化学
その日のダンテの第一声は、何とも間の抜けたものだった。
「……なんだぁ、おまえら……?」
おまえら、と言われたその何かが、ぴょこりとベッドの上で飛び跳ねた。
「主よ、我らを連れて行くのだ」
「我らを連れて行くのだ、主よ」
既に父の形見の剣を背に携えているダンテに、朱と碧の一対の剣が喚き始めた。これが始まると
なかなか収まらないことを知っているダンテは、辟易して顔をしかめた。
「煩ぇな……今日は駄目だ。また次に連れてってやるから」
そう宥めたところで無駄だということも、経験上判っているのだけれども。
「主よ、我らはもはやその手には乗らぬぞ」
「然り。毎度同じ手で撒こうとは、実に笑止ぞ、主よ」
「然り。今日こそは我らの番ぞ」
「然り。今日こそは逃がさぬぞ、主よ」
逃がさぬ、と言っても剣である彼らに脚などない。壁に据えられたラックから自力でおりる
ことすら出来ないのだ。ダンテもそれは判っているが、彼らのまくしたてるような言葉を
無視すると、後が面倒なのだということも知っている。
「判ったから黙れ。そうやって喚くから連れて行ってやらねぇんだよ」
自分よりもお喋りなものは嫌いだと言ってあるにも拘らず、彼らは毎度喚き散らすのだ。
学習能力が欠如しているとしか思えない。もしくは嫌がらせか。後者の可能性が強いと
感じながら、ダンテは深い溜息を吐く。
双剣はまだ、口を閉じようとしない。
「主よ、どうあっても我らを連れてゆかぬと言うか」
「捨て置いて、我らが錆び付いても良いのか、主よ」
「煩ぇって言ってんだよ。じゃあな」
見切りを付けて踵を返したダンテの背に、双剣の呪詛めいた声が投げ付けられるが、ダンテは
ひとつ首を振って丸々無視した。このやりとりは、ダンテが仕事に赴く度になされるのだ。
双剣の喚きを真正面から聞いていると、本気で頭が痛くなる。いくら黙れと言っても聞かない
のだから、ダンテが彼らを連れて行こうという気にならなくなるのは当然と言えば当然だ。
黙れと言って、本当に口を噤んでいたのは件のテメンニグルの中でのみ。総てが終わって
落ち着いた頃には、彼らのお喋りは既に再開していた。
「――――またか」
外に出ると、既に準備を終えていたバージルが、携えた刀を杖のようにアスファルトに立てて
待っていた。またか、とは、あの双子の剣にまた絡まれていたのかという意味だ。
「何であんなに喚くんだか……」
ぐったりとしてバージルのそばに寄ると、バージルが髪に触れてきた。くしゃくしゃと掻いて
くれるバージルの手に、ダンテは自然と笑顔になる。よほど機嫌が下降していても、バージルに
触れられるとどんな嫌なことも忘れてしまう。昔からそうだ。
もしもダンテが猫だったなら、ごろごろ喉を鳴らしていただろう。今でもそれに近いものが
あるのだから。
甘えているのだと判ったのだろう。バージルが小さく笑った。
「行くぞ」
離れてしまう手を惜しいと思ってしまう自身が、ダンテはそれ程嫌いではない。
その日の仕事は、久しぶりの“当たり”だった。それも安い小物ではなく、ランクを付けるなら
中の上といったところか。倒すことは難しくないが、剣のひと振りで終わってしまう程弱いもの
ではなかった。それが、群れて無人の貸し倉庫に巣くっていたのだ。
ダンテは剣と双銃を使い分けるいつものスタイルでなぎ倒し、バージルは刀を一閃させるごとに
数匹単位で両断した。
総て排除し尽くすまでに、かかった時間はものの一時間足らず。それでも、無駄な動作に
時間をかけすぎだ、とダンテはバージルに小言を食らった。
家に帰り着いたのは、日付が変わろうという深夜零時前。風呂はシャワーを浴びるだけにして、
二人は早々と寝床に入った。夕食は、珍しくバージルが外で食べようと提案した為、ダンテは
嬉々としてその案に乗ったのだった。
久しぶりの当りの仕事で、ダンテのテンションはいつになく昂ぶっていた。バージルのベッドに
当たり前のように二人で潜り込み、そうして何をするかなど、訊くのは野暮というものだ。
ぐっすり眠ったダンテは、昼頃になってようやく覚醒を迎えた。これはいつものことで、昨晩の
就寝時間が早いか遅いかで違いが出るものではない。
「んん……」
ごそりと寝返りを打ち、起きようか二度寝をしようか、半分眠った状態で考える。ちなみに
バージルはといえば、既に起きてリビングのソファーで本を広げていることだろう。
寝よう。もう少しくらい、良いじゃないか。
冬特有の誘惑に完敗し、意識を閉じようとした、その時。
もそり。
と、何かが至近距離で蠢く気配がした。殺気はないが、ダンテは反射的に目をぱちりと開けた。
思いの他間近に、それはいた。
碧い何かが、視界いっぱいひしめいている。何かの塊のようではあるが、それが何なのか、
ダンテに判る筈がない。
ダンテは息苦しさを感じでそれを手で押し退けた。と、
「相変わらず遅い目覚めよな、主よ」
その嗄れた声は、確かに聞き覚えのあるもので。しかしこの部屋で聞こえる筈のない
声だった。
「寝惚け眼の主は、思い描いていた以上に佳いものぞ」
「然り。愛らしいとはまさに主の為にある言葉ぞ」
喚く、碧の脇から朱のものがぴょこりと顔を出す。その声もやはりよく知ったものなのだが、
これはいったいどういうことか。
「……なんだぁ、おまえら……?」
呟きは自分でも間抜けだと思う声で。
朱と碧のぬいぐるみのように見えるものが、ぴょこぴょこっと体重を感じさせずに
飛び上がった。その動きは、とりあえず可愛いのだけれども。
「主よ、我らが判らぬのか」
「我らが判らぬのか、主よ」
判る。判らないわけがない。しかし、この形のものは知らない。
ダンテの反応が鈍いことに焦れたのか、二つのぬいぐるみがまたしても飛び跳ねる。
「主よ、これは我らの苦悩の結果ぞ」
「本来の姿では、自由に動くこと叶わぬが故ぞ、主よ」
「この姿ならば主にも触れられよう」
「この姿ならば主と戯れることも出来よう」
もふもふと跳ね、その度に短い腕でぺそりぺそりと毛布を叩くそのぬいぐるみを。
「…………」
ダンテは無言で鷲掴みにし。
がっちりと抱き締め。
そのまま、眠ってしまった。
くっつき合って眠る一人と一匹を、呪詛と憤怒を込めて見下ろすものがいることに、彼らは
全く気付かない……。
リハビリ週間第2弾。アグルド。ある意味初めて物語。
アグルドがぬいぐるみになった時の、ダンテの反応やいかに、みたいな?
当初の予定とは違うものが出来上がりましたが、それもよし、と