互睡
うとうとと、バージルの膝を枕にして眠っていたダンテが、突然跳ね起きた。どうした、と
前髪を掻き上げようとすると、びくりと肩を跳ねさせて顔を上げる。その表情に名前を付けるなら、
恐怖。
「怖い夢を見たのか?」
汗の浮かぶ額を撫でてやると、ダンテは大きな瞳を潤ませてバージルにしがみついてきた。
震える小さな躰を、バージルは抱き締めてやる。
ぽん、ぽん、
背中を一定の拍子で叩いてやり、白に近い銀色の髪に口付ける。
「……ばーじる……」
こちらの名を呼ぶ声は、またぞろ睡魔が襲って来たのだと判る、眠そうなそれ。しかしダンテは
眠りたくないのか、バージルの服を掴む手に力をこめた。
バージルはダンテの背中を撫で擦り、眠って良いのだと言ってやる。が、ダンテは首を縦には
しなかった。
「……やだ……」
バージルの胸に顔を擦りつけるようにいやいやをするダンテに、バージルは内心で肩を竦めた。
呆れてしまって、ということではない。
「ダンテ、」
名を呼んで宥めようとしても、ダンテはどうしてか酷く頑なで。嫌だと言って眠ろうとはしない
が、しかしだからと言ってバージルの手を拒むこともしない。
怖いのだろう。もう一度眠って、また同じ夢を見てしまうことが。
何とも可愛いではないか。
バージルは目を細め、震えるダンテを膝に抱き上げた。腕の中にすっぽりと納まってしまう
痩身が、こんなにも愛おしいと思うなど知らなかった。
―――― では現実は、愛しさを感じぬというのか。
「殿下、」
尊称で呼ばれ、バージルは「あぁ」と顔を上げた。召使だろう男が一人、慇懃に頭を垂れる。
「そろそろお時間ですので、お戻り下さい」
「判った。……今、行く」
そうだった、と唐突に思い出す。これは夢だ。そしてこの夢の中では自分はどこぞの国の
王位継承者で、これは親のない孤児なのだ。
バージルは一つダンテの背中を叩き、細い膝に手を差し入れて横抱きにするように
立ち上がった。ダンテは自然に、バージルの首に腕を回してしがみついてくる。慣れた行動なの
だろう。バージルがダンテをこうして抱き上げることは。
ダンテを連れて王の離宮に訪れていたのだと、ふと思い起こす。
離宮は美しい湖に面しており、避暑地には最適だ。ただ、冬にはあまり適していない。
他に誰も訪れるもののない離宮で、ふたり、どれ程の時間過ごしたかは判らない。だが、
王宮に戻るのが酷く億劫に感じる程度には、ここでの暮らしは良いものだったのだろう。
その間の夢を何故見なかったのか、どうにも惜しい。
ふ、と息を吐くと、ダンテがびくっと躰を竦ませた。息が耳に当たってしまったらしい。
無意識だろう、ダンテの口から漏れた声は高く、バージルは背筋が震えるような感覚に
襲われた。
「……ダンテ、」
耳に、囁く。ダンテがまた、ぴくりと反応する。
「バージル、くすぐったい……」
上目遣いでこちらを見上げてくる、その潤んだ双眸が。青かった頬にさす赤みが。薄く覗く
紅い舌が。
総てが、バージルの牡を猛らせる。
駄目だ、と誰かが押し止どめる声がする。
やめろ、と悲愴な叫びが警鐘のように響き渡る。
声の主は、判らない。
バージルははっとした。ダンテが、先刻目を覚ました時よりも怯えた瞳で震えている。
原因は自分しかいない。
子供心にはバージルの醜い慾望こそ理解出来ないまでも、本能的に怖いと感じたのだろう。
そしてそれは、ある意味で正しい反応だ。
バージルは慾を振り切るように首を緩く左右にし、ダンテの頭を撫でてやる。滑らかな髪の
感触は、バージルの牡をまたぞろ呼び起こすものではあったが、その反面、気持ちを落ち着かせて
くれもする。
ダンテの髪は昔から、バージルの気に入りなのだ。
「済まない、ダンテ。―――― 早く着替えてしまおう」
ふっと微笑んでやれば、ダンテは少し躊躇し、こくんと頷いた。
「ねぇ、バージル、」
「何だ」
「もう、……帰っちゃうの?」
寂しげに、しかしそれを隠そうとしてか、ダンテは俯いてしまう。駄々をこねているように
思えて、自分自身が恥ずかしいのだろう。
バージルにとっては、そんな仕種をして、頬を紅くしているダンテが可愛くて仕方がない。
「どうしたいのか、言え、ダンテ」
そうすれば、その通りにしてやる。
さぁ、と促せば、ダンテは困ったようにバージルを見上げ、目が合うとまた俯いてしまう。
「ほら、ダンテ。言うんだ」
低く囁くように促す。ダンテは口をもごもごさせながら、ぽそぽそと言葉を零した。
「……まだ……帰りたく、ない……」
「―――― そうか。それは困ったな」
はっとして、ダンテが顔を上げる。傷付いたようなその瞳が、表情が、バージルを奇妙な程に
満たしていく。
あぁ、どうしてこんなにも可愛らしいのだろう。
「ふふ、お前の望み通りにしてやるから、安心しろ」
額に口付けをしてやると、ダンテはぎゅっと目を瞑り、しかしうっとりと、
「……もっと、して?」
誘う。幼い娼婦のように。
バージルは笑みを深くして、ダンテの額にもう一つ、それから瞼、鼻の頭、頬へ、啄むような
口付けをいくつも落とす。嬉しそうに笑顔を咲かせるダンテをふかふかのベッドに下ろし、
バージルは覆いかぶさるようにダンテの唇を塞いだ。
「……ん……」
鼻に抜ける、甘ったるい吐息。現実のダンテにしているような錯覚に、一瞬陥る。
あれはあれ、これはこれと思っていたが、やはり同じダンテということだろうか。
夢と現実の境目はどこか、バージルはこの時初めて意識をした。
このダンテが飛び起きた原因は、何となくだが判る。バージルもまた、こことは違う場所で
ダンテと寄り添っている夢を見たからだ。あれは、昔住んでいた家の、子供部屋だった。
「ばーじる?」
考え込んでしまったらしく、ダンテがきょとんとしてこちらを見上げている。
「……いや、」
ダンテの額を撫で、微笑む。ダンテも応えるように笑った。
これは何なのだろう。
考えたところで、答えは出ない。
また、覚醒が近付こうとしている。
夢もの、久々に書きました。でれでれした兄を書きたかっただけな気がする。
オチはあるんでしょうか。聞いてはいけないことを自分で言ってしまってます。