不遜フソン









髪を洗い、気が昂ぶるままにダンテを犯してようやく浴室を出た頃には、ダンテはすっかり のぼせてぐったりとしてしまっていた。シャワーの湯が溜まった浴槽から出ようとするダンテを 押さえ込み、漬かった状態で何度も無理矢理貫けば、のぼせるのは当然のことだ。
ぐったりとしている理由はのぼせた以外にもあるのだが、バージルはあえて無視をする。



衝動は、常に寄り添うようにそこに在るのだ。





ソファーにダンテを横たわらせ、額にかかった前髪を掻き上げてやる。

「水を飲むか?」

ぼうと天井を見上げていた碧い瞳がバージルを映す。水、と唇がかたどるのを見て取り、 バージルはキッチンへ向かった。
グラスに水を満たしてリビングに戻ると、ダンテが首をのけ反らせてこちらを見ている。 ぼんやりとした視線に不安に似たものを感じて、バージルは苦笑した。

「起きられるか?」

頭も拭いてやらねばならず、起きられないと言うなら支えてやろうとして、バージルはグラスを テーブルに置いた。ソファーの上で寝返りをうち、重そうに頭を持ち上げようとするダンテの首の 下に手を差し入れる。

「無理はするな」

言って、ゆっくり自分の方へ引き寄せるようにして起こしてやる。

「……無理させたのは、アンタだろ……が……」

恨みがましい声は掠れており、自分がどれ程ダンテを啼かせたかが生々しく判る。といって、 反省をするようなバージルではないが。

「部分としては、認めなくもないがな」

意識の朦朧としていたダンテを犯したこと自体は、バージルは当然とすら思っている。ダンテの 躰は麻薬よりもたちが悪く、一度の蹂躙だけで満足することなど、まず有り得ない。ダンテが 何やかやと言って、本気で自分を拒んではいないと知れるから、余計にだ。
それがたとえ、短い“猶予”だとしても。

「何が部分だよ……くそ、まだ気持ち悪ぃ……」

交合を指して気持ちが悪いと言っているのではない。行為の最中、浴槽の湯を思いきり飲んで しまったからだ。

バージルはダンテを右腕で支え、左手でグラスを取って口許に持っていった。ダンテがグラスを 両の手で持ち、のろのろと口を付ける。こく、と少しだけ含んで口内を湿らせた後、一息に あおった。
僅かに飲んだことで喉の渇きが増したのだろう。ごくごくと飲むたびに喉が上下し、飲み込み 切れずに口の端からこぼれた水が、顎を伝ってシャツにぽつりと染みを作る。
バージルはじっとその光景を見つめ、ふとあることに気が付いた。
水を飲み切ったダンテがグラスから唇を離し、こちらを上目遣いに見つめてくる。もっと水が 欲しいのだと、すぐに判った。

「待て。お前、その爪は何だ」

「え……?」

ぽやんとして、ダンテが自らの指に視線を落とす。すぎる程ではないにしろ、爪がそこそこに 伸びている。しかし専ら銃を扱うダンテにとって、爪はまめに手入れをせねばならない部分だ。

「貸せ、切ってやる」

髪のついでだ、とバージルが言えば、ダンテは唇を尖らせて水をねだった。

「爪なんか後で良いからさ、なぁ……水くれよ、バージル」

甘えてくるダンテは、バージルの目にいつでも愛らしく映る。バージルは一つ肩を竦めた。 ダンテがぱっと笑顔になる。バージルがダンテを甘やかしてやる時は、いつもそうだ。
判るのだろう。甘やかして貰える時のサインというものが。そしてサインを正しく読み取り、 これでもかとばかりに甘えてくるのだ。ひどく、嬉しそうに。

そんな甘えたがりの弟を、可愛く思わないものがいるだろうか。

バージルはなみなみと水を注いだグラスを、ダンテに与えてやった。嬉々としてダンテが グラスを受け取り、忙しなく唇を寄せる。ごく、と喉が一つ動くのを見てから、ダンテの空いた 左手をすくうように持ち上げた。何、とダンテが視線だけで問うて来る。バージルはダンテの 指先に唇で触れ、

「手入れだ」

と言って伸びた爪を歯で噛み切って見せた。ひくっ、とダンテの腕が痙攣したように震えた。 いっぱいに目を瞠り、驚愕の色濃いダンテを見据えたまま、囓る。ぎち、と爪と歯が擦れて軋んだ 音をたてた。

「……っァ……、やめ……!」

引きつった声音だ。バージルは噛み千切った爪の切れ端を奥歯で噛み、にぃと笑った。

「じっとしていないと、肉を噛むぞ?」

びくりとダンテが肩を跳ねさせる。

「アンタっ……!」

何をか――――などと嘯いてみるが――――訴えたいのだろう。口をぱくぱくさせるダンテを 無視して、バージルはまた爪を噛んだ。どうせすぐに伸びるのだから、切りすぎたくらいが 丁度良い。

ぎち、

歯を立てた瞬間に、ダンテがびくりとした。

「っひ……」

声音だけでなく全身を、それこそ指先まで引きつらせる。それも当然と言えば当然だ。 バージルが歯を立てているのは、爪が淡い肉の色から白へ変わる境目で、このまま噛み切れば、 もしくは肉を食い千切りかねない。良くても深爪になることは間違いないのだから。
しかしバージルは判っていながら、ひくひくと痙攣するダンテの指を押さえ、躊躇わずに爪を 噛み千切った。

「ァ……っ!」

人に爪を切られることは、予想以上に怖いものらしい。それは随分と前から知っていた―――― 己で経験したことはない――――が、歯で噛み切られることは爪切りの刃以上の恐怖が あるようだ。
バージルは切ったばかりの指先を舌先で舐め、ちらと視線を上げた。

「寄越せ、」

虚を突かれたように、ダンテが「へ?」と間の抜けた表情になる。バージルはダンテの鈍い 反応などには構わず、まだ半分程水をたたえたグラスを奪った。

「また濡れたくはないだろう」

グラスをテーブルに置いて言えば、ダンテはかっと赤くなり、ぎゅっと唇を噛んだ。自分の 言葉一つ、行動如何でどうにでもなるこの弟が、バージルにとってひどく愛おしい。

「暴れてくれるなよ」

微笑し、ダンテの中指の爪に歯をあてる。みぢり。端から少しずつ、噛み切っていく。一つ 噛むたびに、ぴくりぴくりとダンテが指先を震わせた。

「んっ……ぅ……」

まるで緩慢な愛撫に喘いでいるような。
ダンテの吐息と爪を噛む音だけが、痛い程に静かなリビングに響く。

心底愛しいものの爪は、刃物を使わず自らの歯で噛み切るもの。

いつだったか、太平洋の端にある島国に存在する古書の中で目にしたことのある記述を、 バージルは思い出していた。行為としては異様だが、切り落とす爪の欠片すら自らのものに、 という心情は理解出来ぬでもない。

ダンテの総ては己のもの。

爪の切れ端から髪の一本に到るまで、総て。ダンテのものであることは事実だが、それ以前に 自分のものなのだ。
生まれ落ちるより以前――――母の胎内に在るよりも以前から、この弟は己のものと定まって いるのだと、バージルは何の疑問も持たずにそう思っている。

(これは俺のものだ)

確認するまでもないと、そう思っている筈なのだけれど。バージルは時折、無意識に再確認を している。自らに言い聞かせるように。
いずれ失うだろう未来を、先延ばしにすることなど出来る筈もないのだけれども。

「次はそちらの手だ」

左の指を噛み切り終えて、反対の手に移ろうとした頃には、ダンテは目に涙すら溜めて ぷるぷると震えている始末だった。

もう嫌だ。やめてくれ。

切々と訴えて来る目に笑みを浮かべ、バージルはべそをかくダンテのこめかみに軽く口付けて やった。ふわ、と表情の和らぐダンテだったが、

「まだ右手があるだろう」

辛抱しろ。バージルの言い放った言葉に絶句し、みるみる絶望に染まるダンテはこの上なく “悦い”表情をして。

「バージルの鬼ッ……!」

それがどうした、と平然と返し。ダンテの指先に口付ける。

「好きだろう?」

嘯いてやれば、ダンテはまた顔を赤くした。

「アンタが無理矢理やってるんだろうが……!」

「ふん……? そんなことを言うなら、仕置をしてやらねばならんな」

完全なる墓穴――――唖然とするダンテをくすりと笑ってやり、バージルは一つ、爪を 噛み切った。

これから毎回、こうして爪を喰ってやっても良いな。

そんな、ダンテにとっては迷惑極まりないことを思いながら。



















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何となくリハビリから脱出してる気がしないでもないです。
兄がまだ鬼畜になりきれてない…?反動は予想外に大きいかも。
兄に怯えてぷるぷるしてる涙目ダンテが好きです。
恰好良いダンテももちろん好きです。でもやはり、虐めたい。