冷苺
たまには自分で作れと言われ、ダンテは財布だけをポケットにねじ込んで家を放り出された。
そんなことをするのはバージル以外にはおらず、ダンテはぴしゃりと締め切られたドアを振り
返って茫然と立ち尽くした。
「どうしろってんだよ……」
途方に暮れた呟きを、聞くものはない。
発端は、おそらくダンテの一言だった。
「なぁ、バージル、苺サンド喰いてぇ」
苺と生クリームを挟んだサンドイッチがあることを、ダンテはつい最近になって知った。
想像すればあまり旨そうには思えないのだが、甘い物に目のないダンテは、どうにも気になって
仕方がなかったのだ。
しかし甘い物を好まない――――嫌いではないらしい――――バージルは、ダンテの口にした
言葉の響きだけで嫌悪を覚えたようだ。
「……何だ、それは」
興味がなければ当然のように存在すら知らぬものらしく、眉を思いきりしかめたバージルに
ダンテは内心拙いと思った。しかし出てしまった言葉は、もう取り消すということが出来ない。
「苺サンドって、その、苺と生クリームのサンドイッチだよ」
駄目なら良いよ、と。そう続けようとしたダンテを、バージルが遮った。
「喰いたいのか、」
「う……うん……」
でも、とは、やはり言わせて貰えず。
「ならば、たまには自分で作れ」
冷ややかに言われ、冒頭に返るわけである。
俺が悪いのか?
ダンテはがくりとうなだれて自問した。
確かにバージルが嫌いそうだと判っていながら、試しに言ってみたのは悪かったかもしれない。
けれどダンテは、無理ならそれで構わないと言おうとしたのだ。それなのに、バージルはダンテに
喋る暇も与えてはくれなかった。
(俺は悪くねぇだろ。なぁ……)
誰とはなしに、訴える。
バージルはいつもそうだ。あるスイッチが入ってしまうと、人の話をまるで聞こうとしない。
あまつさえ自分の中だけで完結させて、その結論を人に押しつけるのだ。あたかもこちらが総て
悪いかのように。
暴君。
ダンテは唇だけで罵った。
彼らは双子だけれど、性格や趣向はあまりに違う。容姿は似ているかもしれないが、それ以外は
まるきり対立してしまっているのだ。だから、喧嘩が絶えない。
もっとも、喧嘩が収まった後のバージルは、何故だかひどく優しくダンテを抱く。それが、
少しだけ好きではある。
そう、ほんの少しだけ。
「…………」
はぁ、と肩を落として、ダンテはふらふら大通りへと足を向けた。バージルが気紛れで買って
くれたコートの裾が、冷たい風を孕んではたはたと揺れている。暖かい筈のコートに包まれて
いるというのに、何故だがとても寒くて、ダンテはずずっと鼻を啜った。
バージルがいつも使っている小さなスーバーマーケットに立ち寄り、かごを片手に慣れぬ店内を
うろうろする。こうして一人で店を回るのは初めてで、どうしてか落ち着かない。
まるで全く知らぬ場所に、ひとり放り込まれたような。
何がどこにあるのかも判らず、店員に訊くこともせず彷徨った結果、ダンテは買い物を
放棄した。
どうにでもなれ。
そんな気持ちでかごを元あった場所に戻し、店を出た。手ぶらで帰ればバージルがどんなにか
怒るか知れない。けれどもう、どうなったって良い。
ダンテは完全に拗ねて、唇を尖らせて家路に就いた。
(バージルの馬鹿)
外はやはり、刺すように寒い。
迷子のように彷徨い歩く、銀髪碧眼のまだ顔立ちに幼さを残した男を、誰もが目に留めては
振り返る。
何か不貞腐れたような男は、そんな表情をしていても充分に美男と言えるのだが、人の目には
どこか親に叱られた少年のように映った。
玄関扉は、何故か自分を拒んでいるようにダンテには見えた。
エンツォに“出来るだけ物騒な場所で”と条件を付けて探させたここを、ダンテはいたく気に
入っている。名前を付けてやる前に一度全壊するという、かなり悲惨な目には遭っているが、
建て直してからはまたダンテの城となった筈だった。
その城が、今は主を阻んでいる。
おかしな話だ。ダンテが自分の金で建てたというのに、どうして拒まれねばならないのか。
理由は当然、中にいるだろう双子の兄だ。
兄が戻ってから、彼らは二人で便利屋の稼業を再開させた。バージルはもちろん腕が立つし、
何よりも仕事を完璧にこなす。評判が評判を呼んで今では稼ぎは二倍以上になった。
この家を実質仕切っているのは、バージルだ。
確かに建て直す資金はダンテが奇跡的に残してあった金が活躍したが、それ以降はほぼバージルが
総ての遣り繰りをしている。ともすれば散財しがちなダンテを、たしなめ押しとどめるのも
バージルだ。
バージルがいなければ、ダンテはその日の食費にすら事欠くことは、珍しくもないのだ。
ダンテはぐっと唇を噛み、慣れ親しんだドアを開けた。
バージルは二階にいる。そう思い込んでいたのだが、意外にもバージルはリビングにいるらしい。
無人の時は開け放されているドアが、ぴたりと閉まっている。
(珍しいな……)
溜息など吐きながら口の中で呟き、ダンテはこのまま二階の自室に引きこもろうか、少し迷う。
自分が帰って来ていることに、バージルは気付いているだろう。出迎えなどされても困るが、
黙って部屋に引き上げてしまうのは後が怖い。
どうとでもなれと思っていたのは、つい先刻のことだけれども。
腹を括って、ドアノブに手を掛ける。ただ部屋に入るだけでこんなにも緊張することなど、
バージルがいなければまず有り得ない。
「……ただいま……」
こっそり、ひっそりと帰宅したことを告げる。そのダンテの鼻孔を、不思議な匂いがかすめた。
いや、その匂いそのものは不思議でも何でもないのだけれど、今ここで嗅げる匂いでは
ない筈……。
「??」
ダンテは目を瞬かせ、カップを手にキッチンから出て来るバージルを凝視した。
気難しい双子の兄は、ダンテを顎で招き寄せる。
「来い」
「へ、あ……うん……」
ほてほてとバージルのそばに寄り、促されるままソファーに腰を下ろす。こと、とバージルが
カップをテーブルに置いた。
惚けるダンテの目の前には、バージルに自分で作れと言い放たれた件の苺のサンドイッチ。
それも見た目で判る程、生クリームがたっぷり挟み込まれている。
蛇足だが、バージルの運んで来たカップには、ダンテが近頃気に入って飲んでいる、甘い
ココアだ。しかも真っ白なマシュマロが三つばかり浮かんでいる。
いつ、苺や生クリームなど用意していたのだろう。作れるのにどうして、財布だけ持たせて
放り出したりしたのだろう。
疑問はあるし、怒りも小さくない。けれどダンテは、それ以上に嬉しくて。
「寒かっただろう」
おかえり。と、その言葉が、どうしようもなく暖かい。
優しい声と髪に触れてくる指が、いっそうダンテを仕合わせにする。
「バージル……」
不覚にも泣きそうになって、ダンテは苺サンドイッチに手を伸ばした。ばくりと一口囓った
それの、絶妙な甘みと酸味が口いっぱいに広がって溶ける。
「旨いか?」
自分には判らないが、と含んだ言葉に、ダンテは大きく頷いた。
「すっげぇ旨いよ!」
咀嚼しながら、ありがとう、と。その一言は、ひどく小さなものだったけれど。
「ゆっくり喰え」
そう言ってくれるバージルの声は、やはりどこまでも優しくて。
放り出されたことなど、きれいに忘れてしまえるから。
甘い、真っ白なクリームに包まった苺を頬張り、
仕合わせと一緒に、味わいましょう。
リハビリ週間第6弾。またもや衝動。そしてコケる。
苺サンド…私は食べたことないです…きっと無理なので。
兄が何故ダンテを突き放しといて、結局苺サンド作ってくれてたのか…
一切は謎に包まれております。(えぇぇ)