媚熱
ぴちょん、ぴちょん。
水滴の落ちる蛇口を固く締め、ダンテは息を吐いた。
最後に流しを使ったのはバージルだが、蛇口がきちんと締まっていないとは、珍しいことも
ある。これをもしダンテがやったとしたら、烈火の如く怒ることはないにしろ、地味にじくじく
責められることは間違わない。
たいがい性格悪いから、と内心で笑い、ダンテは二階に上がるべくキッチンを出た。
自室と対面する形に並んだ部屋のドアを、ノックもせずにがちゃりと開ける。いつもなら
ここで睨みか何かしら食らうのだが、
「…………?」
何もないことに、ダンテは不審に思った。しかも部屋は明かり一つなく、当然ながらいつもは
読書に勤しんでいる背中も、今日はない。
何故かは判らないが、バージルは既にベッドに横になっているらしい。
ダンテは無遠慮に部屋に入り、人の形に盛り上がったベッドに近寄った。
「バージル、寝てるのか?」
見れば判るだろう、と冷たい突っ込みをされるかと思いきや、まるで反応がない。本当に
寝ているのだろうか。夕食が済んだとはいえ、まだ時計の短針は十時を指してもいないと
いうのに。
バージルはいつも夜が遅い。ダンテとて日付が変わってからしか寝ないような習慣が付いて
いるのだが、バージルはそれよりも遅いことがほとんどだ。
毎日のように同衾しているが、ダンテが寝付くより早くにバージルが眠ってしまうことは
まずないと言って良い。
「珍しい……」
とダンテが思っても、至極当然のことだ。
ダンテはベッドの脇に腰を下ろし、暗がりにうっすらと見えるバージルの横顔を覗き込んだ。
ダンテはもれなく寝相が悪いが、バージルは基本的に横向きになったまま動かないらしい。
方向は、いつもダンテが眠る方――――つまり右向きだ。
そのことにダンテは気付いておらず、ただ物珍しそうにバージルの寝顔を観察している。
暗がりでも判る白い肌は、自分もそうなのだと思うと奇妙なものにすら見えてくる。
どちらかと言えば、バージルの方が容姿は際立って整っていると、ダンテは思う。
自分の容姿に自信がないわけでは決してない。むしろ自信に溢れていると言っても過言では
ない。
不本意かつ不愉快なことで、認めたくはないのだが、女が好きそうな、と言えばバージルの
方になるのだろう。何故か女には決まって振られるダンテとは違い、この兄には何もせずとも
女が寄って来る。
バージルが恋愛などに一切興味がないからこそ、まだ許せぬ範囲ではないのだが。
羨ましい、という以前に、馴れない感情が胸を占める。それが、反吐を吐きたくなる程
嫌だった。
「…………」
似てないなぁ。
ダンテはバージルの、普段は後ろに撫で付けてある前髪を摘んだ。柔らかい。バージルは
ダンテの髪を随分気に入っているところがあるが、ダンテはバージルの髪の方が良いと自然に
思う。
そして、ふと、
「……ん?」
指がバージルの額に触れ、ダンテは片眉を上げた。体温が、妙に高いような気がしたのだ。
今度は指ではなく掌を押し当ててみる。やはり熱い。
「これって……」
バージルの体温は人よりも低い。それが、触れただけで熱いと感じるのは、疑いようも
なく……
「熱がある、のか?」
バージルが、熱。何とも現実離れした語感だ。
自分をすっかり棚上げして、ダンテはしみじみとバージルの苦しげには見えない寝顔を
凝視した。
「熱……って、寝てるだけで治るのか……?」
子供の頃はさておき、今では風邪すら引くことのないダンテだ。熱が出た時の対処など、
判らないのではなくまるで知らない。
どうしよう。
バージルが熱を出して寝込むなど、今までなかったことで、しかも考えだにしなかった
ことだ。
よくよく考えて、ダンテは軽いパニックに陥った。
「ば、バージル、大丈夫か、バージルぅ」
半泣きになってバージルの躰を揺さぶるという、情けないを通り越して幼児のような行動に
出てしまった。しかしあくまでも本人は必死だ。
「ばぁじるっ……」
繰り返し呼び続けて、ようやくバージルが目を覚ましたらしい。寝返りをうつように
仰向けになり、この上なく不機嫌そうにダンテを睨み付けた。
「……煩い」
開口一番、当然の文句を投げ付ける。
ダンテはしかし、バージルの邪険な言葉などどうでも良かった。
「バージル、大丈夫か? 熱出た時ってどうやって治すんだ?」
バージルに抱き付くようにして顔を近寄せ、まくし立てる。バージルが心底気怠げに眉間を
寄せるが、そんなものは目に入っていない。
「……しばらく眠れば、治る」
少し掠れたバージルの声音。しかしダンテは、バージルのいつもの口調にほっとして、
やはり子供のように首を傾げた。
「俺、どうしたら良い?」
バージルの手がゆるりと持ち上がり、ダンテの前髪を掻き上げるように額を撫でた。
「……部屋に戻っていろ……」
触れてくる手は優しいが、言葉で突き放そうとするバージルにダンテはむっとした。
「嫌だ」
きっぱりと言うと、今度はバージルが苛立ちを覚えたようだ。
「伝染るだろうが……」
「伝染しゃ良いんだよ。そんなもん」
「そうは、いかん」
「何で、昔はアンタだって同じことしてくれたじゃないか」
そう、やわではなかったが風邪をこじらせやすかったダンテがを出すたびに、バージルは
伝染る危険性を顧みず、ずっと側に寄り添ってくれた。熱に浮かされて朦朧としていたが、
それだけは今でもはっきり覚えている。
そのことを口にすれば、バージルは苦虫を噛み潰したように苦々しい顔をした。
「ここにいるからな、俺」
バージルの額にあてられた手に自分の手を重ねる。
「…………」
折れるか、と期待したのが間違いだった。
「駄目だ」
バージルの声は冷たい。
「っ……何でだよ!」
思わず声を荒げたダンテに、バージルは溜息を吐いた。
「……言わせるな」
「良いから、言えよ。判んねぇだろ」
「後悔するなよ」
やはり意味の判らない呟きと同時に後頭部に手が添えられ、ぐいと引き寄せられる。なに、と
問う間もなく唇を塞がれ、ダンテは目を瞠った。
「んぅっ……!?」
熱があるとは思えぬ――――いや、熱があるからこそ、唇や舌はいつもに比べて格段に熱いの
だが――――急いたふうのある舌に口内を犯され、驚きに惑っていたダンテだが、漏れる息は
徐々に甘く変わっていく。
「ふぅ……く、ん……」
どちらが熱を出しているか判らぬ程、頬が上気しているのがありありと感じ取れる。
バージルの舌が施す愛撫は、いつもダンテを蕩けさせる。癪だとは思うが、気持ち好いの
だから仕様がないというもの。
「っは……ぁふ……」
唇が開放される頃には、ダンテの瞳は情欲にけぶってしっとりと濡れ、息はすっかり
上がってしまっている。それでも、ただバージルにやり込められるのは性に合わず、ともすれば
崩れそうになる腰を強いてバージルをきっと睨んだ。
「後悔って、こういう意味かよ……!」
「これ以外に、何がある」
「さらっと言うな!」
濡れた瞳を吊り上げたとて、バージルが堪える筈もないのだが、ダンテには妙なところで
自覚というものがない。バージルが一層その気になったということだけは、不意に抱き寄せ
られた腰に当たるもので嫌でも気付いたが。
「ゃ……っ」
思わず漏れた小さな声に、バージルがくつりと笑う。
「……嫌、か……?」
揶揄、なのだろうその声と言葉に、ダンテはかっと顔を赤くした。
「……! い……や、じゃねぇよ……けどっ! けど、今日は……」
「……?」
「今日は、そのまま寝てろよな」
「それは、あれか……自分で挿れると……」
「判ってんなら言うな馬鹿バージル!!」
きっと、いや絶対に顔が真っ赤になっている筈だ。暗くて良かった、などと見当違いな安堵を
して、ダンテはどこか愉しげなバージルに自ら口付けた。
触れるだけの、可愛らしいキスを何度も。
何度でも。
たまには、こんなことがあっても良い、よな?
自問は間もなく、灼けるような熱に溶かされ、どこへともなく散って消えた。
前回と同じような終わり方で申し訳ない…!
気付いたのはすっかり書き終えてから、しかも書き直す気がないという馬鹿さ加減。
これはあれです、ちょっとした過労による発熱、そして疲れマr…(強制終了)
ダンテがどんどん別人になってたので、慌てて軌道修正。しかしやはり別人。
バジダンサイト様に訪問(こっそり)するたび、うちのダンテの別人っぷりに戦慄。
でも直らないのはなぜ…