視成ミナリ









ソファーを買った。それが、今日にも届く。

新しいソファーは、もう、壊さないようにしなければ。








ことの発端は、今思えば、とてつもなく小さなこと。










いつものように昼に起きたダンテは、ジーンズと薄手のシャツに着替え、リビングへ下りた。
リビングと続きになったキッチンで、兄のバージルがいつものようにコーヒーを淹れている。 バージルにしてはかなり譲歩しているつもりの、薄めのエスプレッソだ。

おはよう、とは言わない。基本的に、彼らは挨拶を交わすこと自体が稀だ。

カップを手に、バージルがこちらへ来る。見慣れた光景を眺めながら、ダンテはソファー そのものを背凭れに、床に直接座る。それもいつものこと。
テーブルに、バージルが無言でカップを置いた。ダンテの愛用のそれだ。バージルはダンテを 足許にして、ソファーに腰掛ける。手には自分のカップを持って。

いつもと同じ、いつもの位置。しかしいつもの通りには、時間は過ぎて行かなかった。
その原因は、バージルだ。

「ダンテ、」

「んあ?」

カップから口を離し、肩越しにバージルを振り仰ぐ。見やったバージルの表情は、いつになく 険しい。何故かは、すぐに判った。

「上にもう一枚着ろ」

ということだ。ぺらぺらの、長袖とはいえ夏物のシャツ一枚では、どうにも寒そうに見えて 仕方がないらしい。襟首が大きく開いているのも、バージルは気になるのだろう。
ダンテは自分の服装を見下ろし、首を傾げた。

「別に、寒くはねぇんだけど?」

もう十一月なったとはいえ、昼間はそれなりに気温が上がる。暑がりのダンテにとって、 このくらいの服で体温を調節しなければ、暑すぎる程なのだ。
しかし暑さを一切感じないバージルには、納得など出来ないに違いない。

「着ろ」

バージルが着ていた上着を、肩に掛けられる。何となく女にする扱いだと思ってしまい、 ダンテはむっとした。

「いらねぇよ」

邪険に、上着を突き返す。無論、バージルがはいそうですかと引き下がるわけはない。
バージルのこめかみに、目には見えない青筋が浮くのを、ダンテは見た。拙い、と思ったが 後の祭りだ。

「そうか、」

ふっと浮かぶ笑みが、怖い。ここで素直に謝れば良かったのだろうが、ダンテはそれを しなかった。

「人の服にまで口出しすんなよ」

などと、憎まれ口を叩いてしまった。もう後戻りは出来ない。それはダンテにも判っている。

バージルがダンテの腕を掴み、凄まじい力でソファーに引きずり上げた。掴まれた腕が痛い。

「っに、すんだよ!」

睨み付けるけれど、バージルには通用しない。むしろバージルの兇悪な光を宿した双眸を 正面から見てしまい、逆にぎくりとする。
怖い、と純粋に思った。しかし、今更謝ったとて遅いのだ。意地でも反発するしかない。

「そんな目しても、効かねぇぞ」

強いて、言う。
バージルがくすりと笑った。

「お前がそのつもりならば、相応の仕置をせねばならんな」

愉しげに言う、バージルの“仕置”という言葉に、ダンテは戦慄せずにはおれなかった。












ぎし、とソファーが軋む。横たわるダンテが身じろいだからだ。

はぁ、と熱っぽい溜息が漏れる。熱があるかと思う程、息だけでなく全身が熱い。しかも その熱は溜まり続けるばかりで、開放することが出来ないのだ。

ダンテはバージルに下肢だけを脱がされ、ソファーに縛り付けられていた。両腕は万歳を する形で肘掛けに伸ばし、ソファーの足に紐で縛られた。ご丁寧に、腕は交差させられて。脚も 同様で、弛みが出来ないようぎりぎりと縛られているた。そして極め付けが、下肢だ。
休みなく内壁を擦る無機質のものに、もうどれくらい苛まれているだろう。バージルに 無理矢理埋め込まれたそれは、初めこそ冷たかったが、今はもう体温と同じかそれ以上に 熱くなっている。
そんな無機質の玩具にすら、熱を持ち喘ごうとする自身にダンテは嫌悪を抱いた。しかし バージルはダンテをただ追い詰めるだけでは足りないらしい。勝手に射精するなと言って、 ダンテの陰茎にも紐を結びつけたのだ。そして、

「声を出すな。守れないようなら、舌を切る」

冷酷に言い、ソファーの斜め向かいの椅子に座って、何ごともなかったかのように本など 読み初めてしまう。

拷問だ。残酷なばかりの“仕置”に、目尻に溜まった涙がこめかみに伝った。

「……はっ……」

掠れた息が漏れた。声は出せない。出せば、バージルは本当にダンテの舌を切るくらいのこと、 やってのける。その程度で死ぬことはないだろうが、ダンテは好き好んで舌を切られたくは ない。
だから、じっとバージルを見つめる。声を出せない限り、目で訴えるしかないのだ。
赦して。助けて、と。
それでバージルが“仕置”をやめてくれることはないと、ダンテは判っている。けれど、 縋るものはバージルしかないのだ。理不尽だが、ダンテにはどうすることも出来ない。

腰を捩ると、内を犯す玩具が僅かにずれ、図らずも前立腺に当たる形になってしまう。触れた だけでも狂いそうになるそこに当たる小刻みの振動に、ダンテはぶるりと躰を震わせた。

「……ッぁ……!」

あられもなく喘ぎそうになって、ダンテは必死に唇を噛む。瞼をきつく閉じたダンテは、 バージルが本から目だけを上げ、視線をこちらにやっていることに気付かない。
つと、バージルが目を眇める。しかし組まれた長い脚が解かれることはなく、ただ弟の狂態を 舐めるように見るだけだ。

無論、それはダンテの知らぬこと。

ダンテはひたすら、内を抉る性具に堪えている。漏れる吐息はある意味で喘ぎに勝る妖しさが あるが、ダンテが自覚している筈はなく。
ヴヴ、と微かに耳に届く音にすら、辱められているようでならない。

「……っ……」

もう、放置されてどれ程になるだろう。窓にはいつかバージルが買った遮光カーテンが引かれ、 外光を妨げている。元より日当たりの良い立地場所ではなく、ダンテにはバージルが 遮光カーテンを買った意図が判らなかった。それが、こんなところで役立てられるなどと、 誰が思うだろう。

焦らされるだけ焦らされたダンテの思考は、最早朦朧としてものの役にも立たない。判ることは ただ一つ。この状況から救われるには、バージルに縋るしかないということ。

己を虐げる者に求めるしかないという、絶望的な救いが。

開放されることしか頭にないダンテは、声を出すなと言ったバージルの言葉など忘れ、 力なく兄を呼ばわった。

「……、ぁ……じる……」

たすけて、と泣くダンテに、バージルは冷徹に言い放つ。

「……声を出すな、と言った筈だが?」

絶対零度の声は、ダンテに確実な恐怖を与える。

「ぁ……う……」

視界に映るバージルのかおは、恐ろしいまでに美しい。ダンテは バージルから視線を逸らすことが出来なかった。

バージルが組んでいた脚を外し、ゆっくりと立ち上がる。分厚い本はテーブルに放られ、 重い音を響かせた。

足音はない。

バージルが腰を屈め、ダンテの顎を掴んだ。ぎり、と骨が軋む。

「……っぅ……」

痛い、とは言ってはならないのだろう。ダンテは堪え、近くになったバージルの冷たいおもてを 見つめた。
不意に、バージルが言う。

「望み通りにしてやる」

不吉な、しかし淫靡な声音にダンテは快感に似たものを感じた。

「なに……っ……」

問うより早く、口を塞がれる。ぬるりと唇を這う舌を、迷うことなく招き入れた。歯列を、 口蓋をなぞる舌は別の生き物のようで。息が絶え絶えになる頃、ようやく自身の舌を絡め取られた。 歓喜し、自ら唾液を絡める。浅ましくキスの快楽を貪るダンテは、しかし目を瞠った。

「ッ……!」

激痛。そして広がる、濃い鉄錆の味。バージルに舌を噛み切られたのだと、すぐに気付いた。
口内に溢れる血は喉に流れ込み、噎せる。苦しさと、鼻の奥から直接臭う、血の臭気に。

「っ! がはっ……」

ごぽ、と血が口から零れる。何度も咳き込み、喉に絡む血を吐いた。バージルから顔を 背けるように横を向き、しぶとく喉にとどまる血の塊を吐き出そうとした。痛みよりも息苦しさが 勝っていた。が、

「こちらを向け」

顎をぐいと引かれ、上向かされる。ぜひゅ、と気管が壊れたような隙間風の音を出した。
バージルは真っ赤に染まったダンテの唇を舐め、にぃ、と笑う。

「甘い、な」

狂った目だ。しかしそうさせるのが自分なのだと思えば、狂気すらも喜びに変わる。

「……ぁー……ぅ……」

舌を切られた為に、言葉は紡げない。しかしバージルには、ダンテが兄の名を呼んだことが 判ったのだろう。目で、どうした、と問うて来る。場違いな優しさの込められた、その視線に。

ダンテは無意識に、柔らかな笑みを浮かべていた。

内を苛む玩具は変わらず、埋め込まれたまま。
脚の戒めを解かれただけのあられもない恰好で、ダンテはバージルを受け入れた。












二日後、ソファーを目にした途端に自身の痴態を生々しく思い出してしまい、ダンテは 咄嗟に。

「うわぁああっ!」

有らん限りの力で以て、ソファーを叩き壊した……。













届いたソファーは二人掛け。

前のものよりも、心持ち小さな。

ベージュの、ソファー。


















戻。


…裏にならなさそうなものになりそうで、軌道修正。玉砕。