朋歌
「これ、あげるわ」
私はもう要らないから。
そう言ってぽんと手渡されたものに、ダンテは首を傾げた。
「……何だ、これ?」
するとレディは、いつものさばさばとした口調で曰く。
「ゴスロリよ」
意味が判らなかった。
ダンテの躰が十四、五の少年のそれに縮んで早半月。仕事は今のところバージルが一人で
こなしてダンテを養っている形だが、いつまでも躰が戻らないとなると、最悪この姿のまま
便利屋稼業を再開しなくてはならない。勿論バージルだけでも、二人がやっていけるだけの
稼ぎは充分ある。が、そこはダンテのプライドが許さないのだ。
そして、昨晩ダンテはバージルの仕事にくっついて行き、久々に大暴れした挙句怪我を
こさえてしまい、バージルにこっぴどく叱られた。その怪我というのは、躰が縮んだことを
つい忘れ、以前と同じような動きをしようとした為に見事なまでに着地に失敗して、足を
挫いたのだ。
ごき、としてはならない音をさせておいて、捻挫で済んだのは明らかに異常だ。その後痛烈に
床に激突したので、擦り傷も大量に作ったが、それは既に完治している。常人を遥かに凌駕する
治癒力を持つダンテだからこそ、傷という傷はすぐに治ってしまう。しかしそれをバージルに
言ったのがまずかった。
そういう問題ではない、とまた酷く怒られた。
そんなことがありはしたが、ダンテは次の仕事でも駄目だと言うバージルを押し切り、
無理矢理くっついて行った。そこで、知った顔に会うとは知らずに。
「……あんた、ダンテなの?」
あからさまに不審げな顔で言われ、ダンテはむすっと唇を尖らせた。
知った顔とはレディ――――ダンテの付けた渾名だ――――で、あちらも悪魔狩りを
生業にしている同業者だ。
その日はレディの方も仕事で、偶然鉢合わせになったということらしい。
ダンテとしては、当然のことだがこの姿を見られたくはなかった。が、外に出れば知り合いに
会う確率は上がるのだから、仕様がない。
レディは自分より小さくなったダンテをさも珍しそうに観察し、ふぅん、と思わしげに
呟いた。
「可愛いじゃない」
余計な一言も付け加えて。
その時はバージルがいたこともあって、そのまま別れた。まさか数日後、あんなことになる
とは思わずに。
「ゴ、スロ……?」
全く聞き慣れない単語に、ダンテは思い切り戸惑った。
「ゴスロリ。ゴシックとロリータを混ぜたファッションのことよ」
言葉遣いと見目は女、しかし中身は男のようなレディが、ダンテに手渡した袋から
ごそごそと“ゴスロリ”とやらを取り出した。
「こういう服のことをね、ゴスロリって言うの」
びらりと広げたそれは、形は可愛らしいワンピース。しかし色は黒。縦襟のぐるりと裾、
それから袖を白いレースがさり気なく飾っている。ちなみにスカート部分は無意味な程に
膨らみを持たせてあり、ダンテの第一印象はずばり傘。それくらい丸みがある上に、丈が
短いのだ。
ぽかんとして言葉もないダンテに、レディは言う。
「きっと似合うわよ」
ダンテは耳を疑った。
「ちょ……っと、お嬢さん?」
「何よ」
「これ、あげるわ、ってそういう意味かよ!?」
着ろって? これを? 誰が? 俺が? 何それ何の罰ゲーム?
ぐるぐるとし出したダンテに、レディはとどめとばかりに言い放つ。
「大丈夫よ。バージルも絶対気に入ってくれるわ」
「大丈夫じゃねぇよそれ! それが一番恐ぇんだろうが!」
「ちょっと、喚かないでよ。ぶち抜くわよ?」
がちゃ、とどこから出して来たのか理解不能のバズーカを構え、かちりと引き金を軽く
引く。
ダンテは慌てた。当然だ。家の中でこんなものをぶっ放されては誰でも困る。
「わわわ悪かったよ! って俺が悪いのか!?」
「何、私が悪いって言うの?」
がちゃ。カリーナ=アンがこちらを向く。
「……ごめんなさい」
「着るわよね?」
「…………ハイ」
ようやっと、広い口径が外され、またどこへともなくしまわれる。
「初めから素直にそう言えば良いのよ」
面倒臭いわね、とまで言われ、しかりダンテは口答えなど出来はしなかった。
(お兄ちゃん……俺の女運は最悪です……)
レディをダンテに押し付け――――もとい、任せ、買い物に行ってしまった兄を想って、
ダンテはほろりと涙した。
ゆっくり食材を選び、帰りに骨董屋に寄ったバージルが家に帰ったのは、ほぼ一時間後の
こと。
玄関に足を踏み入れた時、既に屋内の雰囲気は少しおかしかった。何が、というわけでは
ない。何となく、どことなく、空気が妙だ。何故かなど知る筈もない。
しかしその答えは、すぐに判った。
「…………」
リビングの戸を開けたバージルは、とりあえずその場で固まった。中ではソファーに腰掛けた
ダンテが、やはり同じように固まっている。いや、それは確かにダンテなのだが、バージルが
出掛ける前と全く違う格好をしており、見ようによっては別人だ。
「……何をしている」
かろうじて、ダンテよりも早く立ち直ったバージルは問うた。ダンテに、ではなく、それを
囲むようにしている女二人に。
「何って、見れば判るじゃない」
生意気極まりない反応はレディ。そして、
「綺麗に出来てるでしょう、これ?」
自信作よ、と大きな胸を張って誇らしげに微笑したのがトリッシュだ。
この二人組にかかれば、バージルですら簡単にやり込められてしまう。二人に囲まれた
ダンテなど、気持ちが悪い程大人しい。要は、双子揃ってこういった手の女性に弱いという
ことだ。
「……何なのだ、それは」
バージルが最大の譲歩で以て問うと、二人の声が見事に揃った。
「ゴスロリ」
……意味が判らなかった。
ふわふわのスカート。きゅっと締まった腰は細く、胸はないに等しい小ささだが、それを
補って余る幼さを残した美貌。白磁の肌は透き通るようで、肌理の細かさが触らずとも知れる
程だ。
化粧は決して濃過ぎず、整った可愛らしい面立ちに美しさを添えている。銀のセミロング
まではいかぬ髪はすらりと流し、頭の上にレースと革の髪飾りを乗せて顎紐で留めてある。
靴下も黒。靴もやはり黒の底の厚いローファーだ。
フランス人形のような愛らしい少女に、道行く人の視線が集まる。
先日の夏祭りを思い出し、ダンテは溜息を漏らした。憂えるその表情が、それを見た人々に
違う意味で溜息を吐かせるとは知らず、傍らの兄を見上げた。
「なぁ、あいつらまだか?」
さぁな、と素っ気なく応える兄は兄で、レディとトリッシュの用意した服を着せられている。
勿論ダンテのようなふりふりではない。こちらは一見何の変哲もない黒のスーツ姿だが、胸元に
青で竜をモチーフにした模様があり、レースこそ付いていないものの、普通のスーツではないと
判る。
スーツの中にはやけに襟の大きいシャツを着込み、ネクタイは黒。これにも青で十字架らしき
柄が入っている。
ダンテと比べれば格段に地味だが、その二人が並ぶことで恐ろしく目立ちまくっていることは
言うまでもない。
いかに人目を気にしなさすぎるバージルであろうと、これははっきり辛いものがあるの
だろう。先刻から黙りこくったまま、ダンテの前髪やうなじをしきりに触っている。
何故こんな往来で立ち尽くさねばならないのかと言えば、二人を家から連れ出したレディと
トリッシュの買い物に、延々付き合わされているからだ。
「荷物は持たなくて良いから、付き合いなさい」
母とそっくりの美しいおもてで、トリッシュは有無を言わせず二人を連行した。たとえ断った
としても、レディが一緒ではこちらに勝ち目はない。情けないが、事実に勝てるものはない
のだ。
髪飾りに触らぬように髪を撫ぜるバージルの指を、ダンテはちょっと摘んだ。
「何だ」
機嫌のよろしくない、バージルの低い声。しかしこれは自分の所為ではないのだから、
ダンテは気にしないことにする。
「なぁ、待ってるだけってのも飽きたからさ、どっか行かねぇ?」
ぽそぽそと小声で話すのは、自分が男だとばれるのが嫌だからだ。一応黙っていれば少女に
見えるらしいので、これで男だということが露見してしまうと、完全に変態とみなされる。
それは絶対に勘弁だ。
バージルはつとダンテを見下ろし、ふん、と微かに鼻を鳴らした。
「歩いていた方が、まだましか」
何が、ということはなく、バージルが肩を竦める。ダンテは破顔した。
「じゃあ、なぁ、俺あの店行きたい」
指差した先には、クレープやアイスクリームを売る小さな――――しかし人気のある――――
稼動式の店だ。
先刻から目を付けていたので、ダンテは待ち切れないとばかりにバージルの腕を引いた。
バージルがやれやれと首を左右にし、その店に向けて足を踏み出す。
「やった!」
思わず声を上げてしまい、ダンテははっとしてバージルの腕にしがみついた。ばれてない
かな、と目で訴えるが、全く頓着していないバージルの反応は実にてきとうだ。
「気にするな」
「いや、気にするって」
「では忘れろ」
「それ意味判んねぇよ」
くすくす笑いながら、ダンテはバージルにぴったりと寄り添って歩く。暑いには暑いが、
元の体躯ではこんなことは出来ないのだから、どうせなら思い切りくっついていたい。こんな
格好をさせられて、無理矢理外に連れ出されておいてただで帰るなど癪だ。
バージルは何も言わない。だからダンテも離れることはない。
だからこうしていれば、この恥ずかしい格好のこともどうにか忘れられる。
恋人同士としか見えぬ二人を、にやりとしながら見守る四つの瞳があることに、彼らは
気付いてはいなかった……。
浴衣よりもあからさまな女装をさせました。駄目な方には申し訳ない。
これもまた、いつもの方に頂いたネタを使わせて頂きました。毎度ありがとうございます。
レディをうまく動かしきれてない感が山盛りですが、そこは初書きのご愛嬌。
大目に見てやって下さいませ。トリッシュは…もう女王様で良いと思う。
今回は浴衣編でやりそこねたので、バージルにもゴシックぽいもの着て貰いました。
書いておいて何ですが、想像したくありません。ので、知人を思い出しながらカタカタと。
ついでに言えば、私の書くゴスロリはかなり適当です。その辺りもご愛嬌で…;