白絵シロエ









甘えたい。

衝動的に、そう思った。



ダンテは稀に見る寝起きの良さで毛布を蹴り上げ、転げ落ちるようにしてベッドを這い出した。 床に放ったらかしにした布の作る山から、ごそりと適当な服を抜き出し袖を通す。何故か紛れて いたらしいバージルの開襟シャツを引き当てたようで、微かにバージルの匂いが鼻をかすめた。
まるでバージルに抱き締められているような。そんな錯覚に陥ってしまって、ダンテは我知らず 微笑んだ。





リビングに下りると、バージルがいつものようにキッチンでコーヒーを淹れている。あの マグカップは確かめるまでもなくダンテのものだ。

「早いな」

低い声にそう言われ、ダンテは壁掛けの時計をひょいと見た。十時と少し。ダンテにしては 確かに早い起床時間だ。それでもバージルは、ダンテが起きた気配を察してコーヒーの準備を してくれる。そしてダンテがコーヒーを味わっている間に、飯の用意をしてくれるのだ。

「なんか目が覚めちまってさ」

嬉しそうに笑いながら、ソファーに座っていろと言うバージルのそばに寄る。

「なぁ、バージル」

「何だ」

相変わらず素っ気ない。しかしダンテにはそんなことはどうでも良かった。
コーヒーを淹れ終えたバージルが、何をか察したように肩を竦めた。少し躰を捻るようにして こちらを見やり、おもむろにダンテの頭を鷲掴みにした。

「!?」

驚くダンテなどまるで無視で、ぐいと思いきり引き寄せられる。何をするのかと目を白黒 させるが、答えはすぐに判った。
間近に迫る、兄の端正な顔。薄く笑む唇から覗く白い歯が、ダンテの下唇を甘く噛んだ。

「っ……ぁ……」

びり、と背筋に痺れが走る。決して不快ではなく、ダンテはたったそれだけのことでひどく 感じてしまっている自身に、しかし気付いてはいない。
バージルが反対の腕でダンテの腰を抱き寄せ、躰を密着させた。ダンテが既に躰を熱くさせ 始めていることに、ダンテより先にバージルが気付く。バージルはダンテの唇を食みながら、 腰に回した手でついと尻に触れた。びくり、とダンテは肩を震わせてバージルのシャツを 握り締めた。

「……ば、じる……っ」

性器を弄られているわけではないというのに、声が情けなくわななく。しかしバージルのキスは 巧みで、尻をきつく掴む手を意識して、ダンテは次第に息を乱していった。
いつも、バージルには翻弄されるばかりだ。他の誰と寝ても、こんなふうにはならない。それは ダンテが、バージルにだけは自分というものを晒せると、無意識に思っているからかも しれない。
唯一甘えられるバージルだからこそ、触れて、キスをさせるだけでこんなにも気持ちが好いの だろう。

ダンテは基本的に、根が甘えただ。しかし誰にでも甘えるということは絶対にしない。 その辺り、ダンテは猫と似ている。甘える対象を、意識せずに選んでいるのだ。そして、 甘えられると判断したものにはとことん甘える。

バージルが、ダンテの頭を掴んでいた手を後頭部にあてた。髪に差し込まれる指と掌の感触に、 ダンテはまたぞくりとする。髪に触れられるのは、実を言えばあまり好きではない。しかし触れる 手がバージルのものというだけで、不快感などきれいに消えてしまう。
バージルの指は、いつもひやりとして心地好い。

「ん……んん……」

うっとりとしてキスに溺れる自身を、バージルはどう思っているのだろう。快楽主義、と人には 言われるが、バージルはどうか。酷い時には淫乱と罵られるけれど、ダンテはそれでも構わないと 思う。
バージルのキスと愛撫に馴れたこの躰は、普通の刺激では退屈すぎて満足出来ない。それは ダンテも自覚しているし、バージルに詰られても仕様がないと思う。それに、淫乱と罵りながら、 バージルもまた、ダンテの躰をそうさせたのは自分だという自覚があると、知っているから。
だから、ダンテはバージル以外の男とはセックスをしない。

――――今は、そう。

「ふ、ぅ……バージル……」

少し唇の離れた合間に陶然と兄を呼ばわれば、バージルが笑うのが何となく判った。と、

「っ!!」

ダンテは息を詰めた。実際、一瞬息が止まったのだ。もちろんバージルが原因なのだが、何を されたかと言えば、突然肩に担ぎ上げられたのである。完全に不意をつかれ、今し方までの快感も すっかり飛んでしまった。
バージルに肩に担がれるのは、何故かそう珍しくない。そういえば前にも、こうしてキッチンから 担がれて運ばれたっけ。そんなことを思い出し、ふっと遠い目になるダンテの耳に、こと、と 何かの音が届く。次いで、どしゃ、とソファーに落とされた。
本当に、バージルの肩から落とされたのだ。

「ぅぶっ!」

判っていても、変な声が出てしまう。肩から直接ソファーに落とされるとは思わなかった。 柔らかいスプリングのお蔭で痛みこそないが、衝撃はそこそこ強い。

「ぅ、……」

背中と腰の痛みに、バージルを恨みがましく睨み付ける。判っていることだが、バージルは全く 悪びれるふうもない。ダンテのソファーからはみ出した長い脚をぐいと折り曲げさせ、 自分もソファーに座った。

「…………」

この、体勢は。
既視感、というのだろうか。ダンテはぼんやりとバージルを見上げ、目を瞬かせた。バージルは 美貌と言えるおもてに笑みを乗せ、ゆっくりダンテの上にのしかかってくる。緩慢な動作に 焦れて、ダンテはバージルの首に腕を回して引き寄せた。

「バージル、なぁ、早く……」

誘えば、バージルは笑みを深くして。

「急かすな」

セックスの時、バージルはまるで捕食者のような瞳になる。事実ダンテは食われるものであり、 バージルを捕食者という表現は間違いではない。ダンテはそんな、獰猛と言えるバージルの眼が ひどく卑猥だと思うし、何より好きだ。
バージルの視線はダンテを捕らえ、甘い刺激を与えるとともに動けなくしてしまう。

「ん……」

首筋に犬歯の立てられる感触がして、ダンテは目を閉じた。バージルの犬歯は、時に鋭く ダンテの柔らかい皮膚を突き破る。じくりとした痛みすら、ダンテにとっては快楽となる。

「なぁ、バージル」

「何だ」

やめろというのは聞かぬ。そんなことを言われ、ダンテは笑ってしまった。

「はは、言わねぇよ、そんなこと」

耳の裏に舌を這わせながら、ならば何だ、とバージルが問うてくる。

「判らねぇ?」

バージルが、尖った犬歯で耳朶を噛んだ。ちくりとした痛みに、少しだけ目を眇める。

「判らぬから訊いている」

嘘だ、とダンテは直感した。バージルが自分のことを“判らない”筈などない。ならば どうしてかと、ダンテは訊き返しはしなかった。言わせたいのだろうと、判るから。

意地悪ぃよ。

ダンテはしかし、内心で悪態を吐きながら笑みを浮かべた。

「なぁ、バージル……」

首筋に顔を埋めるバージルに頬をすり寄せ、そっと囁く。

「……もっと、……」

バージルが、くつりと笑った。



















戻。



リハビリ週間第5弾。ダンテの衝動は私の衝動。
だらだらと甘い双子を書きたくて…
気付くと暗くなってる傾向にあるので、意識してないと甘くならない…