渦中ウズマキ









結局父親を生かすことを選んだレディ――――本名はメアリと言うのだが、母の墓で共に 眠っている――――は、総てが終わった後、父を連れて地上に戻った。
テメンニグルがあった跡地には、瓦礫と僅かに残った魔界の醜気があるだけで、どこかで 見たビル倒壊後の姿を彷彿とさせる。

父親のアトリエのあった屋敷は処分し、あるスラム近くの一角に部屋を借りた。キッチンと ダイニング兼リビング、他には部屋が二つあるだけの、こぢんまりとしたアパートだ。

「洗濯は自分でしてよ。私は私でやるから」

そう見えるだけの神妙な表情の父親には視線をやることすらなく、いっそ 冷たい語調で言い放つ。
太腿のホルスターに銃を差し、母の名を持つバズーカ砲をひょいと背負い、レディは早々に 家を出た。

あの馬鹿げた親子喧嘩――――あちらは兄弟喧嘩だったけれど――――に一応のけりを付けて、 こちらに戻ったのが一週間前。生きて行くにはまず金がなければならず、生活が落ち着くのを 待って仕事を探しているのでは、下手をすれば食費すらままならない。それに今は、食い扶持が 増えたということもあり、金はいくらでも必要だ。

「大人しくしててくれれば良いんだけど」

あまり期待はせず、レディは肩を竦めて路地を急いだ。昨日見つけた飯の種を、もたもたして いて逃す手はない。
カリーナ=アンの重い銃身に、ホルスターの金具が当たってがちゃりと鳴った。







思ったより仕事を片付けるのに時間がかかってしまい、ついでに顔馴染みの仲介屋と会っていた 為、帰路に着いたのは陽が沈もうかという夕刻だった。
生業とする悪魔狩りの依頼はたいてい夜にこなすものが多いので、それを思えば随分ましかも しれないが。

暗い路地を毅然として通り、我が家のアパートが見えた辺りに来て、レディは不審そうに 眉をひそめた。自分の借りた部屋に灯が灯っていることは、まぁ良い。父親は一応家にいる らしいと判る。が、その窓から声が聞こえるというのはどうしたことか。
知り合いの同業者とは違いレディは普通の人間だが、身体能力は一般人と比べてもかなり高い。 そのレディの耳が、まさか聞き間違いを起こすことはないだろう。

部屋には父親しかいない筈。あの性格であの見た目で、良いところなど背が高いことくらい しか見つけようのないうさん臭いハゲ親父に、友人などいるわけがない。

自分の父親を散々に酷評して、レディは足音を消してアパートの階段を上った。
父親の謎の友人の正体は、程なく判明した。

「お、ようやくお帰りか。遅かったじゃねぇか」

待ちくたびれた、と言うわりに、どこか楽しげにしているのは近所に棲む同業者。

「おかえり。すぐ夕飯にしようか」

似合わない、しかもよりにもよってファンシーなフリルの付いたピンクのエプロンなど着けて、 おたま片手に微笑むのは、ハゲた父親。

「…………何してんの、あんた」

それは誰に向けた突っ込みか、あまりの突っ込みどころの多さに、レディですら不覚にも 判らなかった。





「で、あんた兄貴の方はどうしたの」

レディの知る、このシチューだか何だかよく判らない液状のものを食らうダンテの兄は、 一言で言って得体の知れない人物だ。
まず、顔は二人ともかなり似ている。雰囲気こそ違うし髪型も違うが、顔立ちは双子らしく ほぼ同じだ。ついでに体付きもコピーかのように似通っていて、黙っていれば喋り出すまで どちらがどちらか判らないだろう。しかし、あえてそうしない限りは、兄の方はどうにも 不気味な雰囲気があるのだ。
それに、この弟に対しての執着ぶりには、知り合って半月も満たないが嫌と言う程知っている。 弟の方が一人で外出をして――――しかも夕飯時に――――、あの兄は黙っているわけが ない。

しかしレディの我が身を思っての心配は、杞憂に終わった。

「あぁ、あいつなら今日は仕事。夕飯は各自適当に、だそうだ」

「適当に、で何でうちに来るわけ?」

答えは何となく判っている。どうせ、

「近いから」

……言うと思った。



それにしても、父の作る料理など久しぶりに食べた気がする。
相変わらず、微妙だ。
何がとは言わず、総てが微妙。味も、見た目も。
不味いのではなく、しかし旨いわけでもなく、食べられないものでもないので、一応 平らげるまではこじつけられるのだ。

母が死んでこのかた、旨い手料理など食べたことがない。レディ自身も、父親のことを 言えるだけの料理など作れないのだから。
微妙。呟こうとした時、あえて隣に陣取った同業者が、レディの度肝を抜いた。

「料理上手いんだなぁ、カムさんて」

はぁ!? 何て? 今この半魔野郎何て言った!?

宇宙人を見る目でダンテを凝視する。が、ダンテにとってはごく自然な発言だったのだろう。 チーズを切り分け、サラダに盛り付けたらしいものを頬張り、旨そうに笑ってすらいる。
レディの驚きなど、完全に無視だ。それは髪と肌が同化した父親も同じで。

「そう言って貰えると嬉しいよ」

などと気味の悪い笑みを湛えて笑っている。
はっきり言って、こちらは全く笑えない。

「ちょっと待ちなさい、あんた逹! おかしいでしょさっきから!?」

我慢し切れず、怒鳴った。ダンテがきょとんとして――――ガタイの良い男がそんなことを しても可愛くない――――、不思議そうにレディを見た。

「何怒ってんだ、お嬢ちゃん?」

「そうだぞ、メアリ。食事中に」

調子に乗って言う父親には目もくれず、

「その名前で呼ぶな、ハゲ」

ばっさり一刀両断だ。
しょぼ、とエプロン姿のまま肩を落とすハゲ――――もとい、父親など、レディにとっては 軽いイレギュラーですらない。

「あのね、あんた、」

本題はこちらだ。

「何だよ?」

「これが、美味しいって? あんたどんな舌してるわけ?」

「あぉ? 何だ、お前これ不味いって言うのか?」

「不味くはないわよ。けど微妙でしょ? 塩味が強いわけでも、甘いわけでもない。見た目だって 一言でシチューとは言えないし、どこをどう取っても微妙じゃない」

「確かに見た目は微妙だけどさ、味はなかなかいけるぜ? お嬢ちゃんこそ、どんな肥えた 舌してんだよ」

「煩い。悪かったわね、ハゲの娘で」

「メ、メアリ、誰もそんなことは……」

「ハゲは黙って電球の真似でもしてて」

酷い……。と泣き崩れるキモいハゲは丸々無視するに限る。が、空気を読めないダンテが その暗黙の了解を破ってしまう。

「おいおい、お嬢ちゃん、そんなに言ってやるなよ? カムさんが可哀想じゃねぇか」

その言葉に、ハゲの涙がぴたりと止まる。絶対嘘泣きだ、とレディは確信したが、ダンテの 方はハゲに対する免疫が底からない。

「娘なんだからさ、もうちょっとカムさんを労ってやれよ」

そうだそうだ、と感慨深げに頷くハゲは無視して、レディは冷ややかにダンテに問うた。

「何を、どう労れって言うのよ」

「え? えーと、……」

ダンテの視線が右斜め上辺りを泳ぎ、

「あー……と、ほら、ピンクのエプロン似合ってる、とか……」

「そう来たか……予想外ではあるけど、却下」

「なんで」

「わたしにこのハゲを労ろうなんて気持ちが原子一粒たりともないからよ」

句読点なしで一気にまくし立てると、ハゲがまたしても床に崩れ落ちた。今度ばかりは もう立ち直れないだろう。
清々した。レディが肩を竦めると、ダンテが呆れたように小さく笑った。

「……何よ」

「お前さ、本当にカムさんの娘って感じだよなぁ」

「何それ。ことと次第によっちゃ、今すぐあの世に送るわよ?」

ごり、とダンテの頭に押し付けたのは、カリーナ=アン。
どこから出した、とダンテが顔を引きつらせる。

「んな物騒なもんしまえよ! 悪い意味で言ったんじゃねぇんだからっ」

慌てふためいて両手をホールドアップするダンテに、レディは仕方なく銃身を下ろした。

「じゃあ、どんな意味?」

「いや、だからさ、父親がカムさんじゃなきゃ、お前みたいな娘には育たなかっただろうな、 って」

「はぁ? なんか意味判んないわよ、それ」

「だからぁ、普通の主婦と普通の会社員の家庭に生まれてたら、こうは育たなかっただろって ことだよ」

判ったか? と念押しするダンテに、レディは思い切り顔をしかめた。

「何よ、それ。わたしだって、好きでこんなハゲた変質者の娘になったんじゃないわ」

「ま、そりゃそうなんだけどさ、俺としては結構有り難いっつうか」

「有り難い……?」

「俺、女運最悪なの。知ってた?」

「……ねぇ、やっぱり死ぬ? 死にたいのよね? ごめんなさいね、今まで気付いて あげられなくて。ほぅら、痛くないからね〜?」

またしてもバズーカ砲を押し当て、今度は引き金に指をかけた。それ程に、腹が 立ったのだ。
ダンテはものの見事に顔を蒼褪めさせ、誤解ですごめんなさい、と物凄い勢いで謝り 倒している。

「許して欲しいなら弁解してみる? 五文字以内で」

「弁解さす気ねぇだろ、ソレ!?」

「はーい、オーバーしたから殺しまーす」

「輝くような笑顔で言うな! 聞けよちょっと!」

「冗談よ。で、何」

がく、とダンテがテーブルに突っ伏した。レディは平然として、ダンテの言葉を待つ。

「…………だから、さぁ……女運最悪ってことは、こんなふうに開けっ広げに喋れる女も ほとんどいないってことだよ。お嬢ちゃんは数少ない例外なの」

だから有り難い、ということらしい。この捻くれた性格を丸ごと、ダンテは気に入っているの だと言う。それは思いがけず、素直に嬉しい言葉だった。

「……何情けない顔してんのよ。お皿片付けるんだから手伝って」

照れ隠しだと、気付かれただろうか。ばれていても、まぁ問題はないけれども。
ダンテは笑いながら椅子を立った。

「はいはい、手伝いますよー、っと……」

ふざけるように言って、ふとテーブルを回り込んで腰を落とす。何かと思えば、そこには レディの父親が伸びていた。泣き崩れただけでなく、床に倒れ臥していたらしい。

「カムさん、大丈夫か? しっかりしろよー」

かける声は柔らかい。お調子者、という印象が強いダンテだが、なかなか優しい面も持って いるのだ。

「カムさーん、」

きっと、兄を呼ぶ時の声音はもっと違うのだろう。レディはこの不思議な兄弟の関係を 思い出し、ふと思った。
ダンテはどういう経緯から父と親しくなったのかは知らないし、父が何を思ってダンテを 家に上げたのかも知る由もない。が、そこにどんな思いがあろうとも、半魔兄弟が互いの手を 放すことはないのだと、不思議な程に判ってしまう。

それは、どんなに憎んでいても、結局父を助けてしまった自分のように。

「カムさん」

ダンテはまだ父に呼び掛けているらしい。良い加減諦めたら? そう言おうとして、びき、と 固まってしまった。
どういう経緯でそうなったのか、父のつるつるの頭がダンテの膝の上にある。仰向けに 横たわる表情は心底幸せそうに緩み、片手はあろうことかダンテの腰に回されているらしい。

「それセクハラだぜ、カムさん?」

満更でもなさそうなダンテの表情と口調が、はっきり言って悪寒を誘う。シンクに立っていた レディは、鍛えた筋力を最大限に使い、泡立ちまくったスポンジを凄まじい勢いで投げ 付けた。
べしょ、ではなく、してはならない感じの鈍い音がする。同時に、直撃を受けたハゲ頭が ぷるぷると痙攣を起こした。

「と、父さん幸せだったぞ、メアリちゃん……っ」

「気色悪ッ! ちゃん付けすんなこんハゲが! 死ね! 今すぐ速攻でばらばらになって 死ね!!」

「そりゃ無理だろ、メアリお嬢ちゃん」

「名前で呼ぶな、半魔野郎! 飯喰ったんだからさっさと帰れ!」

「メアリちゃん、女の子はもっとこうお淑やかに……」

「まだ死んでなかったのか、この役立たずのハゲは。私が死ねと言ったら死ね! ハゲの使い道 なんぞ単独自爆ぐらいしかないんだよ!」

「お嬢ちゃんそんな言い方酷いわッ!」

「しなを作るな気色悪い!早く帰れっつってんだろうが!」

「すまないね、ダンテ君。ウチの娘は何故かキレやすくて……」

「良いよ、気にすんなって、カムさん。また来るから、その時は俺、ストロベリーサンデーが 喰いたいな」

「ふふ、とびきりのものを用意して待っているよ」

「ありがと。じゃな、カムさん」

目には見えないが、明らかに漂うピンク色の空気に、レディは最早、何を突っ込む気力も 持ち合わせてはいなかった。

「勝手にして……」

こいつらどんな関係なんだ、という基本的かつ重要な問題すら、今は考えたくはない。 それ程に、この空気は痛々しい。

 レディが完全に引いてしまっていることに気付かず、ダンテは父の頬に可愛らしいキスなど して帰っていった。
どうあっても、どこにいても、迷惑極まりない半魔である。けれど嫌いにはなれないのは、 きっと。

(わたしも大概、物好きよね)

微苦笑して、蛇口を捻った。



















戻。



ちょっと前に更新したネタメモの一部からお届けしました。
ハゲとダンテの仲が良かったら、個人的にちょっと萌えます。
いや、ハゲとどうこう、というのはまた別の話で、とりあえずほのぼの萌。
レディの性格はまだ全然掴めてませんが、トリッシュとは良いコンビ。
そのうちルシアも出せたら良いな…とか。一番性格が分からないキャラですけどね。