傲岸
ふかふかのタオルで水をよく拭う。決してがしがしと荒く掻かず、宝石を磨くように柔らかく、
そして優しく。水分を僅かに残した状態で、櫛を入れる。髪が一本でも撓んでいれば、半月型の
この櫛は綺麗に下まで落ちることはない。
櫛はいつも、何の引っ掛かりもなくすとんと銀の糸をすり抜けていく。当然と言えば当然。
毎日こうして髪を梳かしてやっているのだから。
が。
「……ッた……!」
半分眠った状態だったダンテが、突然びくりとして飛び起きた。
「何すんだよ、バージル!」
そこまで痛かったのか、ダンテは目に涙を溜めてこちらを睨み付けて来た。バージルは
バージルで、櫛を持った手をじっと睨んでいる。
「? バージル?」
「……ダンテ、貴様……」
思い余って櫛を折りそうになるが、何とか耐えた。その代わりにとでも言うべきか、ダンテの
髪をぐしゃりと鷲掴みにする。
「った、いたっ、痛いってバージル!」
ダンテの情けない声など、バージルの耳には届かない。バージルはそれ程、怒りで我を
忘れていた。
状況を全く掴めていないダンテには、バージルが怒っていることは判っても、それが何に
対しての怒りなのかは判る筈もない。
「バージルっ……!」
痛い、と訴えるばかりのダンテなど無視して、バージルは髪を引きずるようにダンテを風呂場に
強制連行した。何をするのかと、ダンテが喚く。
「黙れ」
バージルはダンテを浴室に放り込み、暴れる手足を押さえ付けて浴槽に詰め込んだ。服は
脱がさぬまま、浴槽に残った水のような湯が染みて、ダンテがひゃっと飛び上がる。
「何なんだよ、オイ、バージ……ッ!?」
頭からシャワーの水――――湯に設定はしてあるが、出始めは水だ――――を浴びせられれば、
ダンテのよく回る舌も止まるというものだ。
バージルは茫然としているのだろうダンテの髪を充分に濡らし、シャワーのホースを浴槽に
放り投げた。当然、ダンテの服はびしょ濡れになる。
「何すんだよ……バージル……」
ダンテのものとは思えぬ、ひどく怯えたような声。バージルは手にシャンプーを取り、掌で
よく泡立ててからダンテの髪にすり付けた。
「……なんで、髪……」
さっき洗ったばっかなのに。唇を尖らせているのだろうダンテに、バージルは冷ややかに
言い放った。
「お前の洗い方では、傷むばかりだ」
先刻、絡まった髪が数本あった為に櫛が引っ掛かり、勢い余ってその数本をぷちりと千切って
しまったのだ。あってはならないことに、バージルは狼狽した。どうしてこんなことになったのか
と悩み、そして、大事に大事にしている髪の洗髪をダンテに任せきりになっていることに気が
付いたのだ。
結論に至るまでの所要時間は、およそコンマ一秒足らず。
バージルの脳内で展開された一瞬の思考など、ダンテに理解出来なくて当然である。
「傷むって……普通に洗っただけだろ?」
「黙れ。目を閉じていろ」
まだ不可解そうなダンテの頭皮を、バージルは指の腹で揉むようにして洗う。シャンプーは髪の
根元に溜まる皮脂を取り除くものだ。その為髪を闇雲に掻くのではなく、両手で頭皮を揉んでやり、
皮脂を綺麗に洗い落としてやらねばならない。
自分の洗髪とは全く勝手が違うのだろう。素直に目を瞑ってぶつぶつとくさしていたダンテだが、
次第に静かになり始めた。バージルの指先に意識を集中しているのが判る。
言ってみれば、これはマッサージとそう大差はない。バージルはダンテの頭が自分の手を頼る
ように傾いていることに気付き、ふ、と笑った。ちょっと手首を捻り、ダンテの頭を少しだけ
上向かせる。気持ちが好いのだと一目で知れる、うっそりとした表情だ。
「……どうだ?」
訊くまでもないことを、あえて問う。ダンテは浴槽の縁に頭を凭せかけ、ふにゃりと笑んだ。
「気持ちイイ……」
ぴくりと、意図せずこめかみが引きつる。バージルはダンテの頭を躰ごと押しやり、浴槽に
脚を入れた。泡に濡れた縁に座り、広げた脚の間にダンテを凭れさせる。なに、と軽く戸惑った
らしいダンテも、凭れる場所が変わっただけだと気付いて躰から力を抜いた。
ダンテの下半身は、既にシャワーの湯で濡れそぼっている。しかしダンテは最早、そのことは
気にならないのだろう。言葉通り心地好さそうに、バージルの指をただ感じている。
「……ん……」
時折漏れる吐息が、広くはない浴室に響く。密やかなシャワーの音に混じって、それはひどく
いやらしいものに聞こえた。
白い泡にまみれる銀糸を一房、すくい取って指に絡める。軽く引けば、張り詰めた弦のように
ぴんと張った。
心地好い感触だ。何故もっと早く、こうしてやらなかったのだろう。
「ダンテ、……」
シャワーを取らせようと呼ばわったバージルは、ふと言葉を消した。
ぷちぷちとシャボン玉のように弾け、泡が少しずつ消えて行く。しっとりと濡れた髪に指を
絡ませ、形の良い頭に触れる。確かにダンテは気持ち好いに違いなく、睡魔に襲われているの
だろう。が、バージルもまた、ある衝動に襲われていた。
「……ダンテ、心地好いか? ……」
ぼそりと、ダンテの耳に唇を寄せて囁く。ダンテの長い睫毛が、微かに震えた。
「……、ん……」
吐息のような、肯定の声。バージルはにぃと口端を吊り上げた。
「ならばいっそ、この頭を砕いてやろうか……?」
胡桃のように、ばらばらに。
皮膚をなぞっていた指先に、力をこめる。バージルが本当にその気になれば、ひとの頭蓋を
指先で割ることなど造作もない。
軋むような痛みに襲われているのだろう、ダンテが苦しげな息をもらした。
「ん、ぅ……っ」
バージルの耳には、その吐息すら情事の喘ぎに聞こえ。いっそう、力をこめてやる。
びく、とダンテのだらりと伸びた指が跳ねた。
「っう、ぁ……!?」
驚き顔でバージルの手を振り払い、ダンテがこちらを見上げてくる。その瞳には明らかな
戸惑いと僅かな怯えがあり、バージルの衝動を更に煽る。
「バージル……?」
「そんな顔をするな。本当に割るぞ?」
ぐ、と力を込めてやれば、ダンテが大袈裟な程に痛いと叫んだ。
「いっ、いでぇってバージル! やめろよ……っ」
ダンテの声に、笑いが混じる。バージルもまた、本気で力を込めているわけではなく、悪戯を
するようにダンテの頭を少し強く揉んでいるのだ。
先刻のあれは、決して冗談などではなかったのだれけども。
「泡を流すぞ」
「ん、」
ダンテがシャワーを取り、バージルの差し出した手に渡す。
「目を瞑れ」
子供の頭を洗ってやっているのではないのだが、バージルは何の疑問も持たずダンテに促した。
ダンテはダンテで素直に頷くのだから、お互い様ではある。もちろん、どちらも意識しての
ことではないが。
泡などほとんど消えてしまっているが、バージルは生え際の端まで丁寧に洗い流していく。
泡が少しでも残れば皮膚に悪い。爪を立てないよう指の腹で耳の後ろを掻きながら、
湯をあてる。
もそりとダンテがバージルの大腿に腕を絡めた。
「バージル、そこ……」
「ここが良いのか?」
くすりと笑い、犬か猫にでもするように耳の後ろを掻いてやる。
「んん……」
鼻にかかった吐息はいかにも心地好さげで、官能的だ。
猫だな。バージルはくつくつと喉の奥で笑い、ダンテの耳朶をちょっと舐めた。
「ん……何……?」
耳の内側を噛むように歯を立ててやると、ぴくりと肩を震わせる。訝りながらも、拒むことは
ない。むしろ楽しげに首を竦めるダンテに、バージルは笑う。
「毛繕い、だな」
ぽつりとした呟きはシャワーの音に紛れ、ダンテの耳には届かなかったらしい。前髪を掻き上げ、
あらわになった額に口付けながら、バージルはゆるくダンテの後ろ髪を梳いた。
たとえば自分が、ダンテの頭を本当に割ろうとしていたと知ったなら、これはどうするの
だろう。
シャワーの湯を含み、暖かく指に絡んではほどける白に近い銀の糸を。
すくい取り優しく口付けて。
血と脳漿にまみれた自らの手を、
胡桃のように割り砕いたそこから覗く、きっと醜いのだろう肉の赤を、
(見て、それから)
舐めてやりたい。
三度うたた寝を始めた可愛い猫の、すべらかな頬を辿る指は、
紅い。
濡れきった服を破くように脱がし、バージルはよく馴らしもせずにダンテを蹂躙した。
それは紅への衝動を抑える為――――ではなくて。
愛らしい猫を愛でる為に。
最高の櫛で梳かしたさらさらの髪に、唇を寄せる。
それは最大級の贅沢。
リハビリ週間第7弾。激しい挫折感とともに…(←副題)
頂いたネタで嬉しがって書いたのに。
そんなわけで、リベンジします。近いうちに。(たぶん…)
しかしこれはリハビリになってるのか…?