白日
底の深いマグカップに熱いココアを注ぎ、白いマシュマロを三つばかり落とす。銀のマドラーを
差せばこちらは完了。
生クリームたっぷりの、独特な萌黄色のロールケーキを切り分けて皿に移し、脇にホイップと
苺を添えれば完成だ。
バージルは完璧と言える完成度にまずまず満足し、ケーキとココアを盆に乗せた。きっと喜ぶ
だろう。甘い物が特に好きな双子の弟の反応を想像し、バージルは無意識に笑みを浮かべた。
その双子の弟は、実はまだ起きて来てすらいなかったりするのだけれども、バージルは一切気に
しない。気にするような性格を、端からしていないのだ。
バージルが右と言えば右。黒と言えば黒なのである。
良い匂いをふわりふわりと漂わせながら、バージルはケーキとココアの乗った盆を手に、
真っ直ぐ二階へと上がった。目指すのは、当然弟の部屋だ。
ノックはしない。盆を片手で器用に持ち、鍵の掛かっていないドアをひょいと開けた。時刻は
午前十時半。バージルが目覚めてから五時間余りが経っているが、バージルの時間はダンテの
それとは全く基準が違っている。ダンテは、よく眠る。
陽の射し込む部屋はそれなりに明るいが、ダンテはベッドに潜ったままぴくりでもない。と
思いきや、ベッドの上のこんもりとした山がもそりと動いた。
「ん、……んん……ぁ……」
呻きのような声を上げ、毛布をもふりとめくってダンテが顔を出した。こちらを見やる目は
まだ眠っているようにとろんと垂れているが、ひくひくと動く鼻にバージルはやはりと
独りごちる。ケーキとココアの匂いに誘われて、目が覚めたようだ。
「起きたか」
バージルはベッドに腰掛け、枕元に盆を置いてやる。途端、ダンテの半分垂れた瞳がぱちりと
輝くのが目に見えて判り、バージルは小さく笑った。
「喰うだろう?」
そんなことは、ダンテの表情を見れば訊くまでもなく判るのだけど。ダンテはがばりと起き
上がり、うん、と大きく頷いた。
「喰う! ていうか、作ってくれたのか?」
涎を垂らさんばかりに気色満面のダンテの、寝癖だらけの銀髪をくしゃりとしてやる。
「あぁ、味見はしていないのだがな」
「そんなのしなくても、旨いに決まってんじゃん! なぁ、喰って良い?」
お預けを食らった犬のように伺いをたてるダンテは、双子と思えぬ程可愛らしい。バージルに
とってダンテはいつまでも可愛い弟であり、そのダンテを可愛く思うのは当然のことだとバージルは
思っている。
「良いぞ、」
細いフォークを手渡してやろうとして、少し躊躇った。と言っても、一秒もなかったのだが。
バージルはダンテに渡そうとしたフォークを、ひらりと手首を返してロールケーキに刺した。
ダンテがきょとんとするのを無視して、ケーキを一口大に切り取る。たっぷり仕込んだ
生クリームが皿に溢れた。ケーキの欠片を、フォークで突き刺す。バージルはそれを、ダンテの
口許に運んでやった。
「喰え」
疑問も、何もなく。ぱくん、とダンテが当然のように齧り付く。もそもそと咀嚼するのも
もどかしげに、早々と嚥下した。
「どうだ?」
「うまー……」
蕩けそうな表情だ。バージルはそう評し、おもむろに顔を寄せてダンテの唇を舐めた。舌に
広がる甘みは、生クリームのそれとはまた違って思える。
起き抜けで頭の働いていないらしいダンテは、バージルの不意の行動に驚いたふうもない。
「ん……なぁ、この緑のケーキって何で作ったんだ?」
「抹茶という、日本の茶だ。苦かったか?」
「ちょっとだけ。でも、だから生クリームいっぱいにしてくれたんだろ?」
寝起きのくせに、なかなか聡いではないか。バージルはくすりと笑い、ダンテの口にまた
ケーキを入れてやる。巣で餌を待つ雛鳥のように、ダンテはバージルが食べさせてくれるのを
待っているのだ。与えられることが当然であるかのように、自分でフォークを持とうという頭は
欠片もないらしい。ぱくりと口を開け、
「もっと、」
などと。
何とも可愛い雛だ。餌をやらずにはおれず、また可愛がらずにはおれない。
「ん、ん……」
輸入ものの抹茶で作ったケーキを旨そうに食らい、マシュマロが溶けたココアをひょいと
持ち上げる。それは自分の手で飲むようだ。確かに飲み物は、人の手からは非常に飲みにくい。
ダンテはまだ熱いココアを啜り、マシュマロを舌先で舐めて顔を上げた。
「バージル、」
ねだるのは、抹茶のケーキ。しかしバージルは、またダンテの唇を舐めた。
「? 何、」
「甘いな、」
呟きながら、薄く開いた口に舌を差し入れる。ダンテの舌を絡め取り、吸うが、やはり甘い。
バージルは甘い物が好きではなく、自ら率先して口にすることはない。しかし、だからと言って
嫌いというわけでもないのだ。
「んぅ、ふ、」
ココアに溶けたマシュマロのように甘い吐息。ダンテのうっとりとした表情を見つめ、角度を
変えてより深く唇を貪った。
ダンテが甘い物には目がなく、やめられないのと同じように、バージルもまた、ダンテを貪る
ことをやめられない。“好きなもの”は、ある種麻薬よりもたちの悪いものだ。
バージルはダンテの唇を塞ぎ舌を絡めあったまま、枕元の盆を探って赤い苺を摘み上げた。
ちゅ、と音を立てて唇を離し、ダンテの濡れたそこに生クリームを纏った赤い粒を押し当てる。
「んむ……」
ダンテが口を開けて苺を含む。バージルは生クリームにまみれたダンテの唇を舐め、苺を奪う
ようにまた唇を重ねた。ダンテの口内には苺がそのままの形でそこにある。バージルは舌で苺を
ダンテの喉の奥に押し込んだ。当然、苦しいのはダンテだ。
「んぅっ、ふく……ぅ……!」
小さくはない苺を喉に詰め込まれ、しかもバージルの舌が邪魔をする為に苺を噛むことも
出来ない。舌でバージルに抗おうとするが、裏側をひと舐めされれば痺れたようになってしまい、
抵抗など出来なくなる。
「く、ふ……ぅん……っ」
苦しげな吐息に、バージルは目を細めて笑みを浮かべた。悪趣味なことこの上ないが、ダンテの
苦しげな表情や声はバージルの嗜虐心をひどく煽る。優しくしたいとは思うし、ダンテを
甘やかすのも嫌いではない。が、時折衝動的に、ひどく泣かせてやりたくなるのも事実なのだ。
ダンテには迷惑千万でしかないのだけれども。
「ぐぅ、うっ……、」
押し込んでやった苺を、ダンテは吐き出すことも出来ずどうにか飲み下したらしい。バージルが
唇を離すと、涙の溜まった瞳で恨みがましく睨んできた。
「な、にすんだ、この馬鹿っ……!」
「喰わせてやっただけだが?」
「今のは違ぇだろっ! 無理矢理飲ませたくせに!」
無理矢理、飲ませる。聞きようによっては意味深な言葉だ。涙に濡れた恨めしそうな双眸が
また、無理から行為を強いられたようで。
バージルがそんなことを考えているとは露知らず、ダンテは子犬のようにひゃんひゃんと
喚く。
「何だよ、バージルの馬鹿! 変態!」
ぴく、とバージルのこめかみが微かに引きつる。
「せっかくケーキ旨くて最高だったのに! 馬鹿バージル……っ」
「……ほう? ケーキは良かったが、俺は余計だったと言いたいのか?」
バージルの機嫌が下降していることに気付いたか、ダンテがびくりとする。が、もはや
気付いたところで手遅れであることは間違いない。
「変態、とはよく言ってくれたものだ。その俺にキスをされて、陶然としていたのは
誰だったか……?」
顎に指を添え、くいと持ち上げてやると、ダンテは今し方の勢いをどこにやったのか、
すっかり怯えた表情をしている。犬ならば、きっと股に尾を挟んで震えていることだろう。
バージルはダンテをベッドに組み敷き、手首を一纏めにして敷毛布に縫い止めた。
「ば、バージルっ……」
「仕置、だ。ダンテ」
ダンテにとっては死の宣告に違いなく、ひっと引きつった悲鳴がバージルをいっそう残酷に
させるのだとは知るよしもない。
残りのロールケーキはしばらくお預け。ココアは冷めてしまうだろうが、淹れ直せば良い。
ダンテがケーキを食べ切る前に、バージルがダンテを食らう。ただそれだけのこと。
本当はホワイトデーのつもりで書いたもの。
でもすっかりホワイトデー過ぎちゃったし、もういいか、と。
抹茶のスイーツは個人的にそれほど好きではないけど、
ダンテは意外に好きそうかも…?とか、何となく。
マシュマロココアは完全私の好み。甘くてふわふわしてて好き。