秘殉ヒソヤカニ










あなたにとって、掛け替えのないものは何ですか?








丁度日付が変わった、夜中。

ダンテは自室のベッドに横たわり、しかし眠るでもなくぼうっとしていた。
いつもなら、あと一時間もすればすっかり眠っている時間だ。けれど今日は、その時間に なっても眠れそうになかった。何故なら、今夜は双子の兄が不在だからだ。

ダンテは便利屋を稼業にしている。何でも屋と言えば聞こえは良いが、言ってしまえば 便利屋とは、どんなこともする輩だ。尤もダンテは仕事を選ぶし、人を死なせるようなことは 極力避ける。汚れ、とも言える仕事は請けないのが信条だ。

その便利屋という稼業を、双子の兄であるバージルと共に再開したのは、数ヶ月前のことだ。 潰れた事務所を建て直し、仕事が軌道に乗るのはそれから間もなくのこと。
ダンテは勿論、バージルもまた便利屋をやる為の能力は郡を抜いている。双子の便利屋の名が 知れ渡るまで、そう時間は要さなかった。中でもバージルの評判は高い。気に入らない仕事は どんなに大金を積まれようが請けない弟とは違い、仕事を選り好みせずそつなくこなす兄は、 依頼人だけでなく仲介屋からも重宝された。

兄がいることで、稼ぎが二倍以上に増えたことは確かだ。欲しいものは金がなくても 買ってしまうダンテと違い、バージルの財布の紐は異常に固く、ないも同然だった家計が しっかりと立ち回るようになったことも事実だ。
しかし、とダンテは時折、拗ねたように思う。

バージルはこのところ、家を空けることが多い。それが、ダンテには不満だった。

忙しいことは良いことだと、思う。しかしその所為で、ダンテはここしばらくバージルと まともに顔を合わせることすらしていないのだ。

連日、バージルはダンテが起きる前に出掛けて行き、ダンテが寝付いた夜更けに帰宅する。
本当に仕事か、と疑いたくもなるというものだ。
バージルに限って浮気など、と否定する声は、拭い切れぬ不安にかき消されてしまう。

バージルがどんな仕事を請けているのか、ダンテはほとんど知らぬのだから。

時計を見やると、いつの間にか一時を回っている。ダンテは溜息を吐き、ベッドサイドの 明かりを消した。まだ眠れそうにはないが、眠ってしまうしかない。

バージルの顔を見て、言葉は普段からあまり交わさないけれど、触れて、側にいたい。 そして何より、意識が飛ぶ程に犯して欲しい。

こんな、決して口には出さない――――否、出せない――――劣情を、バージルは きっと知らない。
また一つ、溜息が漏れた。その時、

「……!」

ダンテははっとして顔を上げた。がちゃり、と裏口の戸が開く音が、確かに聞こえた。 バージルだ。
顔を上げるのとほぼ同時にベッドから下りたダンテは、部屋を飛び出し、階段を駆け 下りた。

「バージルっ」

シャワーを浴びようとしていたのか、バスルームに向かおうとする兄を呼び止め、がばりと 抱き付く。親の帰りを心待ちにしている子供のようだ、と自分を笑いたくなる。バージルも、 絶対に呆れていることだろう。

「どうした」

けれども問うてくる声は、どこかほっとしたような響きがあって。

「遅ぇよ、バージル」

じっと睨むと、バージルが困ったように笑い、髪をくしゃりと撫でられた。いつになく 優しい指先が心地好くて、ダンテは喉を鳴らす猫よろしく目を細めた。その様子を見て、 バージルが出し抜けに言う。

「風呂に入るが、どうする」

何を、どう、と言うのか。
ダンテはきょとんと目を瞬かせ、バージルの言う意味が判った途端顔を赤くした。

「あっ……アンタ、」

言葉の続かないダンテを、バージルはどう解釈したのか。口を開けたまま固まったダンテの 唇を、おもむろに噛んだ。キスをされたのでは、ない。本当に噛まれて、ダンテは ぎょっとした。

「っや……なに……?」

やわい甘噛みを繰り返され、ぞくぞくとダンテの背筋に痺れに似た快感が走る。駄目だ、と 頭の片隅で思いながら、しかし本能は既にバージルを求め、バージルの腰に熱が籠り始めた ものをすり寄せる。
浅ましいばかりの行動に、バージルはくすりと笑った。

「少しは我慢出来んのか?」

嘲るそれではない、本当に楽しげな声。
唇を離され、今度は首に噛み付かれながら、ダンテは少し残った理性であることに気付く。 それは布越しに感じる、バージルの熱。

「っあ……アンタ、も、……ん……もう、熱いじゃ……ねぇ、か……」

くすくす笑いながら、バージルの猛りに腰を擦り付けてあからさまに煽る。普段ならしない ことも、今日は出来る。
時には煽るだけ煽って、情慾を滾らせるバージルを見てみたいのだ。いつもいつも一方的に 翻弄されるばかりで――――そんなセックスも、バージルの激しさが内側から伝わって来て 好きなのだが――――、たまには、逆にバージルを翻弄とまではいかずとも、少しくらい 焦らせてやりたい。
堪らなくなって自分を抱く、そんなバージルが、見たい。

「ぁん、……ん、んんっ……」

自ら腰を揺らし、もどかしいばかりの快楽を貪る。
バージルはそんなダンテに何を思うのか、首筋にふっと息がかかった。

「……欲しいか、ダンテ?」

くつりと喉の奥でバージルが笑う。言葉こそ冷静を保っているが、ダンテの耳にかかる吐息は 熱い。欲しいかと問うバージル自身、もう理性が飛びそうになっているのだと知れ、 ダンテは息を弾ませた。

「ぅ、んっ、欲しい……っ! アンタの、が欲し……あぁんっ!」

バージルにはちきれんばかりに張り詰めた性器を腿で揺すられ、ダンテは甲高い嬌声を 上げた。同時に寝着の裾から手が入り込み、脇腹をくすぐるように指先でなぞられる。

「あっ、あんっ」

まだ可愛いものでしかない愛撫に、はしたない声が喉をつく。しばらく触れていなかった 反動だろう。全身が性感帯になったような錯覚に陥る程、敏感に反応してしまう。
しかし、久しぶりという点はバージルも変わりがなく。性慾はある意味でダンテよりも 強いバージルである。
恥じらいもなく乱れるダンテの妖艶な姿に、どこまでも余裕ぶってはおれぬ。

「ダンテ、」

熱っぽい、普段からは想像も出来ない程慾に猛ったバージルが、囁く。ぞくりと身を 震わせるダンテの下肢を、荒々しくむき出しにした。
張り詰め、濡れそぼった性器をバージルの視線が犯す。触れられてもいないのに、そこは 今にも弾けてしまいそうだった。

「ん……バージル……」

甘ったるい声が漏れるが、もはやダンテには自身を抑えることが出来ずにいる。この情慾と 言うには足りぬ激しいものをどうにか出来るのは、バージルただ一人。
そしてバージルも。

「ふ、ん。このままでも充分いけそうだな」

そんな揶揄の言葉に、ダンテはけぶった瞳でバージルを見つめる。

「そんなの……アンタも、だろ?」

にやり、と笑えばバージルが同じように笑みを浮かべ、しかし言葉もなく後ろに手を回した。 尻たぶを割り広げ、長い指がいやらしく窄まった後孔の入口を這う。時折襞を爪で掻かれ、 ぴりりとした痛みが指先にまで広がった。

「ひっ! あ、……んんっ……」

無意識に腰が揺れ、しかしバージルは口を撫でるばかりで、ダンテが欲しいものを与えようとは しない。

「ここを弄るだけでも、いけるだろう……?」

お前なら、と暗に淫乱と言われ、ダンテはかっとしてバージルを睨んだ。瞬間、 緩み始めた蕾につぷりと指が突き入れられ、ダンテはバージルにぶつける言葉を失った。
しかし指は内壁を掻くこともなくすぐさま引き抜かれ、また襞をなぞるだけのそれに 戻ってしまう。

「っあ……ふぅん……バ……ジル、もぅ、入れ、……っ」

ダンテはとうとう、バージルに縋った。バージルをやり込めてやろうとしたのに、やはり 結局は自分が負けてしまうのか。悔しいけれど、圧倒的に自分が不利なことは確実なのだ。
バージルは、ようやく観念したか、とばかりに口角を上げ、ダンテの中に指を埋めた。 それも、底意地の悪さが露見する一本だけ。
ダンテは痛みを感じることすらなく、挿入された指を締め付けた。

「足りぬ、か?」

判りきったことを、バージルが問う。言わせたいのだろう、とダンテは直感した。

「判って、んな、らっ……!」

奇妙に言葉が途切れるのは、バージルの指が鉤爪のように曲げられたからだ。しかし決定的な ものではない刺激が、もどかしい。

「言え、ダンテ。そうすれば、思うままに犯してやる」

いちいち、欲しいものをねだれと言うのだ、バージルは。

「っんなこと……!」

出来ない。恥ずかしさで死にたくなる。けれど、言わなければ、きっと。

「言わぬなら、やめるだけだ」

ただ一本入り込んでいた指が、半ばまで引き抜かれる。

「やっ、駄目だ、抜いちゃやだ……!」

ぎゅう、と指を締め付けると、バージルの溜息が耳に届いた。ダンテにあるのは、兄に ねだるという選択肢のみ。それを小さな子供に言って聞かせるかのように、バージルは ダンテの髪を掻き上げた。

「どうして欲しいか、言え。今更何を躊躇うことがある?」

確かに、今更ではある。バージルにはどんな痴態も曝して来たし、強要されるままに淫らな 言葉も吐いた。今更、なのだ。しかし、とダンテは二の足を踏まずにはおれない。

それはダンテの中に顔を擡げた、対等でありたいという願望。

バージルのコートを掴み、ふるふると震えるながらもダンテは、バージルをキッと見据える。 譲らない。今夜は、これだけは、譲れない。

だってもう、バージルをやり込めることには、負けてしまったのだから。

ふと、バージルが呆れてか首をゆるく左右にした。

「お前というやつは……」

折れて、普通にセックスをしてくれるのかと、ダンテは一瞬思った。が、

「あくまで俺に逆らうか、ダンテ」

絡み付く肉を無視してダンテの内から指を抜くと、その指をダンテの唇に押し付けて、 言う。

「お前には、まだ躾が足りぬらしいな?」

感情の消えたバージルの双眸に、ダンテの背をぞっとした何かが這い上る。

「バージル、」

やっとの思いで呼ばわる声は、自分でもそうと判る程に震えていた。
それが、恐怖と名の付く感情なのかどうかは、判らなかったが。

剥ぎ取られた下衣を床に置き去りにして、バージルはダンテを抱き上げた。離せ、と 抵抗とも言えぬ抵抗をするダンテを、バージルは一瞥もしない。ただ、

「黙れ」

とだけ。取り付く島もありはしない。

どうしてこんなことに。

ダンテはこれが、自分の所為だとは思いたくなかった。
自分はただ、久しぶりにバージルに甘えたかっただけなのに。ふとしたことで沸いた、 対等でありたいという願いを持ったことが――――正確に言うなら、思い出した、 だが――――、悪かったのだろうか。
けれども、甘えるばかりだから、バージルはここ数日、当てつけのように仕事ばかりを していたのではないのか。

非難するつもりはなかったのかもしれないが、しかし。

言葉にすることはないけれど、ダンテはバージルを愛しているから。だからこそ、 バージルとは対等でありたいと思うのだ。そう願いながらも、バージルに甘え、 甘やかされたいとも思っているのが間違いなのかもしれない。それでも、

「……バ……ジル……」

この冷酷で残虐な兄を、誰よりも、何よりも愛しているから。――――大事、だから。
だから、残酷なばかりのセックスも、堪えられる。





大事な、愛しい兄の総てを、ダンテは一心に受け止める。











掛け替えのないものは、この世にただ一つだけ。























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