無題
「ぎゃぁあああ!!」
目覚めは、自分自身の絶叫。勿論最悪の覚醒だ。
何故にそんな最低な起き方をする羽目になったのかと言えば、
「煩い」
ばっさりと斬り捨てた、この双子の兄の所為だ。
夢見は昔から良くない方だった。勿論良い夢くらい見るが、記憶に残っている良い夢など、
悪夢に比べれば極端に少ない。毎日のように夢を見るのだから、割合的にはいっそ絶望を
感じてしまう。
今まで、どんな悪夢を見ても、自分の叫び声で飛び起きたことなどなかった。それが、今日に
限っては叫んだ自分の気持ちが物凄く判るという、奇妙に納得する。
「酷い汗だな」
何も知らぬ兄が、シーツの端で額の汗を拭ってくれた。それは良い。それは良いのだ。
が……
「やめろ」
兄の手を邪険に払いのけた。兄に邪険にされることは多いが、自分がしたことはほとんど
ない。しかし、機嫌の最低に落ち込んだ今は、兄の反応を気にする余裕などありは
しなかった。
「出てけよ」
普段なら絶対に言わない、自ら突き放す言葉。バージルはただこちらを一瞥し、ちょっと肩を
竦めて腰を上げた。ベッドのスプリングが軋む音すら、今は腹立たしい。
「昼までには下りて来い」
告げて、あっさりと部屋から出て行くバージルにも、何故だか酷く腹が立った。
寝着から普段着に着替え、ドアをちらと見やった。開けて、階段を下り、リビングへ。
そうすれば自然、バージルと顔を合わせることになる。それは嫌だ。
ドアには近付くこともせず、おもむろに窓を開けた。ひょいと下を見下ろせば、見慣れた
路地に黒猫が一匹。
「ちょっと退いてろよ」
猫に声をかけ、窓枠を乗り越えた。窓は開け放ったまま。とん、と安いコンクリートに
着地して、薄手のコートの裾を払った。お気に入りの赤いコートを着るには、まだ時期が
早い。
きょとんとした真ん丸い目で見上げて来る猫を、何気なく抱き上げた。野良にしては、
人に馴れている。威嚇する素振りもなく、撫でてやればごろごろと喉を鳴らしさえする。
「お前、懐っこいな」
ふにふにと肉球を指で押してみるが、やはり猫は嫌がらない。妙に楽しくなって、猫の全身を
撫でまくった。
「なぁ、お前行くあてはあんのか?」
猫はこちらを見上げ、首を傾げるようににゃあと鳴いた。猫の言葉など判る筈もないが、
そうか、と呟き歩き出しても、猫は暴れることもない。
連れて行っても、障りはないらしい。
勝手に解釈をして、迷路のように入り組んだ路地を迷うことなく抜けた。自宅の正面に出れば
大通りまで一本道なのだが、バージルに見咎められては後が面倒だ。この辺りの地図なら足が
覚えている。問題は何一つない。
大通りの外れに出たものの、どこへ行くあてもなく。今日は仕事もなかったな、と肩を
竦めた。適当にどこかの店にでも入る、という夜ならば使える手段も、まだひるにもならない
今の時刻では使えない。
にゅう、と猫が鳴いた。妙な鳴き声だ。
「どうした?」
さっき地面に下ろしてやった猫を見やると、ブーツを引っ掻くように手を押し付けている。
爪は立てていないらしいが、何をしたいのか。
「腹でも減ったか?」
そういえば俺も喰ってねぇな。
意識した途端に鳴り出す腹を、掌でひと撫でする。にゃう、と猫がまた鳴いた。真っ青な色を
した猫の目が、じっと見上げてくる。
でかい目だな。
意味もなく呟き、食べ物を調達すべくファーストフードの店に向かう。単純なハンバーガーと
チキンでもテイクアウトして、適当なところに座り込んで食べれば良い。要は腹が膨れれば
良いのだから。
コートのポケットを探ると、くしゃくしゃになった一ドル紙幣が数枚、いつ入れたのかも
覚えてはいないが、一先ずは事足りる。財布というものを持ち歩くことがないだけに、
コートだけでなくジャケットやパンツのポケットには、多かれ少なかれもれなく金が入っている
ことが多い。
総てにきっちりしたバージルとは、その点だけでも全く違うのだ。
屋台のような形の店で適当に注文している間、猫はやはり足許に寄り添い。時折こちらを
見ては、にゃあ、と小さく鳴く。
ただそれだけのことでおかしな話だが、涙が出そうになった。
紙袋に入れられた品を奪うように鷲掴みにして、釣も受け取らずに路地に走った。後ろから、
猫の音なき足音が従ってくる。まるで主に忠節な犬のようだ。
路地に駆け込み、尻が汚れるのも構わずに座り込んで紙袋を開ける。途端に漂う脂の匂いに、
胡座をかいた膝によじ登った猫が鼻をひくひくさせた。肉が好物なのか、早くくれと言いたげに
喧しく鳴く。
「判ったよ。焦るなって」
箱入りのチキンを一つ摘み、蓋に乗せてやる。猫にはまだ熱いのかもしれないが、はふはふと
齧り付く黒猫を眺め、大丈夫らしい、と少し安堵した。
「喉に詰めんなよ?」
必死になって鳥肉を頬張る猫の頭を撫で、ハンバーガーを一口囓った。安い肉の味が口に
広がる。この安っぽさが、たまに食べると妙に旨いと感じるのだ。
この味を理解しないバージルは、絶対に損をしていると思う。
ジャンクフードは喰うな。俺の作ったものが不味いと言いたいのか。
何度聞いたか判らない言葉。
そういうことじゃないと、どうしてあいつは判ってくれないのだろう。
「お前の方が、よっぽど判ってるみたいだな」
一つ目のチキンを平らげ、今度はハンバーガーをねだって鳴く猫に、目を細めた。可愛いと
いうのは、こういうものを言うのだろう。思わず頬擦りしたくなるような愛らしさだ。
「ほら、喰えるか?」
千切ってやったハンバーガーを皿――――と言うには粗末なものだが――――に乗せてやると、
猫はすぐさまそれに食らい付き、ぺろりと飲み込んでしまう。まだ足りないと、
ハンバーガー本体目掛けて飛び付かんばかりに伸び上がった。
本当に可愛い猫だ。しかも大食いときている。
「判った判った、そう焦んなって」
手に持ったハンバーガーをそのまま猫の鼻面に突き付ける。どうするのかと思っていれば、
猫は躊躇うことなくハンバーガーに牙を立てた。
「おぉ? 大胆に行くなぁ」
面白がっていると、猫はにゅうと例の変な鳴き声を上げ、糸のように目を細めた。
「……なぁ、お前さ」
ハンバーガーを半分近く食べ、満足げに伸びなどしている猫に、チキンを食らいながら
話しかける。猫は聞いているのかいないのか、腹の辺りにすり寄って来た。
「……行くとこないなら、俺んち来るか?」
飼われろと言っているのではなく、風雨を凌ぐ場をやりたいのだ。
誰ぞに飼われた形跡のない、しかしそこそこに育った黒猫は、にゃぁう、と鳴いた。
棲家をくれるのか、と問うた気がして、あぁ、と笑ってやる。
「来るか、うち?」
「にー」
顎を掻けば、ごろごろと気持ち良さそうに喉を鳴らす。素直に、嬉しいと思った。
帰りはともすれば迷う路地は使わず、事務所兼自宅の玄関から戻った。
確実に、バージルは怒髪天を衝いているだろう。今朝方の夢のこともある。出来れば顔は
合わせたくないが、しかし気分は良くて。
それに、朝バージルを邪険に部屋から追い出してしまったことを、今更ながら後悔して
いた。
殴られても、斬り付けられても、頭ごなしに説教されても、黙ってバージルの好きに
させよう。
覚悟を決めて、しかし思わず漏れる溜息を聞き付け、肩に乗った黒猫が労るつもりでか頬を
すり寄せてきた。目を閉じ、柔らかい感触にほっと息を吐く。
こいつのこと、バージルは許してくれるだろうか。
少しばかり不安を感じながら、玄関の扉を開けた。
「……おはよう、ダンテ」
素晴らしく怒っているバージルが、幼少のみぎり以来したことのない挨拶をして、
迎えてくれた。
やっぱり、と少し遠い目になりながら、しかしとりあえず。
「……ゴメンナサイ……」
この状況を作った最初の原因はバージルだ、とは、とてもではないが言い出すことは
出来ず。
「フー……!」
怯えたと思いきや、果敢にもバージルを威嚇する猫を背中に隠し、ひたすら謝り
続けるしかなかった。
巨大な狼に姿を変えたバージルに、追いかけ回された挙句犯されかけるなんていう悪夢は、
もうこりごりだ。
猫と戯れるカワイソウなダンテでした。←何か違う。
いろいろ書いていると、自分が双子にどんな設定を与えてたか忘れてきます。
ダンテってこんなじゃないんじゃ?と思った方はご一報。
ただし公式とは比べてやらないで;全然違いすぎて涙出るから。
ちなみにこの猫、もれなくダンテが好きです。性格はダンテ似。黒猫なのは…何となく。