残科
銀髪碧眼の美丈夫が二人、テーブル席に座り顔を突き合わせていれば、居合わせた人々の注目を
浴びることは必至である。
こそこそと、しかし会話の内容が把握出来る程度の話し声があちらこちらから聞こえて来る。
どれも、この降り注ぐ好奇の視線を裏切らない内容だ。
それらの視線と言葉を浴びている美丈夫の片割れ――――ダンテは、フォーク片手に溜息を
吐いた。
(女ってどうしてこう……)
こちらが聞こえていないとでも思っているのだろうか。あえて聞かせているとしか思えぬ程、
周囲の女性らの声は大きい。
ダンテはさほど他人のことを気にするたちではないが、さすがに辟易してしまう。自分一人で
外で食事をしていても、こんなに居心地の悪くなることはまずないというのに。
そう、ダンテ一人ならば、彼女らはちょっとした反応を示す程度で、ここまできゃあきゃあと
騒ぐことなどしないのだ。ならば、何故こんな状況に陥っているのか。
原因は、ダンテと対面する形に座り黙々とパスタを食べている男だ。
「なぁ、」
ダンテが呼ばわると、双子の兄がちらと視線を上げた。何だ、と唇が微かに動く。
「アンタ何でそんな平気でいられるんだ?」
兄バージルが、自分以上に他人の目を気にしないたちであることは知っている。気にしない
どころか、己以外のものを完全に切り離しているのだということも、知ってはいる。しかし、
この状況ですら平然としていられるわけが、ダンテは理解出来ないのだ。
バージルはちょっとフォークを置き、眉を寄せた。
「……何がだ」
ダンテの訊く意味が、そもそもバージルには伝わっていないらしい。本気で訝しがられ、
ダンテは思わず脱力した。
「……何でもねぇよ……」
何でもないことはないと、誰にでも明らかに判るダンテの反応にも、バージルは全くの
無関心だ。
「そうか」
いつもと変わらぬ鉄面皮で、またフォークを動かし始める。しかもすっかり手の止まって
しまっているダンテに、残すな、ときたものだ。誰の所為でダンテの手が止まっているのか、
バージルが気付く筈もない。
ダンテは肩を竦め、仕方なしにフォークにパスタを巻き付けた。ハムと茸を突き刺し、
まとめて一気に口に運ぶ。ここのパスタは初めて食べるが、なかなかダンテ好みの味付けだ。
……バージルには、この味はどうなのだろう。
(…………)
ひたすら無言で食べるバージルを、じっと観察する。
フォークを器用に操る指。きれいに一口大にまとめたパスタを含む、形の良い唇。
あの指がいつも自分のを髪を梳き、あの唇がキスをしてくれるのだ。そして、その指が施す
甘やかな愛撫に、ダンテの思考や理性はひとたまりもなくなってしまう。
一卵性双生児なのだから、躰の造形はほぼ同じであるということは判ってはいるが、やはり
自分たちはまるで似ても似つかないと思うのだ。しかし双子だからこそ、バージルにはダンテの
総てが――――それこそ思考に至るまで――――把握されているのだとも思う。
双子の兄でなければ。
この指、この唇でなければ。
(……あぁ、……)
ふと、あまりに凝視しすぎたか、バージルが視線を上げてダンテを睨みつけた。いや、
バージルには睨んだつもりはないのかもしれない。ただ視線を向けただけ。しかしその瞳は、
ひたすらに鋭い。
睨み合うこと、数秒。
バージルが口を開いた。
「……早く喰え」
と。それだけを言って、すぐに視線を外してしまう。ダンテは「判ったよ」と口の中でぼそりと、
出来るだけ不服そうな色を込めて呟やいた。
「黙って喰え」
予想通りのバージルの答え。ダンテを先んじて食べ終えたバージルの、ついと上げた視線は
しかしダンテを捉えることはなく、窓の外へと投げられてしまう。
遅いとでも言いたげに寄せられた眉の皺の数が、少しだけいつもより多いことに、ダンテは
気付かなかった。
味はともかく、あまり居心地の好いとは言えなかった食事を終えた後も、ダンテは始終落ち
着かなかった。
バージルが、あれきり全く目を合わせてくれないのだ。
何故かなど、ダンテが知るわけはない。
バージルにはダンテの総てが判っている。しかしダンテには、バージルの考えることなど
これっぽっちも判らない。判ろうなどと思ったこともないけれど。理解出来るなど思っても
いないけれども。時折、どうしようもなく、つらい。
視線も、言葉すら交わすことなく食料品の調達を済ませ、帰路に就く。ダンテはちらちらと
何度もバージルを見やったが、バージルの目がダンテを映すことはついになかった。
バージルは、怒っているのだろうか。
(でも、何に)
食べるのが遅かったことか? それとも、
(ブーツ、買ってって言ったのが拙かったかな)
しかしダンテは本気でねだったわけではないし、バージルもそれは判っていた筈だ。自分で
買え、と肩を竦めたバージルの声は、怒ってなどいなかった。そのくらいは、判る。
では、何がバージルをこうも怒らせているのだろう。
もしかすれば自分以外のことかもしれない。その可能性を、ダンテは考えたそばから否定する。
――――否定、したい。
バージルは感情の起伏が極端に乏しい。しかしそれは、ダンテ以外の何かに対してのことだ。
ダンテはことあるごとに兄に叱られるし、逆に思いきり甘えさせてもくれる。バージルの中心に
いるのは自分なのだと、ダンテは思っているし、思いたい。
バージルの怒りは恐ろしいの一言だが、しかしその怒りすら、ダンテは独り占めしていたい
のだ。
自分は生まれた時から、いや、生まれる前からバージルのもの。けれどバージルは自分の
ものではないと、それだけはちゃんと判っているから。
せめて、ひとつくらい、自分のものにしていたい。
バージルにはそのつもりなど、ないということも知っているけれど。
そう思っていなければ、心が折れてしまいそうだから。
いつか捨てられることを、ダンテは悟っていながら目を逸らす。
捨てられるのは一度きり。そう思い込んで、自分を騙していたいから。
ほんの小さな仕合わせすら望んではいけないのかと、何かに向かって大声で叫びたくなる。
事務所兼自宅の玄関口で、ダンテは足を止めて俯いた。こんな思考に嵌まっている時は、
逆に顎を上げ、胸を反らした方が良い。俯くといっそう嫌なことばかりを考えてしまうのだと、
ダンテはよく知っている。
(……でも、なぁ……バージル)
心の中で、兄を呼ぶ。
アンタのことになると、俺は本当にだめだ。
(……死んじまう……)
心臓を貫かれても死なぬ躰だけれど、バージルを想うとそれだけで死んでしまいそうな程に
心が軋む。
堪らなくなってぎゅっと目を瞑った。その時、
「ダンテ、」
不意に兄がダンテを呼ばわった。ダンテが驚いて顔を上げると、またしても兄は思いがけぬ
ことをした。
「……ッ……!?」
ダンテの唇を、吸ったのだ。
あまりに突然のことに、ダンテは目を白黒させてバージルを凝視した。キスの合間も閉じられる
ことのない蒼く鋭い瞳が、ダンテを射抜く。背筋を電流がびりりと流れるような、強烈な眼だ。
「っん、ふ、くぅ……ん……」
ぬるりと差し込まれた舌が、驚きに縮こまるダンテの舌を易々と搦め取り、きつく吸う。口外に
引き出されて甘噛みされて、ダンテは堪らずバージルの肩に縋りついた。既に膝は、がくがくと
震えてしまって立っていることもつらい。
ぺろりとだらしなく垂れた舌を、バージルが丁寧に舐めてくれる。敏感な舌をそうされると、
触れられてもいないのに下肢に熱が集まってくる。
「ふぅ……ん……ぁ、あぁっ」
高い声が、意図せず漏れた。バージルがダンテの脚の間に腿を割り込ませたのだ。ダンテが
下肢を昂ぶらせていることに、既に気付いていたのだろう。軽く腿で揺すられて、ダンテは甘い
吐息を漏らした。
「……ぁ、あっ……」
くすりと、バージルが笑うのが耳許に聞こえた。
「んっ……ば、じ……ッ!?」
突然首筋に痛みが走り、ダンテは目を見開いた。バージルが頸動脈の辺りに思い切り噛み付いた
のだと、ぢゅ、とそこを吸われて間もなく気付く。
「っあ゛……」
ぶる、と躰を震わせたダンテの耳に、バージルが低く囁く。
「……俺を見ていろ、ダンテ」
「……、え……?」
もとより、今ダンテの眼はバージルしか映してはいない。どういうことかと惑うダンテの耳を、
バージルが食んだ。
「別のことに気を取られるな」
などと。やはり判らぬことを言う。
「バージル、それって……?」
ダンテの肩口から顔を離したバージルは、ひどく不愉快そうで。
「もう黙れ」
言って、唇を塞ぐ。何が何やら、ダンテには判らない。一つ判ることは、バージルが、やはり
自分のことで腹を立てているのだということだけ。しかしそれだけでも、ダンテは震える程に
嬉しかった。
バージルはまだ、自分のことで感情を動かしてくれる。感情の欠片を、自分に与えてくれる。
(……あと、どれくらいだろう……)
残された猶予を数えながら、ダンテはバージルの首に腕を回した。今この時、バージルが
与えてくれる快楽を、余すところなく己のものにする為に。
「ん……ぁ、あぁっ……バ……ジルぅ……ッ」
立ったまま施される愛撫に、ダンテは意識の総てを集中した。
どうか飽きられることのないように。
必死になって、遠ざかる影に縋りつく。
捨てないで。
捨てないで。
子供のように泣きながら。
叫ぶ声を聞くものはないのだと、とうに知っているのだけれど。
リハビリ週間第3弾。何故か切なく終わったバジダン。
おかしいな…甘々目指した筈なのに…
うちのダンテの思考は結構後ろ向き。バージルに関してのみですが。