遊足ユウタリ









「アンタさ、そんな本ばっか読んでてアタマ痛くならねぇの?」

詰まらない問いかけということぐらい、判っている。けれど問わずにはおれなかった。
ダンテの予想通り、バージルは本から視線だけを上げ、ちらとこちらを一瞥するだけで、 また本に戻ってしまう。答える必要はない、とすっぱり切られたのだ。

ダンテはむぅと唇を尖らせ、ベッドに凭れる形で床に尻をつけた。
もふ、と抱えた枕に顎を乗せる。ことさら柔らかい枕を好むダンテとは逆に、バージルの枕は 固い。じゃら、と枕かと疑うような音がするのは、これの中に蕎麦殻が入っているからだ。が、 蕎麦殻を知らぬダンテには、そんなものを枕に入れる意味が判らない。
バージルの日本好きはとうとうここまで進行したか、程度のことしか認識が追いつかない。
そう、この蕎麦殻入りの枕はバージルが購入した日本製のものだ。これ以外にも、日本好きの バージルは色々なものを購入しては、ダンテに首を傾げさせている。正直なところ、ダンテには 日本の何がバージルを虜にするのか判らない。

柔らかくない枕に鼻を押しつけ、ダンテは上目遣いにバージルを睨んだ。
今バージルが読んでいる本は、何を隠そう日本文学なのだ。そこまで日本に染まりたいなら、 いっそ海でも渡ってしまえ、とダンテは半ば八つ当たり気味に枕の端を噛んだ。

バージルが本にはまり出すと、自分には全く構ってくれなくなる。普段からもあまり 構われないのは確かだが、甘えれば溜息一つで甘やかしてくれる。それが、ダンテは好き なのだ。
構って貰えないと寂しさのあまり死んでしまうという、兎ではないけれど。あまりにも本に 没頭されると、逆に腹が立ってくる。

かじかじかじかじ。

詰まらない。
詰まらない。

本なんか読んでないで、俺を構えよ。
甘えさせろよ。

じいっとバージルに視線を注ぐが、バージルはどこまでも無視を決め込む。まさか視線に 気付いていないなんてこと、バージルに限ってある筈がない。

バージル。

堪り兼ねて名を呼ぼうとした時、不意に小さな鳴き声が聞こえて、ダンテは意識をそちらに 向けた。

にゅう。

奇妙な声は、先日出合った黒猫のものだ。
棲家をやろうと連れ帰った猫は、ものの半日でこの家に馴染んでしまった。まだ三日程しか 経たないが、既に何年もここに棲んでいるような雰囲気すらある。

ダンテは枕をベッドに乗せて、猫の声のする方へ近寄った。締め切ったドアの向こうにいる らしい。かりかりと引っ掻くことはしていないようだが、にゅう、という声はする。 相変わらず、妙な鳴き声だ。
ドアを開けてやると、飛び込んではこないものの、黒い塊がするりと部屋に入り、ダンテの 足にすり寄った。ダンテが膝を折ってやると、待っていたかのように膝に乗り、くりくりとした 瞳でこちらを見上げてくる。
元気ないな、と心配されているような気がして、ダンテは猫の背中を掻くように撫でた。

何でもないよ、とは言い切れないけれど、バージルが構ってくれないのは今に始まったこと ではない。慣れていると言えば、確かに慣れていることだった。

猫がまた一つ、鳴く。今度は猫らしく、にゃあ、と。ダンテが首の後ろを掻いてやると、 気持ち良さそうに目を細め、ごろごろと喉を鳴らした。
自分の膝の上で丸くなる猫を、可愛いと思わない人間がいるだろうか。

まぁ、俺は半分しか人間じゃねぇけど。

口の中で呟いて、ダンテは猫を抱き上げた。バージルが本に没頭して構ってくれないのなら、 ここにいても仕方がない。自分の部屋に戻り、猫と戯れている方が良い。そうすれば、余計な ことも考えずに済むのだから。
ダンテの部屋に移動するのだと、この賢い猫はすぐに判ったのだろう。にゅ、と短く鳴き、 ダンテの手をちろりと舐めた。オレが構ってやるから、とでも言うように。

ちなみにこの黒猫、確かめたところ性別は牡と判明した。だからどうということではないが、 名付ける参考にはなる。しかし今だ、この猫に名前はない。

猫は器用にダンテの腕の中で丸くなり、尻尾をくるりと二の腕に絡ませた。柔らかい肉球を ダンテの胸元に押しつけ、シャツを掴むように手をにぎにぎしている。

「お前は可愛いな、あの仏頂面とは大違いだ」

比べることがまず間違いなのだが、不貞腐れたダンテはそこに気付かない。黒猫がそう だろうと言いたげに一声鳴く。

「にゅう」

やはり変な鳴き声だ。

「お前のその声さ、どっから出してんだ?」

つい猫に訊いてしまう。が、人間というものは犬猫に限らず、ペットに話しかけるという ことをしてしまうものだ。ペット――――この黒猫は厳密にはペットではないが――――が 可愛ければ、一層その傾向が強く表れるのである。

だが勿論、猫は人語を操れない。

黒猫は意味が判ったような判らないような顔で、ことりと首を傾げた。

「にゅー?」

やはり、変だ。

「にゃーだろ、猫なら。ほら、にゃーって言ってみな」

ベッドに猫を放り、自分も倒れ込むようにして寝そべって、ダンテは猫の鼻をつついた。

「……にゃぅ……」

「何だ、その譲歩してやったぞ感は」

上目遣いにダンテを見上げ、中途半端な鳴き方をする猫の額を、指先でぐりぐりと押す。 猫は遊んで貰えると思ってか、それとも誤魔化す為か、ダンテの手にじゃれついてきた。
ダンテは苦笑して、そんな小猫と呼べる程小さくもないのだろうに、遊びたがる可愛い黒猫に 付き合い手をひらひらと揺らしてやる。ぺし、ぺし、と猫がダンテの手を肉球で叩いた。

「面白いか、こんなのが?」

ダンテには判らないが、猫は真剣な眼差して遊びに没頭している。しかし時折、真っ青な瞳が 自分を映しているのだと、ダンテは気付いていた。自分が退屈していないか、猫は常に 見ているのだ。

「お前本当に猫か?」

違うとしたら何なのか、ダンテは深くは考えず、笑った。この黒猫が普通の猫と違った としても、それが何程のことだろうか。
大事なことは、今ダンテは兄に構って貰えないという不満を持て余し、この黒猫がそれを 気遣ってくれているということだ。

「ありがとな。……っと、そういやお前、名前どうする?」

既に誰かに名付けられているのかもしれないが、それを知る術はダンテにはない。ダンテは うーんと低く唸った。

「名前、名前なぁ……ブラックなんてそのまんますぎて笑えねぇし、うー……」

どうせなら、格好良さより可愛さを取りたい。しかしそう考えると、更に悩まねばならなく なってしまった。

「なぁ、お前はどんな名前が良いんだ?」

至極真剣に問うた、その時。猫がダンテの背後に向けて威嚇した。ダンテはびくっとして 背後を振り仰ぎ、小さく悲鳴など上げてしまった。

「ゎっ……」

ダンテの反応を見たバージルの声は、低い。

「……猫相手に、何をしている」

機嫌の悪そうな声が頭上から降り、ダンテは躰を捻ってバージルを仰ぎ見た。

「何って……見て判んだろ? 遊んでんだよ。なー、ユタ?」

猫の前脚をひょいと持ち上げ、万歳をさせる。黒い猫は空色の瞳をぱちぱちさせて、しかし 嫌がる素振りもない。この三日で判ったことだが、この猫が黙ってじゃれつくのは、ダンテに 限ってのことらしい。
バージルが眉間の皺を深くして、怪訝そうに眉をひそめた。

「ユタ?」

「あ? こいつの名前だよ。今決めた。ユタ、変だけど良い名前だろ?」

意味がどうだとか、そういうことはバージルは訊いて来ない。尤も、訊かれたところで答え られないのだが。

「猫の名などどうでも良い。来い、ダンテ」

相も変わらず専王的な兄だ。ダンテはあえて、どこに、と訊いた。
バージルは不機嫌さを一層深いものにして、ダンテを見下ろす。

「来い」

その命令口調に、ダンテではなく猫――――ユタがキレたらしい。

「フーッ!!」

威嚇し、今にもバージルに飛び掛かろうと、脚をぐっと踏ん張っている。バージルは、猫など 完全に無視だ。存在に気付いていないのではなく、わざと視界から切り離しているのだと、 ダンテには判る。
そんなことをする必要性が理解出来ないだけで。

「本は。もう読み終わったのかよ?」

ユタの首根っこを掻いてやりながら、バージルに問う。バージルはふんと鼻を鳴らした。

「寂しがりの兎が死ぬ前にな」

「だ、誰が兎だっ」

「では気紛れな猫か?」

「っ! 猫でもねぇよ!」

むきなって食ってかかるダンテを、バージルは軽々といなしてしまう。

「そんなことはどうでも良い。早く来い。構って欲しいのだろう?」

確信を持った、笑みを含んだ声に底意地の悪さが露見している。ダンテはしかし、

「ちぇっ……」

舌打ちをして、躰を起こした。

「ユタ、ありがとな」

と、手に頬を押しつけてくる猫に、可愛らしいキスをしてから。
ぴく、とバージルのこめかみが引きつったことに、ダンテは気付かなかった。
さっさと背を向け、隣の自室に戻ろうとするバージルを追い、ダンテも部屋を後にする。 その双子のよく似た背中を、黒猫がじっと見つめていた。





バージルの部屋に移動して、何をするのか。それは深く追求しないことが上策であろう。



















戻。



猫もの第2弾をお届けしました。ダンテが拗ねると猫登場。意外に良い位置にいます。
名前は思いつきです。きっぱりと。電車の中でふと浮かんだものをそのまま。
で、猫はダンテにしか気を許しません。兄はきっぱり嫌いです。
ダンテは猫大好きで、兄はダンテが気に入ってるから嫌い。子供のようです。
はっきり私好みに設定してます。受はアイドルであるべき、という主張。