琥珀
「兄者よ、これはいかがしたものだろうか」
「我も今考えておるところぞ」
「では我も考えようぞ」
「うむ。共に考えれば、妙案が浮かぶであろう」
「然り。人間の諺にもあることよな、兄者よ」
「然り、三人寄れば猫に小判ぞ!」
「む、それは何か違う気がせぬか、兄者よ」
「む、では何と言ったか……」
「三人寄れば文殊の知恵袋ではなかったか」
「そう、それぞ! 何やらニアミスのような気がしなくもないが」
「して、何を考えようとしていたのだったか」
「はて、何を考えようとしていたのだったか」
「忘れてしまった」
「忘れてしまった」
「いかにしたものか」
「ここは主に訊くが良いのではなかろうか」
「それが良い。しかし主は今どこにいるのか」
「主よ、いずこぞ」
「いずこぞ、主よ」
ちまちまよちよち。アグニとルドラが動き出した。厳密には先刻からずっともそもそと
動いていたのだが、それは言及しないでやって欲しい。
愛する主を捜して、アグニとルドラは小さな躰を揺らしつつ廊下に出た。それぞれの手に、
何か小さな箱を携えて。
夏祭から四日が経った。
あの日、帰り道でダンテの肩に並んで乗っていたアグニとルドラは、兄によって路上に
投げ捨てられていた。身体的には一切ダメージなどなかったのだが、アグニとルドラはこの上
なく憤慨した。そして同時に悲哀に暮れた。
理由は、主であるダンテが、兄の餌食になっていることがありありと予想出来たからだ。
ダンテは兄であるバージルを慕っている。それはアグニとルドラにも理解出来る。が、
納得いかないのはバージルの方だ。
あんなにも可愛く縮んだダンテを放って置くとは思わないが、しかし、魔具でしかない二体で
すら、あれは酷いと衝撃を受けた。
昨日、少しやつれたダンテに家に入れて貰った時、見てしまったのだ。首や腕に色濃く残った
戒めの跡を。それだけではない。本人は気付いていないようだったが、ダンテの躰からは
血臭がした。それも僅かな臭気ではあったが、血を糧とする双剣にはダンテが扉を開けた瞬間に
判ってしまった。
夏祭の後から、バージルにどれ程痛め付けられていたのか。
目の周りを赤く腫らした痛ましい姿の主にしがみつき、アグニとルドラは自分達の
不甲斐なさを悔やんだ。
ダンテはバージルの総てに依存している。
バージルはダンテの総てを求めている。
互いに互いを必要とし合っていると判るからこそ、アグニとルドラはある程度見守ることが
肝要と見たのだ。
テメンニグルでダンテに打ち負かされ、共に行くことを選んだ時から、二刀は主を守ってきた。
双子で殺し合うさまも、情を交わすさまも、総て。
口出しはしなかった。
ダンテに黙っているよう言われた所為もある。が、ダンテの意志に従うと決めた以上、口を
出すことはしかねた。
今では、小さな後悔となって二刀の胸を揺るがしているのだが。
思慕。そして後悔。
ダンテに出合うまではなかった感情というものが、今では彼らをつき動かしている。
きっかけさえあれば、変わるのは何も人ばかりではないのだ。
ちまちまとした人形の姿を取るようになってから、どれくらいになるだろう。
魔具としての能力は高いが、魔力自体はさほどではない彼らは、人型になろうと思うと
かなり無理をしなくてはならない。しかしこの小さなぬいぐるみのような小鬼の姿ならば、
無理なく保っていられるのだ。
何より、この姿はダンテが意外な程気に入ってくれている。それがアグニとルドラにとっての
嬉しい誤算だった。
もそもそと階段を下り、二体はダンテがいる筈のリビングに向かった。クーラーという機械を
作動させているのか、ドアが閉まっている。ぺそぺそと戸を叩くと、少ししてからドアが
開けられた。
ダンテのほっそりとした腕が伸び、おいで、と優しく抱き上げられる。二体は気色満面、
ダンテの薄い胸板に飛び込んだ。そう、文字通り。
「わっ、と……」
アグニとルドラの奇行や突然の跳躍には慣れているダンテだ。二体をしっかりと抱き留め、
片腕で抱え直してからドアを閉めた。
ダンテの匂いをいっぱいに吸い込み、ほう、と溜息を吐いた彼らは気付いていないが、
その光景を苦虫を噛み潰したような表情で見つめる男がいる。バージルだ。
その視線に気付いたダンテがそちらを見、しかしすぐに俯いてしまう。主の怯えに似たものを
感じ取り、アグニとルドラは目配せをした。
「主よ、大事ないか」
「大事ないか、主よ」
呼ばわる二体に、ダンテは笑って見せる。大丈夫。ひそりと呟いたその笑顔が酷く辛そうに
見えて、小鬼らはのっぺりとした顔をしかめた。
それは主を案じての心配と、主にこんな顔をさせるバージルへの不快感。
我らなら、主にこのような顔をさせぬというのに。
しかし彼らは嫌という程知っている。主が選ぶのは、どんな時も双子の兄だけなのだと。
いかに酷い扱いをされようと、ダンテにとってバージルは唯一であり総てなのだという
ことを。
その一途というにはまだぬるい想いを、ともすれば持て余し、精神が不安定になることすら
あるのだ。――――双剣はテメンニグルの塔で、そんなダンテを見続けていた。
何も出来ないことがあんなにも辛いとは、それまで知りようもなかった。
ダンテが普段からは考えられない程静かに椅子に座る。アグニとルドラは膝の上に乗せられた
が、それぞれダンテの腿に座り、帯というもので締められた胴にぺたりと張り付いた。
ダンテの座っている椅子は、藤で編まれた背凭れのないものだ。躰が縮んでからは着物という
衣装ばかり着せられているダンテは、帯の飾りが邪魔で背凭れのある椅子には座れない。ならば、
と用意されたのがこの涼しげな椅子だった。用意したのは勿論バージルだ。
その藤椅子に背筋を伸ばして座るダンテは、やはりどこか怯えがある。いや、むしろ緊張して
いると言うべきだろうか。あらゆることに鈍いアグニとルドラだが、ダンテに関しては大抵鋭く
察知する。それも無自覚に。基本がこの見目である為、真剣に何ごとか忠告しても、笑って
済まされるのが常なのだが。
ダンテは意外な程、心的な負担を己の内に溜め込む傾向にある。それをどうにか癒せぬもの
かと、アグニとルドラはいつも悩み抜いているのだった。
「…………」
無意識だろう、ダンテが溜息を吐いた。二体は主を見上げ、むぅ、と唸る。そして、はっと
何ごとか思い出す。
「主よ、」
いつになくそっと話し掛ける。きっと、バージルには聞こえているだろうけれど。
「ん?」
小首を傾げるダンテに一瞬二体ともがくらりと来たが、何とか堪える。
「主よ、今朝方くれたこれは一体何に使うものなのだ?」
「忘れていた、それを考えていたのだったな、兄者」
「然り、我も今思い出したのだ」
「して、いかにして使うのだ、主よ」
ぼそぼそと喋り倒せば、ダンテは呆れたように「静かにしろ」なり何なり言うのだが、今日は
やはりおかしい。
「あぁ……それな、」
普段の九割九分テンションが低いダンテは、アグニがひょっと掲げたものを指で摘み上げた。
それは今までどこにしまい込んでいたのか、一インチ弱四方の小さな箱だ。
ダンテの白い指が箱を開け、中から丸いものが付いた紐を取り出した。ちりん、と可愛らしい
音がする。
「これはさ、こうして……」
アグニの躰をちょっと離させ、その腕に鈴付きの紐を結び付ける。結び目は無意味に蝶々だ。
同じようにして、ルドラの腕にもそれを巻き付ける。それぞれ赤と青の紐で、鈴は金と銀の
ごくごく小さなものである。
腕を上下すると、ちりちりと軽やかな音が耳を楽しませる。
ダンテが満足げに笑った。
「ん、やっぱ似合うな」
前もって買ってあったのだろう。いつ渡すかタイミングを計り兼ねていたとダンテは言う。
アグニとルドラは自分達の腕をしげしげと見、ダンテを見上げて言った。
「主よ、我らは嬉しいぞ」
「我らは嬉しいぞ、主よ」
繰り返せば、ダンテが少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに破顔する。その表情と
仕種は文句なしに可愛かった。
「我らも主に何か贈らねばなるまい」
「然り、兄者よ。しかし何を贈る?」
ぴぃぴぃと喚き、相談になっているようななっていないような相談を続けた結果。
「主よ、我らの贈り物、是非とも受け取って貰いたい」
「我らの心をありったけ込めた贈り物ぞ、主よ」
そう言うと、ダンテは笑いながら頷いた。
「嬉しいな、何をくれるんだ?」
見下ろしてくるダンテの瞳が、生気と言うものを取り戻しつつある。アグニとルドラは声を
揃えて言った。
「我らの愛、今この時こそ主に捧げようぞ!!」
どストレートな、愛の告白を。声高々に叫び。
きょとんとしたダンテの腹を這い登ろうとするアグニとルドラを、誰かががっしと鷲掴みに
した。当然、バージルの仕業だ。
「貴様ら、人が黙っていれば好き放題……いい加減にしろ!」
珍しく声を荒げ、バージルが二体をダンテから引き剥がす。ちりん、と鈴が鳴った。
それもバージルには気に食わないらしく、しかし紐を引き千切られることはなかった、
床に放り投げられ、べべたっと折り重なるようにして人工の木目に激突する。
「兄上殿よ、さては妬いているな」
「我らが主と愛を語らっていたのを羨んだか、兄上殿よ」
にやり、と動かぬおもてで雰囲気のみ笑みを浮かべるアグニとルドラを、バージルが容赦なく
踏み付けた。二体纏めて。ぷきゅ、と生き物ではない音がするが、それは気にしては
ならない。
ついでに捻りを入れられ、しかしアグニとルドラは黙りはせず。
「主よ、我らの愛を受け取るが良いぞ」
「我らの愛は魔界が如く無限大ぞ、主よ」
「愛ってお前ら……というか、魔界って無限大なのか?」
「応じるな、ダンテ。とりあえず潰す」
確実に本気と判る呟きに、慌てたのは踏まれている二体ではなく、ダンテだ。
「やめろよ、もう! こいつらのいつもの悪ふざけだろっ?」
藤の椅子を蹴って駆け寄ったダンテの肩を、バージルが硝子細工でも扱うようにそっと
触れる。
「……ダンテ、お前のその盲目さは、一体どこから来るんだ?」
「? 盲目って、何が」
とにかく足をどけろ、とダンテがバージルの脚に触れた。しかしそれで譲るような
バージルではない。
「こいつらを庇うのはやめろと言っている」
「アンタが酷いことしなきゃ、俺だって何にも言わねぇよ」
どちらも譲らず、睨み合う。先刻のぴりぴりとした空気は、すっかり消えてしまっている。
そのことにこの双子は気付いているのか、どうか。
アグニとルドラはバージルの足の下、にまりと笑う。雰囲気と気持ちだけで。
「主よ、もう少し右ぞ」
「見えそうで見えぬぞ、主よ」
わきわきと手足を蠢かせ、二体は騒ぐ。いかにバージルに鉄拳制裁を食らおうと、彼らは
ダンテを愛してやまぬのだ。愛の方向性が合っているかはともかく。
ダンテが常の笑顔を取り戻すならば、バージルの制裁など何程のこともない。
「やめろって、バージル!」
最愛なる至上の主の為、アグニとルドラは今日も行く。
ちりん、と小さく鈴が鳴った。
ダンテがアグルドにどんなご褒美をあげたのか、考えてみてこんなことになりました。
ご褒美…?いっそベタに邪な方向性の方が良かったですかね;
ある意味方向性は邪と言えなくもないんですけどね、コレ。