淫白
暖かな水面に、眠る。穏やかな眠りは快く、いつまでもこうしていたいと微笑を引き出す。
あぁ、心地好い。
うっとりと微笑み、また深い眠りに落ちて行く。ゆるゆると、波に揺られるように夢を漂う。
浅く明るい海と、深く暗い海とを何度も行き来する。その繰り返し。
不意に、波がさざめいた。海が、夢が荒れる。目覚める兆候だと判り、不安に襲われた。
起きたくない。まだ。
もう少し。もう少しだけ眠らせて。
波はさざめく。目覚めは近い。
あぁ、夢が醒めてしまう。
ゆるく開けた視界に映るものは、見慣れた兄の仏頂面。眉間の皺がいつものように刻まれた
おもては、しかし秀麗だ。
彼はもぞりと目許を擦り、前髪を掻き上げてくれるバージルをぼんやりと見上げた。寝起きで
掠れた声で名を呼ばわれば、少しだけバージルの眉間の皺が薄くなる。そう出来るのは自分だけ
だと、ほんの僅か優越をかんじていることは秘密である。
不本意な目覚めではあったが、ダンテは機嫌を損ねるでもなくバージルの首に抱き付いた。
寝惚けていると、バージルは解釈してくれるだろう。そう思うことにして、自らバージルにキスを
した。もっと、と言葉にはせず続きをねだる。
バージルが小さく苦笑した。やはり寝惚けていると解釈してくれたらしい。もしくは、
判っていて乗せられてくれたか。
後者が有力だな。
ダンテは内心で一人ごち、口内に差し込まれたバージルの舌に応えて甘く喉を鳴らした。
甘えたい。
そう思う時、バージルは際限なくダンテを甘やかしてくれる。それが心地好くて、夢から
引き起こされたことなどどうでも良くなってしまう。
甘えてはいけない。
時には脳を揺さぶられるように強く思うこともあるが、結局、ダンテはバージルに甘えて
しまう。
子供の頃から、バージルに甘やかして貰うことに馴れすぎているからだろうか。やめようと
してもやめられるものではないのだ。
「……バぁジル……」
我ながら、年甲斐もない声を出すものだ。内心で苦笑してしまう程、甘えたな声音。しかし
その声音を、バージルは嫌いではないと知っているから。
むしろバージルにとって、自分は甘えたがりの“弟”であるべきなのだ。
甘えることも、甘やかされることも嫌いではない――――好きと言っても良い――――から、
バージルに合わせているという意識はないが。
首筋の柔らかい肉にちくりと痛みが走った。バージルが噛んだのだろう。顔を埋め、血を
啜るかのように歯を立てたそこに舌を這わせている。
ぬるり、と舐めるバージルの舌は、不思議と快い。他の誰にされても、同じ感覚を覚えることは
滅多とない。
同じ血と、肉体を持っているからこそだと、何となく知っている。それは知識ではなく、
本能に近い感覚だ。
首筋を這う舌が鎖骨をねぶった。ダンテは喉を鳴らし、バージルの頭を抱き込んで行為の先を
ねだる。バージルが声はなく笑った。
もう少し辛抱しろ、と。
寝着代わりのシャツを裾からまくられ、冷え始めた秋の空気に膚が粟立つ。ぞくりとして首を
竦めたのは、バージルの歯があらわにされた胸の尖りを食んだからだ。
次いで、やはり舌が這う。じく、とした甘さを含んだ痺れがダンテの背筋に走る。
「っん……」
バージルの手は、何をするでもなくダンテの手首を押さえるように掴んでいる。愛撫はただ、
バージルの唇と歯と、舌が施すもののみ。
気持ちは良いのだけれど、足りない。
バージルの荒々しい愛撫とセックスに馴れた躰には、もどかしいばかりの緩やかすぎるもので
しかない。
焦れて、ダンテは堪らずに兄を呼ばわった。
「バージルっ……」
もっと、
ねだる言葉は羞恥が勝って口に出来なかった。言わずともバージルには伝わるのだ。しかし
バージルはダンテの胸に食らい付いたまま、意地の悪い声音でくつりと笑う。
言葉にせねば、判らぬぞ。
睦事のような響きのある囁きに、ダンテは唇を噛んだ。言わせたいのだと、すぐに悟った。
しかし「そうですか」と言えるものではない。
恥ずかしい。けれども、ただ舌の這うだけの愛撫は物足りない。
起き抜けに何をしているのか、冷静に考えれば恥ずかしいどころではないのだが、中途半端に
煽られた躰が疼いて仕方がない。
ダンテの葛藤など手に取るように判るのだろうに、バージルはやはり緩く膚をなぞる
ばかり。
バージルの思う壺と判っていても、ダンテは訴えずにはおれなかった。
「っや……ばぁ、じる、もっと……もっとしてくれよ……っ」
目尻に涙が溜まる。頭を持ち上げ、潤んだ視界に映るバージルの銀糸がふわりと揺れた。
顔を上げたバージルと、視線が絡む。
ぞくりとする、バージルの瞳。セックスの最中は特にそうだ。
それが官能を刺激するものなのか、それとも別のものなのかは判らない。バージルの視線に
さらされることは、強い快楽をダンテに与える。
はぁ、とダンテは息を弾ませた。
手首を押さえていた手が外れ、寝着の下衣が下着ごと引き下ろされる。ダンテの膚が、
期待するようにほんのりと紅く色付いた。つ、と茂みをなぞる指に、過ぎる程感じてしまう。
「あっ……」
しかしダンテの期待を裏切って、バージルはそこには触れようとしない。指先で遊ぶように
茂みをくすぐるばかりだ。
「っ……バージル……」
どこまでも、意地が悪い。ダンテは恨めしげにバージルを睨んだ。バージルがわざと、
ダンテの性器に触れようとしないのだということは明白だ。
バージルの口端が僅かに持ち上がり、笑う。
好色そうな表情だ。
ダンテは思い、しかし好きな表情だとも思う。
女でなくとも身の内が疼く、たちの悪い表情。
ダンテは腕を伸ばし、バージルの前髪に触れた。自分からはあまり触れることのない
バージルの髪は、ふわりとして柔らかい。
やめろとも言わず、バージルはダンテの好きにさせている。
髪を一房、つんと引っ張った。バージルの眉間に皺が寄る。
「何をする」
ダンテは髪からするりと指を滑らせ、バージルの耳を摘む。
「ほんと意地悪だよな、アンタ」
言ってやると、バージルはしれっとしてダンテの指を外させた。
「やめて欲しいか?」
紅い舌が、ダンテの指を舐める。ぞくりとする。
反則だ、やはり。
悔しいのは、そんなバージルを拒めない自分自身。
「やっぱ、意地悪ぃ」
ダンテは躰を起こし、バージルを見上げるように背中をしならせて唇を重ねた。
絡めとられる舌は、甘い。混じり合う唾液を飲み、ダンテはバージルの下腹に触れた。
革のパンツのボタンを外し、ジッパーを下げて下着の上からバージルの中心に触れる。
布越しに感じるそれは、既に熱い。その原因が自分だと思うと、馬鹿げているが嬉しくなって
しまう。
「ダンテ、」
重なった唇の隙間から、バージルが不意にダンテを呼ばわった。何、と応える間は与えられず、
むき出しになったままだった陰茎の先端を擦られ、咄嗟に高い声が出てしまった。
「ぁっ……!」
バージルがにやりとしたのが判り、顔がみるみる赤くなる。負けじと、バージルを包む手を
両手に変えた。しかし仕返しは寸前で止められる。
どうして。疑問は角度を変えたバージルの口腔に消える。
「んぅっ……」
舌を甘噛みされて、びくりと肩が跳ねる。バージルの手がダンテの腰に回り、ぐいと引き寄せ
られた。脚に絡まった下衣を器用に脱がされ、胡座をかいたバージルの膝に乗るように、脚を
開かれる。
「ん、ふ、ぅんっ」
いつの間に外に出していたのか。バージルのものと自身が触れ合う生々しい感触に、ダンテは
思わず腰を引いた。
「逃げるな」
くぐもった声が制し、強く腰を抱き寄せられる。にゅく、と肉が触れ、擦れる。ただ
それだけで、ダンテは達してしまいそうになった。
「っふぁ、ん……っ!」
聡いバージルはダンテの根元を押さえ、自身のもので下から擦り上げるように腰を揺らす。
堪らなかった。
先刻までのもどかしいばかりの愛撫とは正反対の、ダンテを追い詰める為の激しい行為。
バージルの怒張したものが、ダンテの柔らかい根元から亀頭を擦り、手で互いをぴったりと
合わされる。白濁を混じらせた先走りが、とろりと溢れた。
「んっ、んんっ!」
息苦しい。けれどバージルは唇を離そうとはしない。荒い息と、互いが擦れ合う卑猥な水音が
耳を犯す。
ダンテは堪らなくなって、自らも手を伸ばしバージルと自身とを扱いた。水音が一層激しさを
増し、腰がゆらゆらといやらしく揺れるのを自覚しながら、しかしやめることは
出来なかった。
貫かれているわけでもなく、ここまで快楽を得られるものなのか。
ある種の衝撃を覚えながら、無心に快楽を貪る。
瞑った瞼の向こうで、バージルが自分を見つめているのが判る。キスの合間もあまり目を
瞑ることをしないバージルは、ダンテが羞恥にかられながらも行為に没頭するさまを見るのが
愉しいとでも言うのだろう。根っから、ダンテを追い詰めることが好きな男だ。
「んっ、んぅ……っ……」
バージルの視線に強い羞恥を感じ、それが更に快楽を引き出す。羞恥が快楽に繋がることを
ダンテに教え込んだのは、バージルに他ならない。
焦らされ、揺すられ続けたダンテの陰茎は、最早限界が近い。しかしバージルの手はダンテの
根元を押さえたまま。
「ん、ぁ、じるぅ……っ」
呼ばわると同時に、くちゅりと舌で口蓋を撫ぜられる。僅かに気が逸れた瞬間、バージルが
ダンテの陰茎の先端を爪で掻いた。
「! ……っ!」
あまりに突然の刺激に、ダンテは声もなく性を散らす。驚いてバージルのものを強く握って
しまったらしく、間を置かずバージルの精液がダンテの手を濡らした。当然だが濡れたのは
互いの手だけではなく、下腹は勿論、着たままだった服に染みを作る。
バージルが口腔をひと舐めして、唇を離す。途端に喉に空気が入り込み、ダンテは噎せた。
「げほっ……はぁ……はぁっ」
息が荒いのは噎せた所為ばかりではない。小刻みに震える躰をバージルに凭せかけ、
ダンテは肩を上下させた。その耳に、低い声が吹き込まれる。
「悦かったか?」
達した後に揶揄されるのは、いつものこと。そんなに満足したような顔をしているの
だろうか。
ダンテはどちらのものとも知れぬ精液のこびり付いた手で、バージルの背中を意味も
なく掻いた。
「……目、醒めちまった」
責任取れよ、と言えば、バージルがくつりと笑ってダンテの耳朶に犬歯を立てる。
「お前の望むままに」
低く囁く声音に、ダンテの陰茎がゆるりと首を擡げる。バージルのものなど、達したにも
関わらず萎えるということを知らない。
バージルの猛ったものに淫らに腰をすり付け、ダンテは兄を誘った。
今日はもう、このままベッドから動くことはないかもしれない。しかし、それも良いと思える
自分が、酷くおかしい。
(ま、たまには、な)
一人ごち、ダンテはセックスに溺れた。
たまには幸せにしてやろうと思って…何故にこの展開?