凛輝リントカガヤキ









後ろに撫で付けた髪がぱらりと額に落ちる。彼は眉をしかめ、額にかかる一房の髪を睨み付けた。 いつもはカーテンのように額を覆い、目にかかる程伸びた前髪なのだけれど、気になったこと など一度もない。それが今日は、ひどく鬱陶しいものに成り下がっていた。
隣を見やれば、自分以上にしかめっ面をした男が直立不動で立っている。微動だにしないその すらりとした体躯は、ある種彫像のようだ。疲れ、へばっている自分とは正反対である。もっとも、 見目だけはそれこそ鏡写しだが。

彼の名は、社会の裏側に生きるものならば誰もが知っている程に、良くも悪くも売れている。 便利屋という稼業に就いたのはまだ幾年も前のことではないが、その腕っぷしは誰もが認めねば ならぬところであり、それ故に彼を指名する依頼者は増える一方だ。
そして彼の隣に並ぶ男は、彼の双子の兄である。一年程前から彼とともに便利屋稼業を営み、 言葉こそ悪いが荒稼ぎを繰り返している。弟である彼よりも更に腕が立ち、単独での依頼は もちろんのこと、双子を揃って雇いたがる依頼者は後を絶たない。

今も、彼らはある依頼者の護衛を務めるべく、こうして並んで立ち尽くしているのだった。



数日前のこと。最悪のタイミングでの電話を鳴らした男は、双子に自らの護衛を依頼した。諾と したのは双子の兄で、彼に到ってはその電話があったことすら覚えてはいなかった。
依頼者は財界の要人で、しかし堅苦しさの欠片もない男だった。いたく双子を気に入ったらしく、 護衛の合間に何やかやとちょっかいを出されたものだ。

蛇足だが、特に彼が気に入られていた、とは兄の多少偏りの見られる見解である。

その男から、昨夜、またしても依頼の電話が入った。
内容は以前と同じく自らの護衛。報酬は倍。必要なものはこちらで揃える、と電話口で笑う男を 不審に思ったが、彼は逡巡も短く仕事を請けた。深く考えていられなかったのだ。
その時彼は、双子の兄に犯されているまさに最中だったのだから。

何か、前にも似たことがあった気がしたが、気の所為だと自身に言い聞かせて。



そうして二度目の依頼を請けて、今に到るわけだけれども……彼は既にとっぷりと後悔に暮れて いた。
生まれてこのかた一度も着たことのない黒のスーツは動きにくいことこの上なく、細身の タイに首を絞められて息が苦しい。しかも髪は、整髪料でがちがち――――彼からすれば そんな擬音がぴったりなのだ――――に固められている。 この恰好で立っていろと言うのだから、つらいという問題ではない。これは一種の拷問だ。

(良いよな、アンタは)

恨みがましく、小声で兄をなじる。何がだ、とやはり兄も小声で返した。いや、兄は元が あまり声を張る人間ではないので、彼程意識して声音を落とす必要はない。

(この恰好だよ。アンタはいつもと変わんねぇもんな)

撫で付けた髪。襟首までぴっちりと詰めたシャツ。気味の悪い程サイズのぴったりな、黒塗りの スーツ。もちろん兄が毎日この恰好でいるわけはないが、彼の普段着と比べればギャップは ほとんどないものと同じだ。
兄が、呆れたように肩を竦めた。

「そういう問題ではなかろう」

確かに、そうだ。



今回の護衛で、何故二人がこんな恰好をする必要に迫られたのか。それはここが、財界及び政界の 要人達が集められたパーティーの場だからだ。

『何もないとは思うけど、もしもの時の為にね』

と言って、男は彼らを再び雇ったのだが。

『きっと似合う』

そう、にっこりと微笑んで渡された一式の衣装に、彼らは全く同じ渋面を浮かべた。

結局断ることも出来ず、スーツに着替えさせられ髪を整えられた。メイドに手伝わせようと 言う男の言葉には丁重に辞退した兄が、着せ替え人形かのように彼をスーツ姿に仕上げたのだ。
着替えの終わった後、彼が涙目だったのは何故なのか、あえて語ることはすまい。

全く同じ――――タイの色だけが違う――――姿に仕上がった自分たちを眺める、依頼主の 心底満足げな眼差しを、彼はきっと忘れることが出来ないだろう。



「ふふ、もう疲れてしまったのかな?」

猫を愛でるように目を細め、依頼主がダンテの一房だけ落ちた前髪をすくい上げて指に巻き 付けた。揃って背の高いの双子に勝る長身の男にそうされていると、彼が護衛と言うよりは ちょっとした男娼のように見える。
兄のこめかみにぴしりと筋が浮かんだことに、彼は気付かず依頼主の手を首を左右にすることで 払った。髪に触られるのは、どうにも好きになれない。

「いつまで続くんだ、これ」

パーティーが始まって、まだ一時間だ。しかし彼は既に嫌気がさしているし、兄もまた同じ だろう。疲れたのではなく飽きたのだと、依頼主は正しく理解したようだ。

「出来るだけ早く切り上げるとしよう。もう少しだけ辛抱してくれるか?」

まるでぐずる子供をあやすような声音と瞳に、彼はむぅと唇を尖らせた。見た目こそ兄と 同じだが、そんな表情をすると途端に幼い印象になる。彼が意識してのことではないが、誰が 見てもそう思うことだろう。
依頼主が、くすくすと笑う。相変わらず、こちらを揶揄っているくせに嫌味のない笑い方だ。

人生は面白くなければ。

そう言って笑った横顔を、ふと思い出した。

「呼ばれているぞ」

苛立ちを隠しもしない兄が、棘のある声音で依頼主を促した。

「うん? まだ挨拶をしていなかった御仁がいたかな?」

とぼけて耳の後ろを掻く依頼主を、彼はちょっと笑って見送った。

「酒の一滴も飲めないパーティーなんざ糞喰らえだけどさ、あのおっさんは憎めねぇな」

政界の人間だろう男と談笑する依頼主を見やる彼の視界に、不意に兄の手が割り込んで来た。 驚く彼などお構いなしに、垂れた前髪を摘み上げられる。

「なんだよ」

横目で見やる兄のおもては、確実に怒っていると知れる。おそらく彼の髪に依頼主が触れたことが 原因だろうが、彼にはその理由までは判らない。

「なぁ、ここであんまりそうやってるとさ、勘違いされそうじゃねぇ?」

落ちた前髪を後ろに撫で付けられ、しかしまだ髪を指先で弄っている兄にぼそりと言う。 それでも自ら兄の手を払わないのは、無意識のうちに“してはならない”と自身を制御している からだ。

「勘違い?」

兄の指が額の生え際に沿って動く。髪を上げることであらわになった短い産毛をなぞられ、 彼は我知らずぞくりとした。

「っ……やめろって、誰が見てるか判んねぇだろ……」

「髪に触れているだけだ。勘違いしているのはお前ではないのか?」

鼻で笑われ、彼はかっとなって兄を睨み付けた。

「煩ぇっ……いいからもうよせって」

生え際をなぞる指が、耳朶をかすめてうなじを辿る。今度こそ、彼はびくりと肩を震わせた。 うなじの生え際にも、手入れされず放ったらかしになった産毛がふわふわと生え揃っている。 それをゆるゆると撫でられると、こんな場所だというのに上ずった声が漏れてしまいそうに なる。

「っん……バージル……ッ」

震えながら睨んでくる彼を、兄はどう見たのか。そんなものは彼には判らないが、兄の機嫌が 悪いままということは嫌でも判る。
ふと寄せられた兄の唇が、囁く。

「触れさせるな」

誰にも。低く命じる声音は王者の宣告。彼は何かが背筋にびりりと走る感覚に震え、思わず兄の スーツを掴んだ。

「良いな、」

彼は頷くしかない。しかし元より彼は、兄以外のものに髪に触れられることを忌避している。 以前、兄が行方知れずだった頃に髪に関して嫌な経験をしていることもあって、より拍車が かかったと言って良い。
手入れをしていなくとも美しさを失わない髪は、時に持ち主を危機に追い詰めることも あるのだ。

「わりぃ……、……」

吐息だけで兄の名を呼び、何か判らぬけれども謝罪の言葉を口にする。満足したのか、兄の 指がうなじを一撫でして離れていく。当たり前のように名残惜しく思っている自身に、彼は 気付かない。

「隙を見せるな」

耳に囁かれた、その時。

「ッで……!?」

うなじから離れ、滑り落ちた兄の手に尻を思いきり強く掴まれて、彼は思いがけぬことに 飛び上がりかかった。

「っ……にすんだよ!?」

場所を忘れて叫んでしまった彼を、依頼主が愉しげに観察していたとは知る由もなく。
見目の同じ人形のようなきょうだいは、酷似しているのは本当に見目だけなのだとその場の 全員に知らしめることになり。

「人生はやはり、面白くあってこそだねぇ」

くっくと笑う依頼主の人生を、双子はまたひとつ色鮮やかに彩ったのだった。



















戻。



リハビリ週間第…何弾だっけ?まぁ良いや。(早)
そろそろ脱リハビリを思案中…
頂いたネタを例のごとく嬉しがって使わせて頂いたのですが…
やはり沸き起こる不完全燃焼感をどうしたものか…;
あ、依頼主さんの名前、考えてたのに忘れました。ので、今回も名無しさん。