうだから。
ダンテはお使いのついでに買ったものを掌に乗せ、肩を竦めた。また怒らせるかもしれないが、
ちょっとした悪戯だ。どうせ毎日のように怒られていることだし、この程度なら可愛いもの
だろう。きっと。……おそらく。
ダンテの予想通り、バージルは自室で読書に耽っていた。何が楽しくて、一日中本を睨んで
いられるのかがダンテには判らない。
ドアが開いたことには気付いているだろうに、バージルは本から顔を上げることも、おかえりの
一言もない。ダンテも期待はしていないのだが。
こちらに背を向ける形で机に座るバージルの、腰辺りに生えたものは相変わらず垂れたままだ。
頭の上に乗ったものはぴんと立っているが、むしろ寝ているところを見たことがない。これらが
動くことは、実際なくはないのだけれど、ダンテの記憶にある限り、一度か二度しか見たことが
なかった。それも、あまり人には言えない時のことであるだけに、出来れば忘れてしまいたい
記憶だったりする。
(まぁ、バージルだしな)
自分なら判らないが、バージルならば、と。それで何故か納得出来るから不思議だ。
「…………」
バージルが何も言わないのを良いことに、ダンテも無言でバージルの背後に近付いた。
微動だにしない背中。体躯はほとんど変わらないのだから、自分と同じ背中なのだろうけれど、
そうは思えないのは何故だろう。自分の背中よりも広く見えるのは、無意識に父を重ねて見て
いるからだとはダンテは気付いていない。
そろり、とバージルの広い背中にのし掛かるようにして、首に腕を回した。体重を乗せて
ようやく、バージルがダンテを見る。流し目を呉れるような視線の鋭さが、良い、と思う。
「……帰ったか」
「ん、」
判っていたくせに、とはダンテは言わない。へらりと笑い、ぎゅうと抱き付く。肩に埋めた
ダンテの頭を、バージルがくしゃりと掻いた。無造作だが、ダンテはこうされるのが妙に好きだと
思う。
ふと、バージルがダンテの手の中にあるものに気付いたらしい。
「それは何だ」
訝る声に、ダンテはひょこっと顔を上げた。
「これな、ほら、」
掌を開くと、バージルはぴくりとこめかみを引きつらせたのが判る。やはり怒らせるだけか。
しかしダンテは気にせず続けた。
「こうやってこのネジを回すと動くんだって」
買う前に、店主と一度動かしたから要領は判っている。というか、物凄く単純なおもちゃで
あり、判らない方がどうかしている。
「こうして……」
ネジを巻いてやったそれを机の上に置くと、灰色の半円形のそれはちょろちょろと走り出す。
ぜんまい仕掛けの小さなネズミのおもちゃだ。細く長い尻尾を揺らして走るさまが可愛らしくて、
悪戯目的で買ったのだ。
「な、結構可愛いだ……」
ろ、と。続く筈の言葉が消えた。にこにことしたダンテの表情が、笑顔のままで凍り付く。
そんなダンテに、バージルがふんと鼻を鳴らした。ひどく愉しげな笑みを浮かべて。
「もう、終わりか?」
それはないだろう、とダンテは思えど、いかんせん声が出ない。開いたままの本の周りに
散らばった、ネズミの残骸から目が外せない。一瞬だった。常人とは比べ物にならぬ動態視力を
持つダンテですら、あまりにも速すぎてはっきり視認出来ない程に。
おもちゃを粉々に砕いた――――何故か尻尾だけ無傷というのがいっそう怖い――――
バージルは、どういうわけか上機嫌で。
「ひ……」
喉の奥で掠れた悲鳴が上がる。自分の声とは思えぬ程引きつったそれが、バージルに聞こえたか
どうかは判らない。ただ判ることは、バージルの手がダンテの頭を鷲掴みにしたという
ことだけ。
ぎりぎりとダンテの頭を締め付けるバージルの表情は、どこまでも笑顔。怖すぎる。ダンテは
気を失うことも出来ず、ばらばらに砕かれたネズミのおもちゃを見つめて、何故だか涙が
止まらなかった。
もっとたくさん買っておけば……
ダンテがそう思ったかどうかは、定かではない。
ちょっと短め。猫兄、おもちゃのネジュミをバラバラに。
またしても頂いたネタでございました。
ある意味物騒兄ぃが続きましたが、いかがでしたでしょう。
猫兄にドン引きの方には申し訳ないです。