想護
子供が一人、泣いている。
どうしたのかと頭を撫でてやると、子供は手で顔を覆ったまま、いぢめられた、と鼻を
すんすんさせながら言う。
可哀想に、つらかったな。そう言ってやれば、子供は不意に顔を上げ。
大丈夫、だって……
泣き腫らしたうさぎのような紅い眼をきらきらとさせて、子供が笑う。
あぁ、と思った。
そうだった。いくら哀しくても、つらくても、確かに“大丈夫”と言って笑っていた。泣き
腫らしたことは多かったが、しかし最後はいつも笑顔だった。
この子供も、だから大丈夫だ。
(これは、俺だ)
その瞬間に子供は消え、残ったものはただのシロ。
目覚めるのだと、はっきり自覚をした覚醒は珍しい。
冬の朝は遅い。
まだ薄暗い午前六時半。リビングの電灯はすでに灯り、そこに人がいることを教えている。
そろそろ暖房が要る季節だが、ドアの先が暖かいかどうかは判らない。
ダンテはそろりとドアを開けた。と、思いがけずふわりとした暖かな空気に包まれ、眼を
瞬かせた。ダンテが昼過ぎに起き出して来ても、暖房など付いていないのだ。確かに、朝方の
気温は昼と比べてかなり低くはあるが。
夏にはほとんど冷房を付けようとしなかったのに。
そう考えて、すぐに思い出した。兄が存外に寒さに弱いということを。
ダンテがふむふむとわけもなく頷きながらリビングに入ると、既に気付いていたのだろう兄が、
不審げに声をかけてきた。
「……早いな」
何かあったのか、と。兄はリビングと続きになったキッチンにいて、何か飲み物を作っている
ようだ。カップに沸かしたてだろう湯を注ぎ、スプーンで中身を掻き混ぜる。十中八九、
エスプレッソコーヒーだ。
ダンテは大股にリビングを横切り、キッチンにいる兄の側に近寄った。何だ、と視線だけで
問うて来る兄に、後ろからおもむろに抱き付く。
「なぁ、バージル」
本当に幼い頃は、お兄ちゃんと呼んでいた。それがいつから名前になったのか、ダンテは
覚えていない。
「何だ」
応じる声は、昔から変わらない。
ダンテは兄の肩に額を乗せ、匂いを確かめるように鼻をひくつかせた。少しだけ感じる違和感の
正体は何なのだろう。
バージルがやれやれと言いたげに息を吐いた。
「少し離れろ。動けん」
リビングのソファーに移動しようというのだろう。手首を捻って頭を撫でてくるバージルの手が
暖かい。いつも体温の低いバージルだが、触れ合うと不思議な程暖かく感じるのだ。バージルの
もので貫かれている時は、ダンテ自身が熱を持ちすぎて、バージルの体温などろくに感じられて
いないのだが。
いやいやをするように頭をバージルの肩に擦り付けると、バージルはまた、溜息を吐いた。
途端、物凄い力で腕を引き剥がされ、バージルが上半身を捻ってダンテと向かい合うように視線を
合わせる。
何、と訝るより早く、バージルは少し膝を屈め。その肩に。ダンテを軽々と担ぎ上げた。
「……ぅえっ?」
地味に腹部が痛い。しかしそれを訴える間もなく、バージルが無言で移動を始めた。と言っても、
キッチンからリビングのソファーまでの、ごく短距離だ。
何故に肩。
どこか的外れなことを考えていると、やはり唐突に躰が浮き、一瞬横抱きの状態にされる。
次いでどさりとソファーに下ろされ、ダンテは思わず「うぷっ」と呻いた。
「っ、何するんだよ」
恨みがましくバージルを睨み上げるが、抑え込むように顔を近寄せられて咄嗟に怯んで
しまう。
バージルはしかし、ダンテを睨むことも叱ることもなく、ただ。撫でるように頬に口付けた。
担がれ、運ばれたことよりも、優しいキスにこそダンテは狼狽する。
「な、何だよ……」
強引な兄の、不意に見せる優しい行為にダンテは思いの外弱い。差が駄目なのだ。やめて
欲しいと思うが、しかしどちらか一方だけの兄など嫌だとも思ってしまう。
酷い時には泣いてしまう程残酷で、優しい時にはとことん甘えさせてくれる。その激しい差が
あってこそ、バージルはバージルなのだ。
思えば子供の頃から、バージルはそういう兄だった。
頬を思い切りつねられて、泣いてしまったこともある。しかし嫌な思い出として残っていない
のは、その後すぐ、つねられた頬を撫で、キスをしてくれたから。
「……バージル、」
アンタ変わらねぇなぁ。
くすくす笑うと、気を悪くしたのか、バージルがふんと鼻を鳴らした。
「お前もな」
囁くような声を耳に吹き込まれ、ぞくりとする。別段、卑猥な言葉を囁かれたわけではないと
いうのに。
「怖い夢でも見たのだろう」
どうせ、と揶揄うように言うバージルに、ダンテは「違う」と言ってむっと唇を尖らせた。
しかし、そういえば。
「……昔はよく、怖い夢を見たと言っては俺にしがみついていたな」
意地の悪くバージルがくすりと笑う。ダンテは自分がまさに思い出していたことを言われて
しまい、一層顔を赤くした。
「う、るせぇっ」
ぷいと外方を向いたダンテの髪を、バージルが子供にするように梳く。
「こうしてやると、すぐに眠ってしまったものだ」
懐かしそうに言い、愛しそうに髪を撫ぜては頬や額にキスをする。愛だの恋だの薄ら寒い言葉は
要らない。髪に触れる手が、頬にキスをする唇が、想いの総てを伝えてくれるから。
子供の頃から、彼らはそうして互いの想いを確かめてきた。
よくよく思えば、今でこそ外では滅多に互いに触れることはない――――勿論肩を叩く程度の
ことはする――――が、子供頃は周囲を気にするということそのものが頭になく。子供同士の
可愛いスキンシップ、とは言い切れないことをしていた。そんな記憶が、うっすらとある。
今更恥ずかしがったところで意味のないことではあるが、今思い出してしまったからこそ、
やけに恥ずかしいのだ。
無垢な子供は怖い。
ダンテはひそりと溜息を吐いた。
「どうした」
どこか愉しげな声が、頭上ではなく胸の辺りから届く。はっとして頭を持ち上げると、
いつの間にかシャツの裾がたくしあげられ、あらわになった胸にバージルが顔を埋めていた。
「なっ……!?」
咄嗟に言葉が出て来ない。それくらい、驚いた。バージルが何故にこんな行動に走ったのか、
そのきっかけすら判らない。
バージルはダンテの顔に大書きされた疑問を正確に読み、しかしこともなげに宣う。
「誘ったのはお前だろう」
「はぁ!? 俺がいつ……っ」
食ってかかろうとしたが、バージルに胸の突起を軽く噛まれてびくんと竦んでしまう。
「んっ……!」
バージルがくつりと喉の奥で笑った。
「痛い、か?」
揶揄する声は、ダンテが痛み以上に痺れに似た快感を感じたことを、ほぼ確信している。
その通りなのだから、ダンテに反論など出来る筈もない。
「っ……」
真っ赤になった顔を、ソファーの背凭れに押し付けた。
また、バージルが笑う。ダンテは唇を噛んだ。
「笑うなよ……っ」
「お前が可愛いことをするからだ」
馬鹿なことを言いながら、バージルの手がダンテの腿を撫で上げる。要領を得たその仕種は
いやらしく腿の内側をなぞり、悪戯をするようにダンテの中心をかすめる。
「あ……」
小さな声が、ダンテの口から漏れる。バージルが胸の尖りを舌先で舐め、腰に来るバリトンで
淫靡に囁く。
「嫌、とは言わんな?」
このまま犯すぞ、と。それは確認ではなく、ただの報告。言葉にして伝えることすら珍しい。
ダンテはちらと視線だけをバージルにやった。思った通り、バージルの氷の眼と視線が絡む。
冷眼に、けれど隠し切れぬ慾望が浮かんでいるのを見て取り、ダンテはただそれだけのことに
熱っぽい溜息を漏らした。
「ばぁじる……」
舌っ足らずな声。自身が何故か、十四かそこらの時分に戻っているような錯覚に陥る。
かぶさって来るバージルの瞳が、小さい頃に見たそれと同じだったからだろう。
子供時分には判らなかった、バージルの自身に向けられる慾が。あの頃の自分が随分と幼く、
無垢だったのだと教えてくれる。
「ん……バージル……」
ダンテ自身に触れるバージルの手と、胸をなぞる舌の動きに翻弄され、次第に意識は靄がかった
ように霞んでいく。
気持ちが良い。
バージルの与えてくれる快楽に総てを任せ、ダンテはうっとりと目を閉じた。
どんなに哀しいことがあっても、どんなにつらいことがあっても、バージルが守ってくれる
から。
だから、涙は止まる。
バージルが愛してくれるから。
仕合わせに、なれる。
頬をつねられても構わない。耳朶を噛まれても構わない。
何をしても良いから、
お願いだから、
もう、どこにも行かないで。
なんか、前にも似たようなオチ書いた気がします…。まぁ良いか。
たまに書きたくなる、ただラブラブなだけの双子。
とある表現は、昨日ひとりで物凄い萌えたものを使いました。
体格の良い男の人って、いろいろ出来て良いです。