寂滅
「俺が、悪いのか」
返答はなく、あるのはただただ、鈍いばかりの反応。
答えのない――――或いは答えの判りきった――――、虚しい自問。
それを見付けた時、それは既に半ば死にかかっていた。病院に運んだところで無駄だろうと、
誰が見ても明らかなそれを、彼は憐れんだ。
死んだものが見える彼には、それの声が聞こえてしまったから。
誰が悪いだとか、誰の所為だとか、そんなことは、詰まらぬ冗談よりも下らぬこと。
総てがそれぞれに、他のものに過ぎたる望みを持ったのだ。
黒に塗り潰された夢を見た。いや、それは夢とは言わぬかもしれない。ただ黒しかない、
己の手すら見えぬ暗闇にいる光景。
声は出ず、手足は動かず、ただ黒のみが見える、夢。
変化は、実のところ随分と前からあったのだ。
低い、聞く方が疲労してしまいそうな喘鳴が耳につく。誰のものかとしばらく考え、自分の
ものだと判って沸いたものは、まず疑問。それから理解。そして、やはり疑問。
何故。
どうしてこんなにも、今死んでもおかしくないようなことになっているのだろう。
何故。
しばらく自問して、判ったことがある。
自分は、もうすぐ――――
群れからはぐれた子供は死ぬしかない。けれど、群れから追放されたものはどうすれば良い
のだろう。
縋るか、死ぬか。
しかし縋れども群れに戻ること叶わず、自ら命を絶つことも出来ず、ただ深い絶望に身を
蝕まれていく自身を、嘆きの淵で見つめるばかり。
涙は涸れ、喉は潰れ。
脚は萎え、それでも哭き続けてなお、群れは自身を振り返ることはない。
どうして。
理由は判っている。この、内腑に巣食った質の悪い虫。これの為に、己は群れから棄てられ
たのだ。
深い情愛よりも優先されたのは、残酷なばかりの現実。
厭だ。
捨てないで。
何でもする。だから。
側にいたい、だけ、なのに。
叫びは虚空へ消え、闇に呑まれる。
「お前は情けをかけすぎる」
いつか聞いた、バージルの言葉。
何かに情をかけるのは、人なら当然のことだと彼は言い返した。
「我々は人か?」
侮蔑するように、鼻で嘲われた。
バージルの言うことは大抵正しい。子供の頃から正論づくめの、言ってしまえば面白みの
欠片も亡い奴だった。喧嘩になっても正論ばかり並べ立てるものだから、腹も立った。
人ではないから、何だ。人の心を持っていて何が悪い。
「いつか後悔するぞ」
望むところだ。後悔させられるものならさせてみろ。自分が選んだことで、後悔などしは
しない。
笑って言ってやると、バージルは眉をしかめただけで、珍しく何も反論して来なかった。
どう見ても、まだ何か言いたげにしているくせに。
「バージル?」
呼ばわると同時に抱き竦められ、彼はちょっと目を瞠った。バージル、ともう一度呼んだ。
「…………」
耳に低い声が届いたが、何を言ったか認識するより早く、意識が黒に溶けた。
喘鳴は酷くなるばかりで、いっそこの喉を掻き毟りたくなる程煩わしい。しかし喉を
掻き切れば声も出ないと判っている為、その暴挙には出ない。
それは意志ではなく、無意識による抑制。
言葉を紡げずとも、声を無くしては主を呼ぶことが出来ない。それをよしとするには、彼は
主に依存しすぎていた。
そばにいたい。
その想いは強くなる一方で、最早己の意思でどうこう出来るものではなくなって
しまっていた。
ただ、側に。
それだけが、至上の願い。
そして、最大の恐怖。
「ダンテ、」
どこか疲れたようなバージルの声に、ダンテはきょとんと目を瞬かせた。尾をぱたぱたと
振り、バージルを見上げるさまは歳に似合わず可愛げがある。あくまで無意識でしかない
ダンテは、バージルの言葉を一言一句聞き逃すまいと耳をぴんと立てた。
バージルの逡巡は長い。何ごとにも躊躇いのないバージルには珍しいことだが、ダンテは
全く気付いてはおらず。
「……くぅん……?」
黙りこくるバージルに不安を覚え、伺いを立てるようにバージルの手の甲をちろりと
舐めた。
途端、弾かれるようにバージルが目を見開き、ダンテの舐めた手でその頬を打つ。
「…………よせ」
押し殺した低い声音に、ダンテはびくりと身を震わせた。
また、バージルの逆鱗に触れてしまったのだ。
ぶたれる、と身構えたが、バージルの手も足もダンテを打ち据えることはなかった。
ほっとした瞬間、喉を何かが突き上げるような感覚に激しく咳込んだ。
「かはっ! は……っはぁ……!」
咳は落ち着いたが、床に落とした目に映ったものに、ダンテは碧眼をいっぱいに見開いた。
赤。
紅い、何か。
ダンテ、と呼ぶ少なからず困惑したバージルの声に、ダンテは真っ赤に染まった口許を拭う
ことも忘れ、慄いた。
「っ……!」
捨てられる。瞬時に悟り、ダンテは懸命に首を振った。
こんなことは何でもない。大丈夫。病気じゃないから。大丈夫だから。だから。
捨てないで。
――――バージル。
声にならない叫びに、バージルは何故かはっとしたようだった。
鎖を千切る勢いで引き、自分の足に触れようとするダンテをどこか悄然として見つめる。
あぁ、とダンテは全身が萎えるような脱力感に襲われた。
バージルは自分を捨てる気だ。暗い路地に打ち捨てて、どこか遠くへ行ってしまうつもり
なのだ。
あの時のように。
何の未練もなく、相談などする筈もなく、捨てるつもりなのだ。
厄介なばかりの、荷物にしかならぬ自分を捨てて、今度はどこへ行こうというのだろう。
「……くぅん……」
涸れた筈の涙が零れ、しかしすぐに乾いてしまう。声は既に、嗄れている。
どうすれば良かったのだろう。――――捨てられない為には。
何をすれば良かったのだろう。――――置き去りにされぬ為には。
言葉をくれれば、何でもしたのに。――――何も言ってはくれないから。
何も言わないのは、言っても無駄だと思っているから? ――――死ねと、本当は言いたい
から?
何を想っても、何に祈っても、もう、遅い。
酷くなるばかりの喘鳴の中、黒い夢を見ながらそれは息絶えた。
自らの吐いた血溜りに浮かぶそれは、濃い絶望と深い苦痛に染め上げられていた。
「なぁ、バージル、」
「何だ」
「これさ、本当に治ると思うか?」
「さぁな」
「んだよ、人ごとだと思って冷てぇな」
「……或いはお前の無駄な情け深さがなくなれば、な」
「は? 何でそこにそれが出て来るんだよ。意味判らねぇぞ」
「まずは自覚することだな。それを治すのは、それからだ」
「?? ますます判らねぇ……」
最期に聞いたものは、酷く懐かしい音。
「ダンテ、――――」
その後に続けられた言葉は、聞き取ることがなかった。
誰が悪いだとか、誰の所為だとか、そんなことはもう、思うだけで疲れてしまうから。
(反転で、いつもの方のみご覧下さい)
こんなの出ましたよ…。
頂いたメルフォ、同調してる部分があることに驚きこそしましたが、
文句なんてもちろんないですし、不快になんて全くなってませんからご安心を!
私暗くて救われないもの大好きですから!と胸を張って言い切ります。
むしろこれの方が物凄い勢いで土下座じゃ済まないと思います…;
本気で暗い上に精神面を重視した書き方しましたので、意味が分からなくてすいません;
いつもの方の現役時の作品を拝読したい、と激しく思いました!