白朧
へにょりと垂れた銀色の三角形のものを、何とはなしに指の背で撫で。ふわふわの毛の感触は、
気持ちが良いと表現するのだろうとバージルに思わせる。
バージルが珍しく意味もなく弄っているものは、先日――――と言ってももう随分経つ
が――――双子の弟の耳に突如として生えた、犬のものらしい耳だ。髪の色と同色のそれは、
触るとふかふかとして心地好い。ただ、バージルには基本的に人として備わっているべき感覚が
どれも足りず、何につけても反応は鈍い。それ故に、ダンテの毛並みがどれ程良いものなのか、
完全には判らないのだ。
気持ちが良いとは思う。毛並みも良いのだとは思う。
しかし、それだけだ。バージルにとっての愉しみは、ダンテの耳や尾――――こちらも耳が
生えると同時に現れた――――に触れることではなく、そうなったダンテを抱くことにある。
「ん……ふ……」
眠りの中にあるダンテが、耳に触れる指に反応してか小さく呻く。喘ぎのようだと思い、
バージルは口端を上げた。
ダンテの耳や尾は、生えて早々判ったことだが、いやに感度が良い。性感帯がそのままそこに
あるのかという程、ただ触れただけで過大な反応を示すのだ。
それを、面白いと思わない男は男ではない。
などと、真面目に結論付けるバージルにもいい加減救いがない。尤も、一番救われないのは、
そのバージルに良いようにされるダンテなのだけれども。
耳の付け根を爪で掻いてやると、ぴくっとダンテの瞼が震えた。銀色の長い睫毛に覆われた
瞼が、うっすらと持ち上がる。
少し遊びすぎたか。バージルは反省するでもなく喉の奥で呟いた。
「ん、ん……?」
硝子玉のような蒼い瞳がバージルの胸の辺りを彷徨い、次いでちょっと上目遣いにバージルを
見上げる。歳は同じで、容姿も同じ双子ではあるが、ダンテの眠気の醒めないとろんとした表情は
酷く幼く見える。あらゆる感情に疎いバージルだが、ダンテのことに関しては逆に過敏で
ある。
バージルが可愛いと思うのはダンテだけで、愛しく感じるのもダンテに対してのみ。それは
物心付く以前からというのだから、年季が違う。尤も、バージルの偏りのありすぎる想いを、
ダンテが理解しているとは限らない。むしろ、半分も判っていないだろう、とバージルは思って
いる。
「ぁ……じる……も、朝……?」
目が痒いのか、ダンテはバージルの寝着をつまんで目許に擦り付ける。その仕種は酷く
子供っぽく、歳不相応な可愛らしさがある。
バージルはしかし、ダンテの手をおさえ顔を離させた。
「そんなところで擦るな。腫れるぞ」
既にダンテの目許は赤くなっている。その原因は今擦った所為ばかりではないと、バージルは
知っている。
ここ連日、バージルはダンテを抱いている。元々週に交合をせぬ日は少なかったが、犬の耳と
尾が生えてからはそれこそ毎日ダンテを組み敷いている。
ダンテが拒まないことを良いことに、膚に触れ、痕を刻み、貫く。その程度なら以前と変わらぬ
交合なのだが、今は感度の良い耳と尾がある。これを弄ってやると、それだけで達しそうになって
しまうらしく、自らの手で性器を押さえて堪えるさまは絶品と言う他ない。
瞳に涙を溜め、たすけて、と縋るダンテを時に突き放し、時に望み通りに犯してやる。そうして
ダンテの見せるどちらの反応も、バージルをこれ以上なく愉しませてくれるのだ。
ダンテの痴態を思い出し、くつりと笑うバージルを不審がってか、ダンテが訝しげに睨んで
くる。
「……何笑ってんだ?」
バージルはにやりとし、ダンテの犬の耳の内側をついと撫でる。途端、びくっとダンテが過剰に
躰を強張らせた。
「やっ……!」
こちらを睨み付ける碧眼には、どこか怯えを含んだ色をして。
「バージルっ……耳はやだって言ってるだろッ?」
ならば、と毛布の中で動くバージルの手を、ダンテが素早く掴まえた。
「尻尾もだめ! って何度言わせんだゴルァ!」
ブチギレて睨み付けられたところで、バージルは痛くも痒くもない。
「ふん、昨晩は随分楽しんでいたように見えたがな?」
耳と尾を弄られて。卑猥な揶揄を犬の耳に吹き込んでやる。ダンテはびくんとして、顔を
真っ赤に染めた。その初心な反応がまたバージルを煽るのだと、ダンテは知らないのだろうか。
バージルはダンテに掴まれていない手で、ダンテの前髪を掻き上げた。
「そう誘うな。ベッドから出してやれなくなる」
囁いてやれば、ダンテは耳や首まで真っ赤にして口をぱくぱくとさせる。バージルの言う意味を、
瞬時に理解してしまったのだろう。しかしダンテの誤算は、その自分の反応がバージルを一層
やる気にさせてしまったこと。
「ダンテ、」
自分でも判る、慾情した声。ダンテが怯えるのは当然だ。己を食らおうとするものを、喜んで
受け入れるものなどいまい。
ダンテはわたわたと犬のように手足をじたばたさせ、やめろだの嫌だだのと喚く。怯えている
ことは垂れた耳と、丸まり小さくなっている尾で判ってしまう。
バージルは微笑を浮かべ、ダンテの首筋に鼻面を押し付けた。ダンテの匂いを嗅ぐのは、
一種の癖のようなものとして認識している。実際、バージルは昔からダンテの匂いが好きな
のだ。
柔らかく、暖かな、ダンテの匂い。
ダンテがくすぐったそうに首を竦めた。
「何だよ、バージル」
頭を押し退けようとするダンテの手を無視して、バージルは散々嗅いだそこに噛み付いた。
尖った犬歯を突き立てたのだから、ダンテが「痛い」と叫ぶのはもっともだ。しかしバージルは、
判っていながら何度もダンテの膚に歯を立てた。鍛えてあるとはいえ、首筋の膚は柔い。
ぐにぐにと噛まれては幾つも穴が開くばかりだ。
「った……痛い、バージル、やだ……!」
半泣きなのだろう訴えを聞くでもなく、バージルは滲んだ血を犬がするように舐める。が、
舐めるだけではもの足りず、唇を押し付けて噛んだそこを吸った。ぢゅ、といやらしい音が
響く。
ぞく、とダンテが膚を粟立たせるのが判った。
「んっ……バ、ジル……」
感じているのだろう。確かに痛みは大きかっただろうが、ダンテの躰は痛みを快楽へと
繋ぐことが出来る。痛みの先にあるものを知っている、質の悪い躰なのだ。
「気持ちが良いようだな、ダンテ?」
揶揄してやれば、ダンテははっとしたように躰を強張らせる。
「ちっ、違……!」
慌てて上体を起こそうとするが、やすやすと逃がしてやるバージルではない。
「まだだ」
足りない、とばかりにダンテの首筋に吸い付く。拙いな、癖になりそうだ。そう思ってしまう
自身を嗤う。ダンテにとっては迷惑極まりないことだ。
ふと、ダンテがバージルの髪を梳いた。
「……旨い、俺の血?」
問うてくる声は、どこか陶然として。バージルは「あぁ」と即答する。そっか、とダンテは
満足げに呟き、バージルの髪を指に巻き付けた。
ダンテがバージルの髪に触れることは、存外に珍しい。あまり触れられることを好まない
バージルは、しかしダンテの好きにさせてやる。
「ダンテ、」
言いかけた言葉は奥底に押し込め、名を呼んだ。ダンテ。最愛の弟。出来の良い弟とは世辞にも
言えぬが、だからこそ可愛い愛すべき片割れ。
バージル、と応じる声も、漏れる吐息すらも総て愛おしい。
ダンテの淡く匂い立つ膚に新しい傷を刻み、血を啜りながら、バージルはいつまでもこの時が
続けば良いと思う。勿論、叶う筈もない願いであることは、誰に言われるまでもなく判っている
けれど。
願わずにはおれない。
また、この最愛のものを捨てることのないように。
祈らずにはおれない。
ダンテを一分一秒でも長く、己の許に縛り付けておけるように。
「抱くぞ、ダンテ」
告げる言葉は、確認ではなく宣告。判っているのか否か、ダンテは潤んだ瞳でバージルを映し、
頷き一つで受け入れる。
まだ、大丈夫。
ダンテはまだ、俺のものだ。
バージルは伸び上がるようにしてダンテの頭に生えた耳を噛み、昂揚と不安のないまぜになった
心を抑えられぬまま、
ぎちり、と、
薄い肉を噛み切った。
犬である意味はどこにあるのか?…個人的な気分の問題。
ラブラブ甘々目指してなんだこりゃ。コケました。